ぽつねん 第3回

井手健介さんによるエッセイ連載「ぽつねん」第3回は、6月に亡くなったギタリスト・寺内タケシさんにまつわるお話。寺内さんが1500校以上の高校を回って行った「ハイスクールコンサート」が初めてのライヴ体験だったという井手さんが、その思い出を綴ってくれています。
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生きてて楽しい?

 

文・写真=井手健介

 
テケテケテケテケテケ。
吐き気を催しそうなちぐはぐで嘘みたいな2021年6月である。
能面の顔で素麺を啜りながらそれを眺めていたところ、次のニュースが言った。エレキの神様、寺内タケシさんが亡くなったという。
 
宮崎県の最南端に位置する串間市は私が2歳から18歳まで育った町でそこには本屋もなくレコード屋もなく映画館もなかった。じゃあ何だったらあったんだ、っていって思い出してみると、釣具店、パチンコ屋、ホームセンター、ラーメン屋、たこ焼き屋、スーパーマーケット、写真館、木材屋、寿司屋、葬儀屋、靴流通センター、酒屋、タクシー屋、理髪店、文房具とエロ本を売る店、ボーリング場、6畳のプレハブ小屋がたくさん集まったカラオケ屋、親不孝通りと呼ばれるスナック通りなどがあり、こうして列挙してみると結構いろんなお店があったんじゃないのと思うが、それでも本屋、レコード屋、映画館のいずれもなかったことは今考えても歯痒く恨めしいことだ。
 
もちろんライヴハウスもない。そんな文化芸術に触れる機会の極端に少ない町で育った私の人生初めてのライヴ体験は、1999年の夏、高校一年生で観た“寺内タケシとブルージーンズ”の演奏だった。寺内さんが1974年からライフワーク的に続けていた「ハイスクール・コンサート」が自分が通っていた高校にもやってきたのだ。
 
体育館に全校生徒と保護者たちが集まっていた。
自分の記憶では、当時、同級生たちの間では、ハイ・スタンダード、ゴーイング・ステディ、ブラフマン、スネイル・ランプ、グリーン・デイ、オフスプリングなどのいわゆるメロコアと呼ばれたメロディック・パンクが最盛期。もうちょっとイカツイ雰囲気を欲した場合は山嵐、小島などを聴いて眉毛を剃るなどしていた。しかし文化芸術に触れる機会の極端に少ない町でいかにしてそのような音楽が流行したのか、今にして考えれば謎である。
とにかくそんな1999年の串間市のティーンエイジャーたちは、寺内タケシとブルージーンズのパフォーマンスを前に、正直言ってやや盛り上がりに欠ける反応を示していたように思う。それは哀しいかな、学校や教師たちから押し付けられる芸術体験に自分たちの感性とフィットするものなんてあるはずないやんけ、という生徒たちによる一方的な断絶によるものだったと思う。みんな斜に構えていた。ま、普段聴いている音楽とあまりに違って困惑したのもあるかもしれない。メロコアっていっても結局のところ“歌”しか聴いていなかったのだろうし。
 
モズライトのギターだったと思う。アンプはどんなものだったか覚えていない。音はずっとクリーントーンだったように思う。初めて聴いたエレキ・ギターの音。少しリヴァーブがかかっていた。それは「テケテケ」とも「ピチャピチャ」とも聴こえた。マイナーコードを鳴らした直後に右手でトレモロアームを押し込む手つきとグニャリと曲がる音がかっこ良かった。寺内さんはメンバーに対してめちゃくちゃ厳しそうな感じが伝わってきてそれがちょっと怖かった。
 
同級生の五田くんと松やんは、壁に寄りかかりながら腕組みをして、苦笑いをしていますよということが周囲に伝わるように苦笑いをしていた。しかし会場全体が薄寂しいムードだったかというとそんなことはなく、何よりも全体を“陽”の方に引っ張る集団がいた。棒立ちするティーンエイジャーたちの目の前で、一心不乱に踊りまくっているおばさんたちがいたのだ。生徒のお母さん方だったのだと思うが、よっぽどの寺内ファンだったのだろう、両手を交互にアップダウンさせながら腰をくねらせつつ首をカクカク動かす見事なゴーゴーダンスだった。同じ町に住んでいて、あんなに熱狂的に踊る人間をおれはわたしはあの日初めて見た、という私と同じような同級生もいたはずだ。おばさんたちが熱狂すればするほど、五田くんと松やんは苦笑いの主張を頑なにした。そしてリーダー格のおばさんは踊りながら首をカクッと曲げた際、棒立ちの徹底抗戦を続ける五田くんと松やんを発見、踊りはやめないままで、「あんたら! 生きてて楽しい?」と言った。
 

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と、そんなことを思い出した2021年の自分はこの曲を聴いた。寺内さんが作曲、彼率いるバニーズが演奏を担当した、マーガレットの「逢えば好き好き」。めちゃくちゃかっこいいGSガレージ。寺内さんのギターも煌めいている。1968年に行ける未来がきたらバニーズのライヴを観てみたい。







井手健介

音楽家。吉祥寺バウスシアターの館員として爆音映画祭等の運営に関わる傍ら、2012年より「井手健介と母船」のライヴ活動を開始。2015年、ファーストアルバム『井手健介と母船』 (Pヴァイン) を発表。2017年には12インチEP『おてもやん・イサーン』 (EMレコード) リリース。その後も映像作品の監督、楽曲提供、執筆など多岐に渡る活動を続ける中、2020年4月に「Exne Kedy And The Poltergeists」という架空の人物をコンセプトにしたセカンドアルバム『エクスネ・ケディと騒がしい幽霊からのコンタクト』 (Pヴァイン) を発表。また、20年12月に同作からのセルフリミックス12インチ盤『エクスネ・ケディの並行世界』(同)を、21年6月にセカンドアルバムのLPレコード盤(同)をリリース。