Television Freak 第68回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は昨年のプロ野球・日本シリーズや年末の競馬GⅠレースを振り返るとともに、ドラマ『岸辺露伴は動かない』(NHK)『倫敦ノ山本五十六』(同)など年末に放送されたテレビ番組について書かれています。
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物語/伝説/神話



文・写真=風元 正

 
2020年のMLBは、ドジャースの不世出の左腕クレイトン・カーショウが「ポストシーズンに弱い」という唯一の弱点を克服する年だった。10年代のポストシーズンは腕も折れよと強い球を投げ込み続けるカーショウが力尽きてドジャースも崩壊し、巨星墜つ、という物語が毎年繰り返されていた。しかし、去年のカーショウは力が抜けていて、スターターの役割を果たせばいいか、という淡々とした投球に終始し、バックもリラックスし高級選手を揃えた底力を存分に発揮してドジャースは楽々とワールドチャンピオンの座についた。
21年は故障でカーショウがポストシーズンに不在で、すると、どの試合もあまり見どころがない。大谷翔平のMVP受賞の価値を低く見積もる者では断じていないが、張本勲がただひとり指摘し続けていた、多チーム化によるMLB全体のレベル低下がもたらした結果、という見方も成り立つ。実際、ジョー・トーリが率いて、デレク・ジーター、アレックス・ロドリゲス、マリアーノ・リベラそして松井秀喜など、綺羅星のごとき選手が揃ったかつてのヤンキース的なチームはついぞ見かけない。
「ハリー」の野球に関する動体視力と見識は衰えることなく、他ジャンルへの無知との著しい対比をせせら笑う風潮は不愉快だった。大谷がなぜ打てるのかを素人にわかるように解説しようとして、長くなるのを嫌った関口宏が話を遮った瞬間の卑しい表情を忘れることはできない。全スポーツに「喝!」という無理矢理な設定に長く耐えた「ハリー」が去り、具眼の士がまた発言の場を失った。
野球の神様はどこへ行ったか? ヤクルトとオリックスの日本シリーズに宿ってくれて、ほっとした。第1戦、山本由伸と奥川恭伸という両右腕の投げ合いはワールドクラスであり、瞬く間に日本の4番打者に駆け上がった村上宗隆とともに至宝が3人。拮抗した展開に見えたものの、常にヤクルト、いや高津臣吾監督の手腕がオリックスの中嶋聡監督を微妙に上回っていた。象徴的だったのは第6戦、オリックスのアダム・ジョーンズが9回裏2死、同点だが1塁が空いている状況で代打に出て、申告敬遠された局面である。ジョーンズはMLBの実績では段違いのヤクルトのオリンピック銀メダルストッパー、スコット・マクガフが自分にはびびっているのを知っており、もう1度代打ホームランを打つ予定をしていて、ずっとベンチで集中していたのに。バットを1度も振らずに1塁に歩いたジョーンズはヤクルトの1塁手ホセ・オスナに呆れ気味に話しかけて、試合の緊迫は飛んだ。
高津采配は冴えわたり、オリックスの継投が行き詰まったと見極めて代打の切り札・川端慎吾を投入し試合を決める。最後を締めたのはジョーンズに投げずに済んだマクガフ。第7戦にも奥川と「神7」のひとりと結婚して覚醒した左腕・高橋奎二も温存しており、ヤクルトは盤石の態勢を整えていた。これも小川泰弘、石川雅規という球威は衰えたものの元エースの顔役を長いイニング起用して余裕を作ったからだ。よく我慢した。野村克也は「人を残すは一流」という言葉を好んだが、ヤクルトの黄金時代を支えたストッパー高津が指導者として後継者の座につき、野球という「神話空間」に新たなる主役が召喚された。
野村門下には阪神時代のお気に入りの新庄剛志という伏兵も出現した。20年、トライアウトを受けた時は正直、狂ったかと思ったが、野球界復帰のための緻密な戦略だったとはお見それしました。「優勝は、目指しませ〰ん!」という宣言から、発する言葉は一切間違っていない。もちろん、すぐ優勝というわけにはいかないだろうが、チーム作りの方向性は開幕10戦で見える。日本ハムがどうなるか、奥川が2年目でまだたった9勝の投手であり、村上が21歳なのを忘れてはならない。ナベツネが無茶苦茶にした日本野球も、案外捨てたものではないようだ。
一方、MLBの期待を一身に背負ってしまった大谷翔平も、ワールドシリーズに出て投打ともに大活躍してチャンピオンになる、という神話的大事業を成し遂げるためには、体力的にそう時間がない。エンゼルスに残るのか、球団が本格的な補強に取り組むか、つい注視してしまう。


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有馬記念はほぼ無敗の現役最強馬エフフォーリアに凱旋門賞帰りのディープボンドとクロノジェネシスの順で入線。私は例によって予想しすぎの悪癖を出し、ディープボンドの戦歴中の中山下手を必要以上に重く取ってしまって敗北。しかし、パドックでのディープボンドは外周を威風堂々と歩き、陣営のコメント通り遠征を経た成長が著しかった。馬体充実のエフフォーリアは単純に強いとして、同馬に騎乗した横山武史の父・典弘が乗るシャドウディーヴァが兄・和生の菊花賞馬タイトルホルダーの先行を導き、最後は目標になって差されるという展開は、青山学院大学が首位を独走する箱根駅伝のようで、重厚な味わいに欠けた。
しかし、年内の競馬はまだ続く。12月28日、G1ホープフルSの日、久々に後楽園場外に顔を出し、ほとんど人気がないのに仰天した。なんと、実況、オッズ、レース結果の表示など情報の提供は一切ない上、酒や食事にもありつけない。8時30分に売り切れた指定席に入った人だけが滞留する意味が生じる。検温されて、馬券買ったら帰れ、という態度でも全体の売り上げは下がらないのか、という現実にたじろいだけれど、こちらもスマホでJRAレーシングビュアーとHPを見ればほぼ通常運転である。ホープフルの1着キラーアビリティはまたしても横山武史騎乗で、2着ジャスティンパレスはクリスチャン・デムーロが騎乗。両方ともやや小さめの馬体のディープインパクトの仔で、他の種牡馬の馬を置いてけぼりにする瞬発力は父が死んでも健在。私のホープフルの本命ラーグルフは3着、そして阪神最終ファイナルSでは本命にした軽ハンデの「ジェット噴射騎手」(©かなざわいっせい)川又賢治のローレルアイリスが激走してくれて、有馬の傷がかなり癒えた。
あくまでたった1度の経験だとして、28日はほとんどヤケ気味で場外に入ったにもかかわらず、娯楽と喧噪がゼロの環境で、使い慣れたスマホ画面のみの情報で判断し、必然的に点数を絞らざるをえないマークシート記入という限定がかえって効果的という感触を得た。アーキテクチャの包囲から少しでも自由になる方法は貧しさの選択なのか。いや、次回は場外でも大敗するかもしれず、続報します。
地方の大詰め大井の東京大賞典はミルコ・デムーロ騎乗のオメガパフュームが史上初の4連覇を達成し、こちらは熱い魂が爆発したレースだった。4角で地方馬の代表格ミューチャリーに騎乗した御神本訓史がオメガをイン側からハデに弾き飛ばして先頭を奪いに行き、大本命馬が離れた大外を回ることになって一瞬はっとする。しかし、結果としては6歳になってズブくなったオメガの闘志に火をつけることになり、楽々1着入線したミルコは飛行機ポーズを炸裂させた。
中央と地方の意地がぶつかった東京大賞典の伏線は、金沢で開催されたJBCクラシックでミューチャリーが並みいるJRA重賞勝ち馬を撃破して地方馬初優勝を飾ったことにある。騎乗した金沢の天才・吉原寛人が差しから先行に脚質転換して勝ったので、もともとお手馬だった御神本が吉原を意識し、大井では先に仕掛けたらオメガに屈してしまった。御神本も天才と呼ばれた男ではあるが、吉原の騎乗技術は魔術的としか形容のしようがない凄さで、広い東京競馬場もひょいっと克服していたから、中央入りすればすぐさまリーディングを争うだろう。
そして、デビューから268日目に通算100勝を達成し、吉原の最速記録を抜いた佐賀の2 年目・飛田愛斗は、ヤングジョッキーズシリーズファイナルで2勝を挙げて優勝して一気に全国区の存在になった。大井のダート1200m戦で不利な内枠からじわじわ大外に出し後方一気で突き抜けたレースは見事だったし、中山ダート1800mでも大外を回して崩れぬ姿勢でびっしり馬を追いまくりイン強襲した馬をハナ差交わして1勝。同じシリーズに出場した中央でブレイク中の菅原明良を物差しにしても、伸びるコースを選ぶ眼には一日の長があり、騎乗技術は飛び抜けている。ネット販売により売り上げが戻った地方競馬は、名手や名馬の物語が次々と生まれる場として復活した。やはり、人と馬の物語に一票を投じる馬券も買いたい。カジノフォンテンがいい線行くなど地方の馬質が全体に上がっている状況もあり、ハイセイコーやオグリキャップのような突然変異的な名馬の出現を待望している。


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『岸辺露伴は動かない』シリーズは、主人公の天才漫画家・岸辺露伴を演じる高橋一生の代名詞になりつつある。記憶を「本」の形で読み、指示を書き込むことのできる特殊能力「ヘブンズ・ドアー」の実写化もお見事。長い人生のトラウマを一気見して、動じずに指示をぱっと書き込む露伴のクールさは高橋一生の独壇場。市川猿之助が背中を決して見せない不動産屋・乙雅三を演じる第5話「背中の正面」が愉快だった。階段に背中をつけて、じりじり登ってゆく猿之助の焦りまくった歌舞伎顔が何ともいえない。露伴は常にヨーロッパの貴公子風のぴったりした服を現代調にアレンジした奇抜な衣装を着て、相手役の編集者・泉京香(飯豊まりえ)のぴったりしたチャイナ服風のカラフルな衣装やベレー帽も抜群に似合っている。どちらもとんでもない細身でなければ入らない衣装で、体形が羨ましい……。あの世に通じる「平坂」の描写も鮮やかで、背中に張り付く猿之助とそれが見えないすっ頓狂な飯豊まりえの対峙からの展開は背筋がぞくぞくした。露伴のセリフ通り、「「境目」はむやみに踏み込むものじゃあない」。
このシリーズは何度も繰り返し放映されそうなのであえてネタバレを避けるが、柳田國男風の民俗学的世界をスタイリッシュに描き直す物語は『鬼滅の刃』と共通するし、水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』も想起させる。無知で恥ずかしいが、渋沢栄一の跡取りの孫・敬三は、宮本常一・今西錦司・中根千枝・網野善彦などに多大な資金援助をした民俗学者だと大河ドラマのお陰で頭に入り、「論語と算盤」の裏に棲む「妖怪」伝説の気配を感じている。ともあれ、現代ドラマの粋を極めた作品で理屈抜きに楽しめるし、飯豊まりえのコケティッシュな魅力をファッション込みで引き出したのはお手柄だった。


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あの真珠湾攻撃から80年、『倫敦ノ山本五十六』は、山本五十六を演じた結婚したばかりの香取慎吾の存在感に心底驚嘆した。丸刈りで白い軍服姿が似合い、若き軍神の生まれ変わりかと画面に惹き込まれる。海軍兵学校同期で非戦論が持論の条約派・堀悌吉(片岡愛之助)との友情を底流にし、新発見の極秘文書を基に山本五十六の知られざる物語が発掘される。
NHKは、新しい研究や資料に立脚した歴史観の更新を続けており、攻めの姿勢が好ましい。1929年のロンドン軍縮会議に海軍代表として出席した五十六は、強硬に軍縮案に反対し続けて周囲を困惑させたが、その真意が孫によって保存されていた10ページの備忘録を読み込むことにより明らかとなった。そもそも、ハーバード大に留学経験のある山本五十六は米国の国力を知り尽くしており、日米戦争は絶対に避けるべし、と確信していた。同時に日本への軍縮を迫る英米に対する怒りは海軍首脳と国民を覆っている。
国家の威信か戦えば必敗という現実か。日米貿易交渉でも同じ主題が繰り返されているが、軍備の方は国民の生死に直結する。五十六は海軍という組織の中で自分の信念を曲げないためにトリッキーな交渉術を駆使したものの、真意は汲み取られないまま軍縮条約は締結されて、帰国後は英米に屈しぬ英雄として迎えられる。なんという皮肉。
近い将来に米英との戦争に突入し、単純に国力不足で敗北するという運命を予感している五十六。香取は言葉少ない海軍軍人の苦悩を真に迫った演技で表現する。英国の交渉役とのポーカーのシーンは絶品で、面倒は避けたい列強の真意をカードゲームで読み取り、英語が堪能な五十六が「なぜ通訳を使うのか?」と問いかけられて「正確さが必要ですから」とはぐらかす香取の据わった目の力がすさまじい。
もとより、昭和のあの頃に列強の軍縮要求に応えつつ国力を養って時を待つ、という理性的な軍人が密かに描いていた願望が実現するはずもない。連合艦隊司令艦長となった山本五十六は華々しく戦いブーゲンビル上空で米軍に暗殺されるが、時流に逆らう信念がたたり海軍内での出世が断たれた堀は1959年まで生きる。国家と人の運命の交錯が刻まれたドラマだった。


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『紅白歌合戦』についてあまり書くことがない。感動したのはKing&Princeだけ。BTSが世界を席巻する中、日本的アイドルの王道を歩む5人組がしっかりと成長しているのに励まされた。21年、永瀬廉『おかえりモネ』、髙橋海人『ドラゴン桜』、岸優太『ナイト・ドクター』、神宮寺勇太『准教授・高槻彰良の推察』とドラマで印象深い役をそれぞれ演じ、この1年で子供っぽさが抜けた。髪型が変わった平野紫耀の資質も高く次のステップでの飛躍は約束されており、この方々は頑張った、という記憶とともにしっとり歌う「恋降る月夜に君想ふ」を味わった。
全体に生演奏が減ったのが時代の流れなのか。演出陣の年齢が大幅に若返ったのは確実で、番組としてのメッセージをVTRで表現したいのはわかるけれども、ならばここまで大仰な設定が必要なのか。ボカロ歌手ばかりが出てきて、ライブで鍛え上げた歌手が出場を避けている印象もあり、案の定「視聴率最低」と話題になった。寒い中山の有馬で一杯やった次は紅白という年越し感が年々薄れているのはオジさんの感傷としておく。
それにしても、『年忘れにっぽんの歌』では60代はまだ若手という勢いで歌手たちの現在を包み隠さず映し出し、『孤独のグルメ2021大晦日スペシャル~激走!絶景絶品・年忘れロードムービー~』では、ミニ・クーパーを狂言回しに使って名所めぐりを試みるテレビ東京の郷愁の誘い方は年期が入っている。山本リンダの変貌や相変わらずの岩崎宏美に目を見張ったのは私だけではないだろうし、あの伊勢うどん、美味そうだった。「紅白」と「年忘れ」の両方に出た細川たかしは別格で……。


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テレビの伝説は生放送とともに生まれ、しばしば放送事故的なミスが語り継がれてきた。しかし、今後はこちらが《テレビ=生》という先入観を捨てる時代が来た。生の聖域のスポーツ中継も微妙である。もともと、グラウンドにいる観客がホームランやゴールなどの決定的瞬間を見逃す方が当たり前で、超満員の競馬場では何が起きているかわからない。物語や伝説が定着するのはメディアで再生されてからの話であり、画面がスリリングでなければ枠を譲る定めだ。現場に足を運ぶ愉楽とはまるで別次元の話である。
その意味で、だれも全レースを見渡すことができない長距離走はテレビ的で、箱根駅伝が国民的行事になるのはよくわかる。しかし、途中で脱落するのが習い性になったのは競馬の話でさんざんくさしているノーザンファーム的な手法がのしているからで、1位と2位の学校が11分も差がつくのではレースにならない。緊張が走るのはシード権争いだけ。
むろん、強い青学大に文句はなく、これだけ1年生が活躍するならば1度も箱根を走れず、他校ではエース級となる4年生が何人も出るだろうな、と思うだけだ。一校に有力ランナーが集中するのは「青学メソッド」の魅力もあるとともに、箱根出場は各県代表がある甲子園と違い10校しか枠がないので、確実に出られる名門を選ぶということか。ただ、箱根の先の目標であるマラソンでは、どのレースでも固まって先頭集団を走るケニア人ランナーにまったく歯が立たないのがもどかしい。東京マラソンで青学大出身の選手が40㎞を過ぎて、何人もが先頭争いする時代が到来したら許そう。
一方、レベルアップした甲子園野球は世界でも通用することを証明している。「二刀流」が特別扱いされるのも不思議で、高校生だとエースで四番は当たり前。打って投げて試合を決める快感が選手を成長させる。WBCやオリンピックなどのトーナメントでは無安打で1点を稼ぐ技術が問われるわけだが、日本人は馴れている。大谷に限らず、田中将大、ダルビッシュ有、菊地雄星などの甲子園の飛び抜けたヒーローは順調にアメリカに渡っているし、山本や奥川の一級品をこのまま持っていってもすぐエース級だろう。やっている国が少ないとはいえ、野球ではMLBへの道が目前にある。
世界を目指すか、ドメステックなノスタルジーに向かうか。またテレ東かという話だが、箱根が終わった後の『新春 芸能人対抗駅伝』をつい見てしまう。今年はフルマラソンを2時間37分31秒で走ったことのある福場俊策を5分26秒差で追ったねこひろしが10㎞で10秒差まで詰めて流石の走りだった。瀬古利彦が2区で何人もブチ抜いた昔の箱根の味わいが濃厚に漂う。井上咲良の必死の坂登りも見どころがあった。


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小津安二郎の誕生日で命日の12月12日、小津会に出席させて頂いて墓参を済ませた。食事を終えて、松竹の小津映画のプロデューサーで、21年8月15日に96歳で亡くなった山内静夫さんの家のお墓を教えて頂けるというので、後に従った。山内さんは里見弴の四男。妙本寺という名前にどこかひっかかり、記憶を辿ると田村隆一さんのお墓があるはず。興奮していたのは私と同道した平山周吉さんだけだったが、里見弴と田村隆一の墓が20mも離れていない場所にあるのは愉快で、ひさびさにお参りがかなった。
田村さんの葬式を仕切った河出書房の飯田貴司と小澤書店の長谷川郁夫ももうこの世にいない。
 
 一篇の詩が生れるためには、
 われわれは殺さなければならない
 多くのものを殺さなければならない
 (「四千の日と夜」田村隆一)
 
戦後の物語の源基となった詩行を思い出し、手を合わせた。


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。