妄想映画日記 その96

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」96回目は10月前半の日記です。久しぶりの札幌では初めての会場での爆音環境づくりを。移動続きと連日の疲れで耳がダメになっても北のグルメを味わえたようです。東京に戻ってアナログばか一代そしてMOVIX亀有での爆音映画祭へ。その週末にやって来た台風19号によって予定していたboidのイベントはキャンセルや延期になるも、社長にとっては思わぬ休養に。
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文・写真=樋口泰人


爆音映画祭が連続してくるとその他のことがなかなかできない。思った以上にできない。というかまったくできない。すべてのことが滞る、思考も停滞する。疲労が溜まる。若くないので回復もできない。毎年その「回復できない感」の強さが更新される。いや加速度がついて強くなる。まったく何もできない回復できない助けてほしいもう辞める、という状況になる。あと1年続けられるだろうか。事態は切迫している。

 
10月1日(火)
MOVIX京都での調整が終わり、予約していた新幹線まで少し時間があったので京都駅のカフェに入り、念のためと思い新幹線の時間を確認したら、すでに出発の時間だった。30分以上勘違いしていたのだった。最近はこんなことばかりである。ちゃんと確認していたはずだったのだが、一度思い込むとそれっきり。とにかくみどりの窓口に行ってどうしたらいいか尋ねると、普通に入って自由席で行けばいいと言う。EXカードというやつで処理しているチケットレスのシステムなので不安だったのだが、言われるがまま改札を通ったのだが、今度は新幹線が止まっていた。京都と米原の間での豪雨で一時的に停車中とのこと。なかなか思うようにはいかない。


 
10月2日(水)
疲れが抜けきらぬまま札幌へ。さすがに飛行機だと乗り遅れたら大変。少し早く羽田についてしまったために、気を緩めないよう余計に緊張した。札幌は寒いわけではなくちょうどいい涼しさ。1年じゅうこれくらいだと病気も減るのではないかと思われるような快適さ。今回の爆音会場である札幌市民交流プラザのクリエイティブスタジオへ。初めての場所でなおかつ通常は映画の上映は行っていない場所。つまりゼロから爆音環境を作ったわけなので一体どんな音が出るのか、しかも新宿や京都での開放感のあるスケールの大きな爆音を聞いた後だけに不安ばかりが募っていたのだが、いざ聞いてみると案外これはこれでいい。調整前の音でこれだけ出ていれば後は作品ごとに調整していけば大丈夫。安心したら腹が減ったので狸小路にある絶品のジンギスカンを。疲れのために胃腸は常に不調なのだが、ついガツガツ食ってしまう。

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10月3日(木)
早起きして市場に行き海鮮丼をと思っていたのだが、もちろん早起きができるはずはない。というか、疲れすぎてくると睡眠もままならなくなる。この秋からは少しは楽になるんじゃないかと思ったりもしていて、boidの本来の活動に戻ろうとあれこれ予定を入れてしまっているのである。連絡作業その他、すべてがギリギリのところで進行中。
調整は順調で今回上映する4作品をやってしまうことができた。会場全体の音のバランスがよく、スピーカーも会場に合っていて、シネコンの爆音の音とはまた違う、小さいゆえに大きな広がりのある音になったように思う。なんだろう、我が家のシステムで観ている感覚が宇宙の果てまで延びていく感じと言ったらいいか。ブルーレイでの上映ということも影響しているかもしれない。
 
時間があったので、地下通路内にある500メートルギャラリーという本当に通路の500メートルにわたる壁を使ってのギャラリー展示を観に行く。鈴木ヒラクさんの作品が延々と展示されているのである。爆音調整を終わってから見るとそれぞれの作品がひとつの音符になって大きな楽曲を作り上げているように見えてくる。作品ごとの連なりや関係が大きなメロディーを奏で始めるというか。正面から向かって左側から見ていったほうが、その連続感が見えてくるような気がしたのだが、どういう順番で描かれたのか、ちょっと気になる。

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10月4日(金)
午前中は昨日調整した分の再チェック。微調整をする。午後からホテル移動のため新たなホテルに向かうと、元ラブホであることがまるわかりの外観、1階の駐車スペースの脇から入っていくとロビーやフロントはなく、昔の映画館や劇場のチケット売り場のような窓だけがあってそこの係員とのやり取りとなる。チェックイン時間には早かったので荷物を預けたのだが預かり証もくれない。これって誰かが私の名前を語って荷物を受け取ったりすることも簡単にできてしまうのではないかとか、入れなかった部屋の中はいったいどうなっているのかとか、いろんな疑惑が持ち上がり、しかし疲れすぎているとそういった疑惑やそれに伴う妄想を楽しむことができない。いやもう、ただ普通に休みたいだけなのだ。テレビの「水曜どうでしょう」という番組の一大イヴェントと重なってしまったために通常のホテルが取れなかったのが原因なのだが。
夜の本番が終わり帰りがけに軽く夕食をということでラーメンを食べに行こうとしたらどこもものすごい行列。どうやらこれも「水曜どうでしょう」のイヴェントに全国から駆け付けた方たちらしい。やられっぱなしである。

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10月5日(土)
完全に疲れが出て、耳がヘタレになった。本番前のチェックでも爆音がつらい。周囲のスタッフにも確認しながら音量をちょっと下げてもらったりもした。まあわたしが見るわけではないので問題なければ下げる必要はないのだが。そんなに大きな会場でもないしそれなりに反響があるので大きすぎるより少し小さめでちょうどいい。本番は大盛り上がりの『デス・プルーフ』以外はすべて満席売り止めというわたしとしては何とももどかしい結果となった。やり続けることで状況は変わる。
打ち上げでは北の幸を堪能した。東京含め他では簡単には食うことのできないホッケの刺身に舌がとろけた。

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10月6日(日)
無事帰宅。ずっと睡眠不足だったので、ただひたすらグダグダとしていた。



10月7日(月)
週明けの事務仕事が終わらない。夜はアナログばか一代。谷口雄くんも参加しての4人ばか。湯浅湾の新作『脈』の完成記念で、4人がそれぞれ湯浅湾をイメージして選んだレコードを持ち寄って聞く、という趣向。しかしその前に、出来上がったばかりの7インチ「ひげめばな」のアセテート盤を聞いた。まだ7インチに切られていないLPサイズ。ああ、写真をちゃんと撮っておけばよかった。肝心なことは基本的にやり損ねる。しかしとにかくめちゃくちゃいい音で、ミックス時の音源しか聞いてなかったからその違いに唖然とする。この日この場にいた方たちは本当に幸せである。こんな音で聞ける日は2度とない。まさに生まれたての音楽が、当たり前のように目の前に立ち現れた。比喩ではない。おかげで最後まで会場全体が幸せのオーラで包まれたままのみんなにこにこアナログばかとなった。



10月8日(火)
打ち合わせいくつか。原稿のために『ワン・プラス・ワン』を見直した。冒頭のミック・ジャガーとブライアン・ジョーンズのセッションから始まって、そこにキース・リチャーズが入ってきて3人での演奏となる「悪魔を憐れむ歌」の微妙な緊張感がやはりとんでもなく良くて、このシーンだけでこの映画を語るという方向を決める。
 


10月9日(水)
亀有爆音の調整初日。初亀有。東京の西側に住んでいると西側と中心部だけで完結してしまう。というか地元の高円寺だっていつも歩くところくらいしかわからないといういかに普段余裕のない生活を送っているかをこういうところで思い知らされるわけだ。ぼんやり横道に逸れる暮らしをしているはずだったのに。とにかく駅前には「こち亀」の人々がいた。

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調整は初めての場所だったので最初それなりにてこずった。少し縦長の会場ということもあり、他会場のように横の座席のことを気にしなくていい分、前と後ろの音量差をどうするかその音質の違いを慣らしていく作業をしているうちに次第に音がまとまり始める。こうなってくるとあとは作品ごとの微調整で十分。特に『レ・ミゼラブル』がこれまでにない素晴らしい音になった。
 


10月10日(木)
調整2日目も順調に。しかしなんと、週末には台風がやってくる。何とかなるかと思っていたものの台風は本気である。爆音だけではなく、土・日は新文芸坐での「ブルース・ビックフォード追悼上映」もあり『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』も絶賛上映中。大阪では『PARKS パークス』の野外上映もある。それに加えまだ告知できない映画の撮影も進んでいる。全部が台風でやられそうな勢い。亀有で上映予定の『クロール』はワニに襲われるパニック映画というような宣伝がされているが、しかしどうしてワニが現れたかというと町中が水没するくらいの巨大台風がやってきたからで、なんだかシャレにならない。
 


10月11日(金)
ビッグフォードも爆音も『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』も、土曜日は台風のため上映中止が決定される。残念だが致し方なし。それにこうやって前もって決めておくと何となく気持ちが楽になる。思わぬ休養。ひたすらじっとしていることにする。
昼は湯浅湾の『脈』のアルバムジャケットの打ち合わせ。大きな厚紙を2回折って作るジャケットで、つまり広げると4倍の大きさになる。表裏で8面。そのほとんどが湯浅家の猫たちの写真となる。贅沢なのか無駄なのかわからない。金はかかる。しかも、CDを入れる袋も既製品のビニールではなくアメリカ盤などによくある会社名やリリース作品が印刷されている特別な紙袋を作ろうかという話になる。こんなことをやっていてはいくら売れても儲からない。やめるのは簡単なので、とりあえず見積もりなどとってもらうことにする。つまり「やめない」ということなのだが。
 


10月12日(土)
夜になって風雨強まる。大きな物音がしてどこかで何かが風に吹き飛ばされたらしいのだがさすがにこの風雨では確かめることもできず翌日になってそれが我が家の屋根の頂点につけられていたカバーのひとつだったことがわかる。そしてさらに後になっての屋根修理の確認をするとひとつではなくふたつ飛ばされていたことが判明。テレビでは各所での被害状況が伝えられていく。
 


10月13日(日)
どうやら被害は各所で相当なことになっていることが徐々に判明。政府の対応が遅いことがSNSなどで騒がれているが、例えば今回値上げした消費税分を全力でこの対応費用に充てたりするとかできないのだろうか。使い道さえ明確明快で理にかなったものなら誰も反対はしない。これも後から知ったことなのだが、こんなのありえない! どうしてこうなのか、説明義務はないのか? あいまいにではなくこちらも明瞭に。
https://www.asahi.com/articles/ASMBK3RG7MBKUTIL00Z.html?fbclid=IwAR12w4QDAeFLbtv_UkHlErG8TP_YPO4ztil2gzgQB1Tuivvge62LzeXMwRQ
 


10月14日(月)
原稿のため新文芸坐で上映中の『マーウェン』。3Dから帰還後のゼメキスは2Dで通常の世界を映しても確実に世界がゆがむ。そうあるべきではなかったものが無理やりひとつの枠組みの中に入れられてそこかしこで無理や亀裂やゆがみが生じ、結果的にその輪郭がどんどん不明瞭になるばかり。試写で観た時の謎はやはり謎のまま。なにかが見えたり解決したりするわけではないが、この不明瞭に閉ざされた現実の向こう側へとわれわれを連れ去り、あるいは向こう側の空気をこちら側に流入させて、われわれが今ここで生きていることの永遠を確実なものにしてくれる。しかし選曲はいつもながらアナログばかだ。無駄な銃弾はいったい何発撃たれただろう。
 


10月15日(火)
月に一回の税理士来社。先月分の経理のまとめを片付けるうちに1日が終わる。


樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。