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  • 2016年3月19日

未来世紀、ホボブラジル 第1回

現在ブラジルに滞在中のドキュメンタリー映画監督、松林要樹さんによる新連載「未来世紀、ホボブラジル」がスタート! 世界最大の日系人居住地でもあるブラジルで松林監督が日々生活するなかで目に留まったものや、気になること、出会った人々のことなどをレポートしてくれます。記念すべき連載第1回の話題は、サンパウロにある日本食ファーストフード店で提供されるラーメンについて。サンパウロの人たちはどのようにラーメンを食べるのか、そしてそのお味は――?
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文・写真=松林要樹


今から約2年前、2014年3月末日に10年ほど住んだ東京の世田谷の三畳一間のアパートがたて壊された。東京オリンピックが開催されることが決まって、約半年がたった頃だった。国家イベントとしてのオリンピック成功のため、貧乏人を犠牲にする政策がやってきそうだったので、いそいそと住所を海外へ転居届を出した。
その後、海外と日本を行き来する生活が2年ほど続いている。だいたい3カ月ペースで拠点を移動している。ほとんどの町は、それまで訪れていたことがある。

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2年前に、アパートを出る日、空族の相澤虎之助さんがうちにやってきてくれた。そのままブラジルに飛び立った。飛び出したきっかけも、運よく、映画祭から航空券と旅費が出たからだ。まずサンパウロに拠点を置いて、南米の南を巡った。たまたま訪ねたウルグアイのモンテビデオではドキュメンタリー映画祭が開催されていて、受付できょろきょろとしているうちに、スペイン語も全くわかないまま、知らない間にワークショップにも参加してしまい、映画関係の仲間を作った。そこで出会ったブラジル出身の映画製作者らの協力のもと、文化庁の新進芸術家海外研修制度で現在サンパウロを拠点に取材を続けている。ここブラジルには世界最大の日系社会がある。今回はブラジル日系社会で見ることを中心に触れたい。

「ズーッ」と音をたてて麺類をすする音は東アジアの国々を除いて、ほぼご法度になっている。この音が鼻水をすする音も想起させるのか、日本でも嫌がる人たちがいる。その音が嫌だということだ。
日本にいるときは全く気にしなかったが、ここではマナーだそうだ。いま私はブラジルにいる。ここがポルトガルの植民地から始まったためか、基本的に食事のスタイルは西洋。外食では箸は使わず、ナイフとフォークを使う。私は麺類が大好きなのだが、ブラジルでおそらく最も人気のある麺類は焼きそば。汁がない麺類。ブラジルではラーメンのようなスープ麺類は手軽なファーストフードではなく東洋系の料理屋に入らない限りほぼ見かけない。
日本料理店にあるラーメンは高い。日本円のレートと店によってはラーメン一杯が2500円くらいするところもある。物価が高いためなかなか食う機会がない。
いま私が住んでいるのはサンパウロのアジア人街リベルダーヂ。近所に日本から進出してきた牛丼を主とする某ファーストフードチェーン店がオープンした。

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安くラーメンを出していると知って近所に住む友人の日系三世マルシオを誘って食いに行った。日本で出稼ぎをして金を稼いでから、ブラジルで大学生をやっている。苦学生だ。2カ月以上、まだ麺類はほとんど食べていなかった。
席に座ると、日本と似た制服を着た人がオーダーをとりに来る。普通のラーメンを注文。値段は今のレートで約500円。日本食が高く、物価の高いサンパウロでは、かなり安いほう。ここではフォークとナイフか箸を選べるようになってる。
意外と早く、10分くらいしてやってきた。マルシオは「ここでは音を立てないで」という。私もよくゆでられた柔らかめの麺を噛んで食べる。失礼を承知だが、お世辞にもうまいとは言えない。よく見るとマルシオの箸の使い方は私よりもきれいだ。
うちらのテーブルの様子を見る人がいた。明らかにのびきった麺をフォークとナイフで食べる20代前半のきれいなブラジルの白人女性だった。
べらべらと友達としゃべりながら30分近く食べている。食い方がわからないのか、女性は麺をナイフで切り、それをフォークですくってたべる。まさに「格闘」していた。牛丼ならば可能だろうが、麺類は箸で食わないと、逆に食べずらいように見えた。

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サンパウロはブラジル全体の日系人の約七割、100万人程度が暮らしている町だ。地下鉄に乗ると、時々、戦後移民と思われる高齢者が、現地日本語の新聞を見ている姿を見かける。
この街だからこそ、日本のチェーン店が進出して、商売ができるのだろう。ここには日本食の食材も多く、日本酒、味噌、醤油など現地で作られているものも多い。だがスープに不可欠な昆布やカツオ節など乾物は日本をはじめ東アジアから輸入しているものが多く、ブラジルで作られているものは干しシイタケを除き見かけない。
戦後、日本から移民が出たときラーメンはありふれていなかった。1990年以降出稼ぎで日本に行った世代が、このラーメンを欲しているのかもしれない。

そう思って会計のためにレジに並んでいると、カウンター席でAKIRAのTシャツを着て漢字で肩に「家族」と刺青を入れた白人男性が、「ズーッ」とおもいっきり麺をすすって食っていた。人種をはじめ文化の多様性を持ったサンパウロの街はどこか近未来のメトロポリタンにやってきたような気分にさせられる。ああ、そうかここ未来世紀ブラジルかとひとりごちた。

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