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  • 2025年6月9日

潜行一千里 ILHA FORMOSA編 第16回

空族の連載「潜行一千里 ILHA FORMOSA編」第16回はカーツヤからの報告です。2022年のコロナ禍に札幌文化芸術交流センター SCARTSからの現地調査報告依頼により、花蓮の太巴塱(タパロン)で行われるアミ族の最大の年中行事「豊年祭」に潜入する第二次先遣隊の様子が綴られています。
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文・写真=空族


カーツヤからの報告


西暦2022年8月
 

作戦『蘭芳公司』、第二次先遣隊の我々一行は台北から一路花蓮に向かう道中にあった。しかし、あれほど近くに感じはじめていた台湾島が今は遠かった…。ロックダウンはようやく解除されたものの、未だ観光での入国は止められている台湾。いつ果てるとも知れないコロナ禍も既にまる2年半を過ぎ、空族はどうしてこういつも10年に一本みたいなペースになってしまうのか…本当はもっとはやくやりたいのに! という思いにも急かされて、もう辛抱たまらん、待ってられん! と第二次先遣隊を強行したのだった。しかし万年軍資金不足の空族。無い袖は振れない。最初は、コロナ禍が世界にもたらした効果はいいことばかりじゃないか! と喜んでいたが、さすがに日常生活が面倒臭いことだらけになっていて、身動き取れないことにもイジイジしはじめていた。
 
トラツキは、どこからか作戦指令書(つまり脚本)の依頼を受け、さっそくマスクを着けなければならない世の中を描いていたが、ひょっとしたら、あれはコロナ禍を描いた最初の脚本だったのかもしれない(未映画化)。私は私で最近聞いた噂、県境を跨いで隣県に釣りに行った際、釣り終わって停めていた車に戻ってみると車の横一面にスプレーで“山梨へかえれ!”と書かれていたという話や、同じく釣りポイントに車を停めた瞬間4輪全部がプシューッとパンクしてしまい何事かと車の下を覗き込むと一面に釘が裏打ちされた巨大なベニヤ板が枯草で隠されていたなどの話を思い出し、いま私が釣りをしているこの川の水面から男がヌーと顔を出し、『地獄の黙示録』ウィラード大尉よろしく川岸に上陸すると停められた他県ナンバーの車のタイヤをナイフで切り裂いていくというシーンが脳内映写され、これは『サウダーヂ2』に使えるな…などつらつら考えていた(そう、この頃すでにトラツキと私は、『サウダーヂ2』作戦指令書の執筆を開始していたのである。10年に一本じゃ困る! 汗)。
 
それにしても、とどのつまり人類は営々とこの領土をめぐる争いに終始し続けているのだ。文明を生み出し、人権を獲得し、人類は失敗を歴史から学び賢くなり進歩しているはずなのだが、まったくそうではないということを現在の世界情勢が証明している。しかも今は未来。インターネットと一体化した世界ではインフルエンサーなる連中が持て囃され、人々は憧れその言葉を信じ鵜呑みにする。しかし所詮、やつらはてめえの損得勘定に基づいたことしか言っていない。いかにして大金を稼いだか。そのことによってのみ持て囃されているのだが、それしか考えていない奴らの言葉を金言とし人生の指標としたならどんな世になってしまうか想像に難くないだろう。ここで今一度、第15回のトラツキの言葉を繰り返しておこう。
 
『しかもこれらの問題が急速に私たちの生活に影響を及ぼしていったのは人類の歴史から見れば産業革命後のたかだか二百年のあいだに起こったことだ。それ以前から何千年も人類は普通に生活し、喜怒哀楽を生きてきた。人類を滅亡へと向かわせる数百年のテクノロジーと何千年ものあいだ人類を生かしてきた生活の営みと知恵。どちらが私たちにとって本当に大切なのかは言うまでもないだろう』
 
そんなところへ朗報が飛び込んできた。それはSCARTS(札幌文化芸術交流センター)からの作戦依頼、“4画面で現地調査報告をせよ”というものだった。完成後は札幌地下道壁面に埋め込まれた4面の大スクリーンで繰り返し上映されるというもの。これは願ってもない。そして北海道といえばアイヌ。原住民。そういうことか。『蘭芳公司』と『サウダーヂ2』。この両輪、どうやら台湾『蘭芳公司』の方が先に整っていく流れとなったようだ。そうと決まれば、へいがってんで! と我々はこれに飛びついた。拾う神ありというわけだ(ありがとうSCARTS!!)。“4画面”ということは撮影班が必要。つまり今回の第二次先遣任務より、スタジオ石のMMMとマロを加え、前回より引き続きのトラツキ、ヤンG、リュウ、そして私というメンバー構成となったが、コロナ禍での強行作戦故、ビザの取得がうんざりするほど大変な上に余分な経費がずっしり圧し掛かったのは言うまでもない。
 
台北の空港で車を用意し我々を迎えてくれた台湾司令部のノブは言った。
 
「花蓮のアジトに着いても、隔離期間の4週間は絶対に敷地外に出ないでください。それと毎朝の体温をこのアプリから政府機関に送信すること。毎朝、警察官があなたたちのところを訪問します。先日もドイツ人が規則を破って部屋から出て、300万円の罰金を言い渡されたニュースは知ってますか? だからマジでヤバいです。本当に気をつけて」
 
「ってことは買い物にも行けないし、どうすれば?」
 
という私の質問にノブは、アイさんという人が面倒を見てくれるから大丈夫だという。
 
「アイさんは日本語も上手です。今回みなさんの本拠地になるのは、タパロン(太巴塱)というアミ族の中でも一番大きな部落のある村です」
 
「アイさんはアミ族?」
 
「もちろん」
 
私は改めてノブの差配の手際よさに感心していた。いうまでもないが、私たちは事前にミーティングを重ねる中で、ノブからの提案を受けこちらの要望を出し検討を重ねスケジュールを組んできたが、私たちの要望通り、例えば今回の目玉となる、アミ族の年一の最大行事“豊年祭”を我々に見せるために、アミ族最大のタパロン部落のある村に我々全員が滞在できる建物を確保し、その世話を焼いてくれる日本語を話せるアイさんなる人物までをも手配してくれたというのだ。
 
「アイさんのこと、昔から知りあい(笑)」
 
すばらしい。わかったよノブ。もうみなまでは聞かぬ。いけばわかるさ。そして私は、流れる車窓の風景に前回来たときを思い出し、台湾に潜入しようというのに、これほど台北に寄らないのも我々くらいのもんだろうと自嘲していた。そして車は進み、次々と記憶に残る風景が現れはじめる。花蓮に近づいているのがわかる。今回我々がいくのはどんなところだろう。アミ族最大の部落というが……ん?? ここって……。すると運転するリュウがスマホのナビを確認しながら、
 
「もう着きますね」
 
ん??? …やはりそうか。すると見えてきた富田村の標識。ここでトラツキ、ヤンG、リュウの前回から引き続きの隊員たちは全員気がついた。あのとき偶然迷い込んだ、何族かはわからなかったが原住民の集落。まさかのあそこが、ここがアミ族最大の部落タパロンだったということなのか! ヤンGが今回から合流のMMMとマロにそのことを伝える口調からも、やはり不思議な縁を感じているのだろうと伝わってくる。車は更に集落を進む。そしてスマホナビが到着を示したのは、拓けた田園の端に建つレンガ作り二階建ての家だった。門扉をあけそのまま車を突っ込む。一階入口脇にはテーブルと向かい合う横長の椅子。ここで一服したり、バーベキューをすることになるだろう。建物右側はコンクリ打ちの広いスペースがあるが、台湾島の強い日差しに晒され続けてきたコンクリートはひび割れている。おそらく真夏の台湾で、あのスペースは洗濯物を干す以外に使い道はない。一階に入ると全面青で塗られた壁が涼しげだが実際にはむわっと熱気が籠っている。とにかく窓という窓を開け放つ。広いリビングとダイニングを、大きな長方形の穴が開けられた、これまた青い壁がバーカウンターのように仕切っている。二階は小部屋に分けられているので各隊員の部屋となるだろう。キッチンのテーブル上には、乾麺やらなにやら食料品が積み上がっている。冷蔵庫の中もたくさんの食料で埋まっているが、そのことはノブから聞いていた。きっとアイさんが用意してくれたものなのだろう。
 
同じ台湾なのに、前回と比べると途方もなく大変な思いをしてようやくここに辿りついただけに、やけに遠くに来たような気がしていた。しかも今日から1週間、ここから一歩も出られず、約ひと月の滞在期間の中の大事な時間を無駄にしなければならないのだった。やれやれと我々は荷をほどき、ノブの指示通りにコロナアプリを各々登録し毎朝の体温を報告する準備を終えてひとごこち着いていると、こんばんはー! と大きな女性の声が聞こえ、中年の女性がひとり入ってきた。アイさんに違いない。日焼けを気にしてのことだろうか、布製の頭巾のようなものを被っているアイさんは、台湾に於いては現状バイキン扱いされている我々のいるこの部屋に入ってきちゃって大丈夫? と心配してオロオロしている私たちを見て、
 
「ダイジョウブ! あなたたち外出るダメぇ。でもわたし中入る関係ない」
 
そ、そうだろうか…(笑)。いや野暮は言うまい。そんなアイさんの態度にわたしたちはホッとさせられた。なにぶん、昨年はコロナの影響で豊年祭が中止(過去そんな例はなかった!)だったとノブから聞かされていた我々は、2年ぶりに開催される豊年祭の準備がはじまろうという大事な時期に、しかもこんなややこしい形で村に入り込んでくるなど、どれほど迷惑がられていてもおかしくないと思っていたからだ。ほら! とアイさんに手渡されたビニール袋の中には、我々人数分の夕食だろう包みが入っている。たった今、仕事から帰ってきたところだというアイさんは、台所に用意されている食材の説明などしてくれ、
 
「他になんか欲しいものある?」
 
「す、すいません、ビールをその…」
 
「あ! ごめん! わかった、ちょっと待って!」
 
と、出ていくと、数分も経たずにビニール袋いっぱいの缶ビールを持って来てくれた(いつもの台湾ビールに、おお…キリンビールまである…)。お礼と言いつつ、しかしなぜこんなに早いのかと不思議がっているとアイさんは外を指さして、
 
「隣わたしの家。見える? あの冷蔵庫、ビール売ってるよ。あれ、わたしの弟、お店やってる。いいよ、あなたたちビール買い行くダイジョウブ、あははははは。んじゃあね! 明日また来る。わたし、これから自分ちの夕ご飯準備する」
 
と出て行った。完璧だ…。もはやこの段階ですでに我々はなにか大いなるものに包まれているような安堵を感じ始めていた。

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それにしても1週間とは…長い。それも灼熱の台湾で一歩も外に出られない。私たちは予習、復習を兼ね、ネット上で辿りついた、映画『セデック・バレ』を全員で見たりして過ごしている。セデック…。そう、ここでヨグ・ワリスについて触れなければならない。私は当作戦開始当初からセデック族の歌手、ヨグ・ワリスが気になっていたことを再三に渡り触れてきた。しかし第一次先遣隊のおり、彼女に会いたいという我々の要望に対し、最後までノブからの返答はなかった。しかし、さすがはノブ。なにもしてなかったわけではなかった。第二次先遣隊のスケジュール調整をしている段階で、遂にヨグ・ワリスに会えます、という返事があった。ヨグ・ワリスは現在、台北を拠点に活動しているが、夏休みには自らの出身地である南投(ナントウ)へ帰り、地元の学生たちとともにワークショップ開くという。その模様に密着させてもらえることになった。筈だった…。しかし直前でキャンセルの知らせ。やはり手こずっているようだ。ノブに理由を訊ねるも明確な返答はなく、その後の準備のバタバタの中でうやむやとなり、本日に至る。ノブによれば、一度は本人が快く受けてくれた。そこまでは聞いていたのだが、どうやら横やりが入ったようだ。事務所、彼氏、等々よくある話なキーワードも漏れ聞こえてくる。
 
この1週間の隔離生活の間、我々はネットを駆使してヨグ・ワリスのその後を追っていたのだが、どうも最近のヨグ・ワリス(例の『殺猪日(豚を殺す日)』がネット上から削除されて以降)は硬派なイメージを脱ぎ捨て、セクシー衣装をまとい、明らかにアイドル路線を標榜しているように見える。そんな中、ヨグ・ワリスの事務所と彼氏が揉めているらしい、というのだ。なんとも歯切れの悪いノブの返答もふくめ、この宙ぶらりん状態のなか、私の中にはまたしてもベタなストーリーが出来上がりつつあった。台北のノブとオンラインで継いだミーティングで私は、単刀直入に訊いてみた。
 
「俺たちが日本人だからというのはありそう?」

「…実は…そう…たぶんある。ヨグさんじゃなくて、彼氏のほうに」
 
やはり、そうか。ここまでの状況とキーワードとを組み合わせ、私の脳裏に組み立てられつつあった業界よくあることですストーリーはこうだ。ヨグ・ワリスは彼氏と二人三脚、自らの出自を前面に押し出し、セデック族として生きる上での悲哀を楽曲やミュージックビデオに込めて歌手活動を進めてきた。近年の台湾ミュージックシーンに於けるパイワン族アバオさんの活躍(台湾のグラミー金曲賞受賞等)もあり、原住民ブームにのってヨグ・ワリスにも芸能事務所がついた。しかし事務所の方針は完全なるアイドル路線。そんなブームにのっかって日本から撮影クルーがやってきた。セデックとは因縁深い日本人が。彼氏は気に入らない。ヨグ・ワリスはその間に挟まれている…。
 
うーむ、このまま映画になってしまいそうだ。もちろん、いまだこれは私の想像に過ぎない。仮に本当だとして、それを本人出演でやろうとするから無理が出る。ふつうはストーリーだけ頂いて、俳優をあてがってやるものだ。それはさておき、少々出来過ぎの感は否めないが、潜入の導入部としてはこれ以上ないとも言える。しかしさすがにまだ決め打ちには時期尚早だろう。ここは一旦引いておくことが肝要だ。暫くはひとところ固執せず、フラットな心持で全体をみていよう。我々も伊達に歳を食ったわけじゃない。我々が望むものを作り出す為に力むのではなく、願いつつ身を任せ、その結果整った場で撮れるものを撮る。これでいいのだ。それでいいのだ~。これまでの作戦で得た経験値から、皆がそれをわかっていた。
 
隔離生活中のお楽しみは、我が隊の料理長でもあるMMMの作る料理だ。ビールには事欠かない。我々が気に入ったのは、台湾乾麺。台湾ではどこでも売っているお馴染み定番。たくさん入って保存も効くし、茹でるとツルツル滑らかでコシがあって旨い。これを多用したMMMの創作料理をどのくらい食べただろうか。それと近所(目の前の家)の犬、その名もハッピーがいつしか我々のアジトに通ってくるようになっていた。外に出られない我々にとって、ハッピーが来てくれることがひとつの楽しみになっていた。我々はハッピーを引き留めるために食べ物をたくさんあげることとなり、あまりに腹いっぱいになって帰っていくハッピーを怪訝に思うのか、飼い主がハッピーを呼び戻す声が聞こえるようになってきた。

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やることもないのでヤンGのマッサージをするカーツヤ 

そして遂に明日、隔離が解ける。ノブからも連絡があった。
 
「明日、通訳のアランがそっちに合流します。光復郷駅まで迎えに行ってください」
 
アランとは、来台まえのオンラインミーティングで数度顔を合わせている。ロートーンの持ち主で、それも手伝ってか非常に仕事ができそうな雰囲気を漂わせているが、果たしていかに。
 
 
オーヴァー。




『潜行一千里 ILHA FORMOSA』初公開!

The 29th Art Film Festival「特集 映像制作集団・空族の流儀」
[会期]2025年6月15日(日)
[会場]愛知芸術文化センター12 階 アートスペース A (定員:180 名)
[観覧料]無料
[主催]愛知県美術館
[お問い合わせ先]愛知県美術館 TEL 052-971-5511(代)

10:00-
相澤虎之助『花物語バビロン』
1997年/46分/8mm(デジタル・ヴィデオ上映)/カラー

10:50-
富田克也『チェンライの娘』
2012年/45分/デジタル・ヴィデオ カラー
©「同じ星の下、それぞれの夜」製作委員会
映画『チェンライの娘』は、オムニバス映画『同じ星の下、それぞれの夜』中の1篇(1エピソード)です。

13:30-
愛知芸術文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品第33作初公開
富田克也『潜行一千里 ILHA FORMOSA』
2025年/79分/デジタル・ヴィデオ/カラー
※上映終了後、空族の富田克也、相澤虎之助によるトークを行います。

https://www-art.aac.pref.aichi.jp/exhibition/AFF29.html