- 2023年10月14日
- テレビ
Television Freak 第82回
家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんによるTV時評「Television Freak」。今回は先日最終回を迎えたドラマ『姪のメイ』(テレビ東京系)、現在放送中の『パリピ孔明』(フジテレビ系)、そして「食」を題材にした長寿番組『食彩の王国』(テレビ朝日系)を取り上げます。
日々の「修行」
文・写真=風元 正
最近、魚屋の店頭に烏賊が見当たらない。秋刀魚の値段が高く、しかも小さいだけではない。秋になりスルメイカを見掛たりするものの、あまりに小さくて購買意欲をそそられない。あの角上魚類でも品薄なのだから、あまり捕れなくなっているのか。秋になって少しは増えているようだが、店頭にふんだんに並んでいて、烏賊墨のスパゲティやリングフライを愉しんだ日々は戻ってくるのか。『食彩の王国』で「萩のケンサキイカ」の艶やかな赤い肌に息を呑んで、心の底から食べたくなった。ねっとりとして芯のある分厚い烏賊の刺身の食感を想像すると、萩の港まで足を運びたくなる。
父の跡を継ぎ、朝の5時に漁へ出て烏賊を釣る末竹雄次さんの顔は、荒海に洗われて逞しい。末竹さんに限らず『食彩の王国』に登場する漁師や農家、そしてシェフの顔つきはみんないい。横に長い日本列島で、さまざまな気候や地形の中で工夫し続ける日々の成せる業なのだろうか。もうすぐ1千回を迎える長寿番組をいまさら取り上げるのも妙な話かもしれないが、『旅サラダ』とともに毎週、楽しみにするようになってしまった。視聴習慣は年々、変化してゆく。
『姪のメイ』のようなドラマを見つけると、テレビ時評をしていてよかったと思う。10月12日の第6回で終わりと気付かず放映に間に合わなかったけれど、見逃し配信もされているし、ぜひ記憶しておいて頂きたい。ドラマの冒頭、青空の下に広がる人気のない砂浜で少女が海に入って遊んでおり、「小津!」と呼ばれる青年が彼女の写真を撮っていると、不審者だと疑った夫婦が声を掛けてくる。少女は「小津は私の叔父で、私は小津の姪っ子なんです」というが、小津とメイという呼び名が紛らわしく、なかなか解放されない。常に視線にさらされている地方の実情を現わす見事な導入である。遠くに原発が見えるテトラポットのある漁港で、ここが福島だと知れる。
主人公は32歳独身の小津高一郎(本郷奏多)と小学校6年生の春日部メイ(大沢一菜)。小津は事故で姉と「部屋に哲学書だけ溜め込んだ」義理の兄をいっぺんに亡くして、その娘のメイを夏休み限定で預かることになり、東京から楢葉町に仮移住する。勤務先がリモート勤務で済んだのにも助けられた。撮影は福島12市町村(東日本大震災の際、東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う避難指示の対象となった田村市、南相馬市、川俣町、広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村)で行われており、震災から12年の時が映し出されている。福島の風景は優しい。そういえば、メイは震災から3カ月後の生まれだ。
小津は冷静で理屈っぽい性格であるが「臆病」で、露骨に厄介払いを企てる親戚に強く意見もできず、感情をはっきり出すのが苦手である。小説家志望の「強い」子メイは現実のつらさをあまり表さず、小津と対等に話をするけれども、夢の世界でぬいぐるみ姿の両親と語り合ったりしている。そして、メイは卵焼きの味を出せない小津に「まだまだ修行が足りないな」と口癖のようにいう。そして、最初に不審者扱いした平田建一(川田広樹)・幸枝(田中美奈子)夫婦が富岡町でワイン農園を経営しており、「移住者をつなぐコミュニティ」を作っている。避難指示が出た地域には最近移住者が増えており、小津たちが住む広い家が集会場になっていた。
「大変だった」地域の住人は3・11をもう自然に受け止めていて、新しい生き方を見出そうとしている。メイと小津はワイン農園の手伝いをしたり、自分の家で繰り広げられる宴会に参加したりするうちに、頑なな心がほぐれてゆく。ハンドメイド雑貨のEC販売で成功している上原容子(土居志央梨)を手伝うだけで無力感に苦しんでいた山下真理子(清水葉月)が、スナックを開業したのには意表をつかれた。
「町おこし」ドラマの撮影があったり、小津が婚活パーティでメイとの同居を前提に話をしたら女性たちに瞬殺されたりするだけの日常に、大きな事件が起こるわけではない。ただ、住人たちは事あるごとに福島への移住を勧める。そして、小津は蛍をひとりで見に行って迷子になりかけたメイを強く叱ることができるようになる。そして第5話、もうすぐ夏休みが終わりになり、いつもは言葉少ない原発作業員の赤井雄志(竹原ピストル)が、砂浜で遊ぶメイを見ながら「何もないし、人もいない」からやることもたくさんある「この町のために家族とともに生きる」と訥々と語るシーンには心が震えた。
小津の会社のリモート勤務期間は終わり、親戚間の話し合いもついて「福島生活強制終了」。物語が今回どうなるかはまた別に、5年後、10年後の2人、いや登場人物すべての姿を見たいというのは欲張りか。愛おしいシーンばかりのドラマだった。
『パリピ孔明』があまりに面白いのに驚いている。吉川英治版『三国志』に熱中した者として、病で死んだはずの諸葛孔明がハロウィンの渋谷に出現するとは。ライブハウス「BBラウンジ」のオーナー小林(森山未來)が、三国時代の漢服に羽毛扇をまとった向井理演じる若き日のままの天才軍師から、「泣いて馬謖を斬る」の故事の説明を受けて、「お前、超孔明じゃん」という。まったくその通りである。孔明が「天下泰平の世」を目指す志を共有した劉備玄徳(ディーン・フジオカ)の幻に憑かれているのも秀逸である。
渋谷を地獄と勘違いした孔明は、アマチュア歌手・月見英子(上白石萌歌)の声に魅了される。そして、翌朝酔って路上で倒れているところを英子に助けられて、自分が1800年後の日本にいると理解し、恩返しのため自信がまったくない英子の「軍師(マネージャー)」を志願する。三国志の話のできるバイトを探していた小林も大喜びで雇い、英子の出世がはじまるという物語。
しかし、原作マンガやアニメとちがい、実写化は荒唐無稽ゆえハードルが高い。その無茶を、ライバルであるミア西表(菅原小春)やRYO(森崎ウィン)のハイレベルなパフォーマンスや孔明や小林のド派手な衣装、つい笑ってしまう三国志からの的確な引用によりリアリティを確保している。「石兵八陣」「無中生有」などの有名な策を現代に再現し、しかも計略を見破ったRYOののどの不調を治すなど、ただ者の振る舞いではない。小林や英子も孔明を「なりきり」と信じているのもユーモラスである。
かつての偉人たちが転生したらどうなるか? 私は別の形で偉くなる派であるとして、中でも、戦術を普遍のレベルに高めた諸葛孔明ならばやってくれる、と私は信じている。思考実験を、意表をついた形で実現しようとしたドラマ。「謹」が強すぎるという設定の英子=上白石萌歌の歌声の力が、精神的な弱さゆえバトルから身を引いていた伝説の天才ラッパーKABE太人(宮世琉弥)を蘇らせ、アーチストたちの青春が動き出す。孔明がこの現代日本でどんな波紋を捲き起こすか、目が離せない。
ラグビーW杯でアルゼンチン戦の、戦える力はすべて使い尽くした日本代表の爽やかさに心が洗われた。レメキのドロップゴールで2点差まで迫った瞬間の興奮は忘れられない一方で、トライは取るのは難しい、という現場の判断もあったのだろう。ゴール前でボールを持てば必ずトライという感じだったアルゼンチンのマテオ・カレーラスの強靭で分厚い筋肉が生み出す爆発的なスピードが妬ましい。しかし、一度凄さを体感できたのだから、日本にもいつか、カレーラスのような高速ウイングが出現するのではないか。
王座戦での永瀬拓矢も、藤井聡太と互角以上に渡り合いながら、紙一重の差で負けた。藤井さんもまた死力を尽くす姿を見ながら、この爽やかさはどこかで読んだことがあると考えるうちに廣瀬純『新空位時代の政治と哲学』にたどりついた。「クロニクル2015-2023」という副題の本書の内容を私はきちんと理解できているとはいえない。しかし、廣瀬のいう通り「ミシェル・フーコーなら「真理への勇気」と言うかもしれない」戦いは、全世界でさまざまな前線において粘り強く展開されていると教えられた。廣瀬は「倫理」のレベルに留まらない日々の実践へと誘う。世界を変えようとする戦いは、メイの言葉を借りれば「修行」だろう。廣瀬の思考は、自然との共生を求められる漁師や農民、メイとともに福島で生きる意味を見出した小津、渋谷で新たな奇跡を起こそうとしている諸葛孔明にも、どこかで共鳴している。
秋の雨駿馬の肌は赫く濡れ
秋の雨駿馬の肌は赫く濡れ