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  • 2023年5月26日

オランダ無為徒食日記 第9回

ロッテルダム国際映画祭(IFFR)で研修中の清水裕さんによる「オランダ無為徒食日記」。今回は現在、清水さんが参加している第76回カンヌ国際映画祭(5月16日~27日開催)の会期前半のレポートをお届けします。ショーン・プライス・ウィリアムズ、ワン・ビン、ゾルジャルガル・プレブダシ、アキ・カウリスマキ、ビクトル・エリセ各監督らの上映作品について記されています。

カンヌ出張編その1



文・写真=清水 裕

 
研修の一環で作品調査を主目的として第76回カンヌ国際映画祭に参加する。上映4日前からチケット販売が開始するが入手に苦戦。ドレスコードがあるなど参加者にとってヒエラルキーが明らかに表れるとも聞くカンヌで果たしてどのくらい映画を見られるのか不安がある。到着時は飛行機が遅れたり段取りの悪さのためさっそく予定した映画を見逃し、たどりついた1本目は併行部門の監督週間で上映されたショーン・プライス・ウィリアムズ『The Sweet East』。撮影監督としてジョシュア&ベニー・サフディ兄弟監督作品や、遠藤麻衣子『Kuichisan』『Tokyo Telepath 2020』、福永壮志『アイヌモシリ』等、NYインディペンデントシーンにおいて引っ張りだこの彼が初監督を務めたことでも注目を集める。現代アメリカ版「不思議の国のアリス」とも称し、主人公が出会う白人至上主義者、イスラム過激派、前衛芸術家、森で集団生活する男たちなど強いトピックが詰め込まれる。映像によるストーリーテリングよりは作品世界に乗って楽しむタイプで、人物を魅力的に撮る点は監督しても健在だが風刺やギャグセンスの高さについていけずグルーヴの外にいる人は置いていかれるかもしれない。しかしルールはさておきこういう映画がどこかにあって良いのだとは思わせる、今年のカンヌのひとつの側面を見る。
 
二本目は公式部門コンペのワン・ビン『Youth (Spring)』。指定制で案内された席は最前列、座ってみて落胆する。目の前の舞台が高すぎてスクリーン下に表示される英語字幕モニターが見えない(言語は中国語、フレーム内字幕はフランス語、なんならフレームも姿勢を伸ばさなければ見切れる)。台詞が少ない可能性もあるが3時間32分の尺を考えると途中退場は仕方がない、様子を見て考えようと映画が始まってまもなく写るものに魅了される。縫製工場で働く若い労働者たち、その仕事をする様子と同僚とのやり取りから生まれる表情。職場と共同生活をする寮を含めてそこで生まれる恋愛、喧嘩、友情、遊び…親密な撮影にクルーがそこの住人かのよう。日本で出会った北京電影学院の知人達は中国を出てからワン・ビンの存在を知ったという。この映画に出てくる人たちがどのくらい監督を認識しているかわからないが、少なくとも身体の構え方が、そこにカメラがあることをあまりにも自然に受け入れているように感じられその驚きに結局最後まで見てしまう。翌朝もう一度見直す。繊維産業の盛んな直隷省へ国内各地から出稼ぎに来た10代半ばから20代のまだ子供とも呼べる世代を含む労働者が防寒服や子供服等を作る。おしゃべりしたり冗談を言い合いながら黙々と手を動かし、寮ではカップラーメンを食べたりお祝いのケーキをぶつけ合ったり。休みの日には街へ遊びに行ったりデートをする。従業員の堕胎やマネージャーとの賃金交渉などの現実的なシーンもあるが悲壮感はあまり感じられない。いつか家や家庭を持つために外が暗くなっても働く彼らは前を向き続けることにどこまでも誠実に見える。一回目は被写体の表情やカメラの据えられ方などストイックな見かたをしてしまったが、ひとことで言えばよく撮らせてもらえたと思うような、お芝居とは異なる生きた体と表情が強い印象として残るのは会話を理解した2回目の鑑賞でも同じ。そしてこの映画作りが写る人たちの人生にどのくらい響くものなのだろうかと考えながら見る。本作は労働問題を掘り下げていないとの指摘を耳にしたが、魅力があるものにカメラを向けそれが作品として成立し、かつ日常や労働を写すことからも政治性は当然高い。フィルモグラフィーの中では軽やかな印象に監督の新たな一面を目にすることのできる喜ばしさから、ドキュメンタリーがコンペに入ることは稀とのことだが納得の選出だった。本物かはわからない西洋の有名ブランドのロゴが入った服を着て働く中国の若者の姿がブルジョワの街で上映され、監督は出身国ではなく拠点とするフランスで大きく取り上げられる平行世界感がカンヌらしい体験だと思わせる。
 

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会場入りするワン・ビン監督とクルー。右端は撮影の前田佳孝氏。画面下の白いモニターが英語字幕投影用
 
 
連日開催されるパーティーはほどほどに一日4〜5プログラムをはしごするが思うように希望のチケットが取れない。会期半分ほどまでで記憶に残るものとしては、まず公式部門Cannes Classicsで観た俳優で映画監督のリヴ・ウルマンのドキュメンタリー。東京での出生から現在までほぼ時系列で本人のインタビューを軸に人生が辿られウルマンの立会いもあり賛辞に包まれる。同じくClasiccs部門でゴダールの半生を描いたドキュメンタリー『GODARD BY GODARD』やゴダールが生前に取り組んだ短編『TRAILER OF THE FILM THAT WILL NEVER EXIST : "PHONY WARS"』とメモリアルな上映が続く。他には併行部門ACIDで『大人のためのグリム童話 手をなくした少女』や『やまぶき』でも記憶に新しいセバスチャン・ローデンバックとChiara Maltaによる共同監督アニメーション『LINDA WANTS CHICKEN!』。ある視点部門Zoljargal PUREVDASH『IF ONLY I COULD HIBERNATE』は淡々と学び働き遊ぶ登場人物のたたずまいから静かな生命力を感じた。モンゴルのゲルで暮らす妹弟の面倒をひとりでみる高校生の主人公が、物理学の才能を見出されるが生活の苦しさから学業に専念することが難しく貧困の連鎖が現実味を帯びてくる。カンヌに限らず映画祭セレクションのトピック志向はあるが、本作は社会性もありつつ作劇とリアリティのバランスへの挑戦が印象に残る。
 

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Zoljargal PUREVDASH『IF ONLY I COULD HIBERNATE』舞台挨拶
 
 
公式部門コンペのアキ・カウリスマキ『Fallen Leaves』ではレッドカーペットで愛嬌たっぷりの監督に映画祭スタッフが振り回される会場入りから客席が沸く。階層社会の下位に焦点を当て続け、兄のミカ・カウリスマキとフィンランドでレッドカーペットのないMidnight Sun映画祭を設立したことなどからもカンヌへの皮肉か照れ隠しか、いずれにせよ上映前の盛り上がりが鑑賞の邪魔をしない空気も含めて彼の演出といえるか。ロシア軍のウクライナ侵攻が生活に影を落とすフィンランドの労働者階級のラブストーリーを軸に、初期作のスタイルを保ちつつ前作より更に怒りが表出される。お決まりの常連俳優と愛犬の出演はもちろんわかりやすさへの歩み寄りも感じる。作品内で様々な映画が言及されることについては監督曰く批評ではなく自身にとっての「隣人」としての語りであり、映画が人生より長く残り続けることを前提としたとのこと。自立性こそが確固たる意思を示す唯一の方法で、映画の民主主義という本質を示す思いで新作に取り組んだことが会見で語られた。前作以降最もロマンティックな映画を作ったとおどけながらもラブストーリーとしていかにふたりの人物が出会うか考えた時にそれは低所得者層の話であったことなどが話される。ほぼ5日間で基礎となる脚本が書かれたというエネルギーに、2017年『希望のかなた』での引退宣言が撤回となったことからも次作以降も期待を抱かずにいられない。
ビクトル・エリセの31年ぶり新作長編『CLOSE YOUR EYES』は俳優の失踪を理由に22年前に制作が頓挫した映画監督が主人公でエリセ本人のことを思わざるを得ない。冒頭はかつてのような映像による雄弁な語りを見せつつ、切り返しの会話等による説明も多用される。記憶と忘却と体験が形成するアイデンティティについて、そして現実と幻想に向き合う営みが描かれる。この数十年の間もフィルムは止まっていたようで回り続けており、人生へ異なる動力を働かせるためにも映画が用いられる。監督不在だが『ミツバチのささやき』に主演し、本作にも出演したアナ・トレントら俳優陣がプレミアに立会い祝福に包まれた上映となった。残りの滞在ではこれらを超える作品に出会えるだろうか。
 
プレミア上映後客席に手をふるアキ・カウリスマキ監督