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  • 2023年4月6日

オランダ無為徒食日記 第5回

ロッテルダム国際映画祭(IFFR)で研修中の清水裕さんによるオランダ滞在記「オランダ無為徒食日記」。今回はIFFR開催を控えた2023年1月中旬までの記録。昨年末から続く体調不良に加え、税金の支払い手続きに時間を取られるなど落ち着かない生活を強いられながらも、映画祭は目の前に迫ります。


2023年1月 IFFR2023開催前編



文・写真=清水 裕

 
咳が止まらないので自宅で業務に取り組む。挨拶なのだろう決まり文句のように同僚からはどんなクリスマスだった? と聞かれるが、寝込んでいたと答え毎回気を遣わせてしまうのが申し訳ない。何と返すのが正解かは自分への宿題としたい。先月以降控えめの外出にして3週経った頃、再度発熱、またしてもコロナの簡易テストは陰性。相変わらず医者にはかかれない。親族の医療関係者に状況を伝えたところ何かしらのウイルスか細菌に新規感染したはずと言われる。ヨーロッパで喉風邪が流行っているとは聞いている。会期まで2週間、なんとしても持ち直さなければならない。
大家のスーザンは体調管理に神経質で、家の換気(常に窓が開いていて寒い)や除菌も欠かさない。休暇から戻った彼女は私が部屋から出ないで済むよう食事等を用意してくれる。スーザンは料理上手なのだが病人食として私にはメニューが新鮮で量が多い。元気でお腹が空いているときに食べるごちそうのよう。抗菌薬も無く自力で治すため必要な栄養価という考えは理解できるが寝ているだけなので太りそうだ。半分の量でお願いしても「OK!」と言いつつまた同じ量が出てくるので、2度に分けたりしながらありがたくいただく。
 

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大家のスーザンが用意してくれた食事、どれも美味しい
 
 
スーザンがご家族の看病でトルコへ一時帰国することになり、私のコロナ陰性を証明するためGGDというオランダの保健所へ行く。不安にならざるを得ない人っ子ひとりいない土地に立つ巨大な建物で、検査自体は5分で終了、48時間以内に結果通知があるとのこと。発熱で外の寒さは気持ち良いが具合が悪すぎて帰りのトラムでICカードのタッチを忘れる。翌日GGDから陰性との電話が入る。帰宅すると待ちに待った滞在許可が下りた旨の封書が届いている。これも体調が悪いからこそ至急必要。入国管理局(IND)のホームページを頻繁に更新しながら一瞬の隙に現れた3日後のアポを取る。次のスロットは2月下旬、この時期はオランダに居ないため逃すと3月の受け取りになる。再びふらふらの状態で片道1時間以上のINDに向かう。渡蘭4ヶ月、ついに長期滞在が認められて嬉しい。すぐさま医療保険に加入しかかりつけ医として希望する医院(オランダではハウスアーツと呼ぶ)に電話をする。スタッフに、診療の前にまず医師と面談を行ってお互いを知り、その上で登録をする必要があること、登録の後に初めて診察予約が可能になると説明を受ける。面談可能な日程は最速で10日後。その頃にはもう治ってるわと心のなかでつぶやきながらアポ取りをお願いする。
 
午前8時気温2度、強風吹きすさぶなか意地で来た証拠を残そうと撮ったGGD
 
 
オランダの個人事業主は年4回VAT(付加価値税)支払い義務がある。ビジネス登録は昨年11月末に行ったので2022年4期目の通達が来た。移住した立場で文句を言うほうがおかしいが、重要な通知に限ってデータではなくオランダ語のみの封書が届く。私にはスマホのGoogle翻訳をかざして読むことしか出来ない。内容はもちろん方法を確認したいのだが、家族を看病するスーザンや会期直前の同僚に聞ける状況ではない。支払期限は今月末で放置すると罰金がある。親切な日本人の友人に聞くと、私のケースは特殊なため税務署に相談する必要がありそうだと教えてもらう。電話をかけると自動音声案内がオランダ語で流れ、適当に番号を押してみるも何度試しても人間にたどり着けない。また、政府が管理するアプリDigiDというものがあり、これを通してあらゆる重要な個人情報の確認・申請や税申告も行われる。DigiDには身分証登録が必要だが先日受け取ったばかりのIDカードでは失敗してしまう。カスタマーサービスは電話がつながるまで30分待ち。つながっても解決せず、折り返し待ちとなる。再度友人に聞いたところ彼女が移住した際は市役所で登録を補助してもらったということで、市役所にも電話をするがここもつながるまでに30分。そして外国人として困っているのであれば、何でも課のようなところに来週来るようにと言われる。週明けを待って市役所に赴くが「ここでは助けられない、私があなたなら直接税務署へ行く」と言われる。もはや突撃しかないとその足で税務署へ。アポ無しのためここでもたらい回しになるが窓口のかたに食らいつき、オランダ語の出来ない一人ぼっちの外国人が途方に暮れていると認識してもらう。この日の目標「仕方がないから助けてあげる」を言わせ、本来のプロトコルにはないが税務署から英語で折り返しをしてもらう約束を取り付ける。もちろん調べられる範囲で手をつくし、上記各所にメールで問い合わせをしては数日後に「この番号にかけて」と返信を受け取り、その度に自動音声がオランダ語という過程を経てきている。今の自分にはこれしか手段がない。DigiDは結果的に私のIDカードは登録不可で、別の方法でアクセスをするしかないとわかった。パソコンが不得手なお年寄りなどは社会制度から取り残されているのではないだろうかと思わざるを得ない。
 
業務において確認すると放置になっていることがたまにある。特に予算減やコロナ禍による人手不足で様々なことが滞るのは仕方がない。しかしたいていの場合は待っていても事態は変わらず、動かしたい人が相手を動かすしかないということが徐々にわかってくる。長く待たせることで相手方の信頼を欠くのではと心配になるが、先方が怒ったとしても先方側の問題と認識することもあると聞く。本当だとしたら長生きしそうな性格だ。少なくとも自分自身のペースや気持ちのゆとりへの優先順位の高さは感じられる。行政や民間サービスも入り組んだ状況であるほど手を差し伸べるということがない。みな親切だが本質的には他人に興味がないということだろうか。日本で過剰な問い合わせをすれば信頼を欠いたりクレーム案件になりうるが、オランダには個々の状況をカバーする十分な説明も丁寧な仕組みもないのかもしれない。だから末端で余計な手間がかかりコストが増える悪循環に見えるのだが、それを回避するロジスティクスを組むという発想もあまり見られない。今まで自分は少ないリソースでいかに成果を発揮するかということばかり考えてきた。それは日本や映画業界ならではの貧乏性とも言えるし、かといってオランダは贅沢病なのだろうか。権利を自ら獲得していくということなのだろうか。とにかく日本とは異なる性質の交渉能力を高める必要がありそうだ。
 
オランダ国内には通常稼働する70mm映写機が2つあり、1つはアムステルダムのEye Film Museum、もう1つはロッテルダムのアートハウスKino Rotterdamにある。『2001年宇宙の旅』上映時エンドクレジット中に映写室見学が出来るようにしてくれた
 
 
IFFR開催目前なのに納税の不明点や体調不良など生活が定まらない。研修に集中したい。先輩方には移住1年目は現地生活への慣れ、2年目から本来の目的に集中できるとも聞かされる。体調は持ち直してきたが、かかりつけ医との面談に行く。オランダ居住者はハウスアーツ登録が義務化され、よほどのことがない限り総合診療で診てもらうのみ、必要性がある場合だけそこから専門医へ紹介を受けるシステムになっている。かかりつけ医は通常一人あたり2000名の登録者を抱えるが希望の先生は既に3000名登録しているとのこと。登録者が多いことで先生が儲かるわけではないが、人手が足りていないし仕事が好きだから良いのだという。人が良さそうだが仕組みが崩壊しやしないか。登録にあたってのヒアリングでは健康状態に加え職業や住環境、ストレスの度合い、飲酒や喫煙の有無、ドラッグの使用頻度も聞かれる。院の説明書には、相手を属性で差別しません、大きい声で叫びませんとも書いてあり、当たり前のことでも言語化されていると認識が異なってくると感じる。無事登録を終えこれからは倒れられるとつい思ってしまう。
 

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船の通過のため10分近く足止めにあうことがある港町ロッテルダム
 
 
IFFR2023は200名近くまでに増えた有償スタッフに加え、800名程のボランティアで運営される。実働を担う重要なポジションであるボランティアに向けて開催直前に研修が行われる。参加者は常連も多く10代の学生から80代まで。業務はチケットスキャン、会場運営補助、パスの受け渡し用の受付、プレス受付、ゲストアテンドなど多岐にわたる。一つ一つがなくては成立しない役割で、研修は担当者の説明を受けたり質問をしたりしながらコミュニケーションを通じて参加意思確認の場としても機能する機会となるため、1日がかりでじっくり行われる。
税務署から約束した電話折り返しがあり、VAT支払いの詳細確認を行う。納税は各自システム上で行うのだが、IFFRボランティアさんの中で詳しい人に繋いでもらい、ありがたくも親切心で教えてもらいながら無事申告を終える。このように私は現地のひとの親切心と英語力に頼り切って生活をしている。オランダはボランティア活動が盛んで学生にとっては進学や就職において重視され、リタイア後も社会と関わり働き続けたいという人が多い。義務感で取り組むような様子は見受けられずむしろみな楽しんでいる印象。普段のアートハウスでもチケットスキャンはボランティアが担うことが多い。会期中は映画分野ではないひとと知り合うチャンスでもあるし、今後そのモチベーションについて知りたい。会期中のことは次回書きます。
 
ボランティア研修内の映写レク。資料全ページに猫の絵は出てくるが文字は一文字も出てこない