妄想映画日記 その163

樋口泰人の「妄想映画日記」第163回目の更新は抗がん剤に苦しむ10月前半の日記です。おさまらない吐き気で朦朧とするなか、スコット・ウォーカー、スーサイド、クレイジー・ホース、ロレイン・エリスンなどのレコードを聴くことで精一杯の日々のようです。
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文・写真=樋口泰人


10月1日(日)
昨夜は導眠剤を自宅に忘れて来たために、案の定全然寝付けなかった。ぼんやりぐったりの目覚め。抗がん剤を飲みしばらくしたらいよいよ吐き気が始まる。大阪でうまいもの食うか、知り合いに連絡して無駄話でもしてから帰ろうと思っていたが取りやめ。さっさと新幹線に乗ったが吐き気はやまずこうなってきたら手も足も出ない。これがあと3週間続くかと思うと一気にテンションが下がりこれまでだいぶ順調に回復してきていたために逆に落ち込みは激しい。あとはぐったり。その中で今後やるべきことがひとつ突然降ってきた。今の状況を見る限りそれは絶対に必要なことなのだが、しかしそれはわたしがやるべきことなのか、こういう場合今までそこまで考えずにすぐにやり始めてどれだけひどい目にあったか。もう2度とこんな目には合いたくないということの連続でここまで来たのでさすがにもううんざりなのだが、まあ、誰かが100億円とかくれるなら考えないわけではない。帰宅したら栗が届いていた。

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10月2日(月)
吐き気は続き、夜もあまりうまく眠れなかったために午前中はひたすら寝ていた。午後は事務所に行く予定が行けず。気が付くと一歩も外に出ていない。こんな日もある。
そんなわけで本日はこれを観て元気を出していた。

 
 
 
10月3日(火)
吐き気はさらにひどくしかし抗がん剤服用第1クールほどの脱力感はないので体は何となく動く。所用で出かけた吉祥寺にて見つけたスコット・ウォーカーの最後のサントラ『The Childhood Of A Leader(邦題「シークレット・オブ・モンスター」)』。まさか出ているとは知らず映画を観てから何年も過ぎてしまったがやはりあまりにすごい。これはやばすぎる。あの映画も相当なものだったのだがとにかくエンドクレジットの冒頭にいきなり「音楽 スコット・ウォーカー」と出るという映画史上かつてない事態になっていて、でもまあそれくらいの音楽だよなと思ってはいたのだが、こうやって音楽だけで聴いてみるとさらにそのすごさがわかる。というかこんな音楽作られたら監督はたまったものじゃない。映画をぶち壊し台無しにしながらしかしそれでも映画音楽として燦然と輝く。この音楽に対応できる映画監督が果たして何人いるだろうか。いや、対応する必要もないと言ってしまえばそれまでなのだが、ここまでのものを作られてしまったら何とか対応したくなるじゃないかとも言える。たとえば『アネット』の音楽がこれだったとしたら、『宇宙戦争』の音楽がこれだったとしたら、『山椒大夫』の音楽がこれだったとしたらと妄想が広がる。いつか無声映画にこのサントラをあてて上映してみる、という実験をしてみたくなるが果たしてどうだろうか。映画はそれを必要としているのかどうかもわからないが、それくらい乱暴なことをしようと思わせるアルバムであった。いずれにしてもこれのおかげで吐き気満載の1日を乗り切ることができた。しかしあと3週間、この吐き気を耐えきる自信はない。

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10月4日(水)
本日はスーサイド『A WAY OF LIFE RARITIES』。80年代後半のライヴ盤である。4曲入りで5,000円と高くて愕然としたが、まあこういうのは買っておかないと。ちょうど初来日したころの録音。今こうやって聴くとマーティン・レヴの地味だがラディカルな狂い方に圧倒される。ああこれはこの歳にならないとわからないと言い訳を。70年代末にファースト・アルバムの衝撃的な音をリアルタイムで聴いてしまった10年後の耳にはこの音は単なる腑抜けにしか聞こえなかったのだ。日本公演のチケットを2夜連続で買ったわたしの友人は2夜目は確か行くのを止めていた。わたしは70年代に行きたかったという思いが強すぎ残念な思いをするのが嫌で行かなかった。まあ、全然金がなかったのもあったのだけど。ああ若気の至り。残念な思いをしてでも行っておくべきだった。70年代のひりひりした繊細さとは比べ物にならない太くまろやかでしかし激しくうねる音。呆れるような単純さが重なり合って誰にもまねできない複雑な空間を作り上げる。ジョン・カーペンターで言えば『マウス・オブ・マッドネス』のような感じか。スプリングスティーンの「ボーン・イン・ザ・USA」がこんなことになっているとは。スプリングスティーンがスーサイドをカヴァーした「ドリーム・ベイビー・ドリーム」は彼らへのリスペクト全開でしかもスプリングスティーンしかできないまっすぐかつ豊かなカヴァーで最高だったのだがこちらはその歌のふくらみを台無しにしてしかしそれゆえにその可能性を広げるという離れ業。スカスカで狂っていてそれゆえ視界は果てしなく広がる。このままどこまででも行ける。そして『20センチュリー・ウーマン』の中でグレタ・ガーウィグが主人公の少年に「10代の頃にこんな曲を聴きたかった」と渡したカセットテープに入っていた「CHEREE」もこのアルバムに収録されているライヴヴァージョンでは同様の台無し感と果てしない広がりで圧倒する。このアレンジをあの映画のグレタ・ガーウィグが聞いたら一体どう思うだろう。そんな妄想をするだけでドキドキしたまま1日が終わる。しかしなんと『バービー』をまだ観ることができていないのだった。

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10月5日(木)
終日寝ていた。どうにもならず。食事の時だけ起き上がり、あとは気が付くと眠っている。食事も塩味、しょうゆ味、みそ味、出汁の味がほぼわからない。なかなかの拷問である。いろんな連絡が来るが、対応しきれず。あんまりなので夕方散歩に出た。足腰はまだ無事である。めまいもない。
 
 
 
10月6日(金)
1週間が過ぎるのは早いが、しかし抗がん剤服用第2クールが終わる24日まではまだまだである。もう待ち遠しくて仕方がない。それまでこの吐き気をどうやり過ごすか。まともな食事は本来の味の記憶があるだけにきつくて仕方がない。そんなわけでまともな食事は少しだけにして残りはプロテインやら総合栄養食のような人工的なもので乗り切ろうという算段。理由はわからないが人工的なものの方が今の体にはフィットするのである。それで、話題の「BASE」をはじめ各種エネルギーバーなどを試しているのだが、飲む方のプロテインで何かいいのはないだろうかとネットを調べるものの「これ」というのがなかなか見つからないし「これはいいかも」と思ったものは定期契約のやつでそれはそれでやっかいである。しかしいわゆる健康食品と呼ばれるものは、体重を落とす、血圧を下げる、というのが売りにもなっていてわたしのように体重アップ&血圧を上げるという目的の食品はまず見当たらない。よく食べて運動する、ということが一番なことはわかってはいるのだが。
本日は14時に事務所の予定がまったく起き上がれず2時間遅れ。夕方になってようやく事務所に向かい1週間分の郵送物などの整理をした。ぐったりしている時間に事務所の在庫整理などをできたらだいぶ事務所もすっきりするのだが……。しかし体力自体はだいぶ戻ってきて日常生活を送るのに気づくと息切れすることもない。無意識のうちにあれこれすることができるようになっている。退院から1か月くらいの日々を考えると嘘のような動きである。抗がん剤副作用のためにその回復がすっかり隠されてしまっているのだが、しかし今はそうやって隠されていることで、今後は以前と同じ暮らしや仕事はできないことを自分と自分の体に刻み付けているのだろう。抗がん剤はめちゃくちゃつらいが、そのつらさのおかげで別の道が開けてくると言ったらいいか、抗がん剤にはがんと戦う以外の役割があるのだ。そこをどうとらえるか。
 
 
 
10月7日(土)
午前中、妻に連れ出されて阿佐ヶ谷まで散歩に行った。見事な秋の日。ひんやりとした空気の透明な日差し。まだ色づく前の木々の緑が独自の光を放ちもうすぐ始まる紅葉の季節など別の世界の出来事であるかのように今ここでのそれぞれの鮮やかな緑を繊細に輝かせるのでそれだけで十分に生きる力をもらった気分になる。無花果はいい感じで色づいていた。買い物をしているうちに腹が減ったということで、先日とは別の中華屋に。ここもまた何を食ってもうまい。抗がん剤第1クールのときは外食などとてもじゃないけどできなかったが、今回はその気になれば食うことができる。最後は胃が苦しくなるが、それでも食えるだけありがたい。とはいえ散歩疲れで帰宅後はたっぷり寝てしまった。いい休日だったということである。
 
 
 
10月8日(日)
低気圧が近づいてきたこともあり、本日は動けず。味覚もだいぶ失われてきて、昼のソース焼きそばはOK、夜のトマトスープ、オムライスの酸味はNGということが判明した。パスタのトマトソース関係も全滅しそうな勢い。食えるものが少しずつ減ってきていると同時に食欲も失せてきた。甘いものはかろうじて大丈夫なのだがそれでは食事にならない。あと2週間はとにかく生きていくだけ。それでもめまいもなく、外に出る気力体力があるので1クール目よりはまし。ぼんやりと世界の空気を吸い込んで生きる。
 
 
 
10月9日(月)
急激な寒さにやられ身動き取れず。食欲も一気に落ちる。胃液が微妙に逆流してきて口の中を痛めるものだから手の施しようがない。いよいよ無理やり流し込むように食べるしかないのだが、食べた後の吐き気感は何とも言い難い。しかし実際に吐くわけではない。実際に吐くわけではない吐き気感だけが常に胃の周りに貼りついて1日を台無しにするのである。ただ夜になって寝る前の2、3時間は調子悪いなりに眠気も吐き気も落ち着きこの日記もその時間帯に書いているのだが、それだけでもありがたいと言うしかない。ほんの少しレコードを聴き本を読む。束の間のお楽しみ。本日はクレイジーホースの『all roads leads home』を聴いた。クレイジー・ホースの3人のメンバー、ラルフ・モリーナ、ビリー・タルボット、ニルス・ロフグレンが簡単にはライヴもできず共に集まれなくなったパンデミックの期間中にそれぞれ独自に「ホーム」で作り上げた曲を集めたオムニバスに、さらにニール・ヤングが1曲を提供してできたアルバムである。詳細は萩原健太さんの解説に詳しい。
これもまた、束の間の時間の音楽と言えるように思う。ここにしかない特別な何か世界を変えるような強烈で鮮烈な輝きがあるわけではない。ただこれらの曲がここにこうやってあることが特別であり強烈で鮮烈な何かであるような時間と空間が立ち現れるのだ。ただひたすらそれらと共にある短いひとときのかけがえの無さが胸を撃つ。かつてフィリップ・K・ディックはインターネット時代になって孤立した人々がその孤独の中で人間関係の病に陥る姿を描き確かに現在、世界のほとんどはディックの描いた世界のようになっているようにも見えるが、しかしここにはそれとは違う孤独の姿がある。孤独でありつつしかし楽天的な時間とともにある孤独と言ったらいいのか。これがある限りわれわれはまだなんとかやっていける、そんな思いが心の底に広がる。

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10月10日(火)
完全に胃の調子が悪くなり、食欲ゼロ。何を食べても嫌な吐き気しか残らない。たまらず近所の内科医のところに行き、胃薬をもらった。薬漬けになるのは嫌だったので耐えられるうちはなるべく飲まないようにしていたのだがこうなってしまったらわらをもつかむ思い。あとは寝ていた。身動き取れずに寝ていると、稲垣吾郎のラジオ番組が聞こえてくる。ラジコで妻が聴いているのだがなんと甫木元がゲストなのであった。新曲の宣伝のための出演ということなのだろうが、ゲストおすすめの曲を流すコーナーではジム・オルークの「ユリイカ」が。夕方のラジオ、そして稲垣吾郎のファンの方々にまさかのこの曲。シチュエーションとしては明らかに狂っている。本来なら背景に消えているはずの小さな音のざわめきが前面に出てそのありえない音と音との関係によってゆっくりと物語が浮かび上がってくる。あのアレンジが、稲垣吾郎ファンにどのように受け止められたのか。あるいは仕事をしながら聞き流している、甫木元のこともジム・オルークのことも映画の『ユリイカ』のことも知らない人々に。そんな想像をすると少し元気が出る。
 
 
 
10月11日(水)
いやあ、吐いた後に口の中に残った嫌な後味と言ったらわかってもらえるだろうか、あのどうにもならないまずさが終日口の中に広がるのである。何を食ってもその「いやな後味」しか残らない。何とかして口の中をさっぱりさせたいのだが手も足も出ない上に吐き気も止まらない。その「いやな後味」と吐き気に生きる力を吸い取られていくわけだから体はどんどん動かなくなる。午前中は無理やり病院に行った。診察ではなく、傷病手当金の受け取り申請手続きのためである。今年に入って体調最悪になってまともに稼いでいないので給料も出ていないのである。今年に入ってからはほぼ無給。というわけで補助が出るところからは受け取って生きていかねばという次第。大きな病院はこういう時のシステムがしっかりしていて助かる。滞りなく作業は進み、本日はこれで終了。あとはぐったりと寝ていた。目覚めたときに各所連絡。
夜は久々のロレイン・エリスン『ハート・アンド・ソウル』でくつろぎつつ、しかしアレンジの強度に呆れて目が覚める。66年リリースのモノラル盤。モノからステレオへの移行期であり、モノラル録音の洗練が極まった時期のアルバムなのだが、それぞれの楽器の音が生き物のように動く。ひとつの歌を聴き始めたときと聴き終わったときとで音の印象がまるで違う。A地点からB地点へという音そのものの変化と運動が心を揺さぶる。どこか怪しげで幽かなステレオの広がりではなく、確かにそれがそこにあるのにつかめきれない運動とともにあるモノラルの音ゆえの幽かさと広がりが心を満たす。しかしストリングスと大編成オーケストラのアレンジがやばすぎる。おそらく編曲も手掛けたはずのプロデューサー、ジェリー・ラゴヴォイ渾身のアレンジということになるはずで、彼の曲をジャニス・ジョプリンが何曲もカヴァーしたというのもよくわかる。誰のものでもない歌の魂が人間の身体に乗り移りながら大きな時間の波をサーフィンしている、そんな音楽の風景を観ることができる。

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10月12日(木)
内科医から処方された胃薬の効果が出始めたのか、昨夜から復活させたサプリメントが効いたのか、朝から体が動く。そんなわけで昼から事務所に。本日は、バウスの映写と爆音の音響をやってくれていた小嶋さんが当時の資料を届けにやってきてくれるのである。こうやって会うのは数年ぶりか。相変わらずと言えば相変わらず、しかし老化は隠せない。元気なうちにいろんな整理をということもあり、小嶋さんが整理していたバウスの記録をいったん預かり記録として残す算段。閉館時に作ったバウスの本『吉祥寺バウスシアター』で大きな流れは整理してあるので、今回はまったく別のやり方にて。しかし整理された現物を見ると、小嶋さんの圧倒的な整理能力にわかっていても驚かされる。このまま展示したいくらいである。はたしてこれを使ってどこまでやれるか。
夕方早くに帰宅。やはり元気は束の間で倒れるように横になり爆睡。その間にいろんな知らせが届いていた。夜は昨日の流れでロレイン・エリスンの69年のアルバム『Stay With Me』を引っ張り出してみた。プロデュースは同じくジェリー・ラゴヴォイ。ある音楽形式の範囲内にとどまりつつその外部との交信に身を震わせているとでも言いたくなるような緊張感とそれゆえのかすかな狂気とともにコントロール不能な場所へと向かっていく前作に比べ、こちらはすでに様々な形式が混合して温かく溶け合いその融合をアルバム全体が祝福しているような満開感。ジャニスがカヴァーした「トライ(ジャスト・ア・リトル・ビット・ハーダー)」の、ある遅さをキープし続ける無時間感にドキドキする。時に歌い上げもするロレイン・エリスンの、オリヴィエ・アサイヤスの『アクトレス~彼女たちの舞台~(原題「Sils Maria」)』の中に出てくる山間を這う雲のように緩やかに変容し続ける歌声が皮膚に触れるその肌触りがやばすぎる。中学1年の時にジャニス・ジョプリンに触れたおかげである日ロレイン・エリスンを知りその後多くの時間が過ぎてようやくその核心にたどり着いたと言ったらロマンティックすぎるが、要するに時間は過ぎ去ったりしないということである。いつも身近にあってそれを忘れていてもあるとき事故のように出会う。その出会いが現在を作るのだ。そういえば彼女のワーナー時代のシングルやデモ録音も含めて集めた3枚組CDセット(ライノによるリリース)があって、それもどこにやってしまったのか、見つけ出さねば。

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10月13日(金)
本日は映画祭準備中の高崎に予告なしに行って皆さんを驚かせようという予定だったのだが、そして昨日の時点ではそれくらいのことを思うくらいにはそこそこ元気だったのだが。起きたときからひどい吐き気。とにかく何も食いたくない。食ったときのひどいまずさが頭の中を渦巻くばかり。家で作るものがすべてダメで、それでも食えそうなものは何かと思い描くと、どん兵衛、チキンラーメン、レトルトのシンプルなカレー、コロッケサンド。濃い味付けのジャンクなものという結論である。ひどいセレクションだが何も食わないよりましだろうと、とりあえず、どん兵衛、チキンラーメン、レトルトのカレー(中村屋のチキンカレー)を購入。しかし少しは野菜も取らないとということで、どん兵衛やチキンカレーに入れるために乾燥野菜も。ところがこの乾燥野菜が失敗で、やはりジャンクなものはジャンクなまま食わないと結局家で作ったものに近づいていくわけだから意味がない。というわけで昼食の乾燥野菜入りどん兵衛は失敗。あとは寝続けた。夕食はレトルトカレー。しかし中村屋のレトルトカレーが昔とは違いよりうまみ成分が加わっているのか、どこかシャープさがない。こちらの味覚がおかしくなっていることもあるので何とも言えないのだが、とにかく今は何の工夫もないごくシンプルな味付けのジャンクな味をひたすら求める。大人になってからは手を出さなかった領域を、実は今体が求めていたのかと、子供のころお祭りの焼きそばを食べさせてもらえなかった悲しみを思い出したりもしたが、今回はもっと物理的な味覚の問題だろう。明日はケンタッキーフライドチキンかという声も聞こえてくる。ああ。

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10月14日(土)
体調は1日おきという感じで、本日は昨日よりはまし。朝食後も地味に各所連絡を行った。午後からは事務所で今後の企画のための打ち合わせもありそれなりに元気に過ごしたのだが、夜になって反動が来る。夕食、ほぼ何も食べられず。そのまま寝込んだ。そして24時前にようやく起き上がるということになるのだが、こうやって生活のペースはどんどん乱れていく。
 
 
 
10月15日(日)
朝からボーっとして、寝たり起きたり。昨夜ほぼ何も食えなかった反動で腹は減る。しかし吐き気も全開。妻がイノヤマランドのライヴのためにいなかったので、自分の食いたいものだけを食った。食いたいものを食うときはいいのだが、食った後に吐き気は倍増する。寝込んで消化が進むのをひたすら待つしかない。こういったことが来年2月末まで続くことを思うと、食の問題にまともに向き合わないとやってられないのではという考えに至る。つまり、自分で料理をして吐き気の中でもおいしく食べられる工夫をする。それだけ考えて生きてみるのもいいのではないか。食べることと寝ること。一生のうちでそんなことができる時間は限られているしこの機会はいいチャンスでもある。朦朧とした頭の中でそんなことを考えもした。とはいえいよいよ抗がん剤服用第2クールも終盤に差し掛かり、意識は混濁するばかり。レコードを聴いてもピンと来なくなった。


樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。