Television Freak 第66回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は『お耳に合いましたら。』(テレビ東京系)をはじめとする今クールの連続ドラマや『闇の神話を創った男 H.P.ラヴクラフト』(NHK)、順延が続いた夏の甲子園などについて記されています。
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「どろんこ野球」の渦中


 
文=風元 正

 
月の冴える夜が増えた。ふらっと歩くと人影は少なく、空気も澄んでいる。川崎市健康安全研究所所長で内閣参与の岡部信彦が「あの便利すぎる、なんでも24時間楽しめるかのように見えた世の中こそ、是正が必要なのかもしれません。新型コロナは『眠らない夜』ではなく、『静かなる夜』に戻すための鉄槌かもしれない」と発言して顰蹙を買っていたが、徒歩圏内に8軒もコンビニエンスストアがあり、近頃の客足も絶えたただ明るい店内のむなしさを知ると、つい賛同してしまう。岡部の言動を追うと、現場経験を重ねた理性的な医師とわかるが、政権中枢にその見識はどう伝わっているのか。
片山杜秀氏から、幕末に攘夷の感情が沸き上がったのは、「異人」から天然痘の感染が広がったから、と教えられた。19世紀、蘭学も盛んになり、捕鯨船や交易船が偵察に来日するのも当たり前だった時期、突然問答無用で外国人を斬るような排外主義がなぜ生まれるのか不思議だったけれど、致死率の高い感染症の流入が原因ならば納得である。ヨーロッパに城塞都市が築かれたのは、外敵への備えだけでなく、ペストなどの感染症にかかった難民の流入を防ぐためだった。
ダークサイドミステリー『闇の神話を創った男 H.P.ラヴクラフト』を見て調べると、クトゥルー神話の始まりとなる短篇「ダゴン」は1919年の作、つまりスベイン風邪流行の渦中に書かれた。「その『人間』は、海底の洞窟で魚のように戯れ、波の下にあると思われるモノリスの祭壇を拝んでいるように見える。彼らの顔や姿を詳しく述べようとは思わない。思い出すだけで気が遠くなるからだ。ポーやブルワーのような作家の想像力も及ばないほど彼らはグロテスクだったが、忌々しいことに全体的な輪郭は人間によく似ていた」(「ダゴン」)こうした「旧支配者」のイメージは、感染病の死者や第一次世界大戦での夥しい戦傷者の群れとどこかで重なる。兵役検査の不合格を気に病み、移民の大量流入による都市の変化に取り残されてしまったラヴクラフトの創り上げた恐怖は、今、また身近に迫っている。かつて佐野史郎がドラマ化した『インスマスを覆う影』に登場する、佐野の顔が半魚人化する過程を捉えた連続写真がリアルだった。


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オリンピックに飽きた後半、あまりに逃げ場がなく、生前、坪内祐三が期間中の「国外逃亡」を宣言していたのを思い出した。競技そのものはいいとして、大量に放映された素人レポーター「現場取材」の狂騒には心底うんざりだ。仕方なく『東京裁判』で大川周明が東條英機の頭をぽかりと叩くシーンや『兵隊やくざ』の従軍慰安婦との別れの夜の哀しい乱痴気騒ぎを呆然と眺めたりしていた。 
今クールはドラマがより増えたが、オリンピック中断がある上、永野芽郁、佐々木蔵之介、仲野太賀、稲森いずみなどのCOVID-19感染が重なった。とりわけ太賀がメインだった『#家族募集します』の回数が減ったのが残念である。深夜枠に不倫ドラマだらけで、「うきわ」と「うわき」は似ている、と囁かれても困るのだが、作り込まれている作品も多かった。
『TOKYO MER~走る緊急救命室~』は、鈴木亮平にとって『西郷どん』の後に救命救急医・喜多見幸太という当たり役があってよかった。「待ってるだけじゃ、助けられない命がある」と危険な現場に突っ込み、平時には常に筋トレ中の超人的な身体能力を持つ医師に似合う役者はほかにいない。拳銃に狙われているテロの最中の緊急手術は当たり前だし、火災で止まったエレベーターの中で帝王切開手術したり、停電して大雨で故障した自家発電機を直して感電して心停止したり、大活躍。東京消防庁レスキュー隊即応対処部隊隊長・千住幹生(要潤)との、息の合ったアクロバティックな救助活動も見物で、どちらも意識が遠くなった瞬間に凄腕の医師でもある厚労省エリート医系技官・音羽尚(賀来賢人)が助けにくるお約束の展開も楽しめる。
げんなりするのは都知事・赤塚梓(石田ゆり子)と厚労大臣・白金眞理子(渡辺真紀子)の対立で、どうしても小池百合子の手柄顔が頭ちらつく。2人の「ゆりこ」はあまり似ていない。日曜劇場お得意の政界の「黒幕」の暗躍だが、こんなしょぼい手柄争いでいがみ合っているものか。清廉潔白な「現場」の頑張りでいつも「死者ゼロです」はいいとしても、『水戸黄門』ですらもう少し善悪の境界で揺らぐ葛藤があった。登場するテロリストもどこか絵空事のようで、『緊急取調室』に登場した元左翼リーダーが、桃井かおりの思い入れたっぷりの熱演は見事とはいえ、50年間逃亡を支援していた女性との関係の薄さが気になるのと同じく、「悪」の造形はもう少し突っ込んだ方がいい。

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『ナイト・ドクター』も救命救急医のドラマだが、こちらは夜間専門で昼間の医師に侮られている設定。主人公の朝倉美月(波瑠)は「どんな患者でも受け入れる」という強い意志を持つ頑張り屋で、親の反対にもめげず夜働く医師。働き方改革で労働時間を削られ、経験を積もうとして内緒で他の病院でも働き、事故現場の治療で倒れたりするから、ちょっと危なっかしい。自分が彼氏に浮気されて、浮気して刺された患者に当たったりもする。
指導医の本郷亨(沢村一樹)はナイト・ドクターを日勤の医師と並ぶ地位にしようという高い目標を掲げる凄腕だが、実際は軽い症状の「コンビニ受診」の患者だらけ。ネット情報で「夜の医者は研修医ばかりなんでしょう」と思い込んで娘を昼の医師に診てもらいたいと譲らない父親もいて、高岡幸保(岡崎紗絵)がブチ切れる。高岡は女子力キープにこだわり、合コンでは夜の医師なのを隠す。
ちょっと歳上の成瀬暁人(田中圭)は常に冷静で患者裁きが鮮やかな腕達者で皆のお手本だが、患者とのトラブルも抱え、脳外科医への道をやり直そうかと迷っている。両親を早く亡くし、難病の妹を抱えたチキンの元内科研修医・深澤新(岸優太)に、大病院の御曹司で心臓移植を受けて身体の弱い桜庭瞬(北村匠海)が同じ寮に住み、悩みながら前に進む「青春群像劇」であるのは分かった。でも、夜勤明けで青空の下、みんな揃って屋上でバーベキューとかするのか、という気もする。医師なのにドナー登録する妹に動揺する深澤も子供っぽい。波瑠のひたむきさと大きな瞳は役柄に合っているけれど、緊迫した仕事である救急医と「青春」はどうにも喰い合わせが悪い気がする。北村匠海の青春ぽさはさすがだが、途中で出番が減って……。
 
 
『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』は、町山交番に勤める元エース刑事の「マウンテンメスゴリラ」藤聖子(戸田恵梨香)と川合麻依(永野芽郁)のコンビの活躍が目覚ましい。安定を求めて公務員になった川合は、いったいこんな頼りなくて体力のなく、ひらひらした警官がいるのか、という気もするが、ともかく可愛らしい。ハードな交番勤務に疲れ果てた川合は、藤の完璧な勤務ぶりに導かれ、少しずつ成長してゆく。猛者揃いの藤の同期警官の女子会や、普通っぽい女子刑事で新選組オタクの牧高美和(西野七瀬)などが寮の部屋で集まり、警察という男社会の中で「シスターフッド」が育まれてゆくプロセスが微笑ましい。
このドラマ、2~3年前だったら絶賛していたけれど、今は首を傾げてしまう。永野芽郁が大昔のアイドルと同じドジでひたむきで明るい女の子をやっていていいのか。鉄板だが呑気。しかも、『ボイスⅡ 110緊急指令室』や『IP~サイバー捜査班』などなど刑事ドラマだらけで、「不倫」「医者」「警察」ドラマが毎日何本も放映されている。作りやすいのはわかるものの、プログラムピクチャー的な反復の爽快さもすでに摩耗した。テレビ局のみなさんは、俳優たちのポテンシャルを生かすために、ちょっとだけ冒険して頂けないだろうか。


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『お耳に合いましたら。』は斬新。主人公の高村美園(伊藤万理華)は「まつまる漬物」に勤める会社員で、氷川きよしの大ファンで、ポッドキャスト番組『氷川きよし kiiのおかえりごはん』を愛聴している。「すべての人に等しく開かれた魅惑のチェーン店グルメ」である「チェンメシ」とラジオが大好きで、レジェンドたちの「神回」を録音したMDを冷蔵庫で保存している。会議で思ったように発言できないのを見かねた同期の須藤亜里沙(井桁弘恵)にラジオを勧められ、吉田照美の「言葉にして誰かに伝えないと好きが死んでしまう」という言葉に背中を押されてポッドキャストを始める。後輩の「音オタク」佐々木涼平(鈴木仁)が最高で、ハードオフで美園にぴったりのマイクを探すウキウキした足取りは本物。3人が集まると、何か愉快なことが始まる気がする。
「松屋」「富士そば」「フライングガーデン」「くら寿司」「ジョナサン」……お馴染みのチェンメシを、好きでたまらない、という一念で喋り倒す。「餃子の王将」をサイダーで食べ倒す話とかたまらない。やついいちろう、クリス・ペプラー、赤江珠緒、安東弘樹などのレジェンドがさりげなく登場するのもオシャレ。第7話、「八本の矢」伝説を持つ営業部エース桐石航介(中島歩)が実は「ヘタレ王子」で、完璧な営業スマイルや立て板に水のトーク、タブレットの魔術が通用しないといきなり泣き出す。でも、美園とドムドムバーガーを食べて反省会をしているうちに、予想もしなかった武器で難攻不落の「門番」店長(松尾諭)を口説き落とす。
伊藤万理華のエンディングのダンスはドラマとはちょっと雰囲気が違っていて、「乃木坂46」にいたのか、と実感する。このドラマはSpotifyとの共同企画で、ポッドキャスト配信の始め方から反響や周囲の変化など、初心者に優しい情報も詰まっている。テレビ東京のみ可能なスタイル。ぜひ、発展形を望みたい。

 
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木ドラ24『お耳に合いましたら。』 テレビ東京系  木曜深夜0時30分放送
 


 
無観客にシラけて甲子園には熱中できず、しかし、大阪桐蔭対東海大菅生の試合は複雑な気持ちで観ていた。日程消化のためひどい雨でも試合続行し、8回表の菅生の猛反撃中に内野ゴロをアウトにできない状況になり、7回の点差でゲーム成立という類を見ない結末を迎えた。案外、選手はどろんこ野球が楽しいものだが、ボールが転がらなければ仕方ない。どちらも優勝する力があるチームで、東海大菅生の監督は心の底から悔しそうだったが、審判も困り果てる切ない幕切れを見るうちに、唐突に最近読んだ最も気になる本、與那覇潤『平成史―昨日の世界のすべて』の読後感が頭に浮かんだ。
與那覇は1979年生まれで、平成は10歳からだから、物心ついてからの期間と重なる。歴史学者として、『中国化する日本』『帝国の残影』という刺激的な書物を世に問い、しかし、2016年頃から躁鬱病を病み、アカデミズムを去る。歴史学者が平成年間を振り返り「歴史とはもう、過去から未来への時間軸を越えて、人びとに『共有されるもの』ではない。それでは、いわば歴史が歴史でなくなってゆく時代だった平成のあとに、残るものはなんなのか」という認識に至るのは相当なことだ。フェイクニュースや公文書の改竄が当たり前になった時代に全面的に対応し、「歴史の消滅」を公言するプロセスに胸が痛むとして、考えてみれば、平成はいつも土砂降りの中でどろんこ野球をやらされている「非常時」だった。ただし、ゲームならば止めることもできるが、現実からは逃げられない。それゆえ、與那覇の言うように、さまざまな議論はただ同じ場所をループしながら劣化してゆく。
バブル崩壊、阪神大震災、地下鉄サリン事件があり、9・11から全世界が「テロとの戦争」に入り、3・11に至る。そして、パンデミックという経緯に職場放棄をする宰相が出てきても当たり前かもしれない。しかし、幕末の激動やラヴクラフトが作品を生んだ戦中期の浮き沈みを思い返せば、どうやら世界は「どろんこ野球」をやっている時間の方が長く、安定した平時はつかの間のようだ。でも、フツーが非常時という状況の中だって、たとえばポッドキャスト配信は人を自由にする。球はどっちに転がるか分からない。

 街灯や祭りは終はり蚯蚓鳴く


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。