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  • 2019年4月18日

映画は心意気だと思うんです。 第9回

冨田翔子さんが“わが心意気映画”を毎回1作品ずつ取り上げてきた本連載ですが、今回は少し趣向を変え、映画に登場する何気ないセリフに注目する企画をお届けします。映画史に残るようないわゆる“名台詞”ではなく、物語のクライマックスや転換を演出するセリフでもないけれど、どういうわけか「心に刺さった」一言。そんなセリフを持つ5本の映画を、冨田さんにとって何故その一言が刺さるのかという理由とともに紹介してくれています。

『プレデター』 ©2012 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

心に刺さった映画の何気ないセリフ

文=冨田翔子

映画にはストーリーや音楽、映像や役者の演技など、さまざまな要素がある。そしてどの要素が観る人の心を打つかはわからない。例えば観る人の境遇や、その日の気分だってあるだろうし、その受け取り方も千差万別だろう。

そこで今回紹介したいのは、映画における私の心に刺さったセリフたち。決めセリフや、クライマックスに用意されるような言葉ではないけれど、登場人物たちがさりげなく発するセリフが、妙な印象を残すことがある。そんな何気ない一言に注目してみたい。

■「なんと醜い顔なんだ」

『プレデター』(1987)より、ダッチ・シェイファー(アーノルド・シュワルツェネッガー/吹き替え:玄田哲章)

人生で最初にときめいたセリフは、小学生の時にテレビの洋画劇場で観た『プレデター』だった。シュワちゃん率いる特殊部隊が、密林でなぜか異星人プレデターと壮絶な戦いを繰り広げることになるSFアクションだ。プレデターによって、隊員が一人ずつ血祭りにあげられていく様は、当時の私には過激な映像でひどく恐ろしいものだった。そんな中、とうとう最後のひとりになったシュワちゃんが、プレデターに追いかけられ、泥まみれになるシーンでは、「どうして彼はこんな目に遭わなきゃいけないんだろう」と幼心に同情したものだった。

プレデターとの死闘の末、なんだか不気味な仮面をつけていたプレデターが、ついにそれを外す瞬間が訪れる。この生物が一体どんな顔をしているのか、想像もつかない。ゆっくりと仮面を外していくプレデター。そして現れた素顔を観た途端に、私はとっさに心の中で「醜い!」と叫んだ。甲殻類っぽい顔に、歯がむき出しの四角形の口。さらに長い4つの牙が、内側に向けて突き出している。非常に気味の悪いビジュアルだ。すると、私が醜いと思ってから間髪を入れず、画面の中のシュワちゃんが一言「なんと醜い顔なんだ」と呟いた。私はこの一言にとても感動したのである。それは、シュワちゃんが自分と同じことを言ったからではない。ジャングルという過酷な環境で、体を透明化できる相手との闘いを強いられ、仲間は虫ケラのように次々と殺されてしまった。これでもかという酷い目に遭い、もはや発狂寸前の精神状態にいるはずの主人公。そんな状況でも、人はあまりに醜いものを見たときには、思わず「醜い」と言ってしまうことに感動したのだ! もちろん、それは玄田哲章による深みのある吹き替えの声。それが私にさらなる感銘を与え、初見から20年経った今でも、すぐあの声でセリフを思い出すことができる。私にとってシュワちゃんは玄田哲章なのだ。

■「なに食べてるんだろう」

『シェフ! ~三ツ星レストランの舞台裏へようこそ~』(2012)より、ジャッキー(ミカエル・ユーン/吹き替え:青山穣)

スランプに陥り三ツ星喪失の危機に瀕している高級レストランの一流シェフ(ジャン・レノ)が、偏屈だが天才的な若手シェフ(ミカエル・ユーン)と組んで三ツ星を守るために奮闘するハートフル・コメディ。シェフとしての腕は確かだが、こだわりが強すぎてどこの店でもすぐクビになってしまう主人公のジャッキー。彼は妊娠中の妻に次こそ辞めないと約束し、シェフの仕事を諦めて老人ホームの窓枠とドア枠のペンキを塗り直す仕事に就く。初日、浮かない顔でジャッキーが現場に到着すると、老人ホームはちょうど朝食の時間を迎えていた。窓の外から、テーブルで食事をする老人たちをチラッと覗くジャッキー。この瞬間、彼は私の心がきらめく一言を発する。「ああ~なに食べてるんだろう」と。このジャッキーの発言を聞いていたペンキ塗りの現場監督は、「さあな、知らんよ」と流し、全く関心がなさそうである。老人ホームの朝食に興味のある人間が、この世にどれ位いるだろうか。だが、ジャッキーは違う。彼は4歳でバスク風チキンを作り、5歳でスフレを焼いて“料理界のモーツァルト”と呼ばれた筋金入りの料理人。根っからの料理好きであるがゆえに、たまたま目に入った食べ物ですら純粋に気になってしまうのである。ジャッキーの人柄が伝わる一言である。

ちなみにこのセリフ、字幕版では「メニューは?」というクールな表現となっている。しかし、青山穣による吹き替えの「なに食べてるんだろう」という“想像”の含みを感じられる、ちょっと浮ついた感じの声に、思わずウキウキしてしまうのだ。

■「カビが生えるぞ」

『サラリーマン・バトル・ロワイアル』(2016)より、チェット(エイブラハム・ベンルービ)

ある日突然、会社のビルに閉じ込められた80人の従業員が、何者かによって社員同士の殺し合いを命ぜられるオフィス・サバイバル・アクション。本作の脚本はマーベル映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のジェームズ・ガンが担当しており、彼の弟である俳優のショーン・ガンも主要キャラクターの1人として登場する。ショーン扮するカフェの店員マーティは、この状況が何かの陰謀であると勘繰り、ウォーターサーバーの水を飲もうとした男性社員チェットの紙コップを床に叩きつけ、「水の中に向精神薬とか科学物質みたいなものが入っていてナーバスになるのだ!」と言い出しタンクの水を床にぶちまけてしまう。

すると、コップを床に叩きつけられたチェットが、ドバドバと流れていく水を見ながら、意表を突く一言をボソッとつぶやいたのだ。「カビが生えるぞ」と。この状況で思うべきことは膨大にあるはずだが、危機管理は人それぞれということなのか。私は怒れるマーティ君に気を取られており、脇役にすぎない社員の彼が場にそぐわないコメントをすることを想像していなかった。悔しいが、じわじわ効いてくる。1本を取られるとはこういうことか。

■「なんで来るの!?」

『アナコンダ4』(2009)より、アマンダ(クリスタル・レイン/吹き替え:木下紗華)

まず『アナコンダ』シリーズが4まで続いていたことに驚く。細かいあらすじは省くが、当然今作でも巨大化したアナコンダが人々を襲い、ヒロインが決死の攻防を繰り広げる。本作での光ったセリフの登場は、ヒロインたちが森の中でアナコンダに追いかけられているシーンから。森を抜け、命からがら少し開けた場所に逃げてくるヒロインたちだったが、しつこくアナコンダは追ってくる。

その状況を遠くで目撃したある男性が、とっさに「助けなきゃ」と言い、無謀にもアナコンダに向かって駆け出していく。何という正義感だろう。画面はその男性の正面と、アナコンダから必死で逃げるヒロインたちの正面を交互に捉える。すると、助けに来た彼とのすれ違い様、ヒロインが彼に向かってこう言い放つのだ。「だめよ、なんで来るの!? あなた正気!?」。な、なんで来るの…だと? 必死に助けに来てくれた人に向かって、そんな言い草があるだろうか。「危ないわよ、逃げて」とか、「行ってはダメよ!」とか、もっと優しい言い方ができたのではなかろうか…。吹き替えを務める木下紗華の、気でも狂ったのかと言わんばかりの勢いのある言い方が素敵である。

■「足りなかったのかも」

『プーと大人になった僕』(2018)より、プーさん(ジム・カミングス/吹き替え:かぬか光明)

ディズニーアニメ『くまのプーさん』を元に、大人になったクリストファー・ロビン(ユアン・マクレガー)とプーさんの再会を描いた実写映画作品。本作には、プーさんの「僕は“何もしない”を、毎日やっているよ」という印象的なセリフがある。大人になり、家族そっちのけで働き詰めの毎日を送るクリストファーに、突然現れたプーさんが伝える大切なメッセージだ。私はアニメのプーさんをほとんど観たことがなかったので、この映画でのマイペースっぷりを目の当たりにしたとき、かなり衝撃を受けてしまった。そんな怠惰なことでいいのか、プー。そしてこの名言を超える、さらに度肝を抜かれる発言が彼の口から発せられたので紹介したい。

100エーカーの森から突如クリストファーの住むロンドンに現れたプーさん。忙しいクリストファーはちょっと迷惑そうだが、プーさんが人に見られたら大変と慌てて家に連れて行く。幸い妻と子どもは田舎で休暇中だ。クリストファーがテーブルに用意してくれた蜂蜜入りの平皿に、頭から突っ込むプーさん。さらに蜂蜜まみれの両手でクリストファーの顔をベタベタさわり、両足も蜂蜜まみれ。そのまま床に滑り落ちたかと思えば、蜂蜜の足跡をつけながら部屋から部屋へと歩き出す。潔癖な人には耐え難い所業のシーンである。翌朝も、プーさんはそんな調子で家中のものをひっくり返していく。ついに堪忍袋の緒が切れたクリストファーは、森に連れ帰ると宣告。プーさんを腕に抱え、駅を目指して人混みのロンドンへと繰り出す。ここでも天然なプーさんは、通行人に話しかけてびっくりさせてしまい、クリストファーに電話ボックスの中でお説教されることに。「誰にでも挨拶したらだめだ。君はみんなとはちがうんだよ」と言うクリストファーに対し、「僕は僕で居ちゃだめなの?」と場違いの哲学で切り返すプーさん。しまいには「僕よくわからないよ。お腹が空いて」とゴネ始める。するとクリストファーは「さっき食べただろ?」ともっともな一言。ほほう、どうするプーさん。“食べてないよ”とシラを切るか? “でもおなかが空いたんだもん。仕方ないもん”とワガママで通すのか? するとプーさんは次のように返してきた。

「そうだね。足りなかったのかも」

……エエ!? これを試写室で聞いた私は、心の中で「知らねえよ!」と全力で突っ込んでいた。足りなかったかもだって!? 足りないかどうか、自分で分からないのか、プーさんよ! なんという間の抜けた返しだろうか。予想を超えた、まさに斜め上をいくプーさんの回答に心底驚かされたのだった。

この「足りなかったのかも」の一言は、昨年の個人的流行語大賞に選ばれ、半年以上に渡り、何かにつけてプーさんっぽく言うという遊びが私の中で流行ったのだった。しかし、プーを超える奇抜なコメントは未だ出てきていない。

こうして改めて紹介してみると、私以外にとっては「ふ~ん」とか「へ~」で済まされることかもしれない。でももし、これらの映画を観る機会があったら、紹介したセリフが登場したときに「あ、これか!」とか「そうでもないじゃん」とか思って楽しんでいただけたらうれしい……。

『プレデター<DTSエディション>』 DVD発売中

発売元:20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント

価格:¥1,419+税

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