妄想映画日記 その126

樋口泰人の日記連載「妄想映画日記」その126。身体のあちこちが不具合を起こしていくなか、10人がかりでの Exne Kedy And The Poltergeists『Strolling Planet ’74』 のLPジャケット作成や、3館の映画館での音響調整など、肉体労働と移動が続いた2021年7月11日~20日の日記です。
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文・写真=樋口泰人



7月11日(日)
調子戻らず。とにかく掃除だけはした。猫たちもほぼ終日寝ていたようだ。


 
7月12日(月)
エクスネ・ケディのアルバム・ジャケット作成作業。かつての「海賊盤」のような体裁で、というのがこのアルバムの当初からのコンセプトで、まあ、つまり完全手作り。何も印刷されていない白地のレコードジャケットを仕入れ、ジャケット用のデザインをリソグラフで印刷して、その紙を白地ジャケットに貼り付ける。CDでも同様なことをやったのだが、CDの場合はリソグラフ印刷ではなく、通常の格安印刷所に依頼してのオフセット印刷。CDは面積が小さいので、貼り付け作業もboidの事務所で何とかなったのだが、LPの場合はそうはいかない。スプレーのりが舞い散り大変なことになる。それに今回はレコードがメインということで、CDより枚数も多い。
ということで、一般に貸し出している元小学校の作業室を借りた。とはいえいきなり借りられたわけではなく、井手くんの知り合いがもともとその小学校の一室を借りて事務所兼作業室にしていて、そこを通してのもの。ありがたい。そして当日の作業員10名ほど。裏表に巻き付けながら貼るジャケット用の紙に、背の部分の折り目の線を付ける係、それを折り目に沿ってジャケットに巻き付ける係、巻き付けられたジャケットの裏面部分をテープのりで固定する係、表部分にスプレーのりをかけて貼り付ける係、合体したジャケットの汚れを取る係、そしてナンバリングスタンプを捺す係。若者たちの試行錯誤の結果、このような工程と役割分担で、まるで学園祭みたいだとか言いつつしかし効率的に作業は進んだ。1日で半分できるかなと不安ばかりが膨らんでいたのだが、なんとすべて完成。わたしが仕切ってやっていたらこうはいかなかった。こんな感じでやり続けていけたら。今後に向けての展望が俄然見えてくる作業であった。
しかし作業室にはエアコンがなく、皆さん汗だく。あとから気が付いたのだが、あれはもう熱中症一歩手前。やばかった。社長としてはもうちょっとそこに配慮しておかねばならなかったと反省。掃除が終わって帰る頃にはフラフラだった。

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7月13日(火)
歯医者と整骨院。作業疲れで半端なくボーっとしている。『アメリカン・ユートピア』のヒットの流れで『ストップ・メイキング・センス』の上映依頼が相次ぎ、上映素材のやりくりが混乱中。まあ、たぶんわたしだけが混乱しているのかと思う。なるべくわたしを介さないで事が進んでくれたらと思うばかり。その他各所連絡。電話とメールで一日が終わる。


 
7月14日(水)
アンプが壊れる。メインで使っていたアンプが6月上旬だったかに壊れて修理に出し、その間、もう10年くらい使っているミニコンポをアンプ代わりに使っていたのだが、突然電源が切れるようになった。4万円くらいのものだからもう寿命と言えば寿命で、修理に出すような状況ではない。自分で直せればいいのだが、ハードのことはまったくわからないので手も足も出ず。案外ちょっとしたことかもしれないのだが。というわけで、メインのアンプが戻ってくるまで、音なし生活が続く。プリンターの調子も悪いし、もともと調子の悪いiMacのキーボードも文字によって入力ができなくなったし、いつも持ち歩いているメインマシンのVAIOの挙動不審が日に日に増している。眼鏡を新調したときにこれでしばらく何も買えないと言っていたのを聞いていたのだろうか。
しかしそれ以上に体調もおかしくて、本日は整骨院で腰のサポーターを必ずつけるように命令が下る。装着すると確かに楽にはなるのだが、この暑さでは、家と駅の往復で腰回り汗だく。しかし少しは動けるようになったので事務所に行って、12日の作業の際に出た燃えないゴミや段ボール類など、ゴミ出し作業を。数年前の引っ越し後のことを思い出す。あの時は事務所内がごみ袋だらけだった。とにかく捨てなくてはと、ごみ収集日に大量に出したら、こんなに持っていけないと言われ、置いていかれた。大量の場合は事前に電話連絡しなければならないのだそうだ。今回はそれよりまし。その時確認した事前連絡なしで大丈夫な分量ギリギリだと勝手に判断した。しかし1枚のアルバムを出すのにみんなでめちゃくちゃ働いている。楽しいが儲けにはまったくならない。


 
7月15日(木)
ごみは無事回収されていた。バイトの細井さんからは、今回みたいなアルバムの作り方は2度とできないですよねと言われる。レコードのプレスのことを考えるだけでも、いくら売れても割に合わないと、誰もが思うと思う。解決するには自社工場しかないのだが。しかもプレスだけではなく、ジャケットも含めた自主製作。これはマジで考えているのだが、誰か5億円くらいくれないだろうか。あるいは5千万円が10人、5百万円が100人。考えると楽しいが、まったく現実味はない。
一方『ストップ・メイキング・センス』の混乱は続く。ここにきてさらに公開劇場が増えている。さらに別方面からも予想外の問い合わせがあり、いったいどうなっているのかとも思う。以前一度だけお台場の爆音で『幸せをつかむ歌』の上映をやってまったく入らなかったのだが、今なら『ストップ・メイキング・センス』と一緒にやれば、少しは皆さん来てくれるだろうか。などと妄想は広がるが、もちろんそんなにうまくいくはずはない。どうして『ストップ・メイキング・センス』には人が来て『幸せをつかむ歌』はダメなんだ、みんな死ねばいいと世を呪って終わるのが常。でもあのメリル・ストリープは本当にいいんだけどなあ。ニール・ヤング仕込みの彼女のギターをもう一度爆音で響かせたいという欲望が膨らむばかり。しかもバンドのベースはリック・ローザス(この映画の撮影後亡くなった。ニール・ヤングのバンドのベーシストでもあった)、キーボードはバーニー・ウォーレル(映画公開後に死去、『ストップ・メイキング・センス』のキーボード)ほか、というメンバーなわけだから、『ストップ・メイキング・センス』と同時上映で悪いわけがない。でも考えてみたら、ジョナサン・デミが監督したニール・ヤングの映画2本はバウスで特別上映しただけでそれ以降は上映の機会はないのだが、今なら上映権が取れる可能性もある(資金さえあれば)。ああダメだ、金がいくらあっても足りない。しかしどうやったら5億円……。



 
7月16日(金)
原稿のため、某作品を観直す。観るたびに新たな物語が浮かび上がってきて、ああそういうことかとひとりで盛り上がる。盛り上がってしまって、原稿の分量をだいぶオーバーしてしまった。原稿書きとしてはよろしくない事態で、今回はどうにも短くできず、あきらめて依頼の1.5倍ほどの分量で編集者に出してみることにした。こんなことは初めて。自分の中で何かが壊れ始めているのだろうか。

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7月17日(土)
大阪へ。本来なら京都に立ち寄りみなみ会館でのハーモニー・コリンの映画とトークを観てからという予定で、みなみ会館にも連絡していたのに体調思い切り悪く、このまま京都に行ったら肝心の大阪での音の調整がやばいと実感。みなみ会館に連絡を入れる。気持ちと身体がバラバラである。新大阪着19時40分くらい。夕飯を食おうと思ったのだがもうどの店も閉店の準備中。ここでバタバタするよりホテルのそばでという判断をしたのだが、もちろん心斎橋だって同じことである。映画館には21時に行かねばならずでも腹が減ったのでコンビニのサンドウィッチはやめてくれと身体が言っている。でもないものはない。しかしいよいよホテル間近というところにとんかつ屋。営業中らしい雰囲気で、迷わず入れば映画館にも間に合うかということで入ったのだが「お弁当のみです」。でもないよりはまし。ホテルでとんかつ弁当、ということにした。しかしもう目もしょぼしょぼでいくつかのメニューのうち、最もシンプルそうなやつを頼んだのだが、食そうとするとご飯の上にとんかつのみ。キャベツがない。写真をちゃんと見ていなかった。肉と飯。確かにシンプルなのだが、20年若かったらと思うばかり。もはや後戻りはできない。そして食事中に奥歯が縦に真っ二つに割れ、抜けた。わたしの身体はどうなっていくのだろうか。

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シネマート心斎橋では『アメリカン・ユートピア』と『ストップ・メイキング・センス』の調整。『アメリカン・ユートピア』は2つのスクリーンで、『ストップ・メイキング・センス』はスクリーン1のみ。機材のトラブルなどもあり、そして東京での反響の大きさゆえ、とにかく万全の音でということで慎重に時間をかけてチェックをした。だが慎重にすればいいというものではないのはこういう時の常。罠にかかりつつもしかしじわっと道は見えてくる。『アメリカン・ユートピア』のカメラマン、エレン・クラスはジョナサン・デミがニール・ヤングのライヴを映画にした『ハート・オブ・ゴールド』のカメラマンでもあり、『アメリカン~』の最後から2曲目、アカペラで歌われる「ワン・ファイン・デイ」の鈍い錆色の光に照らされた出演者たちの顔は、『ハート~』のステージ上の人々をも思わせる。ああ、いつの時代もこんな光が名もなき人々を照らし出し、それぞれのかけがえのない一日とともにあったのだと、そんなことを思った。

 


7月18日(日)
前夜の作業終了が深夜3時。チェックアウト10時ということで2時間延長。シネマートの作業が早く終わって早起きできたら、昼は鶴橋でと思っていたのだがそうはこちらの思うようにはいかない。ホテルそばのカフェで朝食代わりの昼食を食し、九条に向かう。新しく会社を作った岩井くんがシネ・ヌーヴォに挨拶に来ていて、ヌーヴォの支配人の山崎さん、boidの関西支社長田中さんなどと会っているというのでそこに参加。コロナ次第だが、今後は少しこういう機会も増えてくるはずだ。この間、それぞれが温めてきたものが少しずつ芽を出し形になっていつか実を結ぶ。感染には十分注意しつつ、人とのつながりは大切にしたい。
そして京都へ。イヴェントが終わったばかりの写真家の田村尚子さんと友人の編集者と3人でみなみ会館にほど近いスペインバルにて夕食。ムール貝のワイン蒸しのスープを使った雑炊など。久々にムール貝熱が高まる。バケツに入って出てくるワイン蒸しをガツガツ食いたい。ブリュッセルに行ってバケツに入ったムール貝のランチ、ムール・フリットをガツガツ食ったのはもう30年前だ。
みなみ会館では『AKIRA』『ノーザン・ソウル』『全員切腹』『ストップ・メイキング・センス』。『AKIRA』のサラウンドがあまりにすごいので驚いた。お台場のときはスクリーンのところに置いたメインのスピーカーが強力なのでそこまで気にならなかったのだが、こうやって小さな会場で音量を上げて聴いてみると、もうメインのスピーカーくらいの勢いで音が飛び交う。さすがにこれでは映画を観ていられないということでバランスを調整、整ってくるともう1980年代に夢想された2019年に一直線。『ノーザン・ソウル』は逆にすべての音が混ざり合い、音楽がメインの映画でありながら、最初と最後以外は画面から独立した既成曲が流れることはない。常に画面の中の音として、さまざまな環境音、人々のざわめきとともに聴こえてくる。まさに、1974年のイギリスの空気がそのまま音楽に乗って届けられるというわけだ。1日中見ていたい。終了、午前2時。

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7月19日(月)
名古屋へ。しかし午前10時台だというのに京都は灼熱である。ホテルから駅まで歩くだけで汗だく。マスクのせいで呼吸も苦しい。たまらず朝食兼ねてカフェに入るが、こちらはキンキンに冷えていて、しばらくしたらもう身体中が冷え切った。このままではエアコンに殺される。大げさではなく「これはやばい」と身体が訴えるものだから少し早めに新幹線乗り場へ向かい暖を取った。
名古屋はいつものうなぎではなく、のっぴきならない事情がありしゃぶしゃぶを食った。やはりたまには肉を食わないとね。
その後、こちらが名古屋の本命の用事なのだが、某所で諸々の打ち合わせ&相談。これが思わぬ転がり方をして、ひとつの企画は完全に決まった。東京に戻っての皆様への報告が楽しみという具合の決まり方。こんなことになったのもしゃぶしゃぶ含めのっぴきならない事情のおかげではないかと言われたのだが、どうやらそういうことでもないらしい。いい気にならず落ち着いて。

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7月20日(火
さすがにばてている。とにかく歯医者に連絡しなくてはということで本日19時過ぎの予約が取れる。そして整骨院。その後事務所に行くはずが到底無理で、自宅作業に切り替える。音の調整が始まると事務&連絡作業がなかなかできず、すぐに大混乱となる。今回はもろもろの作業を細井さん、田中さんにお任せしているので周囲への迷惑は少ないとは思うのだが、とにかくboidsound関連のイヴェントと、『恐怖の映画史』Kindle版とエクスネ・ケディのアルバム発売が重なり、それぞれの告知もちゃんとしたいし、しかしあわただしくバタバタとやってもやったということだけで面白くはない。とかなんとかグズグズしているうちに時間は過ぎて、15時より10月公開の某作品の内覧試写で久々に五反田のイマジカに。今後のVOGの活動とも連なる映画だったのだが少し物足りず、ああもうちょっと出演者が若かったら、いやいっそのこと極端に若い設定にしたほうがよかったのではないかと、すでに私だけの映画が膨らみ始めている。
夜は新文芸坐に。東京では井手くんもいるので何となくバウスの頃を思い出す。『ストップ・メイキング・センス』『ようこそ映画音響の世界へ』『セノーテ』『サスペリア 4Kレストア版』。『ストップ・メイキング・センス』は以前やったデータがあったので安心していたのだが、おそらくデッキが違ったのか、まったく音質が違い、やり直し。こういうことがあるから何も安心できない。予定の倍以上の時間がかかった。『セノーテ』は音の正解がない映画の極みみたいなものなので、映像を観ながらいろんなことを思い描きつつそれらが訴えかけてくる音を。いずれにしても自分が魚や昆虫や鳥に転生した気分。いや、魚や昆虫や鳥から人間に転生したと言ったほうがいいかもしれない。井手くんは、坂本慎太郎やGofishのMVを8ミリで撮ったこともあって、8ミリ撮影された地上の映像に関心を示していた。



そういえばGofishのMVの8ミリは、昨年12月のYCAM爆音映画祭のときに、YCAMそばでも撮影していたのだった。あれからもう半年以上が経つ。




 

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。Exne Kedy And The Poltergeists『Strolling Planet ’74』LP &CDが8月11日より発売中。9月17日(金)~26日(日)に京都みなみ会館にて「【boidsound映画祭】音楽映画特集」、10月1日(金)~3日(日)に札幌市民交流プラザにて「PLAZA FESTIVAL 2021 札幌爆音映画祭」開催。