宝ヶ池の沈まぬ亀 第32回

青山真治さんによる連載「宝ヶ池の沈まぬ亀」第32回は、訃報が続いた1月末から2月にかけての日記。映画『はるねこ』の上映とともに行われた甫木元空バンドのライヴ、フランスで開催中の上映イベント 「日本映画の100年」 に参加するために久しぶりに訪れたパリ、さらに足を延ばしてルーアンに滞在した際のことなどが綴られています。

文=青山真治

32、暴走六弦居士:俗名「さらば青春の光」with巴里

某日、前夜の不調からインフル検査に行きつけの病院へ。結果は陰性だがやがて転じる可能性も、という予言。何度もリスケしてやっと決定したスタジオ予約の果ての甫木元新曲レコーディング当日だが、悪化してメンバーに移すわけにはいかず、とりあえず様子を見ることに。昼に近づくにつれどんどん悪化、ついに断念。とりあえず眠りながらデモが届くのを待つ。全豪オープン女子決勝。はじめてのテニスなのでひたすらぼんやり、分ってくるにつれ盛り上がり最後は大坂なおみという人の個性にさめざめと泣かされる。クビトバという好敵手にも恵まれた。リズムと仮歌、アコギ、キーボードのデモ、届く。悪くない。安心して眠りに落ちる。翌朝、めまいで真直ぐ歩けない上に頭痛止まらず。すべてメンバーに託して休息に努める。上演台本を上げ、本日記(前回)を上げ、新作短篇の参考資料を積み上げ、しかしほとんどを寝て過ごす。結果、夕方録音終了の報。あとはミックスのみ。

ドゥシャン・マカヴェイエフの訃報。この人の特集上映で「~より、~より過激」みたいなキャッチフレーズがチラシに付いていて、それが嫌で通わなかった。後悔しているがいまでもそういう、他と比べてどうこう、という惹句は嫌いだ。今度どこかでやっていたらもちろん見に行きはする。夜、嵐の活動休止報道の後で久々の『鉄腕DASH』、DASH島に神社を再建しようとしている。TOKIOも大変なところに来た。トーク番組の華大師匠で笑った後、やっと『3年A組―今から皆さんは、人質です―』を見る。悪くない。オジサンの若いころに『バトル・ロワイヤル』という映画があってだな、と云いたくなる。当時忙しくてまともには見ていないが、しかし久しぶりに見てみたい気になる。それにしてもまーくん、あんなに身体能力高かったとは。

某日、嵐の活動休止をどうでもいいとする向きもあるようだが、ジャニーズの三十年をニューミュージックからJポップへの変遷という一個のカルチャーをリードした巨大なヴェンチャー産業だと考えると、そのしんがりである嵐の終焉は、云っちゃ悪いがホリエモンの(フジテレビ株の際の)逮捕と同格、トップニュースであって不思議はない。午前中、新作短篇に着手。午後、名古屋シネマテーク平野勇治氏の訃報。二十年前から何度も世話になった。心からのご冥福を祈る。再び脚本直しの催促。さすがにへこたれ、届いた映芸最新号にとびつくが、ベストテン特集、圧巻の渚ようこ追悼歌謡曲特集でさらにへこたれる。皆さん凄い、真面目だ、と唇が震える。この一年、友人に慰められるばかりで何もなさずに過した自分のからっぽさおろかさにひたすら呆れる。犬猫以外誰とも口を利きたくない。

某日、という逃避の果てに朝の作業を終えてから、やおら脚本に向かう。黙々と直し続けて午後三時、終了。Pに送り、へとへと。平野さんへの想い、そして高崎の茂木さんへの想いが書かせてくれた。夕方いまひとりのPと近場で。帰宅すると橋本治氏の訃報。ずいぶん以前どこかの料理屋でお見かけしただけで面識はないが、受験を経て大学に入る頃、周囲はこぞって読んでいた。私は、といえば他の小説や評論を読むのに忙しく手に取ることはあっても後回しにして結局出会いそびれた。本屋で『暗夜』『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』とか見て読みたかったが高くて買えなかったし、同じ金を払うならべつの本――蓮實・柄谷・中上――を買ってしまっていまに至る。また今度、は結局縁を薄くするということか。ツイッターにおける同世代者の悲歎ぶりについていけないのはチト淋しい。誰かが平成最後の年に亡くなるのも、らしい、と書いていたが、それには疑問を感じた。これから膨大な著作に分け入る暇もなく、唯一向き合った三島論は呑み込み難いところがあった(とはいえここ数年の私の三島への拘泥はこの論考が発端)が、ここ十年ほど文芸誌掲載分はいくらか拾い読みしてきた。ある意味で同じ方法を試している感覚がしていたから、こんな年に死にたくはないだろうと強く思う。「新潮」の『草薙の剣』掲載時、偶然こちらも南北朝の絡みでこの神器について書いていたので驚いた記憶もある。

某日、病み上がりの女優が久しぶりに朝餉をつくった。美味。昨日、橋本氏の三島論への違和を書いたが、少なくとも東大討論の解釈は同じで、二〇一〇年パリで若松孝二監督に東大討論をやりましょうと持ちかけたのもその解釈をもってのことだった。若松さんにそれを作ってもらって橋本氏に見てもらいたかった。あるいは私が監督してもよかった。だがもう二人ともいない。三島について真剣に考えるようになったのは学生が上演した『わが友ヒットラー』を見てからだ。あれで三島の戯曲を理解した。地点『グッド・バイ』の際に三浦基とも話したが三島のよさは近代以前からやってくるのであって、書くことではなく語られ聞くことから来るものである。橋本氏の議論もそこにあったかもしれない。昼は小説、夜は浜崎貴司氏と近所のUn Jourで。超美味。

某日、なぜか朝から、今夜ハンバーグを食うという考えにとりつかれ、考えあぐねた挙句に近所のドッグカフェで、という結果に落ち着く。しかし昨日のフレンチが美味すぎたせいで、これはまあこんなもんか、という感想。決して不味いわけではない。深夜にぱるるに起こされ、昼に銀行作業、ぱるると散歩。で一日ぼんやりしたまま。夜は雨蕭蕭。高校の友人が手術という話。戦意喪失させることしか起こらないのでこの一隅にそっと消えいることしか望まなくなる。

駅前のぱるるとぼく

某日、前日から待機したBSヒューストン『マッキントッシュの男』が、さすがに目が覚めるほどではないにしろ面白い。このような的確さと大胆さを緩急自在(てきとー)に組み立てる映画はもはやイーストウッドと黒沢さんにしかできない技かもしれない。刑務所に入りイアン・バネン登場までの混濁が後半オセロのようにバタバタと開いていくダイナミズムはウォルター・ヒルのホンでも最上の一つと数えていい。ひとつ気づいたのは、スパイ活劇ではある名前、大抵は『北北西』の「ジョージ・キャプラン」のように偽名もしくは架空の名前が多いのだが、それが音声として最も繰り返されるようだ。ポール・ニューマンはいったい何度自分の名前、レアディンを口にしただろうか。その繰り返しから迷路が生れる。さらに対をなしてスレイド、マッキントッシュなど複数の暗号名が錯綜するのがスパイ活劇の重要な側面といえないか。自説「呼び声」論のヴァリエーションとして考えたい。夜は翌日の準備。とうとう寺尾さんにいただいた新字幕の『ゲームの規則』をチェック。さらに『傷だらけの挽歌』を半分ほど。ドラマ『メゾン・ド・ポリス』が今週突然面白い。角野卓造の芝居、圧倒的。アジアカップ決勝。アルマエズ・アリのOHシュート、見たが驚くにあたらず。むしろ二点目が。それより何より後半果敢に飛び込んでいく冨安二十歳に感動。なんにせよ、いまは修行だ、と吉田麻也に言ってやりたい。

某日、新井君の件がどうにもやりきれないまま映画美学校へ。京造一回生向けの授業を脚本に特化した形に改変しての試み。差し障りなく進んだがいかんせん持ち時間を間違え、ラスト二本をやりそびれる。帰宅前にアンディカフェでハラミステーキ。これは美味。

某日、WOWOWでスティーヴン・キング『キャッスルロック』。サウンドデザインが面白くて参考にしたいのだが、これやり始めると止めどころがわからずトゥーマッチに至る気がする。シシー・スペイセク、美しすぎる。続けて見たかったが、週一で大友さんのテーマ曲を聴かないと落ち着かないので途中で『いだてん』。基本的には小説を書き続けた。

某日、午前中から夫婦で外出。KOD2で荒物をあれこれ購入後、ヒルズで中華ランチ。眼鏡の修理など注文してからシャマラン『ミスター・ガラス』。多重人格の中にも批評家がいるが、ある意味で非常に日本映画めいて、いくばくかの切なさを覚える。しかしいくら夫婦50割とはいえカップルで見る映画ではなかった。女優がクイーンを見たがったのを強引にこちらを選択したので、さすがに見終えて申し訳なさを感じた。とはいえ女優はそれなりに楽しんでいたが。一旦帰宅後、下北沢で龍ちゃんと打合せ。夜更けに劇場チェック敢行。

某日、空白の一日。朝からYMOファーストで心洗われる。はじめて「東風」を真面目に聴いてちょっと衝撃を受けた・・・これ普通にフュージョンだったのか、テクノじゃなくて。次の「中国女」はもろテクノで、主眼はそこのギャップだったのかもしれない。

某日、中野plan-Bにてライヴ・リハーサル。plan-Bというスペースは非常に心地よい空間で、どこでやるより音が(親)密に聴こえてきた。機材さえあればここで録音したい。つまりスタジオライヴでの録音という手も案外あるかもしれない。ドラムスにコスマス・カピッツァ、山田勲生が本職のリード・ギターという甫木元バンドとしてベース佐野忠、キーボード菊池剛含めてベストの布陣。最高のノリを得て、底知れぬ満足を味わう。同時に、自分はこれ以上ライヴの場に立つ理由はないのではないかという考えが頭を擡げて、帰りに甫木元と「九州藩」でしたたかに呑む。音楽作りはやめられない気がするが、ライヴはもう若い人に任せたい。ひどく疲れる。

某日、そんなわけで終日宿酔。ここ数日の『まんぷく』における安藤サクラさんの芝居に感心している。このドラマ、決して上出来とは云わないが、彼女の身体感覚が全面的に引っ張っていて、ここまで来ると彼女が作っていると言いたくなる。そのようなあり方は私の周囲ではあまり歓迎されて来なかったが、なんだかそういうこともありという思いを持った。もちろんキネ旬ベストなどはどうでもよい。深夜の「タモリ倶楽部」に登場する浅野君を待ちながらぼんやり。シャドウは言わずもがなだがカーテンとコンセントがキーだった。気づいたタモリさん、さすが。そのタモリ像のサングラスを塗らなかった浅野君もさすが。

某日、喧伝された積雪は杞憂に終わる。plan-Bでの『はるねこ』上映とライヴ。先述したように心の中では人生最後のライヴ演奏というつもり。リハーサルはまずまずの手ごたえ、沖縄料理屋で腹ごしらえして本番に臨む。途中テレキャスターの弦が二本切れるというアクシデントがあったが、それでもほぼ満足のいく出来だった。ただ演奏に対する緊張のために途方もなく疲れて、やはりもうライヴは無理だと改めて。緊張はイメージトレーニングから終了=解消まで何日も続く。だから疲れるし、かつてはそれも心地よかったがいまやそうはならない。年齢の問題だ。うれしいことに名古屋から仙頭夫妻、多摩美から山本圭佑、京造からゆきの、もきち、けんたが来てくれ、受付でとよちゃんが手伝ってくれた。終了後、松本勝とともに三軒茶屋で串カツを食って帰宅。翌日は午後から仙頭夫妻がぱるるに会いに我が家へ。散歩にも行った。おまえバンド続けた方がええで、と仙頭氏。素直に嬉しいが昨日の今日では、はいそうですか、と素直に答えられず。音楽制作はまだやるつもりはある(可能ならいろんなゲストを迎えてソロアルバムを作りたい)がライヴはやはりもうたくさん、できれば映画と小説に集中したい。

夕餉はUn Jour。今日もやはり美味。大満足。

(撮影:仙頭武則)

某日、連休最後の日は朝から降雪。すぐにやむ。ぼんやりしていい日も今日が最後か。何度目かの『生きる』を朝から見始めたのだが、毎回そうだが今回も伊藤雄之助の会話からエンドマークまで寝てしまう。呪いか。陽も暮れた頃になって渡仏前というのに原稿依頼が二本。うち一本はこの二日間で上げなければならない。闇雲に書く。翌朝、朝餉に蕎麦を食してからさらに。書き終えて、国会中継を見ながら推敲。国民民主党ホントぬるい。午後、ヒルズに眼鏡を取りに行く。帰宅して夕餉の後、Pから召集命令、駅前へ。聞くだに笑える大本営発表。とにかくホン直しふたたび。ずいぶん前に山田さんが音楽上の編集作業を「フランケンシュタインの怪物」と嫌ったが、この脚本はそれどころじゃないだろう。ともあれ、やる気スイッチが見つかるまでだらだら。小説脱稿は断念せざるを得ない。

某日、ハッと気づけば在パリ。機内で『ボヘミアン・ラプソディ』。本当にこれを何万人というひとが見たのだろうかと首を傾げる。たんにへたくそとしか思えなかったが。一方『天才作家の妻』は久しぶりにクリスチャン・スレイターを見て嬉しかった。グレン・クローズも不快ではなかった。着いた日はヴァレンタインデーでなおかつドライヴァー以外日本女子にしか会っていないがチョコレートをくれるひとは一人もいなかった。別に残念には思わないが、それで東京にいる人々にお土産など贖う必要もないと確信。とにもかくにもパリは私の第二の故郷であると断言できるほど相変わらず快適である。といってもそれはほとんどホテルでだらだら寝ているからに過ぎない。とはいえ、そのホテルでたぶん最後になるだろうシナリオ直しを済ませたのだが。初日の晩はあおい様御一行と飯を食い、赤ん坊に何度も接吻した。ぱるるにするように。二日目は常盤様や役所様と接見し、若手監督どもとブローニュの森の高級レストランで食事。実に気持ちの良い連中であった。とはいえとにかくかつてないほどのジェットラグで、ワインとテレビがなければ気がくるっていただろう。ホテルに帰っても眠れず、まったく終ろうとしないソウルトレインの回顧番組がArteでやっていて心洗われ(JBで本気で泣いた)、NHKで時折かすかに聞こえる日本語さえ天啓のようだ。深夜のサッカー批評番組には、こうした放送がないかぎり日本のサッカーは変わらないだろうなどと偉そうに思わされた。かように大量に何もすることのない時間があると想像の範囲内だったので大量の書籍を持参したのに目で活字を追う気になれず、ただただぼんやりするばかり。そもそも正確に時を告げる時計がないので、まともではいられないのかもしれない。夜は大野敦子・小山内照太郎夫妻も合流し、日本会館のクレモンの招きに応じて近場のクスクス屋で至福のとき。店主が衝撃的に面白かった上に豚も鶏もメルゲーズも何もかも美味い。

ホテルにいた猫(撮影:テリー小山内)

某日、ホテルを移動し、小山内夫妻と幸福な再会を果たしたはいいが、いまだジェットラグは止まず、バスク料理の昼飯を食った後にひたすらホテルで眠る。18時ちょうどに目覚め、そこから懐かしのベルヴィルへ。駅を出た瞬間から感情が爆発しかけてまともではいられない。十年前もここで食べた中華料理を性懲りもなくまた食べようということだ。やがてかつて通訳をやってくれた松島が凄腕サウンドデザイナーのミカエルとともに、娘息子を連れて現れる。娘は四季子(フランス名マルグリット)、息子は文志(ふみゆき フランス名ヴィクター)。やんちゃなふみくんは新幹線のトランスフォーマー型ロボットに夢中で、それをいじりまくるのにつきあうが、これはもう子供にしか正確に扱えない複雑なものであり、おじさんは指を咥えて見ているしかない。一方おとなが話に夢中になると日本語の分らないふみくんはいじけてテーブル下に潜り、反対側にいたミカエルに攀じ登る。松島は、子供は犬と一緒と笑う。少なくとも私にとってもふみくんの面白みはぱるると変わるところはない。直感的に四季子は日本語で小説を書き、文志は俳優になるといい、と思いつき、口走る。ともあれ私はこの家族を、そして小山内夫妻を愛していると感じる。遅くなってから日本映画研究家のディミトリも合流。和気藹々、というか今夜もまた至福のときを過ごす。ベルヴィルの路上には相変わらずシノワの売春婦たちが立っている。

サン・ラザール駅(左)とルーアン行きのチケット(右)

某日、午前に再び小山内夫妻と合流、PAULでサンドイッチを贖ったサン・ラザール駅から国鉄でルーアンへ。一時間半ほどの旅程。パリからルーアンまで街らしき空間はなく、ひたすら穏やかな田園風景。日本の国土の狭さを哀しみつつフランスの風景を満喫。ルーアンはそういう意味では甲府のようなところ、ということになるか。大聖堂の前で五分ほどぼんやり見上げて心洗われ、それからセーヌにかかる橋まで歩いて小旅行は終了した。橋を見たいと思ったのは、電車の中でテリーと川沿いに走る欧州文化と川を渡ることに固執する日本文化の違いについて語らったからである。橋には大航海時代の海の男(征服者)たちの胸像が立っていてどういう意味かと首を傾げたが、たぶんセーヌを南から上ってきたローマ軍だか十字軍だかがここに腰を落ち着けた、ということなのであろう。地元のカフェでワインを呑みつつ、蓮實先生にどんなメールを送ろうかなどと謀略を巡らしていると不意に東京からメール。とうとう映画を撮ることになるようだ。しかしこの準備期間があまりに長すぎたせいで歓びというよりひたすらぼんやり。ただ慌てて女優にだけはメールで報告。ゆるゆるとパリに戻る間は爆睡。北駅近くの定食屋(梅さん最後の店という触れ込み)で晩飯。美味。再びクレモン、そしてガンツを亡くしたベルリン帰りの槻舘南菜子嬢と。最終日に相応しい歓談の後、ホテルに帰り爆睡、明け方目覚めてやっとサッカーを見る。これが驚愕するほどヴァイオレントなゲーム(カード連発)なのだが実況解説の少なさが何しろ心地よくて、気づくと「ダイアモンドサッカー」の頃を懐かしんでいる。しかしその途中でパソコンがぶっ壊れた。いろんなことが起こる一日。いろんな人に会って説明したくなるが、なんにせよここはまだパリだ。とはいえ、アメリカの友人、ドイツのおじさん、パリの暗殺者だったブルーノ様に心からの哀悼を。そしてまずは向うでデニスと晴れて良き一杯を。

ジャンヌ・ダルクの監禁された塔(撮影:大野敦子)

大聖堂

某日、テリーに見送られてCDGへ。機内では『レディ・プレイヤー1』を見たがあまり記憶にない。寝たわけではなく、ただ朦朧としていた。これがパリ行きも最後かもしれないというのに、いや、だからだろうか、ただワインを飲み続けていた。

某日、帰国して36時間経過、その間時差ボケのため意識は混濁し何も食えないが、打合せには出かけ、帰りは夜更け。気絶するように眠り、翌日はリフォーム作業の続きからさらに打合せ。ようやくその朝から食事が喉を通るようになり、眠りも普通に。土曜、仕事は休み、完全に映らなくなったパソコンを朝から近所のPCデポに持ち込む。結果、廃棄処分。データは取り出せるということでうちにある外付ハードディスクを預け、数日間その作業のために執筆中断。今後はマックユーザー(女優と兼用)ということでぼちぼち使い慣れていきつつ昼以降をぼんやりと過ごすのだが、やがてポジティヴな思考とネガティヴなそれとが交互に訪れ、すっかり気が滅入る。そのうち深夜にWOWOWで『エイリアン』が始まる。七人の俳優陣全員にそもそも好感を持っているというのも珍しい気がする。もちろん封切りのときは誰のこともはっきりとは知らなかったが。途中うつらうつらしつつ、後半見えるか見えないかの状態に陥るノストロモ号(そんな名前つけるか? コンラッドの遺作かなんかだろ? 70年代末はコンラッドブームだったのか?)船内で逃げ惑うシガニー・ウィーバーの失神寸前のような表情のクローズアップはほとんど『裁かるゝジャンヌ』のファルコネッティのそれであって、『エイリアン3』を見たときに強い影響関係は感じたが、この第1作ですでに、というよりはそもそもこの話自体「生き残り、大人になっても続くジャンヌの受難」というもののひとつだったかと気づく。そうなるとスコシージ『最後の誘惑』にも先行していたということか。ダン・オバノンにその気があったかどうかはともかく。

某日、やはりぼんやりし続けるが、昨夜の『エイリアン』のおかげでネガティヴ思考には陥らずに淡々とマックの使用法を使いつつ学んで行く。昼に再びWOWOWで『ラストエンペラー』ラストシーンだけ見て、これはロング・ヴァージョンをとDVDを見つけ出して1時間ほど。ピーター・オトゥール登場がほぼその辺りだが、改めて「こんな凄い映画だったっけ」と驚愕。映画表現としてまるで無駄がない。逆に最近ムダだらけの映画ばかり見ている気がしてしまう。夕餉は、ぱるるとともに近所のドッグカフェ。ぱるる、緊張しているのか、挙動不審。帰宅して『いだてん』。大友さんの音楽と玉名弁にどうしても涙が溢れて止まらない。亡父のルーツは玉名である。沖縄県民投票、辺野古「反対」多数確実。当然だし、ここまでやる必要があったことに地球規模で呆れる。『ラストエンペラー』二時限目。冒頭にもまして音響の力が凄まじい。尋常でないオトゥールの声の艶を初めとして、音響の語る物語という側面の強度を知る。もちろんJust Spectacles.と呟かれるとおり、画面の充実もまた言うまでもない。ナイフ片手のジョン・ローン登場の鮮やかさ。そして追放で二時限目終了。『3年A組』を挟む。佳境。やはりいいドラマだと思う。沖縄県民投票の後でLet’s thinkということだ。裁くために選挙に行くのではなく考えるために行く。そして三時限目。いよいよ坂本甘粕の登場である。第二皇后との別れ(あの雨だ)からオトゥールとの別れ、天津から満州へ。皇后の言うとおり自分が「盲目」であったと気づくまで。四時限目は妻との別れ(Open the door)、終戦、ジャンキーと化した妻との再会と二度目の別れ、ソ連軍の占領、庭師となる溥儀、十年目の釈放、晩年の生活、決定的なイメージの文革、でラスト。簡潔としか言いようが無いほど全篇簡潔。中盤、足と靴で繋いでいくパターンがあり、あれは何だろうと考える。蟋蟀の籠は、かつて二本の作品を繋いだテラスの柵に貼り付けたガムだと分かるが。3時間37分、正確に『EUREKA』と同尺。ただ呆れるばかりで自分の人生を後悔する気にさえならない。

某日、そんなわけで早朝ぱるるに起こされ睡眠時間3時間のままぼんやりとオスカーの中継を眺めた後、午後の打合せへ。某キャストへの出演依頼の手紙を手書きで仕上げ、美術関係・衣装関係の顔合わせとアウトラインの確認。かなり眠い午後5時に予約した店に急遽友人が行けなくなったので、という女優からの誘いに乗り、代官山の某創作料理屋。カウンターのみの小ぶりな店を大将一人で切り盛りしているが、激美味。いちいち悲鳴のような声が出る。〆の蕎麦が最強。帰宅してぱるるの一歳の誕生日(推定だが公式・何しろ保護犬なので)を祝う。夜のオスカー再放送をまたぼんやり。おくやみコーナーで、以前も書いたがカンヌで仲良くしてくれたピエール・リシアンが追悼されており、再び厳粛な心持ちになる。それにしても、裏はどうか知らないが、ここまで和気藹々と穏やかなオスカーも珍しい、故に嘘くさい。幼稚園みたいな民主主義。スパイク・リーのはしゃぎっぷりにはうんざりだが、ピーター・ファレリーに作品賞が行ったのは喜ばしい。一方『ROMA/ローマ』は知れば知るほどつまらなそうなのだが、実際どうなのだろう。

某日、通院を逃し、PCデポへハードディスクを回収に行く。必要なデータはほとんど復旧している。帰宅してもろもろ修正。夕方、バスに乗って三茶経由で下北沢へ。五月に上演する芝居の懇親会。というか今後の計画を立てる初めての会合。俳優部とともに演出助手や舞台監督も交えて日程をすり合わせ、ああしたいこうしたいという話を。こちらは撮影も控えているので、正式な稽古は四月末からになるのだが、公演はGW明け。前途多難だが、そのうちなんとかなるだろう。

(つづく)

青山真治

映画監督、舞台演出。1996年に『Helpless』で長編デビュー。2000年、『EUREKA』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞&エキュメニック賞をW受賞。また、同作品の小説版で三島由紀夫賞を受賞。主な監督作品に『月の砂漠』(01)『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)『サッド ヴァケイション』(07)『東京公園』(11)『共喰い』(13)、舞台演出作に『ワーニャおじさん』(チェーホフ)『フェードル』(ラシーヌ)など。
近況:撮影近し。舞台『しがさん、無事?』は5月7日(火)〜12日(日)、下北沢B1にて。