映画は心意気だと思うんです。 第19回

冨田翔子さんによる連載「映画は心意気だと思うんです。」第19回はまゆ毛と食い意地の話。百貨店の化粧品売り場への初潜入、そして現在公開中のスペイン発スリラー映画『プラットフォーム』(ガルダー・ガステル=ウルティア監督)によって、冨田さんのまゆ毛と食意地は新しい様式へといかに変貌を遂げたのでしょうか。

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『プラットフォーム』



新しいまゆ毛とチータラの目覚め



文=冨田翔子


「新しい生活様式」を強いられた2020年。私も新しい生活様式を手に入れた。それは、新しい“まゆ毛”である。事の発端は昨年秋。とある席で「冨田さんのまゆ毛は、いつもそうなんですか?」と指摘されたことだった。これに似た問いは、これまでの人生で3回ほどされたことがある。ダイレクトに「まゆ毛、変じゃない?」と言われたり、「今日のまゆ毛どうしたの?」など。何を隠そう、私はまゆ毛を描くのが大の苦手なのである。自分のまゆ毛がいささかイケていないことも、これらの経験によってなんとなく分かってはいる。しかし怠惰なので「目も当てられない酷さではないようだし(無駄に前向き)、まあいいか」と今日まで来てしまった。前髪を作ってまゆ毛を隠す、という対処も一時的な隠蔽効果はあったが、やはり怠惰なのでだんだん髪が伸びて前髪が消失、すると再び出現したまゆ毛にまあいいか、の繰り返しの人生なのだ。
 
そんなわけで、ちょうど都合のいいことに10年くらい使っていたアイブロウパウダーも残りわずか。一念発起して、まゆ毛を刷新しようと思い至ったわけである。
 
ところで、「10年使い続けられるパウダーとはいったい何なのか」と思われるかもしれない。私にもそのからくりは謎なのだが、怠惰が化粧品にも乗り移るのか、使っても使っても減らないのである。そのパウダーは2色あって、左が薄い茶色で右が濃い茶色。この2色を使えばまゆ毛に濃淡を出せるということだったのだが、最初の数回は両方使ってみたものの、あんまり効果がわからなかった。そのうち薄茶色ばっかり使うようになり、使い切ってしまった。仕方ないので、今度は右の濃い茶色を使いはじめ、今ではすっかり濃い茶色も残りわずか。容器のフチにわずかに残っている粉をブラシで削り取る日々なのだが、それがなかなか無くならないので、未だに使い続けている。
 
こんな有様なので、新しい化粧品といってもどれを買えばいいか検討もつかない。そこで、大学時代にバッチリメイクをしたら「宝塚」というあだ名がついた、いつもの“牡蠣狂いの友人”に尋ねてみることにした(ちなみに彼女は、いまではすっかりナチュラルメイクが板についている)。
 
「ねえ、かれこれ10年以上もまゆ毛を描いているのにちっとも上達しないんだけど、どうしたらいい?」
 
「百貨店の化粧品売り場に行けば教えてくれるわよ」
 
(え~…)
 
あの、やたらと明るい百貨店の1階にある化粧品売り場のことか。私もこれまで何度か行ったことはある。商品をのぞいていると、たいてい店員が話しかけてくるものらしいが、いくら私がのぞいても一向に誰も声をかけてくれない。その疎外感に耐えられず行けなくなってしまった、あの場所のことか。
 
「あんた、自分から話しかけなさいよ!」
 
(え~…)
 
「そういえば、boidの樋口さんの娘さんが化粧品売り場に勤めているはずよ」
 
なんと! これを使わない手はない!
 
そんなわけで、樋口さんの娘さんに、いついつに行きますと予約をしてお邪魔することにした。これで、少なくとも話しかけられない疎外感からは免れる。とはいえ、一人で百貨店に乗り込むのは怖いので、牡蠣狂いの友人に付き添ってもらうことした。「付き添いが必要なのか!」と樋口さんは呆れていたが、牡蠣狂いの友人は「樋口さんの娘さん? 見る見る!」と乗り気だ。
 
コロナの影響で、残念ながら実際に眉を描いてもらっての指導は叶わなかったが、樋口さんの娘さんはとても丁寧に教えてくれた。まず、今使っているパウダーの色は、私の髪の色に対して濃いらしく、もっと薄い茶色を選ぶことになった。要するに、これまでは顔の中でまゆ毛だけが濃く太く、遠近法が狂っていたのだ。そして、まゆ毛を描くにはいろいろなタイプの道具があるのだが、引き続き2色のパウダータイプを使うことになった。なんと2色は混ぜて使うのが標準らしい。知らなかった! そうと分かっていたら薄茶色を先に使い切ることはなかったのに…。
 
そしてお会計に進もうかというとき、カタログに載っているペンシルタイプが気になってしまった。そもそもペンシルで描くのが苦手で、パウダーを使うようになったのだが…。
 
「ペンシルタイプも使ったほうがいいんでしょうか?」
 
「そうですね、なかなか(パウダータイプの)ブラシだけでは、端が描きにくかったりしますね」
 
というわけで、アイブローペンシルも見せてもらうことになったのだが、それが今まで見たどのペンシルよりも芯が細い。こんなに細くてちゃんと色が出るのかと思ったが、試すとしっかり着色するではないか。これが百貨店のクオリティなのか。まんまとやる気が出た私はカタログに目を向けた。するとカタログには、6色の色見本が載っていて、セットで3000円程度と書いてある。6色もついて3000円!? というか、6色セットって…多色ボールペンみたいなこと!?
 
頭の中で、多色ボールペンの芯をカチカチと切り替える動作を思い浮かべた私だが、6色も使いこなせる気がしない。
 
「6色セットで3000円って書いてますけど、6色もいらないですよね?」
 
私はカタログを指さし、樋口さんの娘さんに聞いてみた。すると…
 
「あ、違います。6色セットという意味ではなく、1色でソケットと芯の“セット”のお値段になります!」
 
恥ずかしい…。せめてもの繕いとしてペンシルも買うことにしたのは言うまでもない。
 
ともあれ、次の日から私のまゆ毛は生まれ変わった(はず)。色もすっかり顔になじんでいるので、この先10年は安泰だと思っている。この場を借りて、樋口さんの娘さんに、厚くお礼を申し上げたい。
 
 
■目からウロコ、ならぬ“チータラ”が落ちる
 
この冬はもう一つ新しい発見があった。近所のスーパーに「極太たらチーズ」というおつまみが売っていた。いわゆるチータラであるが、チータラは登録商標なので、類似商品は違う名前が付いているらしい。極太なだけあってなかなかの食べごたえ。ふつうのチータラはたいてい1回で一袋を食べ切ってしまうが、こちらは途中でお腹いっぱい。2回以上に分けて食べられてコスパもいいのである。とても気に入ったので、次もまた買った。
 
そんなある夜、仕事から帰ってきた同居人に対し、
 
「これおいしいよ! 極太たらチーズ!」
 
と教えてあげた。すると同居人は、こんなことを聞いてきた。
 
「へえ~~。タラとチーズ、どっちが極太なの?」
 
「!!??」
 
想像もしなかった答えに、私は面食らった。
そしてアワアワしながらこう叫んだ。
 
「た、た、た、チーー!!」
 
そう、私は知らなかったのだ。なぜあのおつまみが“チータラ”と呼ばれているのかを。同居人による想像を超えた問いは、一瞬で私にすべてを理解させた。私が今まで思っていた“たらと呼ばれる何かが練り込まれているチーズ”という認識は、見当違いだったのだ。そんなこと考えてもみなかった。チーズの両サイドについている薄紙みたいな白いシートは、何かが練り込まれたチーズの型くずれを防ぐものだと思っていたが、それこそが“たら”、そして成分はなんと魚のすり身だったのだ!
 
つまるところ、“極太たらチーズ”の極太はただのチーズであって、たらが太いわけではない。それは見ればわかる。ということは、今まで私が食べていたのは、たらの入ったチーズではなく、ほとんどがただのチーズだったということなのだ! ガーーン!
 
 
■スペイン発食卓スリラー『プラットフォーム』
 
そんな私の食べ物の勘違いを紹介したところで、食べ物にまつわる映画を紹介したい。リモート試写で拝見した、映画『プラットフォーム』である。プラットフォームと聞くとなんのことかという感じだが、たっぷりの豪華な食事が載った台のこと。建物の真ん中に貫かれた四角い穴を、上から下にその台が移動していくという話なのだ。
 
建物の各階層には2人。私物を何でも1つだけ持ち込むことができ、食事ができるのはプラットフォームがその階層にある間だけ。階層は毎月ランダムに入れ替わる。問題は、自分がどの階層にいてどれだけ食うかだ。上の階ならたっぷり食べられるが、下の階に行けば行くほど食べ物は不足する。この食の格差を解決するには、食卓の食べ物を一人がどれだけ食べるかにかかっている。だが、毎月入れ替わる階層のせいで、住人たちは正気と狂気の紙一重。今月は上の層でたっぷり食べられても、来月は最下層で残飯どころか何も残っていないかもしれない。そうなると上の階になった途端、下のことなんてお構いなしに食い散らかしてしまい…。
 
今の仕事についてから3年間、食べることがストレス解消の手段だった私には耳の痛い話である。「毎日ランチだけが楽しみ」「今日は駅前の酒屋でおつまみいっぱい買って帰ろう」「週末は〇〇食べに行く。金に糸目はつけない!」とか言って、やりたい放題食い放題で体重は増加の一途。隣で同居人が「金に糸目はつけてください」と睨みを利かせているが、自分で稼いだ給料で好きなだけ食って何が悪いというのだ。
 
だが、私は食の格差を描いた『プラットフォーム』を観て覚醒した。隣で仕事をしている同居人に、私はスピーチを始めた。
 
「私は反省している! この3年間、“食べることでストレスを解消することは正義”だと自分に言い聞かせてきた! 好きなだけ食べたし、体重も増えた! 稼いだ分食べたっていいじゃないか、と!」
 
「でも、私は間違っていた! 『プラットフォーム』を観て反省したのだ! みんなが好きなだけ食べたらダメなのだ!」
 
同居人が手を止めて、「ほう」と言わんばかりに私の方を向いている。
 
「私は目覚めたのだ!これからは、分け与えねばならない!(真顔)」
 
私がそう口にした瞬間、同居人は死ぬほど深い溜め息をついて、こう告げた。
 
「寝ぼけたこと言ってないで、痩せなさいよ。あんたは上の階層にいたらバクバク食うに決まってるわよ」
 
ガーーン。感心してくれるとばかり思っていたのに、軽くディスられた挙げ句、一緒に映画を観ていたわけじゃないのに、なぜか私より理解している。なんだろうこの格差は…。
 
だが、めげることはないのだ。10年放置したまゆ毛は(きっと)向上したし、チータラの正体も掴んだ。月1のしゃぶしゃぶ食べ放題と回転寿司を卒業できるよう、日々食のありがたみを感じて、同居人を見返してやりたいと思う。
 
 
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プラットフォーム El Hoyo
2019年 / スペイン / 94分 / 監督:ガルダー・ガステル=ウルティア / 出演:イバン・マサゲ、アントニア・サン・フアンほか
新宿バルト9ほかにて絶賛公開中

公式サイト




冨田翔子

エンタメWebサイト編集部勤め。好きなジャンルはホラー映画。心意気のある映画を愛する。