Television Freak 第60回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから、『天国と地獄~サイコな2人~』(TBS系)、『書けないッ!?~脚本家 吉丸圭佑の筋書きのない生活~』(テレビ朝日系)、『24 JAPAN』(同)の3作品を取り上げます。
DSC_0669.JPG 363.15 KB
(写真:風元 正)


「不要不急」のための生活様式


 
文=風元 正

 
『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一』森功、『2016年の週刊文春』柳澤健という2冊の編集者を主人公にした本が揃った。「新潮社の天皇」と呼ばれて、「新潮」「週刊新潮」「FOCUS」「新潮45」を成功に導いた齋藤は、自らを「俗物」と呼び、「誰だって人殺しの顔を見たいだろ」という真偽のあやしい発言が巷間に流布し、「人間すべて色と欲」という姿勢を貫いて老舗の屋台骨を支えた辣腕。ただ、生涯黒子に徹して表に出ず、日本に3台しか輸入されなかったデッカの「デコラ」を愛用して、「Stereo Sound」の常連・五味康祐の音楽仲間でクラシックのレコードを毎日数時間聴く暮らしを続けた人でもある。私としては、「トルストイをぜんぶ読め」という小林秀雄の忠言を唯一実践した齋藤が、小林と保田與重郎という戦前から非転向を貫いた2人の反時代的批評家を終生支えた生き方に着目したい。たとえ「天皇」であっても、2人のいない平成はさぞや索漠としていたことだろう。
立花隆「田中角栄研究」を世に出した田中健五、「週刊文春」で数々のスクープを飛ばし少年殺人犯の実名を公開し「野獣に人権はない」と言い放った花田紀凱、そして「文春砲」の新谷学が活字情報のデジタル化に邁進する現在で結ばれる文春OBの柳澤の張扇の鳴る文章に導かれて華々しい歴史を振り返るものの、熱っぽく旧編集部の内幕を語る花田の右腕・勝谷誠彦の死や「月刊HANADA」の現状を併せると手放しに愉しむわけにもゆかぬ。身近な同時代が扱われているのに、週刊誌が人々を扇動できた華やかな頃が恐竜時代のように遠く読めてしまうのが不思議だった。感染症の蔓延が響いているとして、昔はよかったという気もしない。ただ、齋藤のごとき大教養人が「不要不急」という名の文化弾圧にどういう戦い方を選んだか、しばし考え込むこともある。

book.jpg 147.83 KB




 
『天国と地獄~サイコな2人~』は、主演・綾瀬はるか、脚本・森下佳子の黄金コンビ。綾瀬は捜査第一課の刑事・望月彩子役で、ひょんなことから創薬ベンチャー企業「コ・アース」代表取締役社長・日高陽斗(高橋一生)と入れ替わってしまう。日高役を演じられるのは今、飛び抜けて芸達者な高橋だけだろうし、キャラクターが興味深い。日高は思い切りソツのないつるっとした好人物だが、サイコパスの連続殺人犯という裏の顔を持っている。偏見と笑われるのも承知として、「新自由主義」社会の成功者は多かれ少なかれサイコパスの資質を持っているのではないか。だいたい、就活で求められる人間像を見るにつけ、若くして多方面に円滑なコミュニケーションを図れる人間などいるはずもなく、その頂点に立つタイプはどこかにいびつな部分を隠していて当然だろう。
入れ替わる前の日高の、ひとりで我に返る瞬間の陰惨な表情は忘れがたい。そして満月の夜、2人で歩道橋から転げ落ちて、彩子になった後の女としての変貌ぶりは見事で、真正直で衝突ばかりしていた人間が沈着で物の分かった人柄となる。さすがに周囲に気づく者も出てくるが、「入れ替わり」など信じられるはずもない。バディの「ゆとり八巻」英雄(溝端淳平)が、自分と彩子しか知らない同僚の敏腕・河原三雄(北村一輝)の綽名「セク原」を、声を合わせて絶叫するシーンは痛快だった。そして、彩子の家事万端を担当する居候の渡辺陸(柄本佑)も、家のゴミ袋のなかから血の付いた防護服を発見し、彩子に不審の目を向け始める。
黙っていれば死刑の日高は、彩子の美しい身体を使って口封じに出る。男になった綾瀬と女になった高橋の微妙な演技の綾だけで夢中になってしまうが、むしろ、警官と社長という社会的なアバターの転換が斬新である。日高の会社の売り上げが下がって記憶障害のふりをしてみたら社員一丸となったり、彩子が日高の性格になったらオジさんの覚えがめでたくなったり、過去を知らずにどこまで別人に成り切れるか。
天性の刑事俳優が演じる河原が独自の嗅覚で2人の秘密に近づく足取りにより、ぶっ飛んだ物語が現実味を帯びる。贅沢な俳優陣の演技と細部まで計算しつくされた脚本と演出により成り立っているこの椿事が2021年に放映されることはどんな意味を持つのか。奄美大島の「月と太陽の法則」が指し示すらしい運命の果てを知りたい。綾瀬と三浦春馬が共演した16年の『わたしを離さないで』も、来るべき近未来を象徴する傑作だった。

tengoku.jpg 129.58 KB
日曜劇場『天国と地獄~サイコな2人~』 TBS系 日曜よる9時放送
 

 
『書けないッ!?~脚本家吉丸圭佑の筋書きのない生活~』は、脚本家・吉丸圭佑(生田斗真)が主人公で、妻は「香坂りり子」というペンネームの売れっ子小説家・吉丸奈美(吉瀬美智子)。学生結婚を経て離婚した後、部屋探しに訪れた不動産屋の店員だった圭佑と出会う。奈美の連れ子である女子高生の娘・絵里花(山田安奈杏奈)は実の父を知らず、長男の空(潤浩)は小学生。妊娠中に新人賞を受賞しデビューした奈美に刺激されて、圭佑は夢だった脚本家を目指しコンクールに投稿を続け、5年前にデビューしたものの注文がまるでなく、家事万端をこなす日々だった。ところが、メインライターが降板した連続ドラマの仕事が舞い込み、ドタバタ劇が始まる。
注文された刑事モノから学園モノに変えろとか、主人公の先生をB型の吸血鬼にしろとか、主演俳優の八神隼人(岡田将生)の無茶振りに間髪を入れず応えるテキトーなプロデューサー東海林光夫(北村有起哉)、監督の角隆史(小池徹平)、APの松尾めぐみ(長井短)の三者三様が妙に真に迫っている。脚本の福田靖は、似たような輩に苦しめられてきたのだろうか。とりわけ、虚ろな目で無根拠な指示を連発するポンコツを演じる小池の技が見事だ。デフォルメされているとしても、笑いながらドラマの制作現場の一端がうかがえるのはお得な気分だ。
追い込まれると出てくるスキンヘッドの男(浜野謙太)のネガティブな声はリアルだし、「エイドリア〰ン!」と絶叫するメンタルクリニックの医師・米虫憲治郎(矢柴俊博)もあるあるだが、一番気になるのは奈美である。頼りなく甘えん坊の夫の夢を支え、多忙なのに口述筆記の清書まで買って出る献身ぶりで、最近はもう珍しくない夫婦の形だが、未来はどうなるかはまだ社会実験の域に留まる。義父には家事を望まれる圭佑は良妻に恵まれているわけだが、内緒で実の父を探す絵里花にも屈託が育っている。家庭教師の仙川俊也(菊池風磨)が「ぴえーん超えてぱおーん」で外からの緩衝材として機能しているが、新作のテーマが未知のヴァンパイアになって奈美は悩み、圭佑はどん底の視聴率を突き付けられて、仕事率が高い一家の運命は。息子の見る通り、実はパパの方に才あれば万々歳なのかもしれないが、ついリアルな決着を期待してしまう。
 
kakenai.jpg 86.13 KB
オンドラサタデー『書けないッ!?~脚本家 吉丸圭佑の筋書きのない生活~』
テレビ朝日系 土曜よる11時30分放送
 

 
『24 JAPAN』に慣れるのに時間はかかった。しかし、後半に入りアメリカと日本のカルチャー・ギャップを堪能できるドラマに育っている。オリジナルの設定を変えなかった効果が出た。日本初の女性総理大臣誕生が期待される総選挙の投票前夜、その候補の「民生党」党首・朝倉麗(仲間由紀恵)の暗殺計画が発覚した。CTU(テロ対策ユニット)第1支部A班の班長・獅堂現馬(唐沢寿明)は陰謀を阻止しようとするものの、娘の美有(桜田ひより)が夜中に家を抜け出し、捜索する妻・六花(木村多江)とともに誘拐される事件が発生する。朝倉家にも息子・夕太(今井悠貴)を巡る疑惑が浮上し、テロ組織の陰謀と錯綜し目まぐるしく大量の血が流れる。あらゆる登場人物が怪しい。
オリジナルと同じく5分刻みに事態が動く筋は到底紹介できないとして、まず目を奪われるのは2つの家族の濃厚な感情劇である。お互いに深く執着しながらすれ違い、決して大切なことは伝えることができない。木村多江はまさに日本の神秘で、誘拐犯から娘を守るが夫の過ちには揺れて面倒を呼び込む濡れた能面のような表情が恐ろしい。密室で夫の部下の水石伊月(栗山千明)に誘拐劇の事情聴取を受けるシーンでは「貞子」と「キル・ビル」の対決が実現した。細い身体に本音と情念を隠す六花を母に持つ美有が、誰を信じていいのか迷子になるのも仕方あるまい。
麗の一家も厄介で、政治家2世の夫・遥平(筒井道隆)の沈着な物腰の内心は妻への嫉妬に溢れている。闊達でない家の雰囲気に歪んでしまったつぶらな瞳の夕太は懸命に自らの道を探そうとするが、外部の人間がブルジョア一家のおこぼれに預かろうとしている悪意は見えず、知らぬ間に危険を呼び込む。美有とともにナイーブさが痛々しく、呼び出しに応じて親切な警告を発した怪しげな情報屋・上州(でんでん)がまともに見えてくる。麗自身も、政治家としての役割を女優のように演じてゆく術で世を渡り、息子に「時が来たら」と大人の事情を黙ってきた矛盾に、総理の座を目前にして直面しようとするが、もしかすると遅すぎたのかもしれない。アメリカ版でも、家族を巡る苦悩は描かれていたが、あちらではお互いの断絶が前提の乾いた関係だった。
しがらみの沼が粘りつくわが国で、現馬は拳銃をガンガンぶっ放し、脱法行為を繰り返すジャック・バウアー流の暴走に身を委ねられるわけではない。唐沢らしく、人の道を外れる印象は受けず、家族の安否のほかはキーファー・サザーランドと比べれば淡々とした表情で難局に立ち向かう。とんでもないマッチョでもなく、組織のルールにも基本従う姿勢を崩さぬところに日本だなあ、と感嘆してしまう。テロリスト・神林民三役の古き良きヤクザ映画の風情が濃厚な高橋和也や、出てすぐに消された現馬の元上司・六角精児が妙に印象に残った。2クール付き合って、結末はいかに。
 
24japan.jpg 58.75 KB
『24 JAPAN』 テレビ朝日系 金曜よる11時15分放送
 

 
タクシーの中で醜聞の渦中にある当事者を張り込む無数の空振りだらけの日々。週刊誌のスクープは、今も記者たちの夜討ち朝駆けに支えられている。有名無名の編集者の武勇伝を読みながら、ニール・ヤング&フィル・ベイカーの『音楽を感じろ』という回想録の苛烈さを思い出した。著者2人は、ハイレゾポータブルプレーヤー〈PONO〉を開発した音楽家と技術者。個人的な興味の赴くまま動くのは編集者と同じだが、ニール・ヤング側とは金銭的な見返りに頓着していない所で道が岐れる。
「わたしは自分の名前と信用を賭けてよりよい音を探求してきた。本来そうすべき技術系大手企業の怠慢を指摘してきたし、これからもそれをやめるつもりはない。それが正しいことだと、心の底から信じているからだ。わたしはミュージシャンと音楽愛好家のためのこの冒険の旅をつづける。だれもが聴くべき音を聴くことができるように――作り手が意図したとおりの音を」
はい、確かに。しかし、納得ゆく音源とハードを作り上げる困難は呆れるばかりで、長年の朋友エリオット・ロバーツも亡くなる。とはいえ、資金難と離反する協力者に悩まされながら、今やニール・ヤング・アーカイブス(NYA)という全音源を聴けるサイトに結実しているのだから凄い。ニールの目つきが悪魔的になるわけだ。所詮は勤め人の編集者と大ミュージシャンとの比較はフェアではないが、「不要不急」をどう生きるのか、「部数」を追い大衆の隠れた欲望に寄り添うよりは、やはり「『良い音』を定義するものは何もない」(曽我部恵一)という孤独で強靭な歩みの方に無理にでも近寄る方がいいような気もする。はた迷惑かけない作戦を考えよう。

 追ふ男鎌倉の春駆け抜けり


DSC_0696.JPG 320.62 KB




風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。