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  • 2023年3月4日

オランダ無為徒食日記 第3回

ロッテルダム国際映画祭(IFFR)で研修中の清水裕さんによるオランダ滞在記2022年11月編です。今回は11月中旬に開催された世界最大級のドキュメンタリー映画祭「アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭」の様子や、オランダにおける人種差別をテーマにしたドキュメンタリー『Wit is ook een kleur(The colour white)』などについて記されています。

2022年11月編



文・写真=清水 裕

 
ロッテルダムから電車で30分ほどの街ハーグにある入局管理局のINDへ、顔写真と指紋の登録に行く。市役所の件があったので緊張感を持って向かうが、にこやかな担当者にスムースに手続きを終えてもらう。住民登録番号(BSN)の受け取りは当初の2~3週という予定より遅れ、手続きから1ヶ月強で届いた。これによりようやく申し込みが可能となる個人用銀行口座の開設(所要2週間)と、商工会議所でのビジネス登録(予約1ヶ月待ち)を行う。この後にはビジネス用銀行口座の開設と残高証明が待っており、これら順番通りの過程を経てINDによる最終的な滞在許可交付決定を待つことになる。申請手続きを依頼している弁護士さん曰く過去実績では99%の希望者が許可証を取得できているとのことだが、生活面でも不便しているためたまに市役所のことなど思い出してはやや重たい心持ちで各審査等を待つ。ちなみに許可証が取得できなかったら助成金は取り消し、もちろん強制送還。スケジュール的にも申請手続き全体で見たら当初の予定より1ヶ月以上の遅れをとっている。オランダ社会は予約システムが一般的で更にコロナ禍で全てに時間を要するように。同僚の仕事を見ていてもカフェの店員さんを見ていても、自らが快適な時間を過ごすことを優先しておりそれはそれで素敵なのだがタスクは溜まるであろうと推測される。今回のINDの予約も渡蘭前の8月半ばに行ったが、アポ取り可能な日は最速で11月初旬だった。このような段階を踏む手続きでは一つの遅れが尾を引くことになる。
 
行政サービスを受けられるようになって行った、新型コロナウイルスのワクチン接種会場のトルコ人学校。一人の医師が二列に並んだ市民をキャスター付きの椅子で元気よく移動しながら打っていく。受付後なので医師による本人確認がないなどカジュアルに見えるが間違って2度打たれる人がいないことを願う

 
ドキュメンタリー分野で世界最大規模の映画祭、アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭(IDFA)に週末を使って通う。グリーンなフェスティバルとして印刷物を最小限にしておりウェブ上でプログラムを見るのだが、全体像がなかなか掴めない。スケジュールが書かれたオランダ語のタブロイド判はあるが、いわゆるカタログは作っていないとのこと。ロッテルダムからアムステルダムまでは片道1時間程度だが戦争の影響で電車賃が往復40ユーロまで上昇している。2日続けて通う交通費より安い宿を探すも見つからず、節約生活をする身としては気軽に行き来できる金額でもないため、参加を絞って3日間だけ通うことにする。電車にもピーク時以外に割引になるサブスクがあるが利用のためには現地銀行口座が必要で、まだ開設できていない。情報交換する相手もあまりおらず、10回券を買って部門は関係なしに目に入った関心のあるテーマやスケジュールの都合がつく作品から選んでいく。当然IDFAともなれば各作品のクオリティの高さはさることながら気づいたのは男性のプレゼンスの抑えかた。私が参加した回はほぼ全てにおいてトークや舞台挨拶があったが、モデレーターと登壇者合わせて男性はいないように見受けられた。1回だけあったのはモデレーターとして登壇した映画祭ディレクターで、トークイベントのテーマは「What gender are film festivals?」。壇上の議論を妨げることも歓迎と会場からも発言を募り、ディレクター自身が自らに問いながら(頭を抱えて考え込んだりする)進行する。たった10プログラムだが土日の日中にランダムに選んだ中で、このジェンダー比率は明らかに意識的に取り組んだ結果ではないだろうか。また国際コンペティション部門の審査員には矢田部吉彦氏やセレクションが佳境のIFFRディレクターVanja KaludjercicらInternational Coalition for Filmmakers at Riskに関わる人々が並ぶ。レトロスペクティヴはローラ・ポイトラスで、彼女によるキュレーションプログラムもある。この規模の映画祭でこれだけの連帯や打ち出しを行うことは困難も付き纏うであろうが、いずれにせよ強い意志がなければ実現できないことは想像に難くなく、世界をリードする場であるべくとはこういうことかと受け止める。
 
IDFA上映会場のひとつPathé Tuschinskiは趣のある建築物。1921年オープン、1940年には戦火の被害を受けるがその後再建される。2・3階席まである造りや、1階には個室のようなスペースもあり座ってみることに憧れる。個室は予約制なのか構造か、鍵が閉まっていて扉が開かなかった
 
 
恵比寿映像祭で作品を上映させてもらった作家2名が現在アムステルダムを拠点にしている。ひとりは中国のメインランドでもうひとりはタイ出身。それぞれ自国でないオランダにいるという点でも文化活動をするに恵まれた環境であることの表れのひとつだろう。恵比寿では予算ゆえ招聘することが出来ず対面で会うことが叶わなかったが、マネジメント分野の私も含めていまこの土地で会える状況がそれらしいと思える。オランダは国土が九州ほどの広さで国民数は東京都の昼間人口程度だそう。その地にIFFRとIDFAという世界最大規模の映画祭が2つあることからも土壌の違いが見えてくる。
 
移住早々よく見かけるデザインのバッグに気づく。ロッテルダム発のブランドSUSAN BIJLで、シンプルなデザインに補色やビビッドな蛍光色などVery Dutch(超オランダっぽい)な色の組み合わせが特徴的。全商品リサイクル素材で出来ており雨の多いオランダ生活に向いた防水仕様のウォッシャブル。リペア対応もしている。ブラックフライデーには敢えて店を休みにして植樹するGreen Fridayと名付けたボランティア活動をしたり、クリスマス時期には特定の商品の売上げを市内貧困層に寄付する活動に取り組むなど、プロダクトと社会を結びつけた独自の発信を活発に行う。ファッションへのこだわりが強いようには見えなかった街の人だが、もしかしたら質素倹約と言われる彼らが強いて買うのであれば主義思想が近いものを選んでいるということかもしれない。
 
Susan Bijl店舗。エコバッグやリュックなど若い人からお年寄りまでが使っている。過去にはIFFRとのコラボグッズもあった。デザインは基本的に売り切りで時期を逃すと手に入らない

 
同僚からオランダにおける人種差別について扱ったドキュメンタリー『Wit is ook een kleur 』を教えてもらう。タイトルを直訳すると「白もまた色である」。かなり少ない方だと思うが私も道端ですれ違いざまに罵られることはある。番組内では様々な文化的背景を持つ人たちへ実験に参加してもらうのだが、この課題に意識的であるなしやその程度に関わらず、社会で暮らす以上受容し内面化しているものがあるという表出がある。オランダはインドネシアを占領下にしていたこともありルーツのある人も少なくないが、この番組ではアジア系バックグラウンドを持つ人に対する視野は少ないように感じた。IFFR2023のプログラマーにアジア系はいないと思われる。来月はプログラム発表。IFFRファンとしても固唾をのんで行方を見守っている。