boid マガジン

  • 会員登録
  • ログイン
  • その他
  • 2019年8月26日

ミッシング・イン・ツーリズム 第4回

現在、監督最新作『TOURISM』が全国公開中の宮崎大祐さんによる連載「ミッシング・イン・ツーリズム」第4回は、前2回(第2回第3回参照)に引き続き、2018年末にタイのバンコクを訪れたときのお話です。ノープランで迎えたバンコクでのクリスマスを宮崎さんはどのように過ごしたのでしょうか。
image1.jpeg 87.83 KB



文・写真=宮崎大祐


【12月25日】

今日はクリスマスだというのになんの予定もない。そしてクリスマスであろうがなかろうがわたしの低血糖低血圧は変わらない。そこで、襟がびよびよに伸びた元NIKEの寝巻用Tシャツをしまむらで五年前に買った1980円のカーゴ・ショートパンツに押し込んで、部屋に備え付けてあったカーキ色のサンダルをつっかけて、ホテルのレストランに向かった。
クリスマスだからか、午後二時という昼食をとるには少しおそい時間だからか、店内にほとんど客はいなかった。適当に席を選び、一度も食べたことがない「クラブサンド」なるものを注文してみた。テーブルの上に綺麗にたたまれ置いてあった真っ白なナフキンを膝の上に広げると短パンの裾と腿の境目が意識されて、ああやはりここは短パンで来るような場所でないのだなと強く感じられた。そういえば、部屋にスマホを置いてきた。スマホを置いてきたこともスマホがないこともわたしにとってはどうでもいいことではあるのだが、わたしも現代人の一員だ。こうして食事を待っているときなどは手持ち無沙汰になるし、一体どこを向いてなにをしていいのかいささか不安にすらなる。では、空いた時間と脳のスペースを埋めるのになにかしようか。てはじめに、「クラブサンド」の「クラブ」ってなんなんだろうか。そもそも「サンド」ってなんだろう。「サンド、ウィッチ」なのか「サンドイッチ」なのかハッキリして欲しい。ググればすぐに解決する疑問も、今はあいにくの状況だ。さっき注文を聞きに来てくれたふくよかで若干ヒスパニックっぽく見えなくもない女性店員は注文を伝えにキッチンに入ったまま出てこないし、そんなことを聞くためにわざわざ呼び出すのも気が引ける。だったら自分で考えるしかない。では、深入りすると際限なさそうな「サンド」史の前に、肩慣らし程度に「クラブ」史について考えてみよう。
 
仮説1.
クラブというとやはり「CLUB」であって、ロンドン郊外かどこかその辺にあるポロクラブあるいは乗馬クラブなど、一言でいうと貴族っぽい、「馬系」クラブなどハイソで小洒落た場所で開発されたメニューである説。
 
仮説2.
いやいや、イギリスの貴族はサンドウィッチなんて食べるわけがない。食べるとしても長嶋茂雄よろしく、パンは捨てて具の部分だけ食べるはずだ。こういう挟んだり焼き目を入れたりしつつ、お下品な労働者階級用のフライド・ポテトまで添えているのに「クラブ」なんてイギリスっぽい名前をつけて高級ぶる、イギリスコンプレックスが強い国はどこだろう? ずばりアメリカしかない→アメリカ由来説。恐らくボストンなど東海岸側の年中バスケか野球中継しか流れていないような「クラブ」バーで毎週末観戦に夢中すぎて口が閉じられない客用に見ないでも食べられるサンドをって開発されたんだろう。
 
仮説3.
実はカニだった説。つまり、クラブは「CLUB」ではなく「CRAB」だった。だとするともう少し値段がはるはずか。いや、元々はカニだったのだけれど、第二次大戦中の英国や北欧の食糧事情などを鑑み、次第にカニをハムで代用する店舗が増えたシリーズか。おっと、そういえば、タイ語の敬語や謝意も語尾に「~クラブ」とつけるんだったな。「カップ」に聞こえるけどな。それもなにか遠い関係があるのだろうか。「クラブ」は実はタイから西洋に輸入された言葉で、西洋人の都合に合わせていろいろとあった末に、労働者用のまかない的な「サンキュー・サンド」=「クラブサンド」として一般化されたのかもしれない。これは仮説4か。などと考えていたら、こちらを訝しそうに見る白人青年と目があった。青年はゴス調の黒いワンピースに身を包んだ中国系の彼女らしき女と向き合い、本物の「クラブ」で響いていそうなヨークシャーなまりのマザータンで楽しそうに会話をしていた。ただ、彼の意識は完全にわたしに奪われていた。なぜこの青年はわたしの方をチラチラと見ては、彼女の意識を絶対にわたしに向けないように全力を尽くしているのだろう。このレストランにいる客は我々だけではないか。君の母国語である英語でいうと、we are aloneではないか。その上君は誇り高きイギリス人だというのにアジア人女性と交際するほどその辺がわかっている進歩的な男のはずだ。この際、その「極度乾燥しなさい」などという偽日本ブランドのシャツを着こんでいることも不問に付す。それなのに、なぜ・・・・・・。せっかくの彼女との貸し切りクリスマスランチがこの「DUDE」みたいな恰好をした男がいることによって貸し切りではなくなってしまった。こんな「DUDE」みたいに室内でサングラスをかけているような男が気軽に立ち寄れるようなレベルのレストランを彼女との特別なクリスマスのランチに選んでしまったことを彼女に気づかれたくない・・・・・・おおかた君の考えていることはそんなところだろう。たしかに、ほとんどパジャマ姿にサングラスといういでたちでこういう三角ナフキンがあるようなレストランを訪れたのは少し非常識かもしれない。しかし、わたしはこのホテルの上階に滞在しているんだ。恐らく、こういう国のことだから、長期滞在している、あるいはこちらに生活拠点を移しているリタイア日本人も多いだろう。果たしてそういう老人たちがいちいちパリッとしたチノパンだの糊のきいたシャツを着こんで自室からこのレストランまで降りてくるだろうか。そんなことはないはずだ。こういうショートパンツにダンロップだかホーキンスのスポサンを履いて、こっちの露店で買った観光Tシャツを着たおっさんなんて通りを行き来する外国人の大半じゃないか。見た目で人を判断するのであれば、そもそも君が着ているのも日本に来たことがないようなイギリス人が想像上の漢字やらひらがなをもえあそんででっちあげた不届きブランドじゃないか。あ、しまった、勘繰りと怒りでさっき許したポイントですら許せなくなってしまった。なんだこれは? クリスマスならではのなにかか? イギリス人青年のまなざしに射貫かれ、こんな自意識なのか劣等感なのか判別しがたく無用な感情の渦に飲みこまれ、すっかりクラブサンドに興味を失ったわたしは、同時に頼んだミルク・シェイクの味の方がむしろ覚えているくらいの心もちでレストランをあとにした。
 
部屋に戻り頭上の日本製エアコンからごうごうと寒風が吹き寄せるベッドの上に横になり、iPadを開く。「サンド」に関する検証は気分的に無期限延期されたとはいえ、身体はまだ「クラブ」の語源を気にしているようだ。ピーン! そのとき、ピーン! 昨夜のピムからメッセージが届いた。メッセージには本文がなく、小さな正方形にサンタの恰好をした美女のイラストが刷られた二種類のフライヤーの画像だけが添付されていた。「これはなに?」と打つと、一瞬もやもやが出たあとに、「面白いイベントらしい」との端的な返事が浮き出た。「面白いイベントに一緒に行こうよってこと?」「いや、イブはわたし仕事だから行けない」「じゃあなんで教えてくれたの?」もやもや、もやもや。消える。「ていうか、イブは昨日だから、これ今日だよ」。もやもや。「あ、そうだ。うっかりしてた」「今日仕事は?」返事なし。
BTSに乗って、サイアムで降りて先日ちゃんと見られなかったBACCのビエンナーレを覗いた。映画作品よりも美術作品から影響を受けて映画を作ることが多いなと思う今日この頃。クリスマスだというのに、クリスマスだからか、美術館の中はこどもたちでごった返していて、そんなこどもたちの直中にこどもたちの夢の中の塔のようにたたずむチェ・ジョンファによる虹色の立体作品が印象に残った。
今日はとにかくノープランだったので、BACCからBTSをくぐったところにある行きつけのマッサージ屋でマッサージを受けることにした。二階に上がり、歯磨き粉のような独特の匂いがするマットレスにうつ伏せになり、まずは背骨に沿って施術を受けていると、ピーン! すぐにねじりほふく前進のような体勢でスマホに手を伸ばす。「わたしは仕事を終わらせて、八時頃行く。今夜はバンド仲間たちが演奏したりもするし、間違いなく楽しい夜になるよ」。
「タイ・ガールの典型的なやり口だ。理不尽に耐え、チャンスを伺うべし」。先程のメッセージを転送したポンから来た返信を読みながら、油っぽい鶏そばをすする。どうしよう。会場は遠いし、わざわざ行って鼻であしらわれたりしたら去年の暮れのクラビ島につづきタイのイヤな思い出が増えてしまう。無理はせず、プールででも泳いで気楽な休日を過ごすべきか。せっかくのタイ、リスクをとるべきか。

結果、「アクション主導、それが映画監督の人生」とわたしは自分に言い聞かせて、ガラガラのMRTに乗り、イベントが行われるというチャオプラヤー川沿いに広がる中華街ポン・プラップに向かった。駅を出て真っ黒い水が流れる運河を渡り、台北の迪化街に似た雰囲気の問屋街を抜け、カリグラフィーがびっしりと描き込まれた木製の扉をあけ、フライヤーに記されていたTeens of Thailandにたどりついた。中は中国の長屋づくりで、ここのどこでライブをするのかという狭い空間には天井からホオジロザメの模型がぶら下がっており、赤色灯だけが薄暗い店内を照らしていた。すぐにサンタの衣装を着たセクシーなお姉さんがやってきて、「おひとり?」と驚き交じりに聞くので、「・・・・・・待ち合わせです」と嘘のようなほんとのような返事をしてカップルしかいないカウンターに腰かけた。急に、このままピムも来ず、ここでひとり過ごすことになったらどうしようという不安がよぎる。しかしまだ来たばっかりじゃないか。それに、それはそれでいいからこの辺をロケハンと偽って散歩でもして帰れ。「お飲み物は?」とお姉さんにカリフォルニアなまりの英語で聞かれ、テーブルの上にあったメニューを手に取る。メニューには、ドラえもん、孫悟空、ピカチュウの絵とその下に法外な値段だけが記されていて、それ以上の文字情報はなかった。思わずお姉さんに視線を送ると、まるでテレパシーでも通じたようにお姉さんが「ドラえもんは青いオリジナルカクテルで、孫悟空はオレンジベース、ピカチュウは黄色くてカクテルベースだから凄く効くわよ」と説明してくれる。いっぱい二千円弱。なんでこんなに高いん?と思いつつもとりあえず孫悟空を注文して待つ。出てきたオレンジベースのカクテルは味わったことがない味でうまかった。しかしアルコール度数はすこぶる高く、赤色灯のみのライティングもあいまってわたしは一杯目ですっかりぐおんぐおん来てしまった。グラスが空くやいなや、すぐにお姉さんがやってくる。「まだ友達はこないの?」「こないね」「次はなにを飲む? お店のイチオシはピカチュウだけど」「・・・・・・じゃあそれ」・・・・・・「まだ友達はこないの?」「こないね」「次はなにを飲む?さっきピカチュウ飲んだよね。飲んでないのは・・・・・・」「・・・・・・じゃあそれ」いっぱい二千円弱もするカクテルをこのペースで消費していくうちに約束の八時から二時間以上が経過した。ライブがはじまる気配など一切ない。クリスマスにひとりバンコクくんだりまでやってきて実物大のジョーズが天井からぶら下がっている真っ赤なライティングのオシャレバーでぼったくりカクテルを飲みながら来るかどうかもわからない人を待っている宮崎大祐はほとほと疲れていた。人工衛星くらいの距離からの銀河的ロングショットで己を捉えてみても一切笑えないほど哀愁が漂っていた。第四回まで読み進めていただいた方はとうにお気づきのように、わたしは期待なんてしていないよといいながらもあらゆることに結構期待してしまうよくいる人である。スマホに新しいメッセージが来ていないことを確認し、アルコールで意識が混濁して来たのでもう帰ろうと会計をすませふらふらと店を出た。蛍光灯の緑色の光が少しだけわたしをこっち側の世界に引き戻してくれた。

終電までまだ時間があった。そこで、酔い覚ましがてら中華街を散策することにした。台北にそっくりな長屋街はクリスマスといえども夜が深いので、ほとんどの店が閉まっていた。ときおり道に黄金色の光が差し込み、それを追ってバーから酔っぱらった白人のグループが歩き出てきたり、イカ釣り漁船の青いLEDをぶら下げた屋台が店じまいの準備をしながらも黙々と営業していた。行く当てもなくしばらくウロウロしていると外壁がタイの国旗色に塗られたバイク屋の前に出た。バイク屋のシャッターには抽象度が高く、見たことがない曲線のグラフィティが描かれていた。ここにきてようやく、以前ポンが「中華街は旧市街で以前は治安が悪くて避けられていたんだけど、最近はヒップな若者たちが集うエリアになりつつあるんだ」と言っていたことを思い出す。グラフィティの写真を撮ろうとスマホを取り出すと、ピーン。にち。「どこにいるの?」「もう出たよ」「いた?わたしもいたけど」「ずっといたさ」「・・・・・・」「・・・・・・あの狭い店でしょ」「うん」もやもや「なんで会えなかったんだろう」「・・・・・・それはこっちの質問で」もやもや「ホントにいた?」「うん、いたよ。来たのは八時ちょっとすぎちゃったけど」「そか・・・・・・あの赤い店、ライブできそうになかったけど」「赤?それ隣の店じゃない?系列の」「・・・・・・」。
「ちょうどコンサートもはじまるところだから、いいタイミングだよ」。羞恥と喜びが混ざりゆがんだ笑みを浮かべたわたしは早歩きで赤い店の隣の店に向かった。店の前にはピムが立っていて、細い煙草をくゆらせながら微かな笑みを浮かべ白くて細い手を振っていた。わたしたちは本当はここで出会うべきだったのかもしれない。彼女が煙草を吸い終わるのを待って、世界中のライター達が貼っていったステッカーで覆われた赤いウェスタン扉をくぐるとそこはひとけのないアイリッシュ・バーだった。店先には木目の小さなピアノが置かれていた。奇妙な達成感でピアノの脇に座り込んでしまったわたしにピムは、「どうだった?」と声をかけた。「どうだったって、どういうこと?」と聞くと、彼女は微笑んでピアノの前に座り、細くて白い指を鍵盤の上に広げた。そして、たまにハマったり外れたりする調子崩れの和音をかなではじめた。クリスマスソングとは一瞬たりとも重なることのないその不思議な手探りの和音を彼女は一晩中弾き続けた。


image2.jpeg 69.59 KB