- 日記
- 2023年5月29日
オランダ無為徒食日記 第10回
ロッテルダム国際映画祭で研修中の清水裕さんによる「オランダ無為徒食日記」第10回は、前回に続き第76回カンヌ国際映画祭(5月16日~27日開催)出張編。ペドロ・コスタ監督、ワン・ビン監督、マルコ・ベロッキオ監督、アリーチェ・ロルバケル監督の作品などを観た会期後半のレポートです。
カンヌ出張編その2
文・写真=清水 裕
第76回カンヌ国際映画祭会期後半ではおそらく運営側のコントロール緩和と自分のコツ習得のため徐々にチケットが取りやすくなってきた。ドレスコードも自分は避けることが出来ているし、前半は気合の入ったひとが多かったがそれが減ってきている印象。公式部門Special Screeningsでペドロ・コスタ『THE DAUGHTERS OF FIRE』とワン・ビン『MAN IN BLACK』の併映を見る。前者はアフリカ・フォーゴ島で3人の姉妹が労働に追われ苦悩の日々に生きることの意味を歌う9分間の作品。3分割の画面も驚きはあるがすんなり受け入れることが出来るうえ、変わらずひと目見て誰の作品かがわかる強い作家性と音楽が圧巻する。後者では中国の現代音楽作曲家王西麟のパフォーマンスを通した身の捧げかたに胸打たれる。王西麟は中国国内での活動が制限され現在ドイツを拠点としておりワン・ビンと幾度も協働してきているとのことでなるほど信頼関係が強く見える。撮影はカロリーヌ・シャンプティエによりフランスで行われ製作資金集めに苦労したと聞く。出来ればこのような作品が製作され上映される国に自分も住んでいたいと思うがそれは当たり前のことではない。
公式部門コンペのマルコ・ベロッキオ『KIDNAPPED』は19世紀ローマを舞台としてユダヤ教の家庭に生まれたものの乳児の時に家族の知らぬ間に洗礼を受けていたことが判明し、6歳でカソリック教会へ強制的に送り込まれた司教エドガルド・モルターラの青年期までを描いた史実に基づく映画。信仰が持つ意味の重みを切実に感じる迫真の出来で日本においてもタイムリーな主題であるかと思う。ドラクロワなどロマン主義や写実主義を参考にしたと監督が述べているように光と影のコントラストや美術がイタリア絵画さながら。会場の関係か音楽が大仰な印象はあるがそれにしても心を持っていかれる。同等の製作環境が用意されたとてこのレベルを実現できる監督はいま世界に何人いるのだろうか。
会食の席でのペドロ・コスタ監督とワン・ビン監督
映画祭は商談や交流の機会としての意味も大きいが上映をはしごするだけの自分は友人と会食する程度。国内外関係なく同世代より下とは映画業界における労働環境やモラルについての話題になりがち。私も含め今後仕事を続けられるかどうかわからないひとたちもカンヌという大舞台へ来ている。日本では事務方においても働きかたに対する価値観がなかなかアップデートされず、映画の仕事ができているだけ幸せと時に耐え忍ぶことが美徳のような価値観も染み付くがそれではもはや後が続かない。女性に対し年齢によって能力の限界を定める人たちが意思決定層に少なからずいるのも現実。履歴書の性別欄の二択や顔写真添付必須の書式は国際基準ではNG事項であり、日本と世界との開きは明らかで今秋以降の身の振りようを考えなければならない立場としても考えるだけで気が滅入る。ちなみに飛躍かもしれないが公式部門コンペのヴィム・ヴェンダース『PERFECT DAYS』では勝手に期待していたジェンダーレストイレについては特に取り上げられてはいなかった。
ある視点部門授賞式前に行われた会場運営スタッフの紹介
映画を見たあと批評を読んで二度美味しいような感覚でいるが、特に移住後は専門性はもちろん文化的背景が自分と大きく異なる人たちの話を聞くことができるため更に新たな視点を得て再見したくなる。公式部門コンペのカトリーヌ・ブレイヤ『LAST SUMMER』、併行部門の・監督週間のThien An Pham『INSIDE THE YELLOW COCOON SHELL』とセドリック・カーン『THE GOLDMAN CASE』は特に見落としたもの部分が多いはず。監督週間の作品は12月に東京で上映が行われる可能性があるとのこと。とにかく直接の意見交換が出来る対面開催はやはり喜ばしいことであるしこれももはや当たり前ではない。
公式部門コンペのアリーチェ・ロルバケル『LA CHIMERA』は1980年代イタリアを舞台とし、主人公は墓を荒らし金目のものを盗み稼ぐ。地下の墓を探し当てる能力を持つ主人公は仲間と活動しながらも異国の地の人間として過去は晒さずその地に溶け込むこともない。古代美術品などの宝探しに目を輝かせる彼らは盗人には間違いないのだが俗っぽく魅力的。実際にこのような集団は当時存在し、作品資料によれば彼らは自己決定権を持っているようで実は巨大な美術市場の歯車として利用されていたという。大切な人を亡くした主人公が目に見えないものや死後の世界に出会うために地下へ地下へと潜っていく様は寡黙であるが、周りにいる人物達の煌めきが物語を豊かに押し進めていく。繊細であると同時に大胆で今回の出張の収穫のひとつであった。
コンペ授賞式の個人的ハイライトはロジャー・コーマン監督がプレゼンターとして登壇したこと
二度と来られないかもしれないカンヌはやはり自分が仕事で関わることはないのだろうが、どのような作品が出品されているか確認できたことは意味があった。それは例えば日本でのマーケットの規模感とどの仕事に誰が携わるかという顔が見えていること、劇場の規模や性質、観客層と反応、何より鑑賞数をこなさなければ勘の悪い自分には掴めない。数ヶ月先のことすらわからない状態だがこうして無理して得た機会が判断の指針として蓄積されていくのだと思う。働きながらインプットすることが許されることは今後もきっとそうない。のんびりしている時間はない。
清水 裕
映画上映者。オーディトリウム渋谷、ユーロスペース勤務を経て、第10~12回恵比寿映像祭映画担当。あいちトリエンナーレ2019映像プログラム・アシスタントキュレーター、Sheffield Doc/Fest(2020、2021)プログラムコンサルタント、第14回恵比寿映像祭ゲストプログラマーなど、国内外の上映企画に携わる。2022年9月より文化庁新進芸術家海外研修制度を利用してオランダのロッテルダム国際映画祭で研修中。