- インタビュー
- 2024年10月4日
『SUPER HAPPY FOREVER』五十嵐耕平監督×佐野弘樹×宮田佳典インタビュー
今年のヴェネチア国際映画祭でワールドプレミア上映され、現在全国公開中の五十嵐耕平監督最新作『SUPER HAPPY FOREVER』。主演俳優の佐野弘樹さんと宮田佳典さんが、五十嵐監督へ声をかけたことから始まったという本作の映画作りについて、樋口泰人が3人へインタビューをしています。
©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz
「始まり」と「終わり」の中間地帯で
聞き手・構成=樋口泰人
『SUPER HAPPY FOREVER』とご機嫌なタイトルがついたこの映画は、架空の海辺の観光地が舞台となる。関東に住む人間ならすぐにあのあたりとわかる場所なのだが映画の中では場所は特定されず、世界中のどこにでもありそうな海辺の風景とホテルとレストランとがつながれてどこにでもありそうでどこにもない場所を浮かび上がらせる。それは主人公たちの想い出の中にしかない風景と言ったらいいか。かつて似たような観光地を訪れた人々、いつかそこを訪れる人々の心の中にあるはずのかけがえのない場所とも言える。そこではいくつもの場所といくつもの時間が交錯し、だれもが道に迷い、忘れ物は誤配され、「始まり」と「終わり」が更新され続ける。繰り返される波の物語と言ってもいい。そこではそれを観るわれわれもまた迷子になり思わぬものを拾い何かをなくすだろう。そしていつかどこかであの波の音に再会することになるだろう。
そんな『SUPER HAPPY FOREVER』は、ふたりの俳優たちが監督に「一緒に映画を作りましょう」と声をかけたところから始まったのだという。いったいなぜふたりは無謀とも言えるそんな行動に出たのか? 時間と場所の迷路の中で迷子となりいつか来るはずのビッグウェーヴをひたすら待ち続けてもいるような、その予感と予兆の中で溺れかけてもいるような物語はいったいどうやって出来上がったのか?
――この映画が作られることになったきっかけは、佐野さんと宮田さんが五十嵐監督に声をかけたところから始まったと聞いたのですが、そのときおふたりには作りたい映画の具体的なアイデアはなかったと。
佐野 まったくなかったです(笑)
――自分が同じ立場にいたとしたら、自分の中で作りたい映画もなくて監督に声をかけるというのは、怖すぎてできないというか(笑)
佐野 若気の至りというか。
――その暴走感がすごいなと。
佐野 どうしようもないというか、仕事もなかったし、でも時間だけはとにかくある、という状況だったんです。待ってるだけじゃもったいないので、どうにかして映画を作りたいという思いだけが高まって監督に連絡をしたんです。ただ具体的なアイデアは何もなかったので、あわよくば五十嵐さんのアイデアに乗ってと(笑)。でも五十嵐さんも当時は特に温めていた企画がない、ということで。
――映画を作りたいというときに、俳優として自分の存在をアピールしたいというようなモチヴェーションは想像がついたりするんですが、そうではなくただひたすら映画を作りたいという思いはどんなところから湧いてきたんでしょうか?
宮田 そのころ出演作もなく、メインキャストで出演する機会もなかなかなかったので、それなら自分たちで作ったほうが早いんじゃないかというところがまずありました。
――それはパンクな(笑)、パンクの基にあるDIYの精神というか。実はboidもちょうど同じくらいの時期にレコードを作ろうとしていて、でも当時はプレス工場がまだレコードを作りたいという世界中の音楽関係者たちの要望に対応できるほど数がなくて、1年待ちとか言われていたんですよ。だからそれなら自分たちでプレス工場を作っちゃおうかと動いていたんです。だから、自分たちの出演できるような映画がないなら自分たちで作っちゃおうという気持ちはすごくよくわかるというか他人ごとではない(笑)。
そして五十嵐さんに声をかけたというのは、それまでの五十嵐作品を観て「この人なら」と思ったということですか?
宮田 そうですね。これまで観てきた映画を振り返って、「この人とやりたい」という監督をまずいろいろ挙げてみたんです。その中で五十嵐さんの作品が自分たちもめちゃくちゃ気に入っていて好きだということもあったんですが、でも五十嵐さんが撮ったわれわれの姿というのが想像できなくて、いったいどんな物語になるんだという。ほかの監督の方たちの場合は何となくこんなテイストになるのかなという想像がついたんですが、五十嵐さんの場合はわからない。それはすごく面白いんじゃないかと。そんなことを勝手に思っていたんです。
佐野 俺は普通に、五十嵐さんの映画に出たいなあと(爆笑)。
――五十嵐さんとしてはそんな連絡が来てどう思われましたか?
五十嵐 とにかく、よくわからないけれどなぜか僕にメールをくれて一緒に映画を撮りたいと書いてある。そんなことを言われる機会って、そんなにあるわけじゃない。例えば「自分を映画に出してください」というようなやり取りはよくあるとは思うんです。あるいはプロデューサーたちから声がかかるとか。そうじゃなく俳優の方から一緒に映画を作りたいから一度会ってくださいと言われるのは相当稀なことだし、それ自体が面白いなと。それで会いに行ったんです。
その時思ったのは僕も樋口さんと同じで、「自分たちでやろうと思うのね」と。それが好印象というか、偉いなというか、「いいじゃん」と。感銘を受けたというと大げさかもしれないけど、そうだよね、自分たちでやればいいんだよねと思って(笑)。で、じゃあ一緒にやろうかと。
――そうやって出会ってからこの映画が出来上がるまで何年もかかっているし大変だったと思うのですが、最初はどんな作業から始められたんでしょうか?
五十嵐 最初ふたりが声をかけてくれたわけだから、「(アイデアを)何かちょうだい」って言ったんですけどね(笑)。
佐野 こちらも五十嵐さんのアイデアに乗りたいなと思っていたから(笑)。でも五十嵐さんにもアイデアはなかった。それならわれわれからお願いした手前、脚本までお願いしますということはできないなということで、3人で話し合いを進めていったんです。それでまず僕たちが少しずつアイデアを出して脚本の形にしていき、それが進んだら3人で会って話しアイデアを出し合う、みたいなやり方で2年くらいやったのかな。
――物語の設定としては最初、どんなところから決まっていったんですか? 場所とか?
五十嵐 ふたりがメインであるという設定を考えてました。例えば兄弟なのかどうかとか。ふたりがどういう関係性なのかをまず考えて、そこからいろんな話のパターンが出てきたんですよね。異母兄弟とか異父兄弟とか、旅先で偶然出会ったふたりとか、いろんなパターンが出た中で、一番しっくりくるのは幼馴染か、みたいなところから。お互いに昔からよく知ってるしその中でのお互いの違いも見えてくるし、その関係性を活かせるのはこの設定なのかなという。それは佐野くんと宮田くんが書いてくれたプロットやシナリオの中にいろんなアイデアが出てきていて、それらを土台にして作り上げたという感じです。
ただ映画になった物語というのはそれらのプロットや脚本にあったものではなくて、それらに出てきた設定やアイデアを素材として取り出して、新たに出来上がった物語なんです。
――その作業自体が映画作りみたいなものですよね。いろんな断片があってそれらを繋いでいくという。そしてこの映画の舞台となる場所が決まってきたのはどのくらいの時期だったのでしょうか?
佐野 シナリオハンティングをしているころに、とりあえずみんなで五十嵐さんの地元に行こう、ということになって、焼津に行ったんです。そのあたりからまだ漠然となんですが、五十嵐さんの地元付近を舞台にするのがいいのかな、という感じになっていったんです。
五十嵐 その頃自分の友人が若くして亡くなったのが大きくて、凪と同じように寝たまま起きなかったんですが、彼がサーファーで海が好きだったんですよね。その頃”Beyond The Sea”を偶然居酒屋で聞いたりして、それでもうこれは海辺だということで、いい感じの、昭和な、レトロな感じのホテルを探したりとかしたんだよね。それで確か2022年かな、「水魚之交」という短編を撮った時にロケハンをしたのが伊東の辺りだったんですよね。その時は同時進行でこの映画のシナリオも進んでいたので、シナハンも兼ねていろんなところに行ったりしているうちに決まってきたという流れです。伊東、熱海、伊豆の周辺ですね。
©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz
廃墟とカップル
佐野 観光地、というのは決まっていたんですよ。「ヴァカンス映画」にしようという。
五十嵐 場所は決めてなかったんですが、海が近い観光地というイメージはあって、自分にとってはそれは伊東とか熱海のことだよなと。それでまずそこに行ったんですが、その時はもうコロナが広まっていたんですよね。でも行ってみると案外若い人たちもいっぱいいて。僕が大学のころとかは全然人がいなかったんです。閑散としていた。でも今の熱海は全然違っていた。たぶん、コロナなので観光と言っても遠出ができず近い場所にしか行けない、そうなると関東の人たちはあのあたりになるというようなことだったのではないかと思うんです。そんなことで人がいっぱいいて、しかも若い人が無茶苦茶いっぱいいたんです。でも、あのあたりって廃墟みたいな場所もあったりするので、その廃墟の前を若いカップルが歩いている現在というのに遭遇すると、「変な場所だなあ」ということを改めて思いましたね。時空が歪んでいるというか入り混じっているというか。これは面白いなと。
――佐野さん、宮田さんにとっての熱海の辺りはどんな場所というとらえ方だったんでしょう?
佐野 観光地、温泉地、という一般的なイメージしかもっていなかったんです。実際に僕らが行ったのはシナリオが出来上がってからのロケハンのときが初めてでした。その時は観光シーズンではなかったので確か閑散としていたんじゃなかったかと。でも海辺のレストランは超盛り上がっていたり、よくわからない状態だった気がします。それから近くには葉山みたいなちょっとセレブな別荘地もあって、なんか不思議な場所だなと思いました。
宮田 僕は思ったより人がいたな、という印象でした。
佐野 え?! いたか?(笑)
宮田 土日になるとぶわーっと増える感じ。1泊2泊で気軽にこれる場所、という感じ。
――昭和の時代にはやった観光地に今行くと、それだけで時空が歪むというか、かつて人がいっぱい来ていたころの香りみたいなのがどこかに残っていて、でも今は違うという現在がそこにあって、そしてそんな場所に若い人たちがやってき始めているという現在もある。いろんな時代が重なって見える。それがこの映画の物語とも重なっていて、見事なロケハンだなと思いました。
佐野 テンション上がりました。ホテルに入っただけで(笑)。
五十嵐 僕にとっては伊東とか熱海って、90年代直前くらいの僕がまだ小さなころに旅行に行ってすごくたくさんの人がいた、というイメージなんですよね。家族が大量にいる、みたいな。とにかく夏休みに遊ぶ場所、という感じだったんですが、でもバブル崩壊以降はすっかりさびれちゃって、そうするとやっぱりその頃に建てられた物とか場所は、そういう巨大な規模でお金かけて豪華に作ってあってそれが古くなってるから、「かつての繁栄」みたいな感じがものすごく漂っている。ほんとにそれこそ人の賑わっていた記憶みたいなものが染み付いていて。で、そこにまた人が戻ってきてたりして、すごい面白いなと思いました。ひとつの場所にこうやっていろんな時代と風景が積み重なっていく。
――この映画の中で大きな役割をしている「帽子」なんですが、あれって主人公が古着屋の前で見つけた帽子で売り物かどうかもわからない、もしかすると店の前に落ちてただけの誰かの忘れ物かもしれないその帽子で、それをその後妻になる女性にプレゼントして、そしたら今度は彼女がどこかに忘れてきてしまう。その帽子を、妻が死んでしまってから主人公は探しに行くわけですが、そのエピソードの中にも、帽子がたどった時間が積み重ねられている。あの帽子が古着屋のところにたどり着くまでの時間、それを拾った主人公たちの当時の時間、その後結婚してからの時間、それから帽子を見つけて持っているベトナム人・アンのその後の時間。その帽子の物語とこの映画の物語、あの場所の物語が重なり合ってさらに大きな物語を作り上げていく。そのアイデアはいつごろ出てきたものですか?
佐野 まだ「凪」(主人公の死んでしまった妻)が物語の中に登場しない、現在の形のように1部と2部に構成が分かれる前の段階では帽子は出てこなかったですよね? その前は何だったんでしたっけ? たしかもっとスタイリッシュなミュージシャンの話があって、その後はホテルのベトナム人労働者の「アン」のパートが描かれていたときもあって。
五十嵐 で、「凪」という登場人物が出現した瞬間に、彼女はモノをよくなくす人、ということはほとんど決まっていたんですよね。それでなんか土地のとか時代のこととかいろんなこと考えてくと、これは波なんだなと思って全部が。終わってまた現れる、消滅して復活する。古着ってリサイクルだし、終わったもの、終わりそうなものが帰ってくる。そうやって変化しながら未来に向けて持続していく。何かそういうものを物語の全体にわたってやり出したのも凪の登場以降かなと思います。
©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz
赤い帽子の役割
――「凪」という登場人物はシナリオ作業のだいぶ後になってから出てきた人なんですね!
五十嵐 そうなんです。結構後になって、僕らの共通認識の中でこういう人がいるんだ、ということになって、その人は物をよくなくす人であると。で、彼女がなくした物が映画の中ではすごく意味を持つことになると考えたときに、だったら逆にそのもの自体はとにかく意味のないものがいいと思ったんですよ。どうでもよさが大事というか。基本的に身に着けているものですぐに手放せるもの。それで前作の『泳ぎすぎた夜』のヴェネチア映画祭上映の後に船上でパーティーをしていて大木真琴プロデューサーが携帯を海に落としたのを思い出しました。多分僕たちが死んでもあの携帯の残骸は誰にも知られることなくアドリア海の海底に沈んでいるんだと思うとそれってなんかいいなと思ったんですよね。明るい気持ちになるというか。嬉しい。あの時の楽しい記憶がいつまでも残っているようで。なんでもないただのiPhoneだけど、そういう取るに足らないものこそ、失うからこそ、強烈な思い出になるみたいなのがあるなと。
――で、その帽子を凪さんがなくしてからもう何年も経ってるわけですよね。その帽子を探しに行こうと思うこと自体は普通ではない。でもその設定で行こうということについて、何か決定的な理由みたいなものはあったんでしょうか?
五十嵐 これは物語全体の構成にかかわる気がするんですけど、帽子をなくしてから5年が経ったというその5年間を考えたときに、自分の中ではそこに何か違いがあったかな、何か変わったことがあったかなという感じがするんです。でも実際は、たぶん信じられないくらいすべてが変わってしまっていて、コロナの時期もあったし、あらゆるものがなくなり失われ姿を変えたと思ってるんですけど、ただ、「この5年間で何かが変わりましたか?」と聞かれると「そんなに変わったかな」と答えちゃうような感覚、というのがこの物語の中の5年間の感触ということになります。その中で、5年という時を経ているにもかかわらず主人公の「佐野」が赤い帽子に執着するという行為が、僕にとってはリアリティあるなと思ったんですね。彼にとってはそのことは時間の問題じゃないんだって。何か5年という時間の間がぐんと縮まっちゃってるんだなと。昨日のことのように思いながら熱海に行っちゃう感じ。それは異常だし「やるか?」と言われたら自分ならやらないことなんだけど、それが佐野のリアリティなんだと。
――それは演じる方としてはどんな思いだったんですか?
佐野 赤い帽子を探しに来てはいるけれども、見つかってしまったらその時には何かを完結させなければいけないんだという佐野としての思いもありますよね。見つけたいんだけども見つけたくないという気持ちもあってとても複雑な感情でした。あったらいいなあ、でもあったら終わっちゃうしなあという、何かの中間をずっとさまよっていた感じですね。
――5年前の忘れ物を探しに行くという行為自体に関しては何か抵抗のようなものは感じませんでしたか?
佐野 その行為自体に関しては特に抵抗を感じるようなことはないんですが、なんて言ったらいいんだろう。5年前の出来事であるにもかかわらず佐野の中ではまだ近々に起こった出来事で、多分それを受け入れることができないような状況だったんだろうと。でも現実の時間は経っていて、凪がいようがいまいが、ほかの人から見たらそれぞれの日常があって5年という時間が過ぎたわけじゃないですか、そのギャップを自分の中ではどうすることもできない感じ。だから動いていなきゃいけない、そのための理由としてあの赤い帽子を探しに行くということが出てきたはずなんです。それは今の自分にとってはめちゃくちゃ必要なことだったはずなんです。でも探し終えたくないという気持ちも持っていて、そんな矛盾した感情をずっと抱えている。
――そんな佐野と帽子との関係が、映画の中の佐野と宮田の関係にも似ているというか。一緒にいたかと思うとどこかでずれて離れ離れになって、それでもお互い相手のことも思いつつ新たな時間を過ごしていくという。そんな風にも思いながら、映画を観ていたんですよね。
五十嵐 宮田くん的には赤い帽子に対してどんな気持ちだったの?
宮田 どうでもいいというか(爆笑)。いや、帽子はどうでもいいからとにかく佐野の精神面が心配なので、とにかく佐野を救ってあげたいという感じでした。「お前が見ているのは物質の世界だ」みたいなセリフがあるじゃないですか。「帽子」という物質にこだわるのはよくないという。
佐野 でも俺からしたら宮田がしているあの指輪。宮田が通っているセミナーの証でもあるあの指輪だって物質世界の象徴みたいなもので。何を言ってるんだこいつはと(笑)。
宮田 それはまた別なんだよ。おかしな話だけど。
――そういうことって、おふたりがシナリオを読んだ段階で話したりしたんですか?
佐野 いや、シナリオを読んでふたりで何か話したりとかはしなかったですね。
――シナリオを書いている段階ではどんな手順でやり取りがされていたんですか?
佐野 途中のシナリオを送ってもらって、その感想やら意見やらを伝えて、というやり取りをしながら進んでいったという感じでした。
五十嵐 時期によってやり方関わり方が少し違うというか、最初は佐野くんと宮田くんが書いたものを僕が読んで意見を言ったり質問したりして進んでいったんですが、僕が書く段階になったら、ふたりから「こういうことがあるんですけど」みたいなアイデアが出てきたりとかいろんな感想をもらったりして、それを僕がまとめていったという流れかな。
©2024 NOBO/MLD Films/Incline/High Endz
待ってる時間
佐野 僕質問していいですか? 五十嵐さんに。
五十嵐 はい。
佐野 最初2年くらい僕らがまずシナリオを書いていて、その後五十嵐さんが、じゃあ僕書きますと言ってくれたじゃないですが。あの時の五十嵐さんの気持ちの変動というか、なぜそういう風に言ってくれたのかなって。
五十嵐 お金の問題かな(爆笑)。2年くらいやった時に、プロデューサーの大木さんから、誰か脚本を書く人を入れたほうがいいんじゃないかという話が出たんですよ。例えばもうひとりのプロデューサーの江本優作くんに入ってもらった方がいいんじゃないかと。自分も入ると。そうすると実働が発生するじゃないですか。僕らだけでやってる話じゃなくなるから、それはもう、自分で書かないとやばいと(笑)。とにかく自分が書いて現実的に進めるしかないという段階になったのがその時点だったんですよ。
佐野 いやあ、そういうことだったんですね。腑に落ちました。
五十嵐 僕が自発的に、気持ちが変わったとかじゃなくて、もっと現実的な要因によっての変化だったんです。
宮田 五十嵐さん、やりたいことが明確に見つかったのかなと思ってました。
――凪が登場したのもそのころですか?
五十嵐 もうちょっと後ですね。僕が脚本を書き始めて1年くらいしてからかな。
――凪が登場せざるを得なくなった理由みたいなことはあったんですか?
五十嵐 それまでも映画の中にはいなかったんですが、凪みたいな人は背後にはいたんですよ。彼らの背景の登場人物として。ストーリーの中には存在してるけど、実際に登場はしない。その時点ではまだ、映画の構成自体がもうちょっと複雑だったんですよね、時間の流れとか。それが僕が「2部」と呼んでいるこの映画の後半ですね、2部は凪をメインにする、亡くなった人をメインにするということを決めた段階で凪の存在がこの映画の中にガっと出てきたんです。
――時間軸がそこでぐるっと捻じれてくるというか、観ている方としては物語が単に過去に戻ったんじゃなくて、なんだか幽霊の話みたいに見えてくる感じと言ったらいいか。そう思っていたらあのコンビニ前のカップラーメンを食べるシーンになって、一気にその時間のねじれが目の前に広がったというか。本当に好きなシーンなんですが、英訳すればまさに「SUPER HAPPY FOREVER」と叫ぶセリフもあったりして、この映画の核になっているんじゃないかと思いました。あのカップ麺が出来上がる時間って、リアルタイムですよね? あるいは限りなくそれに近いか。そしてそれを食べている時間も含めて、普通の映画ならそこまで時間をかける必要はないということでカットされてしまうような時間だったりするじゃないですか。でもそれをカットすることなく最後まで写し出している。その時間のかけ方がさっきの幽霊の話とも結びついて、ものすごくかけがえのない時間を観たのだと感じたんです。あれはもともとそのリアルタイムの時間を写そうと決めていたんでしょうか?
五十嵐 そうですね。待っているのが大事、というか、ふたりが一緒に食べることも大事なんですが、カップ麺というのは麺が出来上がるまで3分なり5分なりを待つ必要があるじゃないですか。その時間をふたりで待つってことを共有する。そのこと自体がすごく美しいというか、例えば恋愛をしているときならふたりの間でかなりヴィヴィットに記憶されるような時間なんじゃないかと思ったんです。3分間という時間をふたりで共にしているんだという感覚、それがあのときのふたりにとってすごく重要かなと。
佐野 あの3分、実際はちょっとカットしてるんですよね?
五十嵐 実際はね。でもほぼそのまま。
佐野 演じていると結構長く感じました。
――あのときのふたりの会話というのはあらかじめシナリオに書き込まれていたものですか? 観ていると本当にふたりがその時間を生きているというか、その場で3分間を過ごしているときに出てきた会話のようにも見えたんです。
佐野 ほぼシナリオ通りです。ただ相槌とかちょっとしたやりとは、その場のふたりの感覚でやったんですけど。別に何かを足そうという感じではなかったです。その最後に「カップラーメンでこんなに幸せになれるんだったら、永遠にめちゃくちゃ幸せでいられる」ってセリフがあるんですけど、本当にシナリオに描かれたとおりの会話だったんです。とにかく楽しかったですね。あのシーンは、ずっとドキドキしてました。あのシーンと、その後ホテルの部屋の前で、戻りたくないって感じになるところ。
――今五十嵐さんが「待ってる時間」と言われたんですけど、そういったこれから何が起きるかわからない、ギリギリのところでぐずぐずしている時間、何をするわけでもなくでも何かが起きるかもしれない時間の中にいるざわめきみたいなのがすごく伝わってきました。演じる上ではそれをどう見せるかということについて何か考えたりしたんでしょうか?
佐野 この映画の場合、五十嵐さんの演出ということにもなるかもしれないですが、無理に何かをしなくてもいい、という世界だったので、特別何かをしようとか思っていなかったんですよ。でも撮影していく間に積み重なってきた関係の中で、凪と一緒にいたいなという気持ちが勝手に湧き上がってくる。だから特に何も意識することはなく、この時間がずーっと続けばいいなあって思いながらやっていたという感じです。本当に本当にそういう風に思いながらやっていた。
――そう思えたというのはいったいどういうことなんですかね?
佐野 とても可愛らしかったから(笑)。あの空間の中で、隣にいてチラチラとこちらを見てくる。こちらも見返すとそれにも反応する。そんな視線のやり取りの中で「ああ、帰りたくねえなあ」みたいな感じになってくるんですよ。たぶんそれは山本奈衣瑠ちゃんがとても意欲的だったこともあるし、現場のみんながその環境を整えてくれた、その成果なんだと思います。自然とそんな感じになりました。
――あのシーンで印象的だったのはそういった現場の雰囲気もそうですが、環境音もすごくよくて、通り過ぎる車の音やそのさらに遠くで波の音も聞こえてくるような感じ。繰り返されるその音を一体どれだけの人たちがこれまで聞いてきて、これからも聞くことになるのだろうと、思ったのですが、フランスで音の仕上げや画面の仕上げなどをやったんですよね?
五十嵐 これもお金の問題で特別な理由はないんです(笑)。製作の時点で予算をつけるために、海外との共同製作でという話になって、そうすると共同製作のための助成金が出たりするんですよ。その助成金に幸い通ったんですが、通ると今度は共同製作する国にある程度お金を落とさなくてはならない。それで現場は日本なので仕上げはフランスで、ということになったんです。前の映画もフランスで仕上げをやったのでやり方とかもわかっていて信頼もできる。だから一緒に仕事をしたいなというのもありました。あとは生活圏の違う、文化ベースの違う人たちがこの映画をどう思うか、どう感じるかという他者の視線を反映できるというか、そういう部分では違う国の人がスタッフに入るというのは、この映画の抜け感や広がりの面ですごくいいことだと思うんです。
――それは一方でこの映画の舞台を架空の観光地にしたということともかかわっていて、いろんな時間が入るのと同時にいろんな空間が入り込んでくる。だからコンビニの前のシーンの車の音やその背後に小さく波の音が入っている。ああいう音の入れ方って、ひとつの視点ではなくそこに他者がいるから出てくるものではないかと思ったんです。そういった仕上げを見てどんなことを思いましたか?
佐野 そうですね。撮影のときはあんなに暑かったのに、なんでこんな涼しい感じになってるんだと(笑)。爽やかでしたね。
宮田 さっき五十嵐さんと話した時に感想を求められたんですが、感想がうまく出てこないんです。自分が感想を言うのではなく、この映画を観た人に感想を求める立場になっていたということを感じました。それくらいこの映画に関わっているんだなと。
佐野 何回も観返したくなるような、すごく好きな作品です。
五十嵐耕平(いがらし・こうへい)
1983年、静岡県生まれ。東京造形大学在学中に制作した初長編映画『夜来風雨の声』(08)が、シネマ・デジタル・ソウル2008にて韓国批評家賞を受賞。その後、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻の修了作品『息を殺して』(14)が第67回ロカルノ国際映画祭新鋭監督コンペティション部門に正式出品され、高い評価を得る。日仏合作でダミアン・マニヴェルとの共同監督作『泳ぎすぎた夜』(17)は第74回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門、第65回サン・セバスチャン国際映画祭など国内外の映画祭に正式出品され、日本やフランスをはじめ各国で上映された。『SUPER HAPPY FOREVER』の基となった短編映画『水魚之交』は2023年、第71回サン・セバスチャン国際映画祭でプレミア上映されている。
佐野弘樹(さの・ひろき)
1993年12月8日生まれ、山梨県出身。ドラマではNETFLIX「FOLLOWERS」(20)やNHK連続テレビ小説「舞い上がれ!」(22)へレギュラー出演。映画の主な出演作に、主演を務めた櫛田有耶監督『焼け石と雨粒』(22)のほか、石井裕也監督『町田くんの世界』(19)、タナダユキ監督『浜の朝日の嘘つきどもと』(21)、鎌田義孝監督『TOCKA[タスカー]』(22)、石井裕也監督『愛にイナズマ』(23)、『本心』(24)など多数。
宮田佳典(みやた・よしのり)
1986年9月22日生まれ、大阪府出身。2017年、劇団柿喰う客に入団。舞台へ出演する傍ら、岸善幸監督『あゝ、荒野 後編』をはじめとした映画や、ドラマ「宮本から君へ」(18)、NHK連続ドラマ小説「まんぷく」(18)などへと活動の幅を拡げていく。近年の出演作に、主演を務めた藤本楓監督『サボテンと海底』(22)や、WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICESeason2」(23)、濱口竜介監督『悪は存在しない』(23)ほか。
『SUPER HAPPY FOREVER』
2024年/日本=フランス/94分/DCP/カラー/1.85:1/5.1ch
出演:佐野弘樹、宮田佳典、山本奈衣瑠、ホアン・ヌ・クイン
五十嵐耕平(いがらし・こうへい)
1983年、静岡県生まれ。東京造形大学在学中に制作した初長編映画『夜来風雨の声』(08)が、シネマ・デジタル・ソウル2008にて韓国批評家賞を受賞。その後、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻の修了作品『息を殺して』(14)が第67回ロカルノ国際映画祭新鋭監督コンペティション部門に正式出品され、高い評価を得る。日仏合作でダミアン・マニヴェルとの共同監督作『泳ぎすぎた夜』(17)は第74回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門、第65回サン・セバスチャン国際映画祭など国内外の映画祭に正式出品され、日本やフランスをはじめ各国で上映された。『SUPER HAPPY FOREVER』の基となった短編映画『水魚之交』は2023年、第71回サン・セバスチャン国際映画祭でプレミア上映されている。
佐野弘樹(さの・ひろき)
1993年12月8日生まれ、山梨県出身。ドラマではNETFLIX「FOLLOWERS」(20)やNHK連続テレビ小説「舞い上がれ!」(22)へレギュラー出演。映画の主な出演作に、主演を務めた櫛田有耶監督『焼け石と雨粒』(22)のほか、石井裕也監督『町田くんの世界』(19)、タナダユキ監督『浜の朝日の嘘つきどもと』(21)、鎌田義孝監督『TOCKA[タスカー]』(22)、石井裕也監督『愛にイナズマ』(23)、『本心』(24)など多数。
宮田佳典(みやた・よしのり)
1986年9月22日生まれ、大阪府出身。2017年、劇団柿喰う客に入団。舞台へ出演する傍ら、岸善幸監督『あゝ、荒野 後編』をはじめとした映画や、ドラマ「宮本から君へ」(18)、NHK連続ドラマ小説「まんぷく」(18)などへと活動の幅を拡げていく。近年の出演作に、主演を務めた藤本楓監督『サボテンと海底』(22)や、WOWOWオリジナルドラマ「TOKYO VICESeason2」(23)、濱口竜介監督『悪は存在しない』(23)ほか。
『SUPER HAPPY FOREVER』
2024年/日本=フランス/94分/DCP/カラー/1.85:1/5.1ch
出演:佐野弘樹、宮田佳典、山本奈衣瑠、ホアン・ヌ・クイン
監督:五十嵐耕平 脚本:五十嵐耕平 、久保寺晃一
製作:NOBO、MLD Films、Incline LLP、High Endz 配給:コピアポア・フィルム
樋口泰人
映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。