妄想映画日記 その129

樋口泰人の2021年8月16日~31日の日記。今後のboidsound上映や秋以降の新企画の打ち合わせ、初日のみで中止になってしまったYCAM爆音映画祭の音調整などについて記されています。
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文・写真=樋口泰人


8月16日(月)
どうもまったくさっぱりしないのはちゃんと休めていないからだということなのだが、飲食店のような店舗、場所を持っていないわれわれのような会社にはまともな補償はないので、あれやこれやしないとやっていけない。しかもこの状況だともうかつてのようにイヴェントをやるのは無理だから、新たな仕事とその準備をしつつ生き延びていくしかないわけだ。というわけで今後に向けての準備のための準備を始めている。軌道に乗るまで生き延びていけるだろうか。
本日は朝から目の調子が悪いし耳も完全にメニエル復活気配。


 
8月17日(火)
夜の涼しさのおかげでようやくぐっすり眠れた。とはいえ朝からの打ち合わせで焦る。遅刻しないでよかった。来年以降へ向けての準備が進むわけだが、準備期間中どうやって生き延びるか。アマゾンからはエクスネのアルバムの注文が大量にやってきて、こちらも焦る。ただ、ここでアマゾンの口車に乗るとあとから大量の返品がやってくるので、注文の半分を送ることにする。それでも大量で在庫切れ。急遽井手くんを呼びだして、LP、CDともに追加のパッケージ作業を。年内にこれくらい売れたらいいな、と思っていた分はこれですべてなくなったということになる。
その後、さらに今後の企画について各所連絡。どれもまだ公式にはまったく発表していないものばかりなのだが、それぞれめちゃくちゃ盛り上がってはいる。経産省の助成金の申請をお願いしているチームからは、わたしがあまりにつらいつらいとこぼすので、「これは戦争だと思ってください」と返される。グダグダ言わずに働けと、怒られた。帰宅前、エクスネ関係でさらなる朗報が入る。

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8月18日(水)
午後から某映画館関係者たちと打ち合わせ。boidsound上映を今後どう発展させるか。楽しみは増えるが、そのためにやらねばならないことも増えるわけで、わが身の体力気力と相談することになる。突き詰めるとそれは財力の問題にもなり、boidsound上映をどうやって営利ベースの仕事に近づけていくか、という話でもあった。やり方次第では大きな可能性を秘めているのだが、さまざまな人の協力も必要になる。もちろんそのベースにあるのは、たまたま入った映画館の音が気持ち良くてまたここに来ようと思った、という経験を多くの人に積み重ねていってもらいたい、ということである。ただそれだけ。

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8月19日(木)
オンラインでの打ち合わせふたつ。合計6時間ちょっととなった。長ければいいというものではないが、時にはこれくらいがっつりやらなければならないこともある。長時間人と話すといつも使っていない脳細胞が活性化して元気になると同時に妙な興奮状態に入って全然眠れなくなる。疲れているのに眠れない。睡眠不足はどこまでも続く。

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8月20日(金)
月曜日からのYCAM爆音に備えてPCR検査を受ける。初めての体験。あれこれ迷った挙句木下グループのやっている検査機関のものにしたのだが、会場に行ったら若い人だらけでちょっとビビった。わが家から一番近い歌舞伎町の会場を選んだのが間違いだったかと、その光景を見て気づく。わたしのように、出張があるので念のためというのではない、もしかしてと本気で感染を疑っている人のほうが多いのではないか。検査会場で感染、とかシャレにならないとつい思ってしまったのだが、初めてだと思わなくてもいいことも思ってしまう。結構人が多く狭い検査会場がちょっとしたカオスな感じにもなっていて、検査の説明を受けていると、検査待ちの人が並ぶ舗道のほうから、「おい、ちゃんと並ばせろよ、邪魔なんだよ」と声がかかる。怖いおじさんの声。ああ、歌舞伎町だなと思う。
その後、事務所にて秋からの新企画の打ち合わせ。これはこれだけの企画ではなく、その後の壮大な企画(boidにとっては)の一部として始めるということになったので、構成や内容も詳細に詰めていかねばならない。考えてみればこれまで、一般社会なら当たり前のようにやっているはずのこういう作業をほとんどやらぬまま来てしまった。20年前にこういう作業をしっかりやっていたらもうちょっと運営も楽だっただろうにと思う。それをしなかったから今のboidがあると、いい意味で言えることも確かにあるが、だがやはりこれは大切なことだと今は思っている。たぶんそれは、自分がいなくても何かが動くかどうか、ということに関わっている。システムを作るということとも微妙に違う。自分が思っているぼんやりとしたこと微かなことをとりあえず明快な言葉にして筋道を見せ人々と共有し、そこに他人の力を挿入することで何かを動かしていく。自分が動く、自分が動かすのではなく、他人が動く他人が動かすための緩やかだが強い道筋を作るということになるのか。とにかくこれは、自分の身体がいよいよ動かないという限界点が見えてきて、ようやく実感されたことである。ただでも、それをするにも体力がいるのだった。ギリギリ間に合ってくれればいいが。

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8月21日(土)
月曜日から8日間留守にするため、その間にやるべきことをやっておかねばならない。まともに眠れない。


 
8月22日(日)
目覚めと同時にめまい。吐き気。どうにもならずとにかく特効薬のめまい止めを飲む。あとは寝るだけ。終日寝たきり。


 
8月23日(月)
日曜日の時点では、YCAMは無理だと思っていたが、ギリギリ回復。羽田で井手くんと落ち合い山口へ。めまい止めがまだ効いているのか終日眠い。YCAM着15時過ぎ。すでにセッティングはできている。今年はサラウンドのスピーカーをさらに強力なものに替えたので、いったいどんなことになっているのか、『スパイの妻』の空襲シーンで確認をした。ちょっと呆れるような空間が出来上がっている。さすがにこれではやりすぎかと思えるくらい。とにかく普通に出したらこうなるということを実感できた。考えてみたら、強力なスピーカーでしっかり音を出すとこれだけの音が入っていてしかもしっかりと空間が出来上がるようにバランスよく作られているにもかかわらず、通常の上映ではそれらは単なる背景の音になる。もちろん爆音上映でもサラウンドが目立つようなことはあってはならないので、やはり背景であることには変わりない。いずれにしても音響スタッフが全力で作り込んだ音を、聞こえるか聞こえないかのレベルのかすかさで上映して初めて成り立つわけだから、映画は贅沢と言うか燃費が悪いと言うか、そこに注ぎ込まれたエネルギーを想像すると呆然とする。
それはそれ、さっそく『パーム・スプリングス』。今回の機材セッティングのバランスを見る意味もあり、セリフと音楽が流れるシーンをあれこれチェック。次第にバランスが取れてくると、使われている既成曲がまさにこの映画のために作られたんじゃないかと思えるような、奇妙な酩酊感を出し始める。ボリュームは少し抑えめで余裕を持たせた感じ。ゆったりと観ているうちに次第にこの微妙な揺れと反復の中で身体の輪郭が溶け始めるような、時間と空間を失った浮遊感の中に浸っていくと最後の野生の噴出に目を瞠る、みたいな感じになったかと。ミニマルなくすくす笑いが重なっていきなりの大喝采、と言ったらいいか。ありそうでなかった映画では、ということもあって選んだのだが、単純にああこんな場所でボーっとしていたいという長年のあこがれのようなものが強かったかな。
夜は温泉に入り、少し良く寝た。

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8月24日(火)~26日(木)
忙しくしていると、どんどん記憶をなくす。何をどんな順番で音の調整をしたのかもうまったく記憶にないので、3日間のまとめを。

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『スパイの妻』はイマジカの試写で観たときと映画館で観たときとの音の違いに愕然とした。それゆえ今回のセレクションとなったのだが、とにかく左右のスピーカーとサラウンドから聞こえてくる戦争に向けて加速する誰にも止められない時代の流れ、世界の空気をまず感じてもらえたらという調整。そして登場人物たちの声。始まってしまった何かに対して小さな個人はどのような姿勢でどのようにそれに対応するのか。それがそれぞれの声によって伝えられる。その対比を。

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『鵞鳥湖の夜』はやはり主人公たちを取り巻く世界の音に驚かされた。やはりそれらに対して彼らは何もできない。できない中でどうするか。空間はどこまでも広がりしかしその広がりの中に閉じ込められている彼らは、そこからどうやって抜け出すのか。それぞれの生きる姿勢の違いの中で見えてくる、聞こえてくる、その向こうの風景が何とも気持ちよかった。
 
『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』はとにかく彼女の声。歌声と話声。デニス・ホーのことはまったく知らなかったのだが、とにかくこの声の力に圧倒された。中国の抑圧に対しての抵抗のシンボルとして、こんな声がある香港はまだまだいける。そう思わされる小さいが強力な彼女の声を堪能した。つまり、その周囲から聞こえてくるデモ参加者やライヴの観客たちの、さらに小さな声の集合としての彼女の声、ということなのだが。彼女はあのデモに参加することで、今の声を獲得したのだと思う。


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『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』は今回の映画祭の中での一番の賭けだった。あのしずかな映画を爆音にしてどうなるのか? ほとんどの人が想像できない映画だと思う。でも敢えてやる。進行形の現在の中にさまざまな過去が紛れ込んで、結果的に大きな時間の広がりが出来上がりそれがそのまま進行形の現在を形作っていく、そのベースに音がある。その核心だけで今回のラインナップに加えたのだが、大正解。いやあ、目くるめく時間が流れ、まだまだ自分もどこにでも行ける気がしてきた。
 
『ウルフウォーカー』は井手くんの調整。わたしはそれを見ながらスクリーンの中のキャラクターたちの動きとさまざまなところから聞こえてくる音の動きのアンサンブルを堪能していた。アニメって、こういう音との連動の仕方が自由でいいなあと思った。


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『JUNK HEAD』は映画館で観たときと音がまったく違った。これはいったいどういうことかと思うくらい。映画館ではいかにも宅録っぽいレンジの狭い音が聞こえてきて、それはそれで味があって面白く観たのだが、YCAMではその狭いレンジがスーッと広がって、同時に視界も広がる感じ。ただその分、音の印象が硬い、痛い部分が出てきたので、そこを注意しつつ、しかし、DAFぽいビートのノリを最大限に。
 
『バッファロー'66』はモノラル音源。90年代末にモノで映画を作るというのは確実に確信犯なわけなのだが、途中、ヴィンセント・ギャロの父役のベン・ギャザラが「ネルソン・リドルがフランク・シナトラのために作ったがシナトラに拒否された曲」という解説をして歌う曲のあたりで、その狙いが明確になる。ノイズ入りのモノラルサウンドカラオケ。それも含め贅沢な映画であった。

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『ビーチ・バム まじめに不真面目』はもう画面に映っているもの映っていないものがあらゆるスピーカーから音を出すと言ったらいいか、音の集積と拡散のリズムで映画が進行する。ムーンドッグという酩酊する身体の中に、それらが入ったり出たりしながら、世界の物語と人類の歴史を語る、とも言いたくなる。したがって逆に、センターからの音がどれだけしっかり聞こえるかに注意して調整した。
 
『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』は、あつぎのえいがかんkikiで聴いた時と全然違う。あつぎでは低音の暴走に苦労して、音のバランスがとれるまでにだいぶ時間がかかってしまったのだが、YCAMでは全然そんなことはない。いろんな場所で爆音上映、boidsound上映をやっていると、こういうことがよくある。セッティングの違い、会場の機材の違い、会場自体の違いが影響するのだろう。アレサの声が自分のすぐそばで聴こえるようになったのだが、少しうるさくなりすぎた。最後で音量を下げてバランスを取った。今回はサラウンドのスピーカーをさらに強力なものにしたので、全体の音のバランスや音量感が難しい。なかなか身体になじまない。

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『アメリカン・ユートピア』は井手くんにお任せした。もう何度もやっているので、まったく問題なし。最後、ちょっとだけバランスを変えた。会場全体が歌い出す。この感じこそ正統的かつ反転された「ユートピア」の響き合いと言えるのではないかとも思えた。
 
『ストップ・メイキング・センス』も井手くんにお任せしたのだが、相当苦労したとのことで、一緒に最終確認。爆音やboidsound上映の場合は基本的に5.1チャンネルでやっているのだが、やはりサラウンドが強くてボーカルが出てこない。話し合って、最初の劇場公開当時の2チャンネル音源での上映に決める。左右のスピーカーとセンタースピーカーからのみ音を出すシンプルなもの。ようやく本来の音になる。これでまったく問題なし、と言うかこれがいい。最終的にはひとつのスピーカーから出る音だけですべてを出せたら。YCAMはこの数年、スピーカーを増やし続けてきたのだが、今後はたったひとつのスピーカーに向けての道を歩んでいきたい。まあ、映画の音声の作り上、それは無理なのではあるが。気持ちの問題。
 
『Reframe THEATER EXPERIENCE with you』も何度もやり直した。今回は音楽ものが大苦戦。サラウンドスピーカーが変わるだけでこんなことになるとは。とはいえ最終的にはベストなバランスへ。ど真ん中の位置で聴くと、音の中にいる感覚。これまでの爆音上映では苦労した最後のMCパートもまったく問題なし。

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8月27日(金)
朝YCAMに入ったときは通常通りだったのだが、本番開始直前に「明日からYCAM休館」という連絡が入る。木曜日から山口市内の図書館がすべて休館になり、YCAM内でも図書館は休館、爆音映画祭は開催というちょっとバランスが悪いことになっていたので心配はしていたのだが。
致し方なし。1日だけの本番。ああそれにしても『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』は素晴らしかった。そして『スパイの妻』から始まり『鵞鳥湖の夜』『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』へと連なる4本に共通する大きな流れ。この1日で映画祭が終わってしまっても、始まってしまったこの流れは誰にも止められない。太く強く世界に向けて流れ出していく。そんなことを思わせる、映画の中の女性たちの歩みに、強く心を動かされた。このために今年のYCAM爆音はあったとさえ言いたくもなった。

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8月28日(土)
来年のためにいくつかの試写を行い音の確認をして、あとは残務処理片付け。その間わたしは、某プロジェクトの助成金申請のための聴き取り作業を。無茶なプロジェクトなのでどうなるかまったくわからないのだが、少しずつ少しずつ現実的になっていく。

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8月29日(日)
予定より1日早く帰宅。さすがに疲れている。

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8月30日(月)
たぶん役立たずで寝ていた。

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8月31日(火)
歯医者に行ったという記録がある。思わぬ出来事と思わぬ涼しさで8月が終わった。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。Exne Kedy And The Poltergeists『Strolling Planet ’74』LP &CDが8月11日より発売中。10月22日(金)~24日(日)に高崎電気館で「爆音映画祭 IN 高崎 2021」を開催。