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  • 2025年5月26日

Television Freak 第96回(最終回)

10年間続いた編集者・風元正さんによるテレビ時評「Television Freak」はこれが最終回。今回は現在放送中の連続ドラマから『イグナイト -法の無法者-』(TBS系)、『恋は闇』(日本テレビ系)、『魔物』(テレビ朝日系)、『あんぱん』(NHK)などが取り上げられています。

十年ひと昔

 

文・写真=風元 正
 
 
たまたま、『片思い世界』と『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』を続けて観た。『ナミビアの砂漠』も含めて、ああ、人が集まるのはこういう作品なのか、となんとなく納得した。女性主人公を、微妙に現実離れした設定の中に置いた上で、日々の些事はあくまでリアルに描き、感情のより深い層を炙り出そうとする演出法が共通している。小説の方の流行も同じだ。不思議なのは、女性が演じると見慣れた手でも新しく見えることだ。『今日の空』で話題の長セリフの告白など、これぞ伊東蒼ならでは、と感服した。そして、最近のヒット作の中にいつも居る気がする河合優実の圧倒的な存在感といったら。
今クールでのドラマでは、『対岸の家事』が「専業主婦は贅沢」というコトバをテコに物語を展開させて支持を集めている。家庭中に起こる揉め事はそれぞれ切実で、多部未華子みたいな専業主婦が居酒屋店長の一ノ瀬ワタルと一緒に暮らすかいな、と首をひねりつつ、やっぱり、イマドキはこういうことになるのか、という気にさせられる。
 
 
ここ数年、テレビドラマの枠が増えて、さまざまな試行錯誤が行われる状況は好ましかった。しかし、どうやらチャレンジ期は終わり、いくつかのパターンの中に納まったらしい。2012年の『最後から二番目の恋』が「続・続」となって戻ってきたのが象徴的である。お客さんのいるところに置くドラマ。しかし、中井貴一と小泉今日子は相変わらず若々しいし、2人の周囲に起こる出来事がカラフル過ぎて、同年代の私にとっては絵空事感が強い。これが定番ドラマの更新なのか。『夫よ、死んでくれないか』のような不幸な人妻役が板についた安達祐実の救われなさが深まることとか、『ディアマイベイビー~私があなたを支配するまで~』の松下由樹の年下男への執着が年々激しくなるのと印象が重なる。
ドラマの中でやや新味を感じたのは『イグナイト  -法の無法者-』。泣き寝入りしている被害者に告訴させて成功報酬を稼ぐ、「争いは起こせばいい」という弁護士集団の物語。主人公の宇崎凌は、バス事故の責任を不当に押し付けられた父の汚名を晴らすために弁護士になった熱い男で、間宮祥太朗らしい役柄。金を稼ぐために手段を選ばないピース事務所代表・轟謙二郎(仲村トオル)としばしばぶつかりながら、法と現実のややこしい関係を体得してゆく。
サイロでの事故死、ラグビー部の自殺未遂事件、外国人技能実習生への不正、特許技術の組織的盗用、国税査察の逃れ方など、火のないところで事件を煽る手口が鮮やかである。司法制度改革により弁護士の数が激増し、喰えない職業になった状況が背景にある。捜査一課の女刑事・浅見涼子(りょう)が轟や、協力者の凄腕弁護士・桐石拓磨(及川光博)にネタを渡して、警察の手の届かない悪人を処罰してゆくのも真実味がある。
山口健人、志真健太郎、澤口明宏、アベラヒデノブなどが所属するコンテンツ集団BABEL LABELとTBSがはじめて手を組んだ連続ドラマ。今後、増えそうな形式で、仲村トオルと間宮祥太朗の男くささが生きている。群れない同僚・高井戸斗真を演じる三山凌輝も、実生活とかぶる役柄で香ばしい。どちらも局主導だと振れない“ワル”役か。藤井道人監督『新聞記者』のヒットは、松坂桃李の新生面を開拓したことをはじめに、さまざまな影響を及ぼした。男優にとって、社会派ドラマはまだ可能性の沃野である。
 
 
『あなたの番です』チームによる志尊淳・岸井ゆきの『恋は闇』、日韓共同制作の塩野瑛久・麻生久美子『魔物』。どちらも魅力的で甲乙つけがたい。猟奇的な事件がたて続けに起き、一癖も二癖もある登場人物が消えるごとに一層、謎が深まってゆく。しかし、まずは主役のカップルが美しく映えなければ成り立たない。
『恋は闇』の設楽浩暉(志尊淳)は、「ホルスの目殺人事件」を追う名物フリーライター。取材現場では強引で手段を選ばず、警察からは犯人だと疑われている。両性具有的で多重人格を匂わせる殺人犯の息子であり、刑務所から出てきた父・貫路(萩原聖人)も思い切り怪しく、呪われた生まれの呪縛から逃れられない。同じ事件を追うTVディレクター筒井万琴(岸井ゆきの)は、志尊の悪を憎む正義感を知って恋に落ち、シリアルキラー疑惑がスパイスとなってより燃える。真面目でお堅い岸井が闇落ちしてゆくプロセスがリアルである。周囲の人間がみんな犯人に見えてきて、あげくいきなり死んで疑惑が晴れる。どこか乾いた展開がユーモラスでもあり、だからこそ浩暉と万琴の純情が輝く。
『魔物』は、孤高の敏腕弁護士・華陣あやめ(麻生久美子)が、殺人事件の犯人という疑惑がかかったフェンシングのコーチ・源凍也(塩野瑛久)を弁護するプロセスで激しく魅かれ合い、「地獄」に堕ちてゆく。ファム・ファタール麻生久美子がポテンシャルを全開し、DV男である凍也とのドロドロの性愛関係を優雅に演じている。凍也は父母を早く亡くし、作家・名田奥太郎(佐野史郎)と政界入りを目論むコスメブランド経営者・最上陽子(神野三鈴)夫婦に、息子・潤(落合モトキ)の親友という縁で飼われている。塩野の冷ややかな眼に宿る激情の炎がおそろしい。凍也の妻・夏音(北香那)は名田にヌード写真を撮られたりしているのだが、あやめと凍也の不倫関係にいち早く気づき、弁護士事務所に乗り込み青酸カリの瓶を手にして階段落ちし、度肝を抜く。
志尊も塩野も、どちらも抑えがたい狂気を抱えている。世間の常識を逸脱する強い衝動が人間の真実を照らし出す。制作者の信念は頼もしい。道具立てがごちゃごちゃするのは現代の通弊だろう。『恋は闇』では万琴のボス野田昇太郎(田中哲司)、『魔物』ではあやめの同僚弁護士・今野昴(大倉孝二)が、ダメ中年男でありつつ、ギリギリ全体のバランスを保っているのも令和である。ともかく、花火のように派手でやがて哀しいフィナーレを期待したい。そういえば、6年前の『あなたの番です』の主役は田中圭。原田知世とのカップルはまだしもほんわかしていた。
 
 
土佐が舞台の『あんぱん』は快調にはじまった。やなせたかし=柳井嵩(北村匠海)の育ての親の叔父・寛を演じる竹野内豊はすばらしい。あの低い声で、「何のために生まれて何をしながら生きるがか」という『アンパンマン』の思想を語られると、胸が一杯になる。子供が小さい頃、『アンパンマン』は繰り返し見た。腹ぺこの人に自分の顔をあげる、という思想には根源的な力が秘められている。『アンパンマン』で耳にしたセリフが朝ドラで再演されるのは、とても愉快だ。
パン職人の屋村草吉「ヤムおじさん」役の阿部サダヲも主人公の朝田のぶ(今田美桜)の祖父・釜次役の吉田鋼太郎も、ちょうどいい塩梅の出方で、うるさくない。のぶの母役の江口のりこなど、名優が脇を固めて醸し出す安定感はさすがNHK。北村匠海の繊細な感情表現は、より磨きがかかってきた。子役が主人公の幼少時をちゃんと演じるのも、奥行きが深くなっていい。
だからこそ、戦中の描き方のステレオタイブぶりにはがっかりである。『アンパンマン』の突き抜けた世界観からも遠ざかった。だいたい、女子師範は、あんなに忠君愛国一色だったのか。黒井雪子を演じる瀧内公美に何の罪もないけれど、あまりに単調すぎるし、彼女の戦後の人生が心配になってしまう。戦場がひどかったのは当然として、銃後にも遊びがあったはず。
やなせたかし本人が奥さんの小松暢と知り合ったのは戦後、高知新聞に入ってからである。暢の方は再婚だったにせよ、虚構の戦中物語が全体として意味が重くなりすぎている。「愛国先生」に染まった今田美桜には、感情移入するのがむずかしい。そもそも今田は橋本環奈と同じくニュアンスの乏しい俳優だし、演技で単調さにブレーキをかけられない。その点、『波うららかに、めおと日和』で戦中の妻を演じる芳根京子は、こっちが恥ずかしくなるものの、安定した力量を示している。
もっとも、例外的に戦中・戦後すぐまでは快調だった『虎に翼』も後半はぐったりだったし、長いスパンを扱うドラマはむずかしい。資料の発見により細部は修正されていっても、歴史観の修正はそう簡単ではない。若き名優・細田佳央太の死により、河合優実の底知れぬ昏さを引き出した功績は十二分に認めた上で、そろそろ戦中=暗黒と一方的に決めつけるのを止めるべき時期だろう。久世光彦は、昭和20年3月の東京大空襲までは、だいたい普通に暮らしていたんだよ、と口癖のように囁いていた。いつの時代でも、後から振り返れば信じられないような狂気につき動かされているものだ。戦中だけが特別ではない。
 
 
「Television Freak」の連載開始は2015年12月だから、もう10年も続けたことになる。あの頃は、ナンシー関や初期の小田嶋隆の幻を追って軽い定点観測を続けるつもりだった。しかし、昨今は世界全体のあまりの激変ぶりに翻弄され、メディアを茶化し倒す余裕も喪われつつある。スキャンダル一発で消されるテレビの世界は、確実に貧しくなった。報道番組はフィルターが厳重にかかったバラエティと化し、リアルタイム視聴による「発見」は著しく減っている。週刊誌が人様の不倫とパワハラを血眼で探す世の中。
画面上に現れる変化だけではない。世を去ったり、病んだりする知己があまりに多い日々だった。馴染んだ風景も消えるばかり。坪内祐三や福田和也は天寿だったのか。「Television Freak」のお隣で、青山真治がとんでもない日記を刻むごとく書いていた日々ももう遠い。丹生谷貴志が「心霊少年」と呼ぶ編集者・宮田仁への「映画芸術」追悼特集も心に沁みた。さて、テレビという玩具箱と戯れる心を保てるかどうか、試されつつ、私は録画した番組を日々、眺め続けるだろう。円覚寺の小津安二郎の墓には、たくさんのユーロ札がお供えされていた。

 虹立ちて道無き道へテレビっ子


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