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  • 2019年8月31日

映画は心意気だと思うんです。 第12回

ホラー映画をこよなく愛する冨田翔子さんが“わが心意気映画”を紹介してくれる連載の第12回です。今回のテーマは「うなぎ」。名店にうな重を食べに行った話から、うなぎが登場するホラー映画にまつわる思い出が展開されていきます。

うなぎが食べたい!



文=冨田翔子


夏は嫌いだ。外に出れば暑さに秒速で体力が奪われ、室内に入ればエアコンの冷気との寒暖差にやられてぐったり。さらに、今年は梅雨の体調不良から立ち直れないまま夏の暑さに突入し、とかく体調が優れない。そんなわけで、なにか滋養になるものを食べたいところ。夏といえばそう、うなぎである!
 
うなぎといってもスーパーで買うのではなく、お店でちょっと高級なうなぎが食べてみたい。“たまにはいいよね”、というあれである。しかし、一人で高級うなぎ屋に入る勇気はないし、値段の高い食事に友達を誘うのも気が引ける。そうだ、ここは同居人にお付き合いしてもらおう。だがいざ提案し、同居人から返ってきた言葉は、「えー? お店のうなぎって高いじゃん」。そう、同居人は食に明るくないのだ! 特に、高いお金を出して美味しいものを食べるという行為に全く興味が無い。安くて、量の多いところを良しとする価値観なのだ。「たまにはいいじゃんか!」とやいのやいの言っていたら、「あ、いい店知ってるよ。行ってみたいと思ってたんだ」、とお店のページを見せてきた。それは、フランチャイズチェーン的なうなぎ屋さんであった。写真は美味しそうではある。しかし、今回はそういうことではないのだ!
 
どうしたものか、と思っていたら樋口さんからメールが来た。そこには、都内某名店のうな重の写真が…。今まさに食べているらしい。エスパーなのだろうか…? しかし美味しそうである。お店の名前を教えてもらい、同居人には内緒でその店に行くことにした。さあ、少し奮発して美味しいものを食べるという喜びを思い知るがいい!
 
当日。案の定、数千円とかするメニューを前に同居人は「ひょー」とか言っていたが、いざ運ばれてきたうな重を一口食べると、「めちゃめちゃ美味しい」といたく感動した様子。そうだろう? 美味いだろう? 人に教えてもらった店にも関わらず、鼻高々な私。
 
すると、うれしそうに食べている同居人が、こんなことを言い始めた。
 
「昔、近所の川でうなぎ捕まえてさ」
 
(え?)
 
「そしたら隣に住んでるおじさんが捌いて蒲焼きにしてくれて、すっごい美味しかったんだよね。今思うと、近くにすぐ捌いてくれる人がいるなんて、すごいよね」。屈託のない笑顔でそう話しながら、目の前のうな重を美味しそうに食べ進める同居人。なぜ、そんなすごいエピソードを、今まで黙っていたのだろうか…? お金を払って高級なうなぎを食べるより、圧倒的な重みのある思い出じゃないか。一生忘れない類のやつではないか。
 
つまり同居人は、食事に高い金を払うのが嫌だったのではなかった。そうしなくても、美味しいものを食べられる環境で育ったのだ。私といえば、二十歳を超えるまで、スーパーのうなぎしか食べたことがなかった。いいうなぎ屋に連れてきてやるのだ、という私の優越感とは何だったのだ! 食べ終わると、「これまでで一番美味しいうなぎだった!」と満足そうに語る同居人。いやいや、最高なのは川で捕まえたうなぎであろう。そのすばらしい経験込みのうなぎを上回るものなど、この世には無い。美味しいうなぎは、所詮美味しいうなぎでしかないのだから…。
 
そんなことが、初夏にあった。なぜ長々とうなぎの話をしたのかというと、私はうなぎが出てくるホラー映画に忘れられない思い出があるのだ。ここからはそれを紹介しようと思う。
 
子どもの頃から、「ホラーなんて頭がおかしくなるからやめろ!」と母親から言われて育ったせいで、ホラー映画を楽しむことに劣等感を抱えていた。大学生になると、知的ぶりたいお年頃にとってホラーは高尚なものではないどころか、なんだかバカにされているように感じていた。そしてホラー映画=血みどろのイメージが強いせいか、ヤバいやつと思われがちだ(これは今もだけど)。つまりずっと「ホラーが好き」ということは、私にとって恥ずかしいことだったのだ。しかし大学を卒業し、何の人生の目的もなく、これからどうしようかなと思い始めたころ、「ずっと追い続けられるもの」ってなんだろう、と思うようになった。そこで思いつくのは、やはりホラー映画だった。ほかのどんなジャンルの映画よりも、ホラー映画を観たときだけは、「この話はこうじゃないか! きっと主人公はこうなんだ!」とか、いちいち大げさに考えては一喜一憂できていた。それでも素直になれない私は、「好きだと言いたい、でも恥ずかしい」という、バカみたいな堂々巡りを繰り返していたのだった。
 
そんなある日、今はなくなってしまったホラー映画の聖地・シアターN渋谷へと赴いた。なんの映画を観たのかは覚えていないのだが、始まる1時間前くらいに着いてしまい、ロビーで暇つぶしをすることになった。そこに置いてあった1冊の本。タイトルは『人喰い映画祭』。著者である、とみさわ昭仁さんが、生物が人間を食べる映画ばかりを「動物編」「爬虫類編」といった具合にジャンル別にして紹介した本である。『ジョーズ』みたいな有名作品もあるが、ほとんどがB級、C級、Z級の知らない作品ばかり。その中でやっと1本、観たことのある作品を見つけた。そのタイトルは『リヴァイアサン』(2006、パトリシア・ハリントン監督)。ウナギが巨大化するというパニック映画である。いかにも低予算で、雑なCGウナギの怪物が人を襲う映画だった。正直言うと、当時の私の感想は、安っぽくて“ヒドい”映画。果たしてとみさわさんはこれについてなんと書くのだろう。すると、短くあらすじが紹介された後、こう書いてあった。「おれ、集めてる人喰い映画のDVDは全部あいうえお順にしてるんだけど、もし生物の種類で分類して並び替えたら、わざわざ『ウナギ』っていう項目を作んなきゃならないんだよね。やんないけど」。
『リヴァイアサン』


衝撃だった。それは、何百本という人喰い映画を観なければ出てこない感想だ。それはまさに“人喰い映画”への愛に他ならない。私はその独特の批評に爆笑しつつも、なぜか泣きそうだった。とみさわさんの、その心意気に感動していた。そうか、そうだったのか。ホラーだろうがなんだろうが、もし本当に好きなら、たとえそれがなんであろうと、相手に伝えることができるはずだ。迷っている暇などない、やるのだ!
 
こうしてこのあと1年に公開されるホラー映画を全部劇場で観て、それをイベントで発表するという無茶な計画を立て、体力のキャパオーバーを繰り返しては仕事が立ち行かなくなり、仕事を転々とするという無理ゲー人生が幕を開けるのだった。
 
うなぎ映画『リヴァイアサン』だが、うなぎの概念を超えて森の中を駆けずり回ったり、木の上から襲ってくるという攻めの姿勢にハラハラする作品ではあるが、そもそもうなぎを扱ったジャンル映画は非常に数が少ないため、大変貴重である。そして日本ではビデオスルーだったゴア・ヴァービンスキー監督の『キュア ~禁断の隔離病棟~』(2017)は、製作費40億円かけてうなぎホラーを作るという奇特な企画であった。147分の大作で、やたらと完成度の高い画で進むミステリアスな前半から、後半ではトンデモ展開が待っている。セレブな老人たちが集う療養所で、うなぎが何に使われているのか、興味があったらぜひ観てほしい。
 
そんなこんなで、夏も終わりに差し掛かっている。いつの間にか昼間に鳴いていたセミから、夜のコオロギへと季節が変わりつつある。うなぎ、美味しかったなあ。秋は秋刀魚を食べて頑張りたい。


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『キュア~禁断の隔離病棟~』  


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