Television Freak 第72回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は7月10日に行われた参議院選挙とその速報番組、NHKの大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、6月まで放送された土曜ドラマ『17才の帝国』について書かれています。
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死ぬのはいつも他人ばかり



文・写真=風元 正

 
今回の参議院選挙は、NHK党が「政党」として迎えるという点で画期的だと思っていて、坪内祐三や小田嶋隆ならばどう書くか、考えながら注視していた。しかし、安倍晋三元総理の銃撃という事件が起こり、茫然としている。東浩紀は何か発言しているか、覗きに行ったらツイッターアカウントが消えていた。敢えて開票前に書き始めてみたものの、いよいよ「暗殺」の時代が幕を開けたのかというユウウツが去るはずもない。
そもそも、元総理大臣が現職より選挙活動にヤル気で、全国を遊説に駆け回っていることが不思議だった。人気があるから、という説明を元総理の知り合いにされたが、アンチもどんどん増えているわけで、やっぱり無防備だったのではないか。与野党が政策に大きな違いを作り出せない中、負けるはずもない選挙にしゃかりきになる理由はもう訊けない。小政党だけが独自の主張を展開してイキイキ活動し、参政党という赤尾敏の姪や武田邦彦がいる新勢力の台頭に目を見張りつつ、ガーシーが当選するかどうか見処、というおちゃらけた気分は忘れず、行く末を見守ることにしておく。選挙戦最後の日、相変わらず立花党首が「NHKをぶっ壊す!」をやっているのにちょっと笑った。
令和改元前後の、毎日が「皇室アルバム」といううそ寒い日々の倦怠を一気に動かしたのは、あの登戸の事件だった。磯部涼が「令和元年のテロリズム」と名付けた闇は、いよいよ本格的にわが国を蔽い始めている。今回の事件の、犯人の人相風体をテレビで最初に見た時から、「民主主義」への挑戦、みたいなお伽話とはまるで関係がないと思った。名が伏せられていた宗教団体との関連が明らかになるにつれ、各党すべてが直面すべき課題を担った救いのない人間が、現在の政治を代表する存在と一瞬、交錯したという印象が強まる。


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『鎌倉殿の13人』は、源頼朝(大泉洋)がどう死ぬのかを注目していた。三谷幸喜流の小芝居が相変わらずうざったいが、おおむね全編、格調が保たれていることは喜ばしい。鎌倉幕府の誕生は、平泉の藤原家のような武力と財力を蓄えた豪族が関東以東に多く出現したことによる必然である。しかし、都育ちの貴種が伊豆に配流されたことは偶然であり、頼朝が「天に望まれた」男だという機微は、大泉洋が普段は隠している酷薄さを露わにすることで表現されている。猜疑心により平家を滅ぼした男は、人を疑うことに疲れて「いい人」になった日に馬から落ちた。
たくさんの人が死んでゆく血なまぐさいドラマ。上総広常は武力と権謀術数で成り上がった「坂東武者」の典型として魅力的だった。史実が少ない分、俳優や演出陣が自由に人物像を作り上げることができる。戦場で鍛え抜いた豪胆かつ繊細な神経と文字が書けないという欠落を、佐藤浩市は深い陰影を伴って造型した。北条時政が田舎侍のまま成り上がってゆくスケール感を出すのに、坂東彌十郎はぴったりである。怪物・後白河法皇(西田敏行)を双六でとっちめて心服させるシーンは見事だった。若い妻のりく(宮沢りえ)に頭が上がらず、いつもやりこめられている呼吸も面白い。
菅田将暉の演ずる義経は鮮烈だった。武人としての義経の才と俳優としての菅田の才はどこかで重なる。後白河法皇におだてて使われ(西田敏行の怪しさは名人芸)、決して兄と組まぬよう牽制されつつ、目の前に平家の屍を重ねてゆけば、まともな神経ではおられまい。義仲(青木崇高)ともに戦場に出る人間の強さと弱さを、後方に控えて自らの手を汚さぬ総大将の頼朝との対照を際立たせることより、見事に描いている。私はかつて一関の義経堂を訪ねて、北上川の雄大な流れを眺めたのち、芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」という句碑の前に立ったことがある。この遠い東北の地に、鎌倉から武士たちがやってきたのか、と藤原家3代の栄華をとどめる丘の上でしばし詠嘆に耽った。
義時(小栗旬)はまだ本性を現していない。しかし、頼朝やその妻で姉の政子(小池英子)との距離感が絶妙であり、いち早く情報を握る立場にある者が大事という視点は、現代にも通じる。丹後局(鈴木京香)などが、夫を亡くしてますます怪物化してゆくのもいい。鎌倉時代がどのような転換期であったか、その背景まできちんと描き込まれている大作。運慶(相島一之)がいい場面で登場したり、阿野全成(新納慎也)が無理やり難題を誤魔化したり、日本独自の文化である鎌倉美術や仏教にも目配が届いていて抜かりがない。この緊張感を保ったまま、どんな人間が生き残って権力を握るか、という普遍的な問いを突き詰めて欲しい。

 
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『17才の帝国』はすでに完結したドラマだが、刺激的な意欲作だった。近未来、斜陽国となった日本の閉塞感を打開するため、総理大臣・鷲田継明は、政治AIソロンを駆使して統治する実験都市「プロジェクト・ウーア」構想を実現に移す。名乗りを挙げた海のそばの青波市に、ソロンが選んだ4人の若者が閣僚として赴任する。17歳の総理大臣・真木亜蘭を演じる神尾楓珠の、ノーブルで折り目正しく、そして知的な若者特有の昏い鬱屈がドラマのリアリティを支える。同時期の『ナンバMG5』では、金持ちの息子の賢いヤンキーを演じていたのも愉快だった。
「スマートグラス」という眼鏡型ウェアラブル端末でAIの膨大なデータと直結し、メタバース技術により人と人の距離も縮む社会。技術的にはすでにSFではなくなっているし、私はボケる前に青波市に移住したい位である。物語は、既得権益を守ろうとする大人と、データに裏付けられた純粋にベストな未来を選択しようとする若者の対立が主軸となるが、私は現在のテクノロジーでも全面的に活用すれば実現可能な理想社会のヴィジョンに魅せられた。
神尾は、このドラマが作られた背景にある日本の閉塞をもともと共有していたような地頭の良さを感じる。ナイーブで感受性豊かな17歳が、商店街の人々など地域住民と接することにより、さまざまな世界の理に目覚めてゆく。財務経済大臣の雑賀すぐり(河合優実)や、厚生文化相の林完(望月歩)もAIで選ばれたといういけ好かない感じがよく出ている。環境開発大臣にして総理の孫・鷲田照を演じた染谷将太が達者で、地元の有力者にぺこぺこするありがちな政治家一家のボンボンから真木に感化されてウーアの実現に邁進する変貌のプロセスをきっちりと表現している。ドラマの最初と最後では顔つきがまったく違っていた。
統計データや未来像が瞬時に画像として目前に出現する世界。総理の命でプロジェクトを立ち上げた若手官僚・平清志(星野源)は、なぜ自分がAIに選ばれなかったのか、ずっと悩んでいる。真木は「17才のユキ」であるAIスノウと秘密に対話しており、その正体が鷲田継明の関わった不正献金疑惑に巻き込まれて死んだ友人の白井雪だった。もともと真木の熱烈なファンでAIと関係なく総理補佐官に指名された平凡な女子高生・茶川サチ(山田杏奈)は、実は雪に似ていることで選ばれたことを知って動揺したことによりプロジェクト全体が危機に陥るのも「17才」らしい。ああ、青春のただ中という少女役に山田杏奈はぴったりだった。
市議会をなくすなどの改革に徹底的に反対する実力者・保坂重雄(田中泯)も、真木が尽力し途絶えていた「ランタン祭り」が甦らせようとする再現画像を見て、ついに改革に賛同する。人間の心と高度なテクノロジーが合体して生まれる新しい都市のひとつやふたつ、もう生まれていてもいいのではないか。「14才」でなく「17才」の心を保とう、というメッセージは確かに受け取った。
 

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選挙速報をザッピングしながら見てもほぼ予想通りで、心はほとんど動かなかった。しばしば投票率の低さが問題になるけれども、今回の場合は、投票する人が増えたらより与党の議席が増えただけだったろう。祝祭感はゼロ。何より、国民の総意が、「野党」や「反体制」をまったく望んでいないことが身に沁みた。もっとも、小政党の一点突破的な公約を除いて(自民党の「消費税ゼロ」論への過剰な反応は興味深かった)、具体性の伴った新しいヴィジョンを示している政党はないのだから、当然でもあるが。
ガーシーが「良識の府」参議院議員になる日がついに来た。個人の知名度だけでなく、NHK党は100万票も獲得しているわけなので、もう泡沫とはいえない。案の定参政党も議席を獲得したし、これらの投票行動は元総理が銃撃される時代背景と通底している。すべての既成政党の言葉は、あの銃撃犯の心には届かない。「孤絶」が拡がる光景。
ぐったりしながら『鎌倉殿』について考えるうちに、高校時代に暗記させられた平家物語の冒頭が唐突に頭の中に甦った。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵におなじ」。そう、900年前も今も、人の世の基本はまったく変わらないのだった。
NHKの『鎌倉殿の13人』と『17才の帝国』は、いずれも「諸行無常」の先を考えようとしたドラマである。答えがあるわけではないが、手を伸ばそうとするだけでいい。あの戦乱の世の夥しい屍の中から、運慶の大仏や中尊寺の金色堂も生まれた。鎌倉仏教のスケールの大きな「救済」を思い出しながら、デュシャンのように「死ぬのはいつも他人ばかり」と嘯いてみる。テレビにもやっぱり明日は来る。青山真治の『EUREKA』も、どこかで琵琶の音が鳴っていた。


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。