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  • 2019年6月27日

ミッシング・イン・ツーリズム 第3回

7月13日(土)から渋谷・ユーロスペースほかにて最新長編 『TOURISM』 が公開される宮崎大祐監督が、旅にまつわるあれこれを綴る連載「ミッション・イン・ツーリズム」第3回。 前回 に引き続き2018年末にシナハン&友人の結婚式に出席するためにタイ・バンコクを訪れた際の旅の記録です。結婚式で出会った女性・ピムさんに誘われ、夜も更けて彼女の車で向かった先とは――。

文・写真=宮崎大祐

【長い12月23日】

少し車高が高いバンの助手席から見るバンコクの夜景は都心のそれともはや変わらない。まだ新車の匂いがする車内では音響系バンドの曲が流れている。ピムが韓国ツアーに行ったときに対バンした三人組のミュージシャンだという。何度もミュージシャンの名前を聞いたものの、思った以上に酔っぱらっていたのでなかなか名前を覚えられなかった。ひょっとしたらこいつは音楽に興味がない人間なのだなと思われたかもしれない。そんなどうでもいいことを考えながら三十分が過ぎた。タイには一階が小売店で二階より上が住居というアパートメントが多く、そんなよくあるアパートメントの前で車は停まった。時刻はとっくに真夜中をすぎていたので、当然ながら灯りがついている部屋はまばらだった。一階の端には巻きカーテンの隙間から赤い照明がこぼれている部屋があり、ピムに導かれわたしは中に入った。

十畳ほどの薄暗い店内は赤い照明のせいか、まるで暗室のようで、壁に貼ってあるさまざまなスケーターやラッパーたちの色を失った写真から、ここがストリートカルチャーに携わる人々のちょっとした隠れ家になっているのであろうことが推測された。店の奥でグラスを洗っていた店長と思われる人物にピムが声をかける。どうやらわたしを紹介してくれているようだ。店長はわたしを品定めするように見ると、どこか残念そうな表情を浮かべた。それがどういうことなのかわたしにはわからなかった。するとピムが、タバコを一本吸ったらわたしは帰るねと言い出したので、今来たばっかやんけと言うと、ここだったら宿まで歩いて帰れるから、好きなだけ飲んで帰って、とのこと。こんな遠いところまで連れてこられて置いてきぼりかよと当惑していると、わたしの不安を察知したのか店長に「どこに泊っているの?」と聞かれたので、「エカマイ」と答えると、「いやー、絶対歩いて帰れないっしょ」と笑われたのでピムを見たが、彼女は我関せずで、タバコをふかしている。ピムは一体全体何のためにわたしをこんな真っ赤な世界まで連れてきたのだろう。わたしは混乱するばかりだったが、そうこうしているうちに彼女はあっさりと店を出て行ってしまった。オシャレバーで店長とさしでウイスキーを飲むほどまだ自我をハードに煮込めていないわたしは、また来るねとウィンクをして、店を出た。

店先にはまだピムの黒いバンが停まっていた。バンコクの大気汚染によってよりいっそう霞んでいるスモークガラス越しでは今彼女が何をしていて、何を考えているのかはわからなかった。ただ、住所さえわからないどこかに突然放置されて夜通し放浪するような体験をわたしは今まで何度もしていて、国内外問わずヒト科の生物はわたしを見ると困難を与えることで快感を覚えるようだということを学習してはいたので、野放しベテランとしての意地を見せてやろうと向こう側も見えなければ自分を反射することもないスモークガラスに向けむなしく右手を挙げ、少しかかとが痛みはじめたスリッポンをはきなおし、ホテルに向けて歩き出した。すると、音も立てずにスモークガラスが下がり、ピムが顔を出し、「乗って行かないの?」とわたしに声をかけた。

人が何を考えているのかなんて究極的にはわからない。それでもわかりたい。わかるための努力を惜しみたくはない。普段はそんな理想を掲げて生きてはいるが、すごく疲れていたり、酔っぱらっていたりするとすぐにそんなことも忘れて閉じてしまう。残念ながら今のわたしはまだそんなもんだ。だからこのときも車内を沈黙だけが埋め尽くしていて、背景ではピムのスマホからランダムに選ばれた音楽が流れていた。スクンヴィット通りに入って10個目の信号くらいで、聞き覚えのあるサイケデリック・ドローンが流れ始めた。沈黙に少し疲れたわたしは、「この曲なんだっけか」と小声でピムに聞いてみた。ピムはゆっくりと笑みを浮かべ、「DeerhunterのCover me。知ってる?」と聞いた。「もちろんだよ。ライブにも行ったこともあるし、大好きだよ。ディア・ハンターは映画もバンドも最高だ」「へー、そんな映画があるんだ」「いや、そっちが元ネタっしょ」そこからピムは嬉々として自分の好きな音楽について語りはじめた。わたしはただただ笑顔で相槌を打っていた。それからしばらくしてピムのバンは大通りの真ん中の変なところで停まり、また会えますようにと挨拶をかわし我々は別れた。2018年、蒸し暑いクリスマス・イブの朝だった。

【12月24日】

昼すぎに起きるとまた頭上で低音をたてるエアコンに目がいった。気づかないうちにどこか蝕まれているような気がした。いつも通り顔を洗って歯を磨きiPadを開いて、ピムに「昨夜は送ってくれてありがとう」というメッセージを打った。すぐにモヤモヤが発生して、「わたしは仕事で行けないけど、明日の夜面白いパーティーがあるらしいよ」という文章と、フライヤーの画像が送られてきた。「え、それは一緒に行こうってこと?」と聞くと、「だからーわたしは仕事でいけないって言ってるじゃない」とのこと。たしかにそう言っていた。でも、このタイミングでフライヤー送る? そうこうしているとポンから、「食事に行こう。近くにいる」と連絡が入った。クリスマス・イブそれも結婚式の翌日というのに申し訳ないな。 まだアルファベットに近いオールドスクールなグラフィティだらけの裏路地を歩いて、オリジナル・トートバッグやTシャツを売っている、ヒップスターしかいなそうな「ブルー」なんとかカフェでポン夫妻を待った。まもなく二人はやってきて、有機なんとかコーヒーをありがたそうに飲みはじめた。一家全員がコーヒーを飲めない体質のわたしにはそのありがたみがわからないが、ポンとポーのこういった清潔感溢れる装丁でかっちりとした紙質の雑誌が取り上げていそうなハイ・ライフへのこだわりは出会った頃から一貫していて、それはベルリンでも台北でも東京でもまったく変わらなかった。ベルリンのホッバノフから電車で三十分ほどかけて出向いた郊外の駅で「バンコクのファッション誌によると、この日本食レストランの味が半端じゃないらしいんだよ」といざなわれた店で食べた吉野家風味の牛丼のことが今でも忘れられない。というか、牛丼は牛丼である限りそのレンジの味に収まるんだろうけど。

そんなポンの愛車ネズミ色のカローラに乗って、いつも渋滞が深刻なバンコクの町中をグルグルと回った。「こんな日に俺と一緒に渋滞にはまってていいのか?」と聞くと、「タイ人はキリストを信じていないのでほとんど関係ない。むしろどうして日本人はキリスト教徒でもないのにあんなにクリスマスで盛り上がれるんだ?」とのこと。あれはキリストじゃなくてキャピタリズムを崇めているんだよ。とまれ、「腹が減ったので俺の知っているつけ麺屋の中で一番美味い店に連れて行くよ!」と言うので、いや俺もキリスト教徒じゃないし、クリスマス・イブだからって肩ひじ張る必要もないけどさー、さすがに今日つけ麺を食べる必要なくない? 逆ぶりしすぎでしょう。ていうか何でいつも俺と日本食食べようとするの? と思いつつも言えずにもじもじしているわたしをネズミ色のカローラは容赦なく日本人街トンローに運んで行った。

各テーブルにIHが完備されていて、常時つけ汁を温めながら場合によっては米を入れてデザート雑炊が楽しめる、日本的おもてなしをはき違えたその店を出てからトンロー地区を数時間シナハンし、トゥクトゥク・ドライバーたちの日常を観察した。タイの交通業界はいずれも黒い社会と密接に関係していて、それはある程度万国共通なのかなと思ったりした。そして、チャオプラヤ沿いにそういった組織が形成されてきた歴史・過程について思い馳せた。せっかくのハッピー・クリスマス・イブなのに、暴力や国家の始原に迫らねばならないなんて。

その後彼らはクリスマス・ディナーにと、乾燥雑炊?の名店に連れていってくれた。わたしの胃は通常つけ麺を消化するのに半日以上かかるので、当然ながらさきほどの脂っこいつけ麺はいまだほとんど消化されておらず、ハードなロスタイムが予想された。そして何よりもあなたたちはさっきも締めの雑炊食べてたわけだし、今頃アレが胃の中で乾燥してるでしょうよと思わざるを得なかったが、すぐに出てきた乾燥雑炊(お米をだし汁で柔らかめに炊いたイメージ)は、そんなチャチャも忘れるくらい美味で、わたしのタイ料理ヒストリーは完全に更新されたのであった。

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