Television Freak 第75回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから『エルピス―希望、あるいは災い―』(カンテレ・フジテレビ系)、『silent』(フジテレビ系)、『ファーストペンギン!』(日本テレビ系)を取り上げます。
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(撮影:風元 正)


仏界入り易く魔界入り難し

 

文=風元 正

 
神奈川近代文学館の「没後50年 川端康成展 虹をつむぐ人」へ行き、書や原稿が中心の展示を見ているうちに、だんだん息苦しくなってきた。まず、夭逝した開業医である父・栄吉の書が見事で、深い学識は血筋だと思う。本人の字も子供の頃から大人びており、感受性の瑞々しさと感情の春秋の深さが存分に示されていて、桁外れの早熟ぶりが偲ばれる。それゆえ、死に近づくほど濁った筆跡になってゆくのが不思議で、「仏界易入魔界難入」の書や、三島由紀夫へノーベル文学賞の推薦状を依頼する手紙などは禍々しく、歳の取り方は難しい、と改めて痛感した。
茨木の川端康成文学館で河原温の「浴室」シリーズに対面した時の驚きは忘れられない。草間彌生、横尾忠則などの初期作品も隣にあり、安価な頃に目をとめて入手したのだろう。天才的な鑑定眼は文学者の中でも飛び抜けており、でも晩年は、ノーベル賞受賞のために奔走したり、秦野章の都知事選の応援のために街頭に立ったり、「俗」への異様な執着が目立つ。生きることの退屈が極まったとでも考えるほかない変貌ぶりである。
Take Ninagawaでの吉増剛造の最新詩集『Voix』の手稿展を見て、川端のベクトルとはまるで違う調和のとれた字が並んでいて、ほっとした。詩句と詞書が連なる芭蕉の紀行文と重なるスタイルで伝統を踏まえ、とてもカラフルな大小の字を追っても目がチカチカするわけでもなく、何かを顕示しようとする「欲」が感じられない。活字になる前の「詩」を作品化する、かつては奇抜に見えた吉増の「手」による表現が、ここに完成された。
川端の眼の怖さと吉増の眼の優しさ。どちらも烈しさを秘めているものの、現れ方は正反対である。
 
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(撮影:風元 正)



 
『エルピス―希望、あるいは災い―』は、テレビの現在地をラディカルに揺さぶるドラマである。もとより、メディアが欺瞞だらけなのは誰しも知っている。その疑問は真剣に問わない約束だけれども、どこまでウソを真といっていいものかはよく分からない。作り手と視聴者の両方、曖昧に流している矛盾を「路チュー写真」により「「落ちぶれた」と後ろ指をさされながら、“制作者の墓場”と揶揄される深夜の情報バラエティー番組『フライデーボンボン』のコーナーMCを担当している」元スターアナウンサー浅川恵那というひとりのヒロインに集約した脚本・渡辺あやの手腕は目覚ましい。「この作品は実在の複数の事件から着想を得たフィクションです」という断りから、制作陣の覚悟が伝わってくる。
浅川を演じる長澤まさみが、撮影現場に遅刻して生温い時代劇映画の主演俳優に満面の作り笑顔を浮かべて詫びるシーンから、すでにテーマが全開になっている。外面しかない自分。『フライデーボンボン』のチーフ・プロデューサーの村井喬一(岡部たかし)の、パワハラとセクハラが日常というクズぶりも絶妙で、浅川が何に追い詰められているのか、冒頭のカラオケ大会のシーン一発だけで表現されている。やたらに目力の強い、ええしのボンの若手ディレクター岸本拓朗(眞栄田郷敦)のマヌケぶりも爆笑ものだ。口説き厳禁の女の子をネギタン塩が美味しいという恵比寿の「焼肉チャンピオン」で口説いた音声をネタにヘアメイクの大山さくら(三浦透子)に強請られて、浅川を冤罪事件の「真相追求」に誘い込み、権力に挑む羽目に陥る。浅川の元カレの政治部キャップ・斎藤正一(鈴木亮平)に相談に乗ってもらうが、どうにも態度が怪しい。
ディティールのひとつひとつまで緻密に組み立てられた骨太の物語は、臨場感に充ちている。確かなリアリティに支えてられているゆえ、ただただ私は長澤まさみ演ずる浅川恵那に見惚れてしまう。まことしやかにウソを伝達する仕事を「呑み込む」ことができずに食べ吐きを繰り返す美しいひと。空っぽの部屋で水とゼリーしか口にできぬ日々を過ごす中、一緒にいるとなぜかカレーを食べることのできる無垢な男・岸本の口車に乗って「正義」のスイッチが入り、あまりに出鱈目な捜査の実体を知るうちに、全身が蒼白い怒りの焔に包まれてゆく。しかし、不実な男と知りつつ斎藤の逞しい身体に縋るしかないほど病んでもいる。
この世ならぬものの儚さのある浅川と対照的に、リアリストとして生き抜いて虐待から救ってくれた老人の無罪を証明しようと懸命な大山の支えがカレーとケーキの思い出だったり、殺人被害者の姉が証言する動機が妹は下着を売らないという確信だったり、人を信じる根拠が切ない。見逃せないのは常に未来からのナレーションが入ることで、たとえばガルシア゠マルケスの『予告された殺人の記録』のように、運命の時を刻む緊迫感を演出している。
権力に近づくに相応しい力量と風格を備えた斎藤は、自分が転落する契機を作った浅川の目覚めにより、どんな荒波を受けるのか。法務大臣が不規則発言をする事件が起きたりもして、このドラマは何かを持っている。現代のジャンヌダルクの如き女優の輝きと「正義」の行く末を、しっかりと見届けたい。
 
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『エルピス―希望、あるいは災い―』 カンテレ・フジテレビ系 月曜よる10時放送

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『silent』は、生活感覚の新しさに魅かれるドラマだ。主人公たちの年齢をとうに過ぎた人間にとっては未知のもので、とても眩しい。最初は主人公の青羽紬(川口春奈)と交際中の高校の同級生・戸川湊斗(鈴鹿央士)の、すべてを先回りして葛藤の芽を摘むような優しさに驚いた。メッセージを送るにも相応しいメディアを選び、いかにスマートに伝達できるかを十分に配慮する。デジタルネイティブ世代は、瞬時にこれだけの判断をしているのか、と感じ入ってしまう。ずっと地元の友達と緩やかにつながっているのも、イマドキの習慣なのだろうか。
しかし、恋の本質は変わらない。川口春奈の感情表現の華やかさは比類がなく、泣かれてしまうといたたまれなくなる。大きな濡れた瞳に吸い込まれそう。こちらも同級生で、高校時代に付き合っていたハンサムな佐倉想(目黒蓮)と並んで歩くと本当にお似合いなのだが、これだけ平和な世の中でも災厄が訪れることもある。大学に入った想を襲った病は「若年発症型両側性感音難聴」。高校時代はサッカー部の花形だった想にとっては、今までの人間関係を捨てるに足る蹉跌だった。
突然、目の前から消えた想を8年後、偶然、東京の街角で見掛け、紬はともかく追いかける。想は逃げる。紬は想の声が好きだったが、聞こえなくなって家族のほかには声を出すのを止めている。しかし、紬はひるまず、手話を覚えたりして想との距離を詰めてゆく。「喪失」をどう受け止めるか、家族も友人たちももがきながら、新たなる関係性を見出してゆく。
何かを得ることは同時に何かを失うことでもある。紬の想への強い想いを知っている湊斗は、フットサルを企画して「変わらない」同級生再会を演出したのち、結婚を前提にした交際を自ら断つ。紬がハンバーグをこねている最中、湊斗からかかってきた電話での会話が切ない。忘れ物の「100均のヘアピン」をネタに、お互い「元気」だと伝え合う。湊斗の隣で3年間「ぽわぽわしていた」紬。ああ、こういう会話をするのか、と納得する。
大学時代に知り合い、想に手話を教えた桃野奈々を演じる夏帆がすばらしい。想と手話で朗らかに対話する時間は小春日和のようだ。しかし、生まれながらの聾者として過ごしてきた苦しみが、紬の出現により溢れ出る。このドラマを見て、どんな風に優しく波風を立てぬように振舞おうとしたからといって、心の許容範囲が広がるわけではない、と知った。結局、ひとりで悶々としている。その中で、穏やかに見えながらも、実は決然と自らの選択に従っている想の精神は凛々しい。小悪魔の気配が漂う青羽光(板垣李光人)や家族を飄々とした態度で救う想の父・隆司(利重剛)の好演も見逃せず、この優しい人たちがみな、どのような「幸福」の形を見つけることができるか、想像を巡らせている。



『ファーストペンギン!』は、実話に基づいているから安心できるものの、寂れた浜で「魚の直販ビジネス『お魚ボックス』」事業を成功させようとする主人公のシングルマザー岩崎和佳の行動があまりに大胆果敢すぎるから、ついハラハラしてしまう。抱きしめたら折れそうな奈緒がはまり役で、突如、彼女の眼が燃えると社会が動く。漁師たちにまるで信じてもらえぬ和佳が、もう、やってらんねえ、と船団の事務所を自転車で飛び出し、東京の板前からは吐きながら魚を食べて営業していると怒鳴られて事情を知り、いかつい漁師たちが何人も揃って走って追いかけるシーンには大笑い。もちろん、自転車の方が早い。
「さんし船団丸」船団長・片岡洋(堤真一)が真に迫っている。妻を亡くした男やもめの哀愁と賑やかだった浜の再興への願いが全身を貫いていて、一本気でおっちょこちょいで情の深い漁師が目の前にいる。父子の相剋が隠れテーマになっており、和佳に肩入れする医師の琴平祐介(渡辺大知)や、父・山中篤(梶原善)の田舎じみた風情を好きになれず一度東京に行った不器用な山中たくみ(上村侑)も、人口流出が続く地方の現実を如実に反映している。生半可な都会人のロマンなど通じない世界で、もとはサバとアジの区別もつかなかった和佳が鮮魚の美味しさの輪を広げてゆく。
『プレバト‼』の夏井いつき先生との掛け合いで芸域を広げた梅沢富美男が演じる汐ヶ崎漁協組合長・杉浦久光の底意地悪い妨害工作も最高で、私には腰巾着の安野茂(遠山俊也)のセコさが堪らない。お約束の組合長が浜の模型をぶっこわすシーンを繰り返し見たいと思う。先輩たちにびびりながら和佳をフォローする若手漁師・永沢一希を演じる鈴木伸之は、ついにぴったりした役に巡り合った。和佳の息子・進(石塚陸翔)と遊ぶシーンなど、心の優しさが自然に滲み出ていて和む。「お魚ボックス」を成功させるキーパーソン。女性進出の事例として、大臣が和佳の例を答弁する時まで、官庁のテレビを消すまいとするシーンも、こちらはなぜ頑張っているのか分からないので面白かった。
ドラマは愉快だが、漁業を含めた日本の第一次産業の衰退はシャレで済むレベルではない。オブラートに包みながら、新規参入の障壁の高さや老害という現実を広く知らせる意味でも、応援したいドラマである。
 
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『ファーストペンギン!』  日本テレビ系 水曜よる10時放送
 
 

川端康成は、訪問した編集者の顔をあの猛禽類の眼で見ながら、一言も言葉を発せずにただじっと座っている、という逸話で知られている。取りつく島もなく、恐ろしかっただろう。私もその気まずさに耐える自信はない。もっとも、幼い頃から次々に肉親の死に遭遇した孤児であり、戦中には親友の横光利一も死ぬなど、常に「喪失」と直面してきた川端にとって、浮き世の義理や目の前の生きた人間がどれほどの意味があったのか。
しかし、たとえ永遠の相が見えたとしても、日々の生活の単調な繰り返しが変わるわけでもない。不眠に苦しむ川端は、その平凡さに耐えられなかった。吉増の変体少女仮名的な筆跡は今を呼吸している。世相は確実に変わるし、何も見ずにぼんやりしていたら退屈なだけである。そして、何か一歩を踏み出していると感じるドラマは女性が主役であり、みな、一見平凡な世界から宝物の如き細部を見つけ出している。テレビドラマの世界には、どうやら、新しい風が吹き始めたようだ。

 海風や母の育てし秋の薔薇


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(撮影:風元 正)



風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。