妄想映画日記 その94

boid社長・樋口泰人による「妄想映画日記」その94。前回の6月前半の日記から久しぶりの更新となった9月前半の日記をお届けします。変わらぬ体調不良を抱えて各地を転々とする社長は毎年恒例のYCAMと高崎電気館での爆音映画祭を終え、尼崎にて爆音調整、京都にて『TOURISM』トーク、そして名古屋のあいちトリエンナーレへ。
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文・写真=樋口泰人


昨年の疲れを引きずったまま3月にメニエルが再発して以降、一応は仕事もしていたが相当参っていた。全部やめて引退しようとも思っていた。まあ、そういうわけにもいかず地味に働いていたわけだが日記を書く気持ちはすっかり消えていた。エネルギーがまったくなかった。7月8月は働いてもいたが休んでもいた。気持ちのほうはだいぶ楽になってきたように思う。エネルギーゼロのまま何かをする気持ちの在り方だけは少し元に戻った感じ。エネルギーが蓄えられたわけではない。単にゼロのままやる、体力も日々衰えていく中での新しい方法を少し習得し始めたということでもある。8月半ばから激しく働き始めた。エネルギーゼロの試運転、という感じである。ゼロにしては働きすぎだが、ゼロなのでいくら働いてもゼロはゼロである。生きていても死んでいてもあまり変わらないという感覚。ただし体調は良くない。残念ながら。
 

9月1日(日)
YCAM爆音最終日。YCAMの音は昨年でほぼ完成されたように感じていたのだが、今年はちょっとだけ天井やサラウンドのスピーカーのセッティングを変えたら、音もさらに進化。シネコンの爆音も相当すごい音になっていてその音に慣れた耳にも十分すぎるくらいゴージャスな音になった。もう、ずっとここでやっていたいと毎年言っているような気がするが、それを言えるくらいにはまだ元気であるということだ。
 
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9月2日(月)
YCAM爆音の最後のお楽しみは、新山口駅前の「たかくら」の寿司。空港への乗り合いタクシーや直通バスがなくなり、新山口経由になったおかげで最後にこれができる。寿司に満足して空港へのバスに乗った。9日間、今年も楽しかった。

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9月3日(火)
9月はほとんど東京にいないため、いるときはミーティング三昧。疲れ果てる。夜は『TOURISM』上映中のアップリンク吉祥寺にて大寺とトーク。この映画のどこを大寺が気に入り、どんな風に見ているのかを話してもらうという算段。この映画の古典的な構成についての話になった。それは大寺の批評家としてのまなざしであるとともに、どこかともに映画を作ろうとしているような、作家に寄り添った親密さが感じられる話になった。
 


9月4日(水)
湯浅湾のアルバム発売、その後のツアーに向けてのミーティング。少しずつ形が見えてくるが、わたしの予定が詰まりすぎていて果たしてどこまでやれるのか。気が遠くなる。
夜は高崎へ向かう。
 


9月5日(木)
爆音調整に苦労した。昨年までは気にならなかった壁の反響が、今年は妙に気になったのだ。シネコンの吸音性が高い壁の感じに身体が慣れてしまったのかもしれない。時間がかかった。しかし粘ると解決策は出てくるものだ。粘る体力と気力をいつまで持ち続けられるか。
 
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9月6日(金)
今回爆音上映するBUCK-TICKのヤガミトールさんのソロアルバムのジャケットがいよいよ朽ち果てつつある高崎のアーケードのオリオン座前で撮影されたことを知る。そしてインナーは電気館にて撮影とのこと。60年代のブルースマンのジャケットのようでなかなかいい。

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爆音映画祭のオープニングはフィッシュマンズのライヴ作品で、これはもう何度も爆音上映してきたのだが、もやもやっとした音の中から時々何かが閃光のようにきらめいて魂を直撃する、この感じがたまらなく気持ちいい。いつまでも見ていたくなる。上映終了後、若者たちに感謝された。


 
9月7日(土)
いつまで続くのか『ボヘミアン・ラプソディ』の人気。高崎でも完売である。最後にお楽しみのライヴシーンがちゃんとついているというベタな構成が大事なんだなと『ロケットマン』との違いを思う。土曜日限定で出店していただいた近所の中華店「來來」の揚げワンタンが絶品である。

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9月8日(日)
高崎爆音最終日。クラシックの3大テノールの競演作品の上映に緊張する。音のレンジが広いので、きっと録音も大変だったろうと想像される録音で、つまりいったんその広さがおとなしくまとめられてしまったものを今度は逆に元のように広げなければならないわけだが無理すればすぐにばれる。その塩梅。夜には台風が東京へということで打ち上げもそこそこに東京に戻る。
 


9月9日(月)
午後から延々といくつもの打ち合わせ。東京にほとんどいないので、いるときは結局事務仕事とミーティングで終わる。試写や映画を観に行けるのはその後である。簡単にはやってこない。
 


9月10日(火)
夕方まで事務仕事、夜は雑誌「nobody」の取材を受ける。boidのこの20年を振り返るインタビューだが、総括するというより思い出話をしているうちにKindleの話になって、文字だけではなくその他の活動も含めての運動体として始めたboidが、めぐりめぐって別の形で文字へと戻っていくこの20年という話になったようなならなかったような。いずれにしてもいよいよboidはKindleでの出版はじめます。当分はお試し、という感じですが。
 


9月11日(水)
尼崎へ。井手くんと一緒に爆音調整。久々のシネコンでの爆音だったので、戸惑いつつもその久々感を存分に楽しんだ。しかし夜のホテルが圧巻だった。同じ尼崎でもJR尼崎と阪神尼崎では全然違うということを実感した。阪神尼崎のそばにあるそのホテルの深夜のフロント係のおじさんは見た目は普通だが行動は明らかに変で、わたしと井手くんの部屋番号を間違えたのはまだしも、わたしに渡すカギの部屋番号と、説明書の部屋番号とが違う。確認しなおして渡してくれた鍵もまた違う。延々と確認をするのだが、すべてが怪しい。そしてその鍵と言っても実際には鍵の機能はなく単に持っているだけ。部屋は暗証番号で開けるタイプで、どうしてそんなダミーのカギを持たねばならないのかは謎。何かやばいことが起こったのだろうという想像はつく。部屋のバスルームのドアには、お湯は5分くらいしないと出ないことがあると注意書きが貼られてて用心しながらシャワーを浴びたのだが普通に出たので安心していたら、5分後くらいに熱湯になった。それ以降はどう調整しても熱湯か冷水かにしかならず、いい加減であきらめることになった。翌朝、朝食会場に行くとバイキング用の料理の皿に何も盛られていない。空の皿と料理名の表示があるだけだ。戸惑っているとおばちゃんが近づいてきて、欲しい料理を言ってくれと言う。それを持ってきてくれるとのこと。いったいこのシステムになるまでにどんなことが起こったのだろう。
 


9月12日(木)
MOVIXあまがさきでの爆音調整が終わり、そのまま京都へ。出町座での『TOURISM』上映後に宮崎君とトークをするのだったが、時間を間違えないように何度か出町座のHPで映画の開始時間と終了時間を確認したはずなのに、1時間勘違いしていて、ホテルを出ようとした時がちょうどトークの開始時間になっていた。最初からその予定だったのか、トークは上映後のスクリーン前で次の作品の開場時間までに行われるのではなく、別会場でたっぷり時間をとって行う形だった。わたしが遅れたのでわざわざそうしてくれたのか? あまりのことに確認し損ねたのだが、とにかく別会場で、わたしの到着まで出町座の田中君が宮崎君にいくつかの質問をしていてくれた。わたしもさすがに焦っていたので、汗だくに近い感じで会場にたどり着きそのまま田中君と代わり久々にかなり頑張ってテンションを上げて1時間ほど。半分くらいは直接『TOURISM』とは関係ない話をしたような気がする。この映画と黒沢さんの『旅のおわり世界のはじまり』との類似点は各所で言われている物語上の類似もそうだがもっと別のところにあるのではないかという話をしたことだけは憶えている。この映画の音や色、人々のしぐさやカメラの動きはすべてそこにかかわりあっているように思える。
 


9月13日(金)
京都から名古屋へ。ホテルに荷物を置き、犬山駅に向かい、友人の車に乗って岐阜の関市に行って日本一のうなぎを食うという予定だったのだが、名古屋駅から名鉄で30分ほど乗った後に、犬山駅とは反対方向の列車に乗っていたことに気づき、そこから逆戻り。90分遅れで犬山駅に到着。昨日の出町座トークに続き、もはや自分の行動がまったくコントロールできない。このまま早くご機嫌爺になりたいと思うばかりなのだが、それはそれで人徳やら金力やらが必要になるだろう。
ウナギは相変わらず思い切りうまかった。ほかで食うものとは別物である。しかも安い。これを食っていればご機嫌爺は近い。
 
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9月14日(土)
あいちトリエンナーレにて数々の展示と、夜は梅田哲也君、そしてカーネーションのライヴを。展示は、例の表現の不自由展の中止問題で、それに対する抗議として自身の展示自体を中止した作家たちの、放置されたままの展示に不意を突かれた。中止されている展示があるのは知っていたのだが、何か途中ですっかり投げ出されたままと言ったらいいのかいったん作られたものが壊されてそれが放置されたままと言ったらいいのか、完全に何かの途中、しかも完成や破壊が見えない「途中」感。かつて仙台周辺で観た復興が見えない被災地の風景にも、それはどこか似ていた。翌日観ることになる『空に聞く』の陸前高田の「何が復興なのか」「復興とは何か」が見えてこないさまざまな事情や思惑が絡まりあった状況と、どこかで重なり合う。
 
梅田くんのライヴはもちろん始まりと終わりがありつつも始まりも終わりもない何もない空間から次第に何かが見えてきて何かが聞こえてきてそれが何ものかになろうとしたときには何ものでもなくなっている果たしてそれはそこにあったのかこれからあることになるのかただ単にそこにあるだけのものなのか存在するとしないとの中間でしかしそれこそが世界のすべてであるような大きさを示していた。目が悪いのでよく見えなかったのだが、要するにサイフォン的な何かでコーヒーを作っているだけだよね、あれは。そこにも中止された展示や復興が遅れる陸前高田の風景が入り込んでいるはずだ。そして一方でわたしは個人的に、70年代末から80年代前半の、まだ全然コントロール不能のでたらめで出来損ないの戦闘機械がぶつかり合ったり転がったりしているだけのマーク・ポーリーン率いるサバイバル・リサーチ・ラボラトリーズの初期のパフォーマンスを思い出していた。
http://srl.org/info.html
公式サイトにアーカイヴされている映像は、残念ながらコントロール可能なマシーンたちの戦いになってからの映像ばかりである。それ以前の、計り知れぬばかばかしさはここにはない。彼らが失ってしまったものが、この日の梅田くんのパフォーマンスの中に、過剰な安全さとともに、過剰な安全さによってと言ったほうがいいかもしれないが、再生されていたように思えたのだ。

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梅田くんのパフォーマンスとまるかぶりだったカーネーションのライヴだが、後半は見ることができた。いきなりかつてないテンションでノリノリの直枝さんがいてびっくりした。ロックバンドである。まだまだいけるというか、当たり前のようにガツンとロックをやっている。かつてワイヤーのライヴを見た後に、その時のブルース・ギルバートのギタープレイのあまりのすごさに対して大竹伸朗さんが「ロックは60から」とつぶやいたことを思い出した。客層が若かったせいなのかと思ったのだが、いや、カーネーションの演奏が客層を若返らせたのだと言うしかない、そんな演奏だった。つまり音楽は世界を変えられるわけだ。

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9月15日(日)
疲れてもいるし午前中には東京に戻る予定だったのだが、杉原君に誘われてあいちトリエンナーレで上映の小森はるか『空に聞く』と吉開菜央の『Grand Bouquet』を。ともに監督のトークもセットでひとつの映画という風にも思えた。考えるヒントはいろんなところに転がっている。それに耳を傾けられるかどうか。聞くこと、見ることの大切さを改めて知らされた気がした。映画の内容とはあまり関係ないのだが、『空に聞く』に出てきた陸前高田の人々の姿が、『寝ても覚めても』で描かれた震災の被災地の人々の姿とそっくりで、『寝ても覚めても』のあのシーンの違和感の秘密が見えたようにも思えた。そして『Grand Bouquet』のセンタースピーカーから出る超触覚的な音は、2日前に京都で宮崎君から教えられたASMRというやつを使っているのかどうか、後で吉開さんに確認してみよう。そういえばバイノーラルで録音されたルー・リードの『ストリート・ハッスル』が、自身のリマスターを経てアナログ化されていたので、見つけたら手に入れてみよう。
 

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。