- 日記
- 2023年5月18日
オランダ無為徒食日記 第7回
ロッテルダム国際映画祭(IFFR)で研修中の清水裕さんによるオランダ滞在記「オランダ無為徒食日記」。今回はIFFR2023が閉幕した後の2月後半~3月の記録です。欧州開催の他映画祭――ベルリン国際映画祭、CinemAsia(アムステルダム)、Movies that Matter(デン・ハーグ)に参加した様子が記されています。
2023年2月後半〜3月編
文・写真=清水 裕
研修主旨は欧州の他映画祭も比較することでIFFRへの考察を深めると設定している。縁のない大規模映画祭に敢えて行こうと第73回ベルリン国際映画祭に参加した。IFFR閉幕の約10日後に開催を迎える隣国の映画祭はコンペティティブな面もあり、部門では実験性のある作品等を扱うForumや若手を取り上げるEncounters、短編コンペが方向性に関連があると想像してコンペと合わせ中心的に見る。プロフェッショナルの評価、配給の売れ行き、受賞結果がそれぞれ異なる様子も会場のリアクションから掴みやすい。会期序盤はスケジューリングに苦戦するもプログラマーや批評家のかたの評判を聞きながら作品調査が進められることと、内部の諸事情が入ってこないためある意味IFFRの時より会期中の映画祭の機能やプログラムが俯瞰しやすい。欧米で暮らす韓国出自を描いた映画が2022年Davy Chou『Return to Seoul』以降も数本続いているが、デンマークが舞台のMalene Choi『Stille Liv』はルッキズムに意識的な点で印象的だった。飯村隆彦氏のインスタレーション《Time Tunnel》や脚本賞を受賞したアンゲラ・シャーネレク『MUSIC』のような作品に出会えることはもちろん、映画祭と関係のない市内の展示を見に行くことも充実度を高めてくれる。アートスペースSAVVYは西洋と非西洋の構造に着目しアジアやアフリカの作家を重点的に扱い、インスタレーションやイベントなど複合的なアプローチでストリートの視点も取り込む点で今後も注目したい。ドイツ学術交流会(DAAD)のアーティスト・イン・レジデンスで半年間滞在中のフィリピンの作家シリーン・セノと、パートナーである作家ジョン・トレスにも2019年の恵比寿映像祭以来の再会を果たす。ここでは家族用の住居とドイツ語講座受講の機会が与えられ、シリーンが招聘アーティスト、ジョンはスタッフとして参加する作品を4月にお披露目、他国でも展開予定をしている。滞在は子供達も一緒で、安価に利用出来る託児システムがあるそう。新作は植民地支配下のフィリピンやディアスポラをテーマに監視室を彷彿させる17チャンネルの映像インスタレーションとのこと。他の参加作家はミャンマーからなど近年は東南アジアや中東・アフリカなど政治的状況が厳しい地域の作家が参加する傾向にあるという。オランダにいても同様だが映画やアートの分野で活動するアジア人に再会したり遠隔でやり取りしていた作家等と初対面する機会が多く、互いに自国の状況や将来的な活動拠点についての話題が尽きない。
旧火葬場を改装したアートスペースsilent greenの展示会場は入り口から地下へ長い下り坂が続く
ケヴィン・ジェローム・エヴァーソン監督とTulapop Saenjaroen監督上映後Q&A
3月7日〜12日にアムステルダムで行われるCinemAsiaに行く。2004年開始のアジアに特化した映画祭として欧州で最大かつ最長の歴史を誇る。作品公募はなく、欧州におけるアジア文脈を批判的にとらえる観点でプログラムされ、今年は13カ国33作品が上映。日本からは三宅唱『ケイコ 目を澄ませて』、今井ミカ『ジンジャーミルク』が選出された。オープニングは『Return to Seoul』、トークイベント「When we meet again」では韓国出自で欧米にて養子として育った境遇についての議論が厚く扱われた。商業的なエンタメ作品を扱うこともありIFFRに比べより観客に一般層が多く半分強がアジアルーツの印象で、聞けば実際アジアのコミュニティをメインターゲットにしているとのこと。 会場の3つのアートハウスが人であふれフードにも情熱を注ぐ気取らない温かみのある映画祭。映画館のサブスクリプションサービスCinevilleが使用可能のため気軽に通えることもあり、更に多様なローカルの観客を呼び込むポテンシャルがあるのではという印象を抱いた。映画業界にとっては珍しくなくてもアジアではまだ議論することが難しい場面のあるLGBTQ+のプログラムもあり、欧州開催の意義を切実にでも深刻になりすぎず捉えている。一部作品はオンライン配信も行い、5月にはロイヤル・ファミリーの住む街デン・ハーグで縮小版の開催が行われる。コンペ審査員にはオランダ国立芸術アカデミーRijksakademieのレジデンス・アーティスト、タイキ・サクシピットも参加。Rijksakademieは最長2年のプログラムに公募で参加者が選出される世界有数のアーティスト・イン・レジデンス。現代アートやパフォーマンス、映像等幅広い分野を対象とし、最も厚い年齢層は30代前半とのことで若手とも呼べるが実績のあるかたたちが全世界から参加する。日本からは2022年9月より尾﨑藍さんが滞在し活動している。作家には住居とスタジオに加え、技術的なサポートをフレキシブルに対応するスタッフや制作に必要な制作素材や機材も提供される。アート活動を肯定する環境をいままで妄想では描いていたものの実際に目にすると感動を覚える。ここも予算が潤沢というわけではないそうだが、それでも生活のために割かなければならない時間と労力を制作へ注力することが出来るなど夢のまた夢のように自分は考えていた。タイ出身のタイキも恵比寿映像祭で協働したが対面するのはオランダに来て初めてだったひとりで、Rijksakademieと韓国の国立アジア文化殿堂(ACC)との提携から交換プログラムを通じて半年間の滞在をしていた。RijksakademieのアーティストとCinemAsiaが交差することは自然でこうした有機的な繋がりが豊かな土壌を育んでゆくのだと感じる。
今井ミカ監督上映後Q&A
3月24日〜4月1日開催のデン・ハーグにて行われる人権映画祭Movies that Matterに通う。映画が無意識にも働きかけるメディアとしての可能性に注目し、芸術面と製作者のビジョンが評価されたうえで尊厳に関わるテーマの緊急性を鑑みた作品を選出、人権に関する投げかけを行うことで議論のプロセスとなる場を目指す映画祭と説明がある。今年の特集はイランのフォーカスで、その他人権という切り口で難民、移民、植民の歴史、トランスジェンダー、宗教、メンタルヘルス等の主題が扱われる。連日朝から晩まで見るには体力が必要でドキュメンタリーとフィクションを自分なりのバランスで組み合わせる。道ですれ違った私にもオランダ語で挨拶をしてくれるリテラシーの高いといわれる社会ゆえ支持が厚い映画祭と思われるが、特に平日は少なめの客入りでシニア層かトピックに前のめりな観客が多い印象。しかしオランダ配給を控えたお披露目やこの場を目指して映画を作ったという監督がいたり、IFFR2023で上映された短編もキュレトリアルな観点でプログラムがなされ交流があったりと、社会的な尊重を感じる。ワークショップや通年の教育プログラムも実施されチーム体制は規模の割にしっかりしている印象。国内複数会場での同時実施やオンラインで鑑賞することができたり、CinemAsia同様対面上映はCinevilleが使用可能で敷居の低さも担保される。今後含めてこの映画祭の扱われ方がオランダ社会を反映するとみることが出来るのかもしれない。
MTM主会場。通常はパフォーミング・アーツの劇場であるHet Nationale Theaterと、左手に隣接するアートハウスFilmhuis Den Haag
IFFRのオフィスもだが映画館や美術館はジェンダーレストイレが多い。アムステルダム国立美術館は男女に分かれるが、アムステルダム市立美術館はgender neutralとの表記で洋式の個室のみ。ロッテルダムのアートハウスKINOも以前は男女にわかれたもののみであったが今春の改築で増設されたトイレは入り口が一つ、中に入ると4つの洋式の個室の扉に2つずつ男女の表記がわかれて記され、混雑時は一列で並び自身で選んで入ることになる。新旧とも手洗い場は共通で生理用品が置いてある。ヨーロッパはルームシェアが一般的でジェンダー関係なく共同生活したりと抵抗が少ない人が多いのかもしれない。普段出入りする場が文化施設に偏るため広い社会での在り方にも注意を払ってみたい。
KINOに増設されたトイレ。オランダ語でV(vrouw)が女性、M(man)が男性を示す
清水 裕
映画上映者。オーディトリウム渋谷、ユーロスペース勤務を経て、第10~12回恵比寿映像祭映画担当。あいちトリエンナーレ2019映像プログラム・アシスタントキュレーター、Sheffield Doc/Fest(2020、2021)プログラムコンサルタント、第14回恵比寿映像祭ゲストプログラマーなど、国内外の上映企画に携わる。2022年9月より文化庁新進芸術家海外研修制度を利用してオランダのロッテルダム国際映画祭で研修中。