- 音楽
- 2025年6月18日
音日記 2025年6月
長嶌寛幸さんによる2025年6月の「音日記」。ドイツのバンド・ファウストのことを考えながら出した音や、映画『レヴェナント: 蘇えりし者』( 監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ/音楽:坂本龍一、アルヴァ・ノト)劇伴の”ソレらしいニセモノ”などで構成された今月の音を、日誌とともにお楽しみください。
音楽・文=長嶌寛幸
某日 気がつくと、もう6月。いや、早い。で、もう来年は還暦。まあ、こんな調子でいつの間にやら死ぬんだろうなぁと思う今日この頃。こんな「カリ・ユガの世」としか思えない時代で「音」を出す。地獄の釜の蓋はとっくに開いている。今更ながら「意識の修羅場でカンカン踊り」(©間章)というコトバを思い出す。そして、GoogleのVeo3の登場。
「当然、そうなるよな」という流れ。で、「でも四半期で、コレも古びたもんになるやろうな」とも思う。重要なんは「AIがヒト化する」コトやなくて「ヒトがAl化する」コトとやと思うで。けど嗚呼、今の感じやと、お互いに足引っ張りあって終いには自滅するんちゃうのっちゅうカンジやけど。しかし、困ったハナシやで、ほんま。 けど、AIの頭も信心からみたいやし。くわばらくわばら。
某日 しばし、ドイツのバンド、Faustのことを考える。再結成後も聴いていて、最近、なんだか分裂して2つになったみたいだけども、再結成以来(それも随分と前だけど)、最初のFaustのような「抒情」や「ゆるさ」が、どうもないなぁと思う。今のは今ので好きだけど。と、思いながら「ぬるい抒情」を1つ。
某日 イーノも乗船した? 船(していなかったみたいだが)が、イスラエルに拿捕されたが、正直、イーノは「死に場所を求めている」感じもする。ゴダールに近い感じもし、西欧の敗北と終末を感じる。20世紀以上に「言語」に支配されるだろうこの世紀のニンゲンの「出口」はジェイムズ・ジョイスみたいに自らが「症候」となることしかないので? と思う。それは『フィネガンズ・ウェイク』を誰しもが「誤読」しつつ、それを「読む」のではなく「生きる」ということなのでは? とも。もちろんそれは、20世紀的には「狂気」でしかないのだが。
今こそ
読めないモノを読む。
聴けないモノを聴く。
ことが必要なのだと思うが、
まあ、みんな、
読めないモノは読まない。
聴けないモノは聴かない。
よね。
某日 『レヴェナント: 蘇えりし者』を観て、なんとなく「ソレらしいニセモノ」を30分ぐらいで作る。しかし、諧謔が通じない世の中は、生きづらいもんやなぁと思う。
某日 イスラエルがテヘランを攻撃し、イランは復讐を誓う。
某日 来月7月12日から新宿K'sシネマで、35年前ぐらいにやった『Pinocchio√964』が上映される。「35年前かぁ~」と思うが、やってることは今とあんまり変わらない。もちろん「その時」できなかったコトが「今」はできるようになっているコトが多いが、「今」できないコトも多々あり。人生そんなもんかとも思う。
7月20日の上映後のトークに出ることになる。
某日 『盲人書簡』の練習が始まる。公私のゴタゴタでなかなか顔を出せず。
長嶌寛幸
音楽家、サウンドデザイン・スーパーバイザー。学生時代に石井聰亙(現・岳龍)監督の映画音響ライヴ・リミックスを行ったのをきっかけに、映像作品の音楽、音響を手掛けるようになる。近作に『空に住む』(青山真治監督)、『愛のまなざしを』(万田邦敏監督)、『Chorokbam』(ユン・ソジン監督)、『ザ・ミソジニー』(高橋洋監督)、『ピストルライターの撃ち方』(眞田康平監督)など。また、寺井昌輝らとの電子音楽グループ「Dowser」、ヴォーカリストのPhewとの「106」、詩人の松井茂との「Shinigiwa」での活動も行っており、2022年からは、御茶ノ水 Rittor Baseの5.1.8chのイマーシブ音響空間での「PSYCHO AND ILL HAUS 音像空間劇」にも音楽担当として参加している。
PSYCHOSIS『盲人書簡◉上海篇』は7月24日(木)~30日(水)にザムザ阿佐谷で上演。
PSYCHOSIS『盲人書簡◉上海篇』は7月24日(木)~30日(水)にザムザ阿佐谷で上演。