- 映画
- 2025年6月30日
時のポート 第4回
甫木元空さんによる「時のポート」最終回です。『BAUS 映画から船出した映画館』が完成し公開を控えるなか、2019年に青山真治さんと共にシナリオ制作のために旅した和歌山を再訪した時のことが綴られています。
Dan Penn - Nobody's Fool
文・写真=甫木元空
2025年01月21日
7時起床。朝焼けを横目にバス停へ急ぐ。現時点で自らにかしたタイムスケジュールから30分の遅れ、通常営業。渋谷駅で品川行きの電車へ乗ろうと心みるも迷子。この作りかけの駅はいつ完成予定なのだろうか? 近頃ずっと迷宮と化している。町の影に隠れて健やかに暮らしていたであろうビルの背中に刻まれたシミは、工事によって突然町に顔をつき出した。彼らを見ると哀愁と匂い堆積を感じ、なんだか少し親近感を抱いている自分がいる。このまま工事という名の整理により地方都市の国道沿いのように全部同じ顔、個性は整理され全国へのへのもへじ計画は着々と進んでいくのだろうか? 新しい町づくりは忘却と共にあるのは理解しているが、全ての町や駅が重なり迷子になるのは自分だけだろうか。自分の解像度の問題である事は重々承知だが整頓され中身のない空っぽな駅や町にハリボテの印象を抱いている。ただ破壊と忘却は生きてく上で必要で、昔が良かったなんていうノスタルジーは幻想でしかなく一時の刺激でしかない。整理した先に人と人が行き交う事で生まれる摩擦、そこから聞こえるノイズが欲しい。予定調和ではない幸福な驚きを纏ったノイズ、そんな音がよく響く受け皿のような場、町を作る事は美しい国にとっては困難を極めるのだろうか? もう悲観する事にも空きた。どうにかこの空虚を楽しみたい。腹が減った。品川駅に着くとシュークリームの甘い匂いに誘われフラフラ徘徊。昨夜メロディーも歌詞も何処かで聞いたものしか浮かんでこない頭に苛立ち賞味期限切れの余ったヨーグルトをひたすらかきスプーンでかき混ぜていた。小麦粉と卵とヨーグルトを混ぜていたら完成した厚さ3mm程の迷走ケーキを旅のために拵えたが忘れた。ホームで新幹線のぞみブレンドとキシリトールガムを購入。品川から新幹線に乗り新大阪へ。新大阪から和歌山を目指し特急くろしおに乗ると猛烈な睡魔に襲われ爆睡。確か和歌山に初めて訪れたのは2019年。映画監督の青山真治さんとシナリオ作りのための旅だったはず。細かい会話はもう忘れてしまったが中上健次の墓、つぼ湯、那智の滝、熊野川など忘れられない風景がいくつもそこはあった。旅から3年後、⻘山さんは亡くなった。様々な企画を死の直前まで作り続けていた。その中の一つ今は亡き吉祥寺にあったバウスシアターという映画館が始まり終わるまでの約 90 年に渡る伝記映画を自分が引き継ぎ 映画化する事となった。映画館が生まれ、大きくなり、そして無くなる。映画という窓を街に作り、娯楽という風を吹き込む事に奮闘した無名の人々の密やかな企み。かすかな自由と幸福を見つけようと懸命に生きた世界中どんな街にも存在する映画館に生きた家族の物語である。映画はなんとか完成し 2025 年 3 月 21 日公開に向けて準備 を進めている。公開までの間に思い出せる限りの場所への再訪と前回行かなかった高野山と熊野古道が今回の旅の目的。半分追悼、半分現実逃避の旅である。
悪魔みたいな音階のチャイムに起こされ無事和歌山で下車。11時13分、まずは腹ごしらえ。和歌山ラーメンの名店、井出商店へ急ぐ。11時30分開店のはずだがもう行列ができていて食べ終わった人がホクホクの表情で暖簾をくぐり出てくる。10人程の行列に並ぶ。とても寒い。強風に煽られながら震える体がラーメンを懇願する。店員さんが外に出てきて注文を取りだした。中華蕎麦、早すし、巻き寿司、とにかく全部注文。スムーズに列は進み、席に着くとすぐに早すしと巻き寿司が置かれる。ラーメンが来るまで我慢すると決めていたが腹はぐーぐー鳴り続ける。ものの5分程で中華蕎麦はやってきた。豚骨醤油のスープが冷えた体と心に沁みる。寿司との相性は抜群。早すしは酢を聞かせたさば寿司で、巻き寿司は一口で食べてしまったため何が巻かれていたか分からなかった。とにかく全部うまい。何よりあのスープ、丼の中でプカプカラーメンスープに浮きながらチョビチョビ永遠に汁を飲んでのんびり生きたい。もうこれだけで和歌山に来た甲斐があった。店を出ると粉雪が降っていた。ニッポンレンタカー JR和歌山駅中央口南 営業所へ移動。今日から最強寒波がやってくるらしく、急遽スタッドレスタイヤへ変更。車の周りを2周傷のチェックを終えて高野山へ車を走らせる。今日の最低気温は-3度。標高867mの空中都市高野山は最強寒波に見舞われ銀世界。壇上伽藍へと向かう礼拝の道はしんしんとふる雪に覆われ物音を出す事が憚れるほどの静寂が鎮座していた。粉雪は突然の突風を受け優雅に逆流し人々に降りかかる。ゆっくりと風が塔をゆらす。降り注ぐ白い粉を見て昨日ケーキに入れ忘れたベーキングパウダーを思い出す。大塔に入るとインドから来た青年が何度も何度も深々と礼拝をしていた。彼の耳にはairpod。重たいビートのドラムとファズを効かせたギター、女性と男性の雄叫びが交互に漏れ聞こえる。何を聞いているのだろう。後からきたイタリア人夫婦がりんを力強く鳴らした。耳は持っていかれ、そのどこまで続く響に身を預けてみる。伸びるりんの音に耳を預け黄昏に身を置いていたら。外は吹雪。刺すような寒さに負けて角濱ごまとうふ総本舗飲食部へ逃げ込む。豆腐シェイクと生ごま豆腐を注文。豆腐についていた平野清椒庵のねり七味が絶品。雪が強くなってきたので奥之院へ先を急ぐ。空海が835年に亡くなってから今もここで瞑想の修行をしていると信じられている場所。朝6時と10時30分に歴代の行法師たちの手によって食事が調理され、1200年間一度も欠かされず運ばれている。今まで霊感などそういう類のものは体験したことがないし信じていないが20万基を超える墓石に人間が信じ続ける事がどれほどの力を持っているのかをまざまざと感じる。だただあんぐりと口を開けながら雪景色にあの世とこの世が溶けたような佇まいに寒さではなく背筋が凍っていくのを感じた。弥勒菩薩が56億年後に仏となって釈迦の教えで救われなかった人々を救済するらしい。仏の出待ちに錚々たるメンツがここに揃う武田信玄、上杉謙信、伊達政宗、石田三成、明智光秀、織田信長、豊臣秀吉‥‥。高野山は終の住処。終わりから見始めて始めてしまった旅。だが、不思議とお腹は空く。
Arthur (2019 Remaster)
湯の峯荘へ、18時半までが食事の時間なのだが10分ほど過ぎて宿に到着。迷惑をかけてしまった。部屋に案内してもらうとあらかた食事の準備ができていた。食前酒から始まり岩清水豚の温泉しゃぶしゃぶ、手作りの杏仁豆腐とにかく全て美味。三日前ほどから何度も宿から食事の手配について連絡をいただいていたのだが適当に食事は済ますので大丈夫ですよとやんわり断りを入れていた。しかし当日になっても15時までならなんとか用意できるので気が変わったら連絡してくださいと何度も何度も連絡が来る。これは相当自信があるのだなと思い、予約した。予約してよかった最高です。本当ありがとうございました。食事を済ませ入湯できる世界遺産ことツボ湯へ走る。受付終了は20時半。ギリギリの28分ほどに到着。ヒヤヒヤしていたが30分交替制で丁度今空いたからどうぞと言われる。冷え切った体に染みる温泉。以前入った時はまだ日が出ていて水面が虹色に反射していた。夜のつぼ湯はトルコブルー。時間ギリギリまで体を温めた。行きは引き返そうかと思うほど寒かったが、帰りはポカポカで星空を楽しむ余裕ができた。どうやらこの辺りゴポゴポと湧き出る90度の熱湯で卵や野菜を茹で、温泉卵などを楽しむ事が出来るらしい次回は必ず。宿に帰ると駐車場に泊まっている車の中で犬がクンクン鳴いている、毛布だけでこの寒さを凌げるだろうか? 口笛を何度も鳴らし頑張れと伝えていたつもりだったのだが、思いは伝わらず、ギャンギャン吠え出す。怒っているようなのでそそくさと部屋へ戻る。怒りで温かくなってくれたならなにより。布団に入ると記憶が途切れた。
翌日7時起床。車を走らせ熊野大社へ。この辺りにある看板はどこもかしこも世界遺産か温泉を示す。熊野大社を参拝し、熊野本宮大社旧社地の脇を流れる熊野川へ。石積みがいくつも並ぶここに前回和歌山を訪れた際一番惹かれた。川の流れに思いを馳せながら永遠ここに入れるとも思ったが、腹が減った。どうしても今回の旅で和歌山名物なれずし、さんま寿司、めはり寿司は制覇して帰りたい。そんな野望もあるので探すもどこも定休。港の街を彷徨い蕎麦屋を発見。十割そば森本屋でマグロの寿司、マグロ丼と鴨南蛮セットをいただく、人の家へ迷い混んだような建物に親近感を感じ、こんなにとろけるマグロは初めて食べた。十割蕎麦の香りも最高。また必ず来たい。大門坂駐車場に車を駐車。大門坂から熊野古道に入る。1時間ほどかけて熊野那智大社から那智の滝まで歩く。中国からの訪問者が口を大きくあけて固まっているのをみて、わかるよと頷く。日本人の旅の原点が巡礼だということを改めて思い知る。
Talking Heads - Once in a Lifetime (Official Video)
バスで大門坂へ戻り、爆風の南方熊楠記念館、屋上の展望台から見る田辺湾、神島、円月島、白浜温泉街はさぞかし気持ちがいいだろうが今日は封鎖されていた。熊楠のマンダラを眺めていたら閉館時間が来てしまった。熊楠マンダラTシャツを購入。風が身の危険を感じるほど強い、自然が近く信仰との距離感高知県室戸市を想起させる。黒潮海流でつながる高知と和歌山、捕鯨文化など文化の交流も海流を通じて行なっている。いつか船旅もしたいものだ。17時お腹が空いたので早いが居酒屋しんべに行く。せっかちな大将が作る料理は全部美味しく、楽しく夜は終わっていく。和歌山アドベンチャーワールドにいるパンダを勧められた。「奥之院は怖い怖い。パンダパンダ!」いつの時代も偉いのはパンダである。今晩の宿双子島荘へ向かう。大浴場に向かおうとするも、大将が言っていた怖い話にビビりいけず、朝風呂に変更。寝る。
翌朝6時起床。爆風轟く中紀州温泉。窓外。遠くに見えるのは淡路島。真っ青な青。島と海面は同化し空が寂しそうに雲をぶら下げる。和歌山湾の波紋が金剛峯寺に展示されていた高野杉の切り株に刻まれた年輪と重なる。命の痕跡を木は体内に記し、波は岩や土など外部へ記して消える。呑気に視界を横切る温泉から立ち上る湯気は刻一刻と形を変え優雅に中空を漂う。そんな湯気もどこかに痕跡を記しているのだろう。そんな事に気を取られた数分で海と島は同化するのを止め、それぞれの青で立っていた。温水を平泳で軽くひとかき。窓に近づき海岸を覗き込む。そこには季節はずれのプールが見えた。タイルに不時着した落ち葉や流木。ペンキで描かれた波紋の模様だけが止まった時間を伝える。止まる事のない下界でミサゴは悠々と渇水したプールを泳ぐ。腹が減った。いつも突然訪れる終幕。無償に和歌山ラーメンと早すしが食べたい。今使っているお湯を豚骨醤油のスープに変えてチョビチョビ永遠に汁をすすり、のんびり寿司でも食いながら浮かんでいたい。現実はこの位カオスに満ちて、常にいくつもの事柄が錯綜し動き続ける。
耳を傾け、身を凝らせばその場が悲劇か喜劇かその判断は個人に委ねられている。
今おもむろに露天風呂に行き、外の空気でも吸おうと思ったが気が狂いそうなのでやめた。幸いこの温泉には現実を区切る窓が存在するが、普段は自分の窓から耳を傾け、目を凝らし、その場が悲劇か喜劇かその判断は個人の窓から見た印象に委ねられている。映画と同じ。整理されていない現実にカメラをむけ過去という死体を記録し、繋ぎ止め、光を当てて暗闇の中で甦らせる。何故か人はその光の点滅に明日を見たりする。映画館が町に穴を開け窓を作ったように、みな誰しも生まれた時から窓を自分に作っている。皆はなから違う尺度で時間を過ごしているのだ。映画館で起きている事は全て現実。たくさんの人間が映画見てそれぞれの時間を刻むように、伸びたり縮んだり、時計とは違う尺度の時間を皆それぞれ持って帰る。いい映画を観み終わった後は帰り道の風景をよく覚えている、自分の窓がいつもと違う切り取り方を始めるからだろう。劇場の暗闇の中に閉じ込められ他者と一緒に光を見つめる、この異常な行為は様々な尺度を生み出し、人と人とをかき混ぜる。そこに運動はなくともノイズを生むのが映画館という体験だと思っている。遊び場にはそういうノイズが自然と生まれる、誰かがコントロールしてるような場に遊びは生まれない。今思うとごく自然な現実が青山さんの残した脚本には書かれていた。終わることの衝撃は始まりを見失うが、何かが終わってもそこには遅れて気づく始まりが必ずある。いわゆる喪失の物語。人、戦争、文化。波と同じように寄せては返し消える、生まれては死ぬ、刹那を見せる。岩や土外へ軌跡を残し今も少しずつ確かに時間を刻んでいる。熊野川に積み上がった石もこの刹那の軌跡の一部。
終わることの衝撃は始まりを見失うほど、始まらないことはない、小川もいずれ海につながっていく。一つの波をつくり、何かに軌跡を残す。波は寄せては返すその間に生きている。
刹那を生きている。その繰り返しの中にただ存在している。人間誰しも同じところに同じように居続けることはできない。変わりつづける。終わりは誰にでも唐突にくるが、青山さんが残した脚本には終わりの先が常に描かれていた。父が最後に病室で書いた詩のタイトルは終わりのない歌。なにがおきてもつづく。そこには目に見えない、遅れて気づく始まりが必ずある。鐘の音はいつでも鳴らすことができる、いつでも始められるが、終わりはわからない。淡々と終わりを描き続ける事でただひたすら明日を見つめる眼差しが描かれている。誰もが波のように当たり前のように消えて、何かに、誰かに、確かな軌跡を残す。人間誰しも同じところに居続けることはできない、流れの中にただ存在している。お腹がぐーぐー鳴り始めた。今自分の体内で波打つ水はどんな軌跡を自分に刻んでいるのだろう? 揺れ続ける波紋の先に必ず明日は存在する。


Brian Wilson - SMiLE live
甫木元 空
1992年埼玉県生まれ。多摩美術大学映像演劇学科卒業。主な監督映画に2016年の『はるねこ』、22年の『はだかのゆめ』がある。19年にバンド「Bialystocks」を結成。23年には小説家としてもデビューし、新潮社より『はだかのゆめ』を刊行した。新作映画『BAUS 映画から船出した映画館』公開中。7/20(日)大阪・シネ・ヌーヴォ、8/2(土)東京・新文芸坐、8/28(木)山口・山口情報芸術センター[YCAM]、10/9(木)宮崎・宮崎キネマ館にて、井手健介&甫木元空「幽体離脱ツアー 後編」開催。