宝ヶ池の沈まぬ亀 第60回

青山真治さんの「宝ヶ池の沈まぬ亀」第60回。通院と短期入院が続く日々のなかでジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』読破を決意し、アンソニー・マン週間と『たけくらべ』写経も開始した2021年5月下旬から6月にかけての日記です。

60、この際ジョイス読んで死にたいね、あまりにヤナセカイすぎて!

 

文・写真=青山真治


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某日、伊豆から戻ったら鴎外『伊沢蘭軒』が届いていた。定価の倍する古本だが、とにかく目を通しておきたかった。が、開いて10行読んでパタリと閉じた。これはわかる気がしない。でも読む。かと思うと同日に届いた『戦中派焼け跡日記』がまた難解。参った。
郵便物を整理し、夏用の斜めがけバッグを二つも奮発してスタンバイ、あれこれチェックしていると皆さんの食料も乏しく、ならばとしかるべき最寄りの店へ行き、半月分ほど贖う。ついでに明日の我らの朝餉も。
それにしても今度は公園伐採とかで、よくもこれだけ人の神経を逆撫ですることばかり揃えられるもんだと一周回って感心する、電通五輪には。
湾岸の病院で検査第二日。新橋からゆりかもめ。天気のいい日のこの線はある意味で地獄めぐりのようで、ある意味で美しい。先日も見たように、橋の上から眺める晴海のゴーストタウンはとにかく異様だ。あそこだけ髑髏のよう生気がなく、しかしそれはそれで遠目には美しくもあるから不思議だ。いましか見られないかもしれないから見物をお勧めする。
家の近所のバス停から湾岸の病院までちょうど一時間。喉、歯、CT、超音波(心臓)。一日がかり。夕方も同じルートで帰った。この季節の朝夕の湾岸は実にいい色だと思う。
疲れてしまい、あまり食べずに寝てしまった。灯りを消すと、窓から月の光が射した。
 
某日、本日も検査につき絶食。午前中に出発、病院でPET。核医学という厳しい名前がついているが、体内に微弱な核物質を注入するというからこれは文句なく「核」医学だろう。しかし注射して、しばらく薄暗い部屋で安静に「寝かせ」るあたりで『スキャナーズ』のことしか頭に浮かばなくなったワクワク感を正確にお伝えするのは難しい。機材そのものはCTとそれほど変わらず、MRIみたいなアクロバティックなことが起こるわけでもないので、もうひとつ魅力を欠く。
院内を探索しつつ機密業務をこなしていた女優と合流、二十四時間以上ぶりの食事。やはりウォーレン・ジヴォンではないがEnjoy Each Mealである。もうじき食いたくても食えなくなることもある。
午後、主治医から状況説明ならびに今後の進行計画。まあ選択肢はそれほどないので、話も早い。丁重にご挨拶して、近場の女優の出入り先、スモールワールズへ。ここで保護犬猫関係の仕事に協力する女優の案内で、ミニチュアの空港やらロケット発射台やらを観賞。
帰りはスーパーで買出し。P陣に状況報告のメールを書き、夕餉を摂り、薄ぼんやりしたスーパームーンの月食を見て寝る。月は昨日の方が綺麗かった。
 
某日、雨だが荷届きラッシュ、受け取れなかったものも含めて次々に来るので、玄関まで何往復か。朝ゴミ出し直前に義母がゴミ箱周辺のものを倒し、小波乱。常に何かアクシデントが起こり、それが改善されることは決してない。
読書などして仕事モードを手繰り寄せようとするがなんとなく苛立って、2007年の新春放談をYouTubeで聴く。カミオカンデの小柴さん、ノーベル賞の、という話がよかった。
特に何もせず、読書を続け、日が暮れる前に雨が上がり、買出しに出て、夕餉を食す。のんびりしたいい時間が流れ、来たメールに返事を出し、その間もずっとシナリオの続きについて構想を練っていた。
とあるシチュエーションの参考に某作品を見返す。忘れがたい作品だが、ダメなところはダメで、アンビバレンツな印象はこの参考にとっても同様。
悶々としつつネットを開くと『アメリカン・ユートピア』は明日公開とのこと。ローリング・ストーンのバーンへのインタビューが良くて、最後の言葉をツイートする。『天国の門』のジョン・ハートが答辞として喋る話に近い。いまの世の中、あの悲惨な事件とよく似ているが、この言葉の楽観の重要性は忘れてはならない。それが人間の理想だ。
フライシュマン『ハンブルク病』の予告編を見ることができて、何十年来の念願だっただけに断片でも感無量。ほとんど想像通りの映画っぽかった。ただモノクロだと思っていたので、正直カラーには驚いた。
 
某日、病院を二つ回って精密検査の経過報告。皆さんとても親切にしてくださる。区役所で野暮用を済ませてから、東急本店へ。なくなると聞いてからほとんど初めての買い物。実は地下で酒買ったことあるけど。本日の買い物は眼鏡である。じっくり選んで、気に入ったものを買えた。当たり前か。子供じゃないんだから。その後レコ屋巡りギター屋巡り。渋谷の街があちこち変わっているのに驚く。特にかつての東急プラザ周辺。歩道橋を越えてもイケベはもうない。なんと旧東急プラザの裏に移動していた。レコ屋もギター屋も心和む数少ない空間なので、多少の行ったり来たりは苦にならない。しかしそこにいる間どんなに幸せでももう昔のようにこれも聴きたいあれも弾きたいとは思わず、購入もしない。いまあるもので十分だし、いらないものは捨てていく。これ以上の知識を求めることもない。何がきっかけか考えてもいないが、いつかそうなっていた。
本日は全て公共の交通機関で移動した。歩数計を見ると一万歩。
帰宅すると眠くてたまらないのだが、どうも眠れない。
朝、髭を剃っていて唇を切ってしまったのを、薬を贖って傷口を保護した。これをわざわざ書くのはそういうことをするのが久しぶりだからである。久しぶりと言ってもこの半年でキャベツの千切りを作るのにスライサーで指先から何度も流血した。だがそれほどでもない傷は放っておくのが常であったのに、今回はむしろ薬欲しさが勝った感じだ。あるいはどこか退行的になっているのかもしれない。しかし入手した薬、実は半年前の流血時に使ったものと同じ内容だ。それだとするとまだほぼ一本分残っているという残念な結果。
 
某日、眼科に行く予定だったが、電話すると土曜は混んでいるということで月曜に変更。しばしボーッとする。ラジコで細野さんの番組を聞く。釣りの話になってゲストの幸宏さんが無人島で釣ることを語りつつ「ウィルソンですよ」みたいなことを言ったが、その前にも言葉としては出てきたか、ゼメキス『キャスト・アウェイ』のことと思われた。ほとんどヒットしなかった気がするが、見てる人は見てる。見てないと「ウィルソン」とは言わない。誰かが話題にしてDVDで多くの人が見たかもしれない。
夕方から茶会。雄弁にして和む。
 
某日、TVerにて『コントが始まる』第七話。いよいよ結末に向けて締めに入ってきた感があるが、そう一筋縄では終わらないムードが漂い始めてもいるのが吉と出るか凶と出るか。春斗の口角飛ばす泡ならぬごはんつぶがあまりに見事に画面をよぎるので、まさかCG?と滅多にやらない巻き戻し確認を行う。全体がシティポップで包まれ、ラストは水浸しの中古車で「雨のウエンズデイ」かと。科白のミスも二度くらいで済んだ。
午後、アンディカフェで名古屋よりの仙頭夫妻とお茶。ぱるるを挟んで和やかに過ごす。
夜は『インサイダー』のCGシーン確認。あの部屋にはああいう絵が壁に描かれているわけではなく、そこからすでにワイガンドの空想域なのだった。たぶんセット撮影でグリーンバック含めての背景替えだろう、絵からさらに変移していくのがあのCGシーンになるわけだ。ところで、骨格として裏にユナボマー報道が流れているのも重要。三つのレベルが現れている。『ベンジャミン・バトン』の語りがカトリナ台風とともにあるように。エリック・ロスならでは、というかこの三要素がいわゆるアメリカのほら話の骨格なのかもしれない。それにしてもダイアン・ヴェノーラといいジーナ・ガーションといい、ミソジニーが過ぎる扱いの感じがして、今回見て本作への感情がずいぶん冷めてしまった。『アリ』にもそんなところがあるし『マイアミ・バイス』を見るとアジア系はいいのかとか、それはまた別の差別だろうとか、これが監督か脚本家かどちらのものとも判然としないが、双方どことなく持ち合わせているのではないか。『フォレスト・ガンプ』のロビン・ライトにしても……
 
某日、眠りにつく前はぼんやりした月に見惚れながらだったが、午前六時に南の空に並んで浮かぶ雲を眺めて、よし、とばかりに自転車を再開した。晦日の月曜である初日は武蔵小山まで往復二十分と軽めに済ませる。朝餉前に体を動かすとやはり気分がいい。
午前中に眼科医に行き、手術のための眼底検査。瞳孔を広げる薬を点して行うので、その後が大変。室内はまだしも天気の良い屋外はビッカビカで世界はほぼ真っ白、帰りに寄ったスーパーでも品物を確認するのにひと苦労だった。
文字を読めないが、画面なら見えるということで考えた末、なぜか『帰れない二人』。このタイトルには因縁があって、ここでは詳らかにしないが、あまりいい思い出ではない。だが見てみたら、大変感じるものがあった。かつてこういう人たちがいたことを知っている。私の身近にもいて、むしろ私の中にいた。でももういまはどこにもいない。そのことも知っている。以前はひとの言うジャ・ジャンクーの良さというものを理解できなかったが、いまはとてもいいと思う。それを私が彼に辿り着いたようには思えず、彼が私のところに来たとも思えない。道すがらばったり出会い頭かと思う。この何も面白みのない、派手さもない映画を心から友人のように思える。嬉しいことだ。Ash is purest whiteという英題が沁みる。
そんな本日はイーストウッドとファスビンダーの誕生日。
夜更けになぜか西部劇が見たくなる。それもアンドレ・ド・トス限定。考えて『Day of the Outlaw(無法の拳銃)』を見つけ出す。が、いつしか盤がカビていて、途中で止まる。まあ、あの異様なダンスシーンまでは見直せたのでよしとして、仕方ないので手近にあった『拳銃王』を。もちろんヘンリー・キングの傑作だが、アンドレ原作。西部一の早撃ちガンマンが一度もぶっ放さないことで有名だが、『ハイヌーン(真昼の決闘)』の柳の下を狙ったものだとは知らなかった。いろんな意味でイーストウッド西部劇を想起させるが、ラストの保安官による若僧スキップ・ホメイヤーへの処罰は壮絶。ガンファイトではなく鉄拳の映画だったとは。撃たれて死にゆくグレゴリー・ペックはリンカーンのようだが、フォンダではなくデイルイスに見えるのは角度のせいか。リチャード・ジャッケルもカール・マルデンも若くて痛ましい。
続けて『無頼の群』も見たかったが、明日に響く。
 
某日、午前中より病院。今後のスケジュールを聞き、CTなど補助的検査を細々、結局夕方までみっちり。朝は遅刻気味、帰りは疲弊でタクシー往復。夜も心労含め疲れて、何か見る気も起きず、早々にダウン。
 
某日、昼までぼんやりと過ごし、自転車の空気を入れに行くが定休日、区役所で必要書類を入手し、駅前で借金を返し、友とお茶をして帰宅。夜半に魂が消え入りそうになったところで突如女優の空前絶後のドジが発覚、記憶を紐解き、見事自力解決したが、その間こちらは落ち込んでいる場合ではなくなった。そのようにして救われることもあるのだから不思議なものだ。だが変わらず無気力、何をする気も失せたまま。『不戦日記』七十六年前の五月末からの数日を読む。それに比べたら今の自分はまだマシだと言い聞かせる。
 
某日、やはり同じような気分で鬱々と過ごす。ふとフィリップ・ヨーダンのことが気になって上島春彦『レッドパージ・ハリウッド』を開くが『Day of the Outlaw』については言及を見つけることはできなかった。すると今度はアンソニー・マンに興味が移り、吉田広明『B級ノワール論』を紐解きながら二度の洗濯と郵便物対応。出かけて銀行作業の後自転車のタイヤに空気を入れに行こうとすると帰宅していた女優が自分も行く、ということでぱるるはお留守番で武蔵小山へ。自転車はタイヤがパンクしており時間がかかった。その間に焼鳥を食し、コメダでシロノワールを嗜む。あれこれ必要なものを贖って自転車を引き取り、のんびりと帰宅。
そして夜は寝る前に洗濯物を取り込むぞと息巻いていたのだが、つい『B級ノワール論』にハマり、アンソニー・マンとフライシャーを行ったり来たりしているうちに雨音に気づき、ベランダに急行したが、すでにかなり濡れていた、という大変に悔しい思いをした。
 

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某日、夜更けに一旦止んだ雨は明け方再開、たぶん一日中降るつもりであろう。昨日義母宛に届いた玉蜀黍を女優が手早くコーンごはんに炊いて、味噌汁とともに食す。美味。
えらくゆっくりの起床で、低気圧のせいか昨日の疲れかわからないが、そういえばぱるるもお腹を壊して食欲不振という椿事。寝たり起きたり風呂に入ったり、のんびり過ごす。
午後はマンとフライシャーの初期ノワールDVDを家中から集めていたが、ふと発見したダン・ペンとスプーナー・オールダムのライヴDVDを未見であることに気づき、これを見始める。で、もしも六十五まで生きてたら陽一郎にウォリッツァ弾いてもらって小さなカフェとかでダン・ペンみたいにギター弾いて歌おう、と心に決める。でも歌い出しと同時に拍手が起きる「ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート」みたいなヒット曲がないとなあ。
で、半ばなし崩し的にアンソニー・マン週間始まる。週間というか、五月雨式に断続するのではないか。その一本目は第二作『夜のストレンジャー』。いや、いろんな意味で面白いのだが、二つの点で驚いたのは、このタイトルでこの内容か、という点と、二作目なのにもう一生の主題決めてたのかよ、という点。男主役が出てくるなり腹這いで横たわっているので、ああと思わざるを得ないのだが、玄関の前が断崖絶壁でご丁寧にもそこに「危険」という看板が付けてありもするから、当然ここはポイントですよね、というお約束。しかもその家に入った者は必ず壁の肖像画を見上げることになるから、もうその時点でマン的空間は決定されているのだった。あとは人がいかに「落下の誘惑」と相対するか、を固唾を呑んで見守るばかりである。
雨上がりの夜は、中目黒にて想像をはるかに超えた量と質の肉を食した。〆はカレー、デザートは三種のかき氷。帰宅してそのままダウン。
 

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某日、自転車から帰って朝餉を摂り、女優のZoom会議を待ってぼんやりしたまま準備して伊豆へ。しばらく行けそうにないというのに忘れ物だらけで呆然。しかも道路は渋滞だらけ(仕方ない、週末だ)で、うんざりだが、ぱるるは気丈に振る舞い、疲れ切った夫婦を窘めてくれるのだった。おかげで到着後の買出しなど普通にこなし、さらにニューヨーク・ドールズのセカンドを何十年ぶりかにアナログで聴いて小躍り。これは我が生涯の5枚を択ぶことがあれば滑り込ませるだろう。シルヴェインのリズムカッティングのオリジナリティはシド・バレットにも通じる。続けざまにディラン『タイム・アウト・オブ・マインド』。ディランを5枚択ぶとしたらその一枚になるだろう。殊にこのアナログの深さは、誰かが言った「アナログはスタジオのドキュメント」という現実をつくづく教えてくれてあまりある。ディランとともにブライアン・ブレイドとジム・ケルトナーに挟まれるという稀有かつ珍妙な体験を味わえる。
それはそうとここに置き忘れたと思い込んでいた筆箱がないことに愕然とする。最後の記憶がたむらさんの命日だというのもちょっと堪えるのは、この筆箱が沖縄でたむらさんとお揃いで贖ったものだったからで、琉球織というのだろうかそういう柄を私と仕事をした人ならばだいたい見覚えがおありのはずだ。もしかしたら電車の中で忘れたのかもしれない。一応訊いてみるつもり。
今日から早稲田松竹で『スパイの妻』と『空に住む』が上映される。できるだけ多くの方がスクリーンで見てくださることを祈らずにはいられない。


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某日、レコード棚にとっくに売ったと思っていたハル・ウィルナー『ロスト・イン・ザ・スターズ』があるのを発見、久しぶりに聴くとマリアンヌ・フェイスフルで喜ぶ。VDPの参加もすっかり忘れていた。あと、チャーリー・ヘイデンが非常に良かった。どうせクルト・ワイルはすぐに飽きるのだけど、持っていてよかったと思うことは今後もあるだろう。
シナリオ、戦後篇に少し手をつけた。昭和三〇年直前まで書き終えられたらいいのだが。
起き抜け、すでに降っていた雨は午後止んで、庭の紫陽花が時に美しい日差しを浴びた。
夕方、カインズへ買出しに出かけ、ついでに夜の食材などスーパーにて。夕餉は女優によるパスタ。すこぶる美味。夜更けてサンソン。B・J・トーマス追悼。「雨に濡れても」がかからなくて心穏やか。あれは好まない。

 
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某日、夜明けと共に目覚めたところでいよいよ何もしたくないし何にも興味を持てない。目に入る全てが自分と関係ないこととして映る。それでも朝餉を摂り、掃除洗濯をし、女優はベランダをあっという間に改造し、荷造りをして帰路に着く。伊東で食材と靴を贖い、大磯でソフトクリームを食す、など。
帰宅して荷解きを終え、郵便物を確認してからやおら「新潮」7月号の小津論を読み始めるのだが、冒頭から山中と加東大介の関係という最大の急所を突かれて、中断。しばらく何か他のことをして気を紛らせ、改めて終いまで読む。『早春』「シーン96」オミット問題というのは知らなかったが、あとは想像の範囲内であった。
しかしこれとは関係なく『秋刀魚の味』を今日見ておく必要があると決め、下着など贖いに出てからDVDを用意する。誰も見ていない工場の煙突の煙とその影から始まった会社員とその家族の生活スケッチは、何も見ていない長男の視線とともに不穏な時間を形成し始める。正確には何も見ていないわけではない。ただ、いずれもプロフィールによるショットという共通点はあるが、自ら腕を振るうラーメン屋の客席で一人佇む元教師や、終幕の統合的な不在(結婚して家を出た娘の、散らばった記憶の断片)へ眼差しを向ける老父とは別である。あるいは最終的にそうなる可能性もなくはないがそれはまた別の話で、バーのマダムを意図的に亡妻=母と見間違えるまでには至っていないし、その先の暗黒の孤独と向き合うこともない。母に似ていないと否定すれば事足りる程度に未成熟という言い方もできる。ただそれが失われた妻=母の隠然たる権力の域内であると考えるなら、全ては合点が行くかもしれない。「マゾッホにおいては常に、女性権力者とその復興は、家父長構造の転用から生じ、真の男性は過酷な女性支配の復興から生まれる」と廣瀬純はドゥルーズ(「ザッヘル=マゾッホからマゾヒズムへ」)を引用してこの見取図を示すがそれは小津以降、中上健次も彼に影響された青山真治も追跡してきたところのものだ。「軍艦マーチ」によってかろうじて維持された旧来の家父長制はこの女性支配に直面して縮減せざるを得ない。その顛末はこのあと佐田啓二と岡田茉莉子などによって演じられる夫婦が描いてみせるはずだった。あるいは「行かず後家」または「バツイチ」たちの優雅かつ壮大な連合(『彼岸花』の京都の親子の参入はそのプロトタイプか)が描かれた可能性もなくはない。だが旧来の家父長制が引き起こした戦争は作家の肉体を直截に蝕み、その可能性を半ばにして鎖ざした。脚本家との協働もこれが終着点となり、そこを越えるネクストへの意志(『大根と人参』の次を斎藤良輔だったか池田忠雄だったかに持ちかけていたらしい)は強かったはずだ。この続きはどこにあるのか。
ところで、現在のこの騒動のその後において、我々は近い将来この笠智衆を心ならずも反復することになる。その意味で今見直しておくべき最優先の作品かと思われた。ラストの厨房に腰を下ろすロングショットはその意味でも決して忘れることはないだろう。あれは何もかもが終わった後の、来るべき我々の姿に他ならない。
 

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某日、採血があるため何も食べずゆっくり支度、女優に送ってもらう。受付、採血採尿、レントゲンを済ませて病棟へ上がる。「空に住む」というほどでもない高層階でなおかつ都心を向いた部屋なので、眺望よしとは言わないが、まあ悪くもない。腹を空かせて食べる久しぶりの病院食は、やはり好みに合っている。伊東の飯は当時の主治医の評価、非常に低かったが、それとさして違わない。私にはこれでいい。ただし、お茶はさすがに伊東の圧勝である。次々に担当者が現れては様々に説明していき、循環器科の診断を受けがてら必需品を買いに行き、午後四時ごろようやく落ち着く。明日からは薬の副作用でグダグダになるのか。DVDが見たい。モニタにHDMI端子があるので、なんならBDプレイヤー余裕で接続できるのではないか。次回はそのつもりでかかろうか。
血糖値計測が入院中四回に増えた。指先がまたガチガチになる。これは嫌だ。そしてなかなか暴力的に消灯時間が来て、二十一時にWi-Fiはアウトする。翌朝六時まで使用不可。こういう時は大人しく、疲れに任せて眠るにかぎる。寝る前に1シーンだけ書いた。
 
某日、そんなわけで二十一時半前に眠り、たぶん一度トイレに起きただけで五時まで七時間半眠れた。最近では最も長い。たっぷりとした睡眠の感覚を感じる。起きる直前に以前も見たことのある、どこか山の中の大学でタクシーを待っていると泥酔した大学教員を乗せた車が来て学生たちを呼んで何人かで研究室まで抱え上げる、という夢を久しぶりに見た。背が百八十以上ある、ちょっと天本英世に似た、グレイのスーツを着た痩せ型の紳士(以前はアロハ姿だったこともある)だが、いつ見ても泥酔して自分では歩けずタクシーの後部席に半目で転がっている。現実に何処かで会ったことがあるのか。私はたぶん萩原朔美先生と一緒にいて、駅前か下北沢か何処かで一杯やろうとして車を待っているところだった。黒澤か大野か大橋が一緒にいたが、うち二人は現実には朔実さんと面識ないはずだ。運転手にも見覚えがあって、つるんとした卵頭で黒縁眼鏡をかけた小柄な人だった。以前も泥酔教授とセットではなかったか。ともあれ、そういういわゆるバンカラチックな風情の大学に密かな憧れ(普段はむしろ嫌っている)を持っていて、大学勤めでそれを感じたのは多摩美だけだったと考えたら合点が行く。ここ最近大学で働いたことを後悔することが多かったのでそういう夢を見たのか。しかしこれは楽しい夢である。
病院は六時起床、朝食七時半、検温十時・十九時、昼食十二時、夕食十八時が原則的に決まっている。そうしてWi-Fiも六時には開くはずだが、これがなかなか遅刻している。ようやく十分後に解除。
快晴。九時に主治医来る。その後、掃除班。シャワー。
SNSで話題になっていたのだがどうも『テンペスト』というのは、欧米人には好まれるようだが、好きになれない設定で、なぜかと考えたが思い当たらず、未読の『シンベリン』の文庫、それと好きどころか蛇蝎のごとき辻政信の末路を追った本、片山杜秀『尊王攘夷』、さらに秋声などまとめて贖う。入院のストレスはこのように出る好例。
そして化学療法である。前半は諸々準備段階の点滴、からの一種類め、これはかなり強いもので割と副作用も重いらしい。続いて二種類め。これはそれほど重くはないが、量が多い。四十六時間かかる。一種類めの終わり頃に放射線治療の声がかかり、行く。これも最初だからごく軽く終わった感じ。しかしたぶんどんどん重くなって行くのだろう。
そんな印象でも初めてのことが終わると緊張からの疲弊であまり何もしたくなくなる。点滴の針は薬品とともに常に腕の上で自己主張しているし、だから時折それが痛みとしてこちらに伝わるし、それらへの我慢は薄く長く継続し続けている。
気晴らしにまたネットを見る。長い間会っていない某元身内が『北国の帝王』について、あんな映画は作れない、昔も今も無理だ、特にこの国では、どうして、とほとんど叫びに近い筆圧でお呟きになっていて、言いたいことはわからんでもないけれどもそれはただの知識の問題ではないか。アメリカの「自由」が大恐慌以後そのオルタナティヴなラインとしてスタインベックからフォード『怒りの葡萄』を生み、一方でウディ・ガスリーからディランに繋がり、もう一方でエリック・ホッファーやオルグレンやビートに、つまりケルアックへと流れ、彼に『ジェフィ・ライダー物語(The Dharma Bums)』を書かせ、そこからさらに例えばジャームッシュの諸作へと至る、いわばアウトサイダー文化の大きな潮流となり、この国に存在しないそれをあえて考えるなら「寅さん」が末席を濁す感じかもしれないが、それが現在、ホーボーたちを地の果てマイアミでルノワールや小津と出会わせ、もしくは七福神と出会わせ、bumとしての達磨さんや布袋さんや恵比寿さんのコスプレをマコノヒーにさせ、鯛の代わりに白い子猫を抱かせて船の先に乗せたのがつまり『ビーチ・バム』だと、こんな解説あまりしたくはないが、せめてアウトラインを押さえておくべきだと思うのであえて書く。某身内はまだ見ていないかもしれないし、きっと彼には面白くないかもしれないが、若い頃と同じこと言ってないで騙されたと思って見たほうがいいと思う『ビーチ・バム』。もちろんこれはアソシエイツ&アルドリッチ・プロという独立プロの優秀なスタッフによる企画上の話を中心に据えた時のことであって、『北国の帝王』の痛快も『ビーチ・バム』の豊穣もつまるところ演出の妙、演技の妙の産物だろうし、とすればこれはまた別の話。
そしてすでに消灯時間だ。

 
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某日、しかしさすがに十二時過ぎに起き、頭が冴えていたので、長くなると思っていた1シーンを書き上げる。で、もう一度眠ったのは三時半。二時間ほどで起床時間。
昨夜遅くに飲んだ吐き気止めの薬がかなり強くて催眠作用が効きまくり、いつも通り五時過ぎに起きたのだがそれからも眠くて仕方がなく、正常な行動・言動が取りにくい。飯を食ったとか薬を飲んだとか何時から検査とか短い記憶は定かなのだが、超短い記憶というか無意識にやった行動というものの記憶が曖昧で、看護師に数値を伝えたかとか必要なものを渡したかとか報告したかどうかというのが危ない。向こうも患者全員の細部に至るまではそうそう記憶できるものではないので、こちらのあらゆる行動の不味さがマイナスにカウントされる。でなければ諸々危険だろうからだ。しかしこちらは正常ならばできることを取り上げられるのをなぜか怖がる。プライドだろうか。理由はわからない。
昼餉を終え、二時間の絶食の間シナリオをまた1シーン書く。今はカードを使えないので、というのは貼って並べて展開を考える壁とかボードとかがない(あるけど書き上がるまで貼っておかねば意味はなく、そんなに長い間入院していられるわけがない、赤い水玉の絵描きじゃあるまいし)からで、もっぱら昔ながらの脳内で組み立てる方式でやるのみ。鬱屈した戦中とは違い、廃墟とはいえ前向きな気分なので、入院中はちょうど良い気もする。
で、放射線治療。顔を覆うマスクを装着して行うので途中寝かかるのだが、朦朧とした意識の中で、載った手術台に乗せられたままゆっくりと地下へ降りて闇の空間をさまよい、墓場のようなゴミ捨て場のような穴の空いた場所へ滑り落とされる気がしたところで声を上げそうになったが、かろうじて意識を回復させるとそこで終了の声がかかった。
その後病室に戻ってもあまりいい方向へは向かず、Twitterで二件ほど知人のムカつく書き込みとかリツイートとかあったから嫌味を書き殴ったり、またウトウトしてみると風呂に入ろうとして風呂が荷物だらけだったりぱるるに耳元で思い切り甲高い声で吠えられたり、さんざんな感じの夢だった。
あとは寝るだけなのだが、その前に薬を飲んだり、血を測ったり熱を測ったりしなければならない。窓の外は電力を死ぬほど使った消魂しい都会の夜景が広がって、こちらを脅かしつづける。のんべんだらりとしすぎてよけいな時間を費やし、Wi-Fiはいつしかタイムアウトしてしまっていた。だから今日も寝る。といっても結局十時半までシナリオ。
 
某日、起き抜けに古井『東京物語考』冒頭、秋声の項を読み、主要人物の一人を浅草の人にしようと決め、シナリオ修正。小一時間やればネット再開の時刻。ぱるる動画で和む。
食後、主治医の巡回でとりあえず明日の退院決まる。もちろんまたすぐに二回目がやってくるが。午前中は昨日ほどではないにしてもやはり吐き気どめの薬のせいか茫洋とした感じが残る。ノルウェーがオリンピックを辞退したわけを知りたくて、というかそれはわかっているんだけどそれについて書かれた記事を探してネット上を泳ぐ。流れで先生がいつもの「どうでもよろしい」とやはりオリンピックについて書かれているのを読み、武蔵が出てくる辺り含めてまるで同じことを考えているので、笑いを超えて少々気恥ずかしくさえなるのだった。ちなみにこの「どうでもよろしい」はアンチ=ポスト・トゥルース、つまり強迫的意思決定論に敢然と反駁する言葉に他ならないと思うがどうか。信じるか信じないか、など「どうでもよろしい」のだ。きっと先生に尋ねても「ポスト・トゥルース? なんですかそれは」と逆に質問が返ってくるだろうが。
などと考えるうち、昼になった。
三食極めて淡白な食事だと微細な味に敏感になり、例えば最新樋口社長日記に書かれたような極辛カレーとその手前のような差異を自分が感覚できるかどうか、まるで自信をなくしてしまう。だが食ってみたいと思うのもまた人情ではある。
そういえば、古井を読んでいてこういう違いを知った。「余剰と衰弱から醸し出されるデカダンツではなくて、程をわきまえられぬ活力そのものの病い」。どうも自分が後者の方である気がしてならなくなった。理由はないが、別の病室からか細く聞えてくる嘔吐の、しだくような嗚咽を耳にしてそんな気がした。いまはまだ薬の世話にならなくても吐き気が襲ってくることはない。別に耳を欹てて聞くわけではないが、何気にそのような距離でものを知っていく感覚的なこととして、秋声からの影響として『東京公園』でも『空に住む』でも人物たちの佇まいに絡めたつもりでいる。わきまえているようでいて過剰なものがつい露わになるありようや思いを抑えているつもりで結局は曝けてしまう図法螺さなど、秋声の女たちからの谺であったと思う。そしてやはりそれは作っているうちに感じていたことだが、男女の別を超えた所の「いきもの」としての魅力なのだと改めて捉え直せた。言い方は雑だが、それはいわば東京の真ん中に突然オオサンショウウオを出現させるようなことで、表現としてそうするよりは一人の人間、一人の女をあれこれ動かしてみせる方が親切であろうと考えるのは明治からさほど変わってはいないはずで、こうした部分は『秋声旅日記』の頃からなんとなく感じていたことだが、当時は気忙しさや疎ましさだけが前に出ていたところをいまはここでいう「安易の風」のような思いとともに触れている気がする。
夕餉を終えてから草臥れてしまい、何もできず消灯まで茫洋とする。かなり遅くにようやく点滴の管が外れたが、これほど開放感から程遠いのも初めてだ。


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某日、重苦しい気分で目が覚めた。重苦しいシチュエーションの夢を見たせいでもあるのだが、どこがどうというのでなく体調じたいが重苦しい。さっさと帰り支度を始めればよいのだが、なかなかそういう気分にもなれない。
明け方飲み物を買いに出ると南側に湾岸が人工的ながら美しく広がった眺望を楽しむことができる。その記憶を保ったまま部屋に戻ると北西を向いた窓から見えるビル群の隙間に、海面がたゆたい大型船がゆったりと横切るのが見える気がする。東京の人間にはそういう憧憬を滲ませた幻影とともにあろうとする傾きがある気がする。海の上に住むことは海を知り海とともにあるのであり、海を制するというような奢った考えとは違っている。
それとこれとを混同するのはいかがかとも思うが、薬の副作用というのは船酔いに似ている気がして、昨夜から緩やかに始まったこの重く怠い感じはどうやら初日の薬の遅れてくる副作用らしい。ずっと大きなグルーヴで揺れている感じが取れない。先の考え方で言うならこれはもう、どうにかしようなどと考えず、ひたすら身を任せておくしかない気がする。若い頃に亡父がメニエルを患ったときにどんな感覚なのか想像したが、それがこれのもっと激しいヴァージョンだった気がする。一種のめまいだが、これ、早くてもゆっくりでもあまり変わらない気がする。樋口社長もこれを日々味わっているのだろうか。
家に帰ると、故障したエアコンを二十年ぶりに交換するための大掃除に入っているが、無力で無気力な病人は黙って静かにしているしかなかった。なのでひたすら休んでいた。
 
某日、無気力は変わらず、なんら面白いこともなく、テレビドラマはどれもそれなりに見所はあったし、サンソンもバラカンビートもよかった、のだが、とうとう夜まで気力が戻ることはなかった。降り出した雨はすぐに止んで、洗濯物を取り込むだけで終わった。
 
某日、そうして雨は朝から本格化、心身の重さは昨日にも増すばかりだが、毎年六月になると思い出すことが二つ、母を含め何人かの亡くなった友人たちのこととジョイス『ユリシーズ』のことで、これまで二度試みた読破(うち一回は百周年の時)がどちらも志半ばに終わっており、ところが今回すっかり忘れていた柳瀬尚紀訳の存在を某ツイートが思い出させてくれ、慌てて新書の入門本とともに購入した。で、先に到着した新書を読み始めるのだが、大変気分がすぐれないなか、非常に面白い、というかとうとう目から鱗というやつで、『Sanctuary』翻訳中のワクワク感を味わいつつ、ああこれはことによると読破可能ではないかと淡い期待を寄せる次第。もちろんこれまで挫折してきたのを丸谷訳のせいにする気は毛頭ないが、でもやっぱもう古いよね、さすがに、あれは。と言うかもういよいよ寿命も短くなってきたのだから馬鹿にもジョイスがわかったってバチは当たらないんじゃないかと気合を入れ直したのだった。
にしてもこの新書、面白い。新書ならではなのか、これが何であっても面白がっていることは間違いない。英語が読めるかどうかということはもちろん肝なのだが、同時に小説の言葉を読めるかどうか、そのからくりを読めるかどうかが当然重要で、そこの作業工程での面白がり方が手に取るようにわかる。そういう本はたんに愉快だ。
本日から通院で放射線治療。入院費はなかなか馬鹿にならなかった。こういうとき何となく大丈夫なようにできている巡り合わせの不思議。エアコン修理のための女優の大掃除、始まる。想像を絶する体力。とても真似できない病人は夜更けまで柳瀬ジョイス本手放さず、寝る前にふと忘れていたダン・ペンの『Junkyard Junky』。何というか、派手さなし『Nobody’s Fool』ほどの傑作でもないが「彼に求めていたものはこれだった」感の高い穏やかな佳曲集。途中で鷗の群れが飛び交ったり、バイクが走り去ったりして実に愉しい。
そういえばキム・ウェストンの「Take me in your arms」が昨夜のバラカンビートでかかったのだが、この曲は何かのエンドクレジットで流れたはずで、しかしそれが何だったか思い出せない。かけるときにバラカンさんが言ったかリクエストカードだったかに「ロックとモータウンの間」のような言葉があって、その通り、と思った。映画で流れたのはドゥービーがカヴァーしたやつだと思うが、まあそんなに感心するような映画でもなかった。しかしこの曲を聴くと何となく寂しいような気持ちになるのはなぜなんだろうか。何となく思い当たるのだが、確証はないので書かないでおく。
 
某日、初の朝通い。飯が食えないので時間を持て余す。公共の交通機関を利用し、読み通りの時刻に到着、ほぼ待ちもなくスムーズに運ぶ。終了後、病院のカフェで朝餉。帰りはりんかい線。隣駅の発車ベルが某ドラマのチープなマーチで、朝からあれを聞かされるのは閉口なので、このルート不採用。でもゆりかもめに乗っている時間分、早く着く。駅前で税金を払い、借金を帳消しに。この世とおさらばする準備が着々と進行中。
帰宅後は安静。昨日に続き、ペン&オールダム関係でトリビュート盤。彼らの歌は女声が本当によく似合うのだけど、このアルバムでも女性ヴォーカルが当り。特に今日のような梅雨だけどほぼ盛夏なアラバマ州シェフィールドっぽい日にはうってつけである。
昨日届いたホークス評伝を開いたのだが、これとジョイスも柳瀬尚紀も関係がない、というか、残念だがこの本を書いた人はホークスとはあまり相性が良くない気がする、というくらい面白さに開きがあるけど、これも人生最後の修行だから何日かかろうが最後まで読む。七百ページとかあるけど読む。でもやっぱり修行だなんて言ったらホークスに気の毒だ。
これで柳瀬訳『ユリシーズ』が届けば、明日から『燃えあがる緑の木』含めて三冊、大著同時濫読という近年ではなかなかない体制が始まる。加えて『東京物語考』拾い読み。
というわけで、届いた。

 
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某日、雷の音に怯えたぱるるの声で目覚めた。ぱるるは雷に非常に敏感のようだ。昨日より十分早く出たが、雨の日はまた変則で、バスを一台見送る混み具合。病院は採血、X線、診察含む。水曜は盛りだくさんの様子。血液あまりよろしからず。次回入院予約後、タリーズで朝餉。ボロネーゼ。普通。帰宅するとエアコン修理の見積もりが終わっており、騒然としていた家の中がふと静けさを取り戻していた。大掃除の終わった明日の分別ゴミは予想通りカオスの極みだが、こういうことはなるようにしかならないもので、案外ほっておいてもどうにかなる。もちろんそこに何らかの妥協と犠牲が発生することは百も承知だが、人間の世界というのはそうやってしか前に進まないようになってしまったのだ。昨日が樺美智子さんの命日だったと知らなかったが、土地規制法案という危ないものをその深夜に自民政権が強行採決したことを海外の報道によって気づかされるのは実に恥ずべきことだった。大方にとってはそうでもないのだろうが。
もうだめになるものは全てだめになればいい。全て終わって問題はそのあとである。
まだ『ユリシーズ』を開いてはいないが、柳瀬本は快調に読み進み、ある仮説に達した。
先入観を覆して『ユリシーズ』そのものが途方もなく切ない小説である。
その解説本である柳瀬本からしてすでに切なくて仕方ないのだから当然そうだろう。これでは覚束ないこと必至なので再入院前に『ユリシーズ航海記』も贖っておこう。どのみちいずれは九七年改訳版も贖わねばならないことだし。この切なさは六四年版からはほとんど感じ取ることができなかった。私自身の未熟さは措くとしてもそれは当然でもある、何しろ「発犬伝」じたい柳瀬氏が世界で初めて唱えたのだから。
というわけで解説本、読了。ここにあるのは探偵の切なさである。真実が開かれていくその残酷さである。最底辺を描くと言われた『ユリシーズ』の、真の最底辺のいじましさ。
気を取り直して、六月十六日、柳瀬尚紀訳『ユリシーズ』読始。発表されたのは柳瀬氏逝去の直後二〇一六年。京都にいた。ずっと『「ボヴァリー夫人」論』を読んでいた。そしてその五年後にこれを、副読本『航海記』とともに読む。
 
某日、明け方驟雨、洗濯物を取り込む。ジョイスを考えるとどうしても同時代人、漱石と秋声を連想し、秋声を考えるうちに荷風から、用意して来た企画たちを思う。通院という形式を予想していなかったので、資料がことごとく伊豆で、いま見たいと思うものが見られない焦燥を覚える。同時に、ないならないで勝手に動く想像を野放しにしておく手もある。
まあ結局なるようになる。
さらに早く、七時半のバスに乗る。で、大江を読みつつ病院に一時間ちょうどで到着。考えてみればイエーツも同時代人であり、ここにも出てくるRejoice!というフレーズでも分かる通り、たぶん大江はジョイスを意識している。亀井さんという重要人物が登場するが「亀」が「鴨」に対して悔し紛れに見えるのは私だけか。九〇年代中盤、たぶん『ジェイムズ・ジョイスの謎を解く』執筆中の柳瀬氏とほとんど同時進行的ではなかったかと、朝から戦慄。もちろん大江は文庫版『フィネガンズ』の序文を書いている。
体重77.7㎏。スリーセヴンはこの病院で二度目。
駅前で益岡Pと会合。着いた途端またも驟雨。蕎麦屋から茶屋へ。
夕刻に『ユリシーズ航海記』届き、開くとまたも痛快すぎて『謎を解く』丸々一冊収録されていても狼狽しない。パラパラやるうちまたもや絶句。『ユリシーズ』と同年の『荒地』を読んでいたのも二〇一六年京都だった。その記憶が蘇る。ダダ(猫)の名前を『荒地』から取った。ギー兄さんではないが今日まで「時間がゆっくり満ちてくるのを待」っていたのか、私は。
しかしさすがに柳瀬本買いすぎにつき、今後の買本スケジュール変更を余儀なくされる。
関係あるような無いような話。「人に好かれようとするな」という台詞が『アメリカの友人』にあって、アドリヴだったかニコラス・レイが言うのだが、あれは正しい。朝餉を摂った喫茶店でパンケーキを食う人がバカに見えた。詳しく言うと、人に好かれようとすると身近な何かをダメにするというか失いかねないことになる。人に好かれるためには自分にない何かを使う必要が出てくることが多いが、手っ取り早く身近から持ってくると利用したために傷つけることになる場合もままあるということ。むしろそれがデフォルトだと言ってもいい。母親だけはそれを許すという人もあるだろうが、そうでもないという気がする。子供に対して聖人みたいな母親もいるかもしれないがみんなそうだというわけでもなく、結局誰もがひとりだ。
『ユリシーズ』、こうなると原文を脇に置いておきたくなる。これこそKindleか。
 
某日、それなりに清々しい陽気である。驟雨を用心して室内干しを続けた下着類を畳み、今週最後の通院。ほとんど同時刻だが、金曜の鉄道各線は若干混み方が違う。ともあれ問題なくこなし、治療後朝餉はパスタ三種を終えビーフ・ストロガノフ。りんかい線で渋谷まで出て井の頭線。近場で妻と待ち合わせて友人の墓参。昨年持ち込んだ花瓶代わりの湯呑みがまだ残っていた。帰りに中目黒・ジャスミンでランチコース。毎年墓参の後はここでランチにしようと決めるほど、近年稀な極上中華である。駐車したドンキで買出し後、帰宅。
義母が伊豆へ単独行。簡単には「踊り子号」に乗れない年齢。しかしまあ無事に。
あとは『ユリシーズ』をひたすら。ただただ面白い。こんなに面白ければ六四年版を再読しただろうに、結局ダメだった理由は柳瀬訳にある解釈の圧倒的ゲーム性とユーモアの欠如だと思われる。まだ始まったばかりだが、理解するために四〜五行ずつくらいを繰り返し何度も読んでいる。殊にいわゆる「パロディ断章」については今にも写経したくなるほど前のめりになって。
 
某日、朝餉を久しぶりに作る。と言っても粥を炊き鯖を焼いただけで野菜炒めと味噌汁は女優の作。ともあれ美味。午前、三月末『ノマドランド』以降映画館に行っていないので何か見ておきたいものは、と探すうちなぜか世界地図を欲しくなり検索していると再発されたCDがあれこれ欲しくなり、結果大量にポチる。これもストレス解消の一方策か。次回はそれらの感想など多くなるだろう。
本日は生憎の雨なので外出を控えるが、入院前に『逃げた女』に行くつもり。
途中、大江が『新しい人よ目覚めよ』で書いた別荘が直ぐ傍だと知る。徒歩十五分ほど。
ふと気づいたが、柳瀬『ユリシーズ』には註がない。ネット検索が前提とされているのか、それとも「わからなきゃ調べろ」精神が貫かれているのか知らないが、註がないこと自体の清々しさたるや雲海俄に晴れ渡るが如し。だがしかし、再発CDなんぞより原書を手に入れなくていいのか、と値段を気にしつつ検索したがその必要なく安価、なんならタダ。
さらに戦前から前世紀末に至るまでのジャンル小説を二十五冊択んで『ユリシーズ』後に読破する計画を立てた。SF、ノワール、ホラー、戦争問わず。有名どころばかり。
と、えらくブレた一日になり、それを振り切るように夕刻に妻と焼肉に行った。うまい肉だけささっと食って帰った。こういう焼肉の食べ方が一番贅沢でよろしい。
『コントが始まる』が最終回だった。地味だけどたぶん三十年後も、あれがさ、とか喋れるいいドラマだったと思う。一点だけ、ふと気になったのだが、照明とかスタッフが出てこないのが不自然とかいうことではなく、そういう触れ合いにドラマが向かうべきではないかという気がした。真壁先生の息子とかが興味を持って話しかけるとかそういう形で。ドラマの豊かさとはそういうものであってほしい。
脱線ついでに一葉「たけくらべ」写経始めたが、どうしてこれを書いたのかそこから聞きたくなる。途轍もない偉業と思う。身が引き締まる。そうしてこちらはこちら、巻末の註で大変勉強させてもらう。
 
某日、写経を始めたのはたぶんバランシングによるものだと思う。ジョイス、ホークス、大江ときて秋声に行きかけたが、和物古典なら既読再読より肉体的に、ということで一葉写経という荒技に出たのだろう。再発CDの爆買いも、ジャンル小説「25 from now」(私の個人的計画名です) を択んだのも心のバランスを得たいがため。
そこらへんほとんど無意識である。
父の日ということで亡父のフェイヴァリット、『リオ・ブラボー』の「My Rifle, My Pony and Me」をフェイスブックにアップ。数日前からどうも口をついて出ていて、もしやアンジー・ディキンソンが、などといらぬ心配をしていた。アンジーも九十である。
さらに「ひとりぼっちのコンタクト」問題発生。これほど何度も吉永小百合を見返したのは初めてである。しかしこういうこと(トリック撮影の方法検証)はひたすら面白い。いい小説にも似て面白い。
買出しに出るなどしてからサンソン。もはや日曜はこれとバラカンビートの三時間、ラジオに耽溺するのが習慣になった。何もせずに達郎さんとバラカンさん、そして音楽に身を委ねることの心地よさ。特に何か知ろうとするわけでもなく、もちろん何かそれなりの発見があったりはするけれど、このように漫然とラジオの音に身を委ねるという行為は子供の頃以来だろう。幸福なもんだ。
夕餉に麻婆茄子を作り、撮影から帰宅した女優に振る舞った。夜はラジオを聞きながらデジカメのことを考えていた。モノクロ表現に慣れておきたい。
そういえばバラカンビートで『アメリカン・ユートピア』はセカンドラインを舞台でやったのだと気付かされた。誰の葬列か。もちろん古き良きアメリカ。
その間に「ファスト映画」なる耳慣れない言葉を知る。要は倍速再生の親切なやつらしく世の中には内容がわかればそれは見たことになるように映画を認識している人が多いらしいが、これもコンテンツ産業の弊害なのか、しかし誰もが承知するとおり、映画はコンテンツではないので「それはそれではない」と告げておしまい、である。では映画とは何か、と問われればもちろん、それは自分で考えろ、と富士丸(黒沢清)的返答を返すのみ。
 
某日、早朝写経。一葉はこざっぱりして、この歳になって一文一文つくづく良いと痺れる。ヘタな小理屈などハナからうっちゃっているのだ、現代小説の始祖は。
朝餉にあさりの味噌汁。美味。この数日、好きなものばかり食して、本当に死ぬのではないかとへんな不安を覚える。ところがその後とても気まずいことが勃発し、いろいろ気分的に台無しになる。これも先日書いた「人に好かれようとすること」の巻き起こした、ひたすら醜悪な顛末である。全く釈然としない。
何か見たいとか聴きたいとか思うのは思うが、そうやって気分を害するとその日はいいことないんじゃないかというのが見えてしまうので、手足を引っ込めた亀のようになる。とはいえ『逃げた女』と『ファーザー』は見たい。次の退院後は映画を見る。
結果、病院のみ。明日からの入院の段取り電話がこないのでどうしたかと心配していると治療の後で連絡が入る。入院受付に行くと、個室が難しいという話。しかししばらくああでもないこうでもないと粘ったら、結局予定通りに入れることになった。しかし何だか足元を見られたようでまたも釈然とせず。
往路は時間が微妙だったのでりんかい線を使ったが、折角の快晴だったので帰りはゆっくりゆりかもめ経由。山手線からイマジカが見えた。五反田イマジカを見るといつも『永遠のフィルモア・ウェスト』のジャケットを思い出して、ここで仕事をすることがかっちょいいと感じたりしていた。でも今日帰りの電車から見えたのは岩波こどもの本『ちいさいおうち』を思い出させる、高層マンションの谷間に残されたショートケーキみたいな小さなビルだった。何とも遣る瀬無い。五反田はもうすっかり変わってしまった。イマジカがどこかへいなくなると五反田へ行く用事はなくなるだろう。さようならだ。
一日釈然としないことばかりだったが、夕陽に照り映えたうろこ雲だけは見事だった。
 
某日、そして今日から再入院だというのに、朝から久山町という地名がひっかかる。平井玄さんがツイートした『国道3号線』の森元斎さんが現在お住まいになっている場所で、何かで調べたはずの場所だがなかなか思い出せない。尊氏が隠棲した場所か、と辿るがそれは太宰府の原山だった。しかし地図をよく見ると、久山町の中央にある伊野天照皇大神宮という神社は沖ノ島から宗像大社を経て大宰府へ至る南下(逆に北上?)のラインの、ちょうど中間に位置している。これは何かだなあと、つとそこへ行って見たくなるのが悪い癖。いずれの旅の予定に入れよう。
で、精霊のことを考えるに至る。イニスフリー、メンフィス、マッスル・ショールズ、キングストンなどなど。多摩川にも、桂川にも、かつてはいた。川が重要だ。あるいは湖。穏やかな海でもいい。精霊の声を聞き、精霊の訪れを感じる場所。ハリウッドにもかつて精霊はいた、というより宝庫だっただろう。しかし住めなくなることもある。かつて、やはり水を要とする現像所として目黒川沿いに位置したのがイマジカだった。あそこにも精霊はいた気がする。
女優の出入り先、スモールワールズに立ち寄った後、病院。結局、四人部屋になる。さすがに居心地は落ちるが、不快であるわけでもない。
忘れたわけではなくBDプレイヤーは導入しなかった。たぶん何も見る気がしないと判断したため。この数日間がそうだった。
南側の窓から見える東京湾。精霊はたぶんいない。悪霊ならうようよしてそうだが。
 

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ところが、急に空いたから個室に移るという話になり、大移動。昨日の話を丸々反復した形だが、こういう時必ず『ドノヴァン珊瑚礁』のリー・マービンを思い出して逆にいい気分になる。私はちゃんと荷物を持ったけど。


(つづく)
 


青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『こおろぎ』(06)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、『空に住む』(20)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)、自作『しがさん、無事?』(19)など。

近況:8月4日(水)に『空に住む』Blu-ray&DVD(販売元:ポニーキャニオン)が発売になります。