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  • 2019年8月19日

映画川 『ナイトクルージング』『THE GUILTY/ギルティ』

今回の「映画川」は連載「インターラボで仕事中」でもおなじみ、YCAMのデバイス/映像エンジニア・今野恵菜さんが2本の映画を紹介してくれます。ひとつは全盲のミュージシャンが映画制作に挑戦する過程を追ったドキュメンタリー作品『ナイトクルージング』、もう1本は緊急電話センターのオペレーターが電話から聞こえてくる情報だけを頼りに誘拐事件の解決を図るデンマークのサスペンス映画『THE GUILTY/ギルティ』。今野さんはこのふたつの作品に「“見る”という行為への欲望」と「その欲望を逆手にとる“裏切り”」という共通のテーマがあるといいます。
『ナイトクルージング』


文=今野恵菜


私の職場であるYCAMでは、毎週木曜日から日曜日、館内のミニシアター空間で映画上映を行なっている。幅広い映画ジャンルの中から映画担当のスタッフが選ぶ「選りすぐりの映画」たちは、観客の方々のみならず、YCAMスタッフの楽しみの一つでもある。
時折、地元新聞に掲載するために、この映画上映の「告知用紹介文」を書く仕事を依頼されることがある。今年度に入ってから2本の映画を見て紹介文を提出し掲載して頂いた。どちらも面白い映画で、私は素直に楽しみ、紹介文を執筆したのだが、後からその文章を自分で見返した時、書いている時には気がつかなかった映画同士の繋がりを感じた。それは、映画における“見る”という行為への欲望と、その欲望を逆手にとる“裏切り”である。
 
1本目は『ナイトクルージング』という日本のドキュメンタリー映画。加藤さんという方がこの映画の主人公で、全盲である彼が、彼の夢である「SF映画を作る」ために、さまざまな人に「自分の頭の中にある映画のイメージ」を伝え、協力を依頼し、映画を作り上げるまでの試行錯誤の様子を収めたドキュメンタリー映画である。
 
「全盲者が映画監督をする様子を追ったドキュメンタリー」
この説明からは、様々なことが想像できるだろう。しかしこの映画は、私たちのこういった事前の想像をことごとく裏切ってくれる。
この映画には、主人公である加藤さんへの一方的で不躾な同情のまなざしは一切無く、ただ「映画的なイメージの共有」という目標のために、お互いに理解し合おうともがく「大人たちの苦労の様子」が収められてる。
色のイメージ共有、キャストとのオーディション、シーンの構図やカメラ位置の検討、アクションシーンの振り付けなど、様々な業界のプロフェッショナルと主人公の加藤さんが、手を替え品を替え相互理解のために努力する様は、誠実かつコミカルであり、同時にとてもスリリングだ。
 
映画内では、折につけ加藤さんが「目で世界を見てはいない」という事実を、時にさらりと、時に強烈に印象付けつつ、映画の中心は常に、どんな人間同士の間でも難しい「イメージの共有」という行為。この「自分には想像が難しいこと」と「自分にも想像が容易なこと」を行ったり来たりする展開は、映画全体に独特のコントラストのようなものをもたらしていたように思う。鑑賞中、観客である私たちは加藤さんの頭の中のイメージを「早く見たい」と常に切望し、そのイメージが映画のなかで、さまざまな人の手によって具体化することに、素直な喜びと、「本当にこれが加藤さんのイメージに近いんだろうか?」と、身勝手な違和感を感じ続けるのである。


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『ナイトクルージング』



2本目は『THE GUILTY/ギルティ』というデンマークのスリラー映画。緊急通報指令室にかかってきた一本の電話から、オペレーターである主人公アスガーはとある「女性誘拐事件」に巻き込まれていく… 姿が見える登場人物は実質主人公のみ。かつ、舞台として映し出されるのは緊急電話センターの小さなオフィスだけ。極限までにシンプルなこの映画の魅力は、なんといってもその音だ。電話口から聞こえる被害者の声や息遣い、その向こう側の状況を想像させる環境音、そしてそれらの情報を受けとったときの主人公の微細に変化する声色…これらの音が、この映画に息が詰まるような緊張感を作り出している。さらに、この小さく狭い舞台立てによって「“見る”という行為を制限された」私たち観客は、余計に研ぎ澄まされた聴覚でこの計算された音を聞くこととなるのだ。
 
この観客の状況はアスガーの状況ともシンクロし、話が進むにつれ、一概に善人とは言い難い彼への没入感や感情移入度がどんどん高まっていく。高まり切った没入感の中で、観客の“見たい”という欲望が勝手にイメージを加速させ、時に加速しすぎて暴走したイメージが、映画内で起きるサスペンスをサスペンスたらしめ、観客自身をすら裏切ってみせるのだ。このイメージの暴走も、この映画の演出の一つであることは疑いようがない。「気持ちよく手のひらで転がされる」とはまさにこの事である。


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『THE GUILTY/ギルティ』



映画はもちろんさまざまな要素が折り重なる総合芸術だが、視覚が占める割合はやはり少なくない。何かを“見たい”というのは、映画を観る上でおそらく誰しもが持つ欲望である。その欲望を逆手にとり、観客を翻弄してみせたこの2本の映画は、ジャンルは全く違えど、不思議な相似を感じさせた。
 
加えて、自分がこのような感想を抱いた理由として、年々高解像度になる映像配信、CG技術やVR技術、スマートフォンでいつでも動画が観られる環境など「視覚にまつわる技術」の発展も影響があるのかもしれない、とも思う。
 
私たちの目は常に多くの視覚刺激の只中におり、「すごい映像」というものそれ自体では、なかなか驚くことが難しくなってきている。そして、それ故に、「何かすごいものを見たい」という欲望が日々肥大化しているような気がするのだ。これは技術革新の一つの弊害でもあり、同時に、我々の身体の進化とも言えるのかもしれない。そんな「目の奴隷」のような生活をする我々にとって、今回紹介したような映画の裏切りは「新鮮な刺激」であり、普段動かしていない脳の部位を使うような感覚は、不思議と心地が良いのだ。



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ナイトクルージング
2018年 / 日本 / 144分 / 監督:佐々木誠 / 出演:加藤秀幸、山寺宏一、能登麻美子、神奈延年、金氏徹平、ロバート・ハリス、小木戸利光、三宅陽一郎、イトケン、しりあがり寿、石丸博也 ほか
©︎一般社団法人being there インビジブル実行委員会
全国順次公開中
8月22日(木)~31日(土)、広島・横川シネマで10日間限定上映
2018年 / デンマーク / 88分 / 監督・脚本:グスタフ・モーラー / 出演:ヤコブ・セーダーグレン、イェシカ・ディナウエ、ヨハン・オルセン、オマール・シャガウィーほか
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