- 音楽
- 2025年6月27日
ADMの破片を探して 第7回
Soi48によるアジアのダンスミュージックの歴史とその魅力について考察する連載「ADMの破片を探して」第7回です。今回は、2025年1月にタイとカンボジアの国境にある街ポイペトを訪れ、現地のクラブの多様なADMイベントに潜入した際のレポートです。
国境のダンスミュージック
文・写真=Soi48
人が移動すれば、音楽も移動する。民謡にモーラム──古くから続く最もシンプルな音楽の伝達手段は、インターネットが登場した現在でも根強く残っていることを、アジア各国のナイトクラブ潜入調査を通じて実感した。では、人種も文化も入り乱れる“国境の街”では、どのような音楽が流れているのだろうか。今回は、2025年1月に訪れた、タイとカンボジアの国境の街ポイペトで流れるADM(Asian Dance Music)について記していきたい。
タイ人アーティストのSNSやツアー告知を見ると、必ずといっていいほど登場する都市、それがポイペトだった。ポイペトはカンボジア西部に位置する国境都市で、バンコクから車で約4〜5時間(約250km)の距離にある。地理的に有利な場所であることは間違いないが、それでもなぜ、首都プノンペンや観光名所のシェムリアップではなく、ポイペトがミュージシャンのツアールートに組み込まれているのか興味を持った。現地のクラブ情報を集めると、タイだけでなくインドネシアのDJを招聘したパーティーも多い。なぜタイとカンボジアの国境で、インドネシア人向けのイベントがあるのか。論より現場。OMKらしく、さっそく現地潜入を試みた。
タイ側の国境、アランヤプラテートに車を停め、陸路で国境を越える。日本人はカンボジア入国時にビザの取得が必要でイミグレーションで待たされるが、タイ人はパスポートを見せるだけでスムーズに通過していく。国境周辺は、サンダル姿で散歩する地元民やカジノを楽しむ団体旅行客でにぎわっていた。タイ人にとって、ポイペトに行くのは、日本人が箱根に小旅行に出かけるような感覚なのかもしれない。
タイ人DJがプレイする《MAX CLUB POIPET》へ向かう前に、クラブ周辺を散策すると、そこには違和感を覚えるほど見慣れた風景があった。タイ地方都市の郊外に見られる街づくりとまったく同じなのだ。タイ全国に展開するスーパー「BIG C」のポイペト店があり、その周囲には巨大なナイトマーケットが広がっていた。屋台のメニューはタイ語で、通貨もバーツが使える。ここはタイ人観光客のために作られた街区だった。ナイトマーケットを囲むように建てられた3階建てのビルには、1階にアパレルショップやドラッグストア、3階に巨大なディスコ・パブが4軒入っていた。カヴァーバンドの生演奏とDJプレイを楽しみながら飲食ができる、タイの庶民にとって一番オーソドックスなエンターテインメント。タイでヒットした楽曲をタイ人が演奏し、タイ人が聴く。日常のタイが、ここポイペトにあったのだ。つまり、《MAX CLUB POIPET》もまた、タイ人観光客向けに運営されていることがわかる。このクラブでは、F.HEROのような大物歌手がコンサートを開くこともある。インドネシア人DJを招いたイベントも行われるが、この日は女性タイ人DJが出演し、観客のほとんどもタイ人だった。
1990年代、タイ人出稼ぎ労働者は日本、韓国、台湾に渡り、各地にタイ人街を形成してきた。現在、それらの都市ではベトナム人労働者の街へと変化しているが、2025年のポイペトで、まるでタイムスリップしたかのような感覚に陥るとは思ってもみなかった。SNS上では、アジア各国をツアーするラッパーやDJのフライヤーをよく見かける。だが、それが本当に「海外進出」なのかどうかは見極める必要がある。世界中に散らばる自国民が集まるクラブを回っているのか、それとも異国の人々に向けて演奏しているのか。一見すると“グローバルな”アーティストに見えるが、実際は閉鎖されたコミュニティを渡り歩く、現代の旅芸人一座のようなスタイルが今も生きているのだ。
続いて訪れたのは《LAS VEGNAS CLUB》。周辺には、インドネシア語で「ワルン」と呼ばれる屋台が多数並び、看板もインドネシア語。観光客でにぎわうタイ人エリアとは対照的に、どこか静かで影のある雰囲気だった。ここを訪れた理由は、YouTubeでチェックしていたDJ WYNTELLAがプレイしていたからだった。彼女はインドネシアの若者に人気のADM「INDO BOUNCE」の流行とともに頭角を現した女性DJで、SNS上でも影響力がある。そんな旬のDJを、わざわざインドネシアに行かずとも見られることに驚きを隠せなかった。
クラブの中は、インドネシアたばこに特有の甘い煙が漂い、観客は数名のインドネシア人のみ。酒の価格が異様に高いのも印象的だった。入場料は無料だが、ドリンク代が実質的なチャージとなっている。インフルエンサーDJの招聘には経費がかかるとはいえ、それでも高すぎる気がした。このクラブにはどんな客層が来るのか?気になって、帰国後にポイペトへ来るインドネシア人について調べてみた。
ポイペトは国境に位置する合法カジノ都市。インドネシアではギャンブルが厳しく制限されているため、カンボジアでカジノ関連の仕事に就く出稼ぎ労働者が多い。ホテルやレストランなど観光業に従事する者も多く、また「VPNを使ったカスタマーサポート職」いわゆるコールセンターやIT関連業も盛んだ。ジャカルタで月収300〜500USDの若者が、ポイペトでは1,000USD以上を稼ぐケースもあるという。近年ニュースでも取り上げられる「オンラインカジノ運営」や特殊詐欺の拠点も、ポイペトには存在する。法律的にグレーな職種に就けば、さらに高収入も見込めるだろう。経済的にはインドネシアのほうが上とされがちだが、ポイペトはインドネシア人にとって、現実的で魅力的な「稼げる」出稼ぎ先なのである。
《LAS VEGNAS CLUB》は、インドネシアからカジノを楽しみに来る富裕層や、カジノ・IT関連ビジネスを手がけるインドネシア人経営者たちが集う場所だった。しかし今回訪れたのは木曜日。週末になれば、仕事のストレスを発散するために訪れるインドネシア人の若者労働者たちで、クラブはにぎわいを見せるのかもしれない。
ポイペトは、中国の「一帯一路」政策においても重要な拠点となっている。カジノ業や不動産業を中心に多くの中国人が駐在しており、2023年には中国の国有建設企業「China Road and Bridge Corporation(CRBC)」が、プノンペン〜ポイペト間の高速鉄道について、実現可能性調査を行ったと報じられた。中国人は、クローズドな空間で遊ぶのを好む傾向がある。KTV(カラオケ・ボックス)では歌だけでなく、DJを招いてプライベートパーティーを開催するケースも多い。KTV遊びは高額になりがちで、しかも大体の中身は予測がつく。そこで今回は入店せず、近辺を散策して、カンボジア人の若者が通うナイトクラブ《18+ Zone》へと向かった。
《18+ Zone》では、EDMやインドネシアの音楽もかかるが、基本的にはクメール・リミックスと呼ばれるダンスミュージックが主流だった。フロアには丸いテーブルスタンドが並び、ビールや軽食の注文がエントランス料代わりとなっている。これはタイの大衆ディスコと同じスタイルだ。自国の文化が破壊された歴史を持つカンボジアでは、長らく自国の楽曲を使ってリミックスを制作することが難しかった。つまり、ダンスミュージックの元ネタは英語、タイ語、中国語の楽曲ばかりだったのだ。このクラブでも、EDMや欧米のポップスを使ったリミックスが多く流れていた。しかし、クメール・ヒップホップの英雄VANNDAの歌声がチョップされ、ラムウォンのリズムが混ざりはじめると、若者たちは歓声を上げ、楽しそうに腰を落として踊り出した。その光景は、まさにクラブカルチャー創成期のようで、自分たちのダンスミュージックを謳歌し始めたポジティブなエネルギーに満ちていた。
さまざまな音楽に触れた一日のナイトクラブ巡りだったが、やはり地元のダンスミュージックで踊る時間が一番楽しい。カンボジアのグルーヴを本気で辿るなら、外国人が寄りつかない田舎のナイトクラブに潜入するしかないと強く感じた。
今回の取材でわかったことは、ポイペトでは多様な国のADMが流れているものの、それらが融合してはいないという現実だった。第二次世界大戦直後のベルリンのように、国と国の間には“壁”があり、音楽もクラブの客層も、その壁を越えていない。一見すると悲しい状況にも思えるが、東京でも新宿、渋谷、三軒茶屋、下北沢、高円寺など、街ごとに明確なカルチャーの線引きがあるし、ハウスミュージックひとつとっても、NYハウス、テックハウス、バレアリックハウスといったように、ジャンル内でも細分化されている。クラブやパーティーごとに“文化的な区分け”があるのは、むしろ当然のことだ。そう考えると、人種も文化も入り混じるポイペトにおいて、音楽が交わらず、それぞれのコミュニティごとに鳴っているというこの状況は、ごく自然なことなのかもしれない。
では、ポイペトでADMが本当の意味で“融合”するとしたら、それはどんな瞬間なのだろうか。ひとつの可能性として、クラブで働く若いカンボジア人DJたちが、各国のトレンドを吸収し、自分たちなりの方法でミックスし、新たなジャンルを生み出していくことが挙げられる。
今回はポイペトを紹介したが、世界には人種や音楽がグラデーションのように混ざり合い、生活に根付いている“国境の街”も存在する。その話は、また別の機会に。
追記
日本に帰国後、タイのメーソート郡と国境を接するミャンマー・カレン州の都市ミャワディで、外国人1万人以上が監禁され、強制労働させられていた特殊詐欺拠点の存在がニュースとして大きく報じられた。事件がメディアで大きく取り上げられたことを受け、国境警備隊が詐欺拠点に武力突入。すると、犯罪集団はより法規制が緩いとされるポイペトへと拠点を移した、という報道があった。
連日さまざまな情報が飛び交うなかで、OMKが特に注目したのは、ミャワディでは監禁されていた労働者が“売上ノルマ”を達成すると花火が打ち上げられ、KTVやナイトクラブでパーティーが開かれ、女性があてがわれるといった証言がメディアに登場していたことだ。
ポイペトの街中には、異常な数のオンラインカジノ広告、正体不明のナイトクラブ、不穏な空気を漂わせるカジノ利用者が目立つ。これらを目にしたとき、ミャワディと同様の犯罪のサイクルが、ポイペトでも密かに進行しているのではないかという疑念が頭をよぎった。
ADMは、ソンクラーンやテトのような祝祭で鳴り響く明るい側面を持つ一方で、アジアの地下社会と密接に結びついた危うさと裏の機能も併せ持つ危険な音楽でもあるのだ。
SOI48 VOL.60 @SPACE
日時:2025年6月29日(日) OPEN 18:00-LAST
場所:space.tokyo
マレーシアから最先端ハイパーポップとADMを融合させる領域横断的アーティストShelhielと台湾・花蓮市出身の阿美族DJ、Dungi Saporの来日が決定!
詳細はこちら

Soi48
旅行先で出会ったレコード、カセット、CD、VCD、USBなどフォーマットを問わないスタイルで音楽発掘し、再発する2人組DJユニット。その興味は古い伝統音楽から、最先端のダンス・ミュージック、そしてインターネットに落ちている音源まで幅広い。空族の映画『バンコクナイツ』、EM Recordsタイ作品の監修の他にトークショーやTV、ラジオ出演などでタイ、アジア音楽や旅の魅力を伝えている。著書に『TRIP TO ISAN : 旅するタイ・イサーン音楽ディスク・ガイド 』(DU BOOKS)、『OMK#001』(OMK)がある。