妄想映画日記 第173回

樋口泰人の「妄想映画日記」は不安と緊張を抱えたまま肝臓に転移したがんの治療のために入院をした3月前半の日記です。マルコ・ベロッキオ監督の新作『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命 』やソングス:オハイアの『ゴースト・トロピック』などについても。
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文・写真=樋口泰人



3月1日(金)
渋谷シネクイントで『シド・バレット 独りぼっちの狂気』の宣伝打ち合わせ。劇場の担当者から最近の動員傾向などを聞く。その後少し時間があったので新宿のユニオン(K’sシネマの裏手にある路面店のほう)に行ったらなんだか雰囲気が違う。店のレイアウトが変わったわけではなく、海外からの人たち、そして女性たちが増えているのだ。なんだろうただそれだけのことなのに空気が入れ替わったように感じる。在庫を見始めると明らかに日本盤が増えている。そのうえ以前より値上がりしている気がする。高円寺のヨーロピアンパパの格安値付けに慣れてしまったからだろうか。とはいえ次回のアナログばかが80年代特集だということもあり視線が80年代のバンドのアルバムに。何枚か買ってしまった。そしてレゲエコーナーにはたいていいつも何か掘り出し物があるのだが、今回は見つけられなかった。今後の生活のための節約気分も働いていたかもしれない。シングル盤を見る元気は残ってなかった。
夜はその流れで80年代物をネットで探すとユニオンどころではない。めちゃくちゃ高い。実はリジー・メルシエ・デクルーのセカンド、あのウニジャケットのやつが我が家に見当たらず今買ったらいくらだろうと思って探したら9000円から1万円越え。しかも記憶ではウニの写真がジャケットの真ん中に小さくぽつんとあっただけなのだが、今調べるとウニがでかい。ジャケットサイズである。どう探してもそれしか出てこないからこのサイズだったのだろうが、それでも私の記憶のほうが正しい気がしてならないのはいったいなぜか? カウボーイジャンキーズのファーストも高かった。ただこちらはリイシュー盤が6000円くらいで売られていた。そしてスウェル・マップスもテレヴィジョン・パーソナリティーズも無茶苦茶高くなっている。80年代物は相当な数をもう死ぬほど聴いて、もうこれ以上聴く必要ない体が覚えていると思い込んでほとんどを人にあげたりしてしまったのだが、まさかこの歳になってまた聴きたくなってくるとは。音を聴くだけでいいなら、ネットでいくらでも聴けるのだが。

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3月2日(土)
寒いと体の動きが鈍る。午前中は仕事をして午後からは散歩に行く予定だったのだが、気が付いたら昼寝をしていた。結局一歩も外に出ず、代わりに家の階段を3階まで何往復かした。
 
 
 
3月3日(日)
昨日の反省をもとに午前中に散歩に出た。空気はまだ冷たいが日差しは春。梅の花は散りかけている。久々に阿佐ヶ谷まで。以前なら阿佐ヶ谷で昼食というところなのだが今は外食で食えるものが本当に限られてしまうため、産直販売の店などでさまざまな食材を買い込む。野菜のためにいい方法で無理せず丁寧に作られたものを使ってそれらひとつひとつの生命をおいしくいただく。効率化を求めるのではなくひたすら小さな命を大切にしてその生命を循環させる。多くの人がただそれだけのことをするだけで世界は大きく変わると思うのだが、現実はもうそんな悠長なことを言ってる場合ではないとも言える。そうやってこちらがおろおろしている間に地球の温暖化は加速度を付け、経済のシステムはさらに進み我々はどんどん追い詰められていく。だが植物は決してあきらめない。
 
 
 
3月4日(月)
朝9時には都内某所にある病院で手続きをしていなければならない。そうなると8時には家を出なくてはならず、6時過ぎには起きなければならない。普段より2、3時間の早起きのために少し早めに寝たら4時過ぎに目が覚めてしまった。そこからはうとうとしただけ。通勤ラッシュはいかばかりかとハラハラしていたが、このあたりなら少し空いているはずだという車両を選べば何とかなる。時間も本気のラッシュには少し早かった。
この病院は現在通っている病院の3倍くらいの規模で初診受付だけでも半端なかった。30分以上は待たされたか。初めてのところは勝手がわからず緊張する。医師との面談は10時過ぎから。治療の説明を受けるのだがやはりそれに伴うリスクの説明がありこれにはどうやっても慣れない。可能性としてはごくわずかだが、それでもそうなってしまったら100パーセントである。ついその最悪の場合のことを考えてしまう。
頭が重いと思っていたらメニエールのめまいがやってきた。しばらく待合室のベンチでぐったりと休んでいた。その後、レントゲン撮影、血液検査・尿検査のための採血と採尿、それから心電図検査。昨年からいったい何度こういった検査をやられたことか。それでもメニエールやがんの解決は一向につかない。自分の体力に自信があればそこまでは気にならないのだろうけど。落ち着いて目の前の事実を受け入れながらやるしかない。そして入院の説明など。終了は13時30分くらいで帰る頃にはもうくたくたの上にうっかりすると斜めに歩いている。こんな時に、というかこんな時だからこそメニエールが活躍するのである。不安は増殖する。夕食中にもめまいがやってきてたまらずめまい止めを飲んだ。
 
 
 
3月5日(火)
入院まであと2日ということで、それまでにやっておかねばならぬことをあれこれ。そして体を休めつつ、という1日。不安と緊張がときどきやってくるが致し方なし。あとは月末のアナログばかのために80年代のレコードをあれこれ聴いていた。こうやって一度聴き始めると止まらなくなる。そしてあれもないこれもないと、自分の物持ちの悪さにあきれるが、まあそのおかげで今日までやってこれたとも言える。本当に聴きたくなったら湯浅さんや直枝さんに借りればよい。とはいえやはり「持っている」という奇妙な実感を望む気持ちもある。過去はいつも身の回りにあって「いま」と一緒に生きているのだが、時々その物理的な確証が欲しくなるということだろうか。
 
 
 
3月6日(水)
入院前日ともなると不安が日常を覆いつくす。何をやっても上の空で気持ちは沈むばかりである。普段はあまり感じることのない感覚。「気が滅入る」というのはこういうことかと思う。例えば夏目漱石とか胃潰瘍の重さを抱えながらこんな気分で小説を書いていたのではないかとこちらの都合のいい解釈をする。その流れで「気が滅入る」映画というのはどんなものかと考えてみた。観た人が気が滅入るのではなく、それ自体が「気が滅入って」いる状態の映画。ヴェンダースの『まわり道』などそれに近いのではないか。いや、『サマー・イン・ザ・シティ』から『ゴールキーパーの不安』『緋文字』『都会のアリス』『まわり道』『さすらい』『ニックス・ムーヴィー』『アメリカの友人』と続く、60年代末から70年代のヴェンダース映画は常に「気の滅入る」映画だったような気がする。自分ではどうしようもできない目に見えないもやもやを抱えてそれでも前に進まざるを得ない重い足取りの映画。野心があるわけではなく明日のビジョンがあるわけでもなく今日をエンジョイしようという情熱があるわけでもない。それでも心をたきつける音楽を聴きどこにもたどり着かない歩を進める。
例えばビクトル・エリセの『瞳をとじて』は老人版の「気の滅入る」映画ではないか。どこにもたどり着かない歩みの重い足取りは一方で若さゆえのものであるように思う。どこかにぼんやりとした未来が広がり、それに対する不安も彼らの気分を滅入らせる。歳を取り年齢を重ねるにつれ未来は削られ次第に足取りは軽くなる。巨匠の晩年作の奇妙な軽さが好きなのだが、それも彼らの抱えた未来のなさゆえのものなのではないか。だがエリセの31年ぶりの長編はそんな軽さを微塵も感じさせない重い足取りの映画であった。未来ではなく過去の重さが未来の軽さを乗り越えて、その重い過去がまるで未来であるかのように主人公たちは歩を進める。若さとは別の足取りの重さ。もはや主人公たちは未来に向かっているのか過去に向かっているのかわからなくなり、その過程の中で過去の中の未来や未来の中の過去を見ることになる。過去の中に未来が埋め込まれ未来の中に過去が埋め込まれている。われわれの現在とは未来や過去を作り出す過程でもあるだろう。そんな老人たちの歩行。70年代のヴェンダースがたどり着くはずだったにもかかわらずそうはならなかった今(いまだに『パーフェクト・デイズ』を見逃したままだ)、エリセに「ちょっとこんなことをやってみないか」と声をかけた映画の魂のささやきをホイホイと引き受けてこんな物語を作り上げたと言いたくなるようなエリセの軽さが、その老人たちの重い歩行に反映されているように思う。ひたすら「現在」であり続け、その未来や過去を更新し続ける、しかし重い足取り……。いつかこんな足取りを自分も獲得できたらと思う。
 
 
 
3月7日(木)
10時までに病院なので再び通勤ラッシュとともに大荷物抱えて電車に乗る。大荷物で乗るのは嫌だったのだが、遅刻してもいいやどうせ病院で待たされるということでギリギリまで出発時間を遅らせた。おかげでラッシュの時間からは少しずれて心配したほどではなかった。山手線はさまざまな路線の運行によってだいぶ混雑が緩和されたのではないか。あるいはコロナ期の在宅ワークの名残もまだあるのか。
病院はこれまでの病院とは少し勝手が違うが入院してしまえば覚悟は決まる。ようやく少し落ち着いてきた。病院食は、今や我が家の食事のほうが塩分が少ないと言えるくらいで、もうまずいとも思わない。普通に食える。本日は何をするというわけではなく明日の準備なので暇だが落ち着かず、配信で映画も観かけたが全然集中できなかった。夜は明日の処置室に連れていかれ最終チェックを受けた。点滴用の管を挿入され、それからあれは何と呼ぶのだろう、妊婦の腹の中をチェックして育っている子供の様子を見たりする機械、あれとに似たような機械で内蔵の様子を確認されて担当医とスタッフたちが明日の作業を確認する。しかし処置室は手術室のような大げさなものではなくなんだか心もとないがそれくらいな作業でもあるということで一方で安心したりもする。

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3月8日(金)
明け方4時過ぎに目覚め眠れなくなってしまったのはさすがに緊張していたのだろう。早く朝ごはんが来ないかと心待ちにしていたのだが結局来なかった。処置の日なので当たり前である。うっかりしていた。
処置は実際にラジオ波というのを肝臓に当てたのは10分くらいだった。部分麻酔と痛み止めの点滴のために意識は朦朧としていて眼鏡も外されているために頭の左上側にあるモニターに映る内臓の処置の画面はまったく見ることはできなかった。とにかく右わき腹の肋骨の下あたりから細い管を肝臓に向けて挿入し、患部に当ててラジオ波というやつで熱処理する。患部に届くまでが繊細な作業で医師やスタッフたちが懸命に操作している声と脇腹の鈍い痛みだけが今となっては記憶に残っている。鈍い痛みは結構それなりで、途中で痛み止め追加、楽になると同時にさらに意識は遠くなりでも眠ってしまうわけではない。あとこれが10分くらい続いたら耐えられないなと思っているうちに「抜いていいよ」という担当医の声が聞こえ処置は終了した。あとは無茶苦茶な眠さが残るのみ。部屋に戻ってベッドで4時間安静寝返りもうったらダメと言われておりそんなじっとしたまま4時間も耐えられるかと思っていたのだが何のことはないただひたすら眠り続けた。気が付くと安静時間は終了、その間何度か熱と血圧を測られたがなんと手術前は90くらいしかなくてあきれられていた血圧が130とか110とかになっていて、このままそれくらいでいてくれたら少しは楽に生きられるのではないかと思った。
食事は前回と違い今回は肝臓なので影響がないらしく通常メニュー。腹も減っている、眠い以外は普段と変わりないから体への負担もほとんどなく済んだということなのだろう。ありがたい。あとは肝臓が炎症を起こさずいてくれて、月曜日のCTで問題なしなら火曜日に退院である。

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3月9日(土)
本日は休養日。病院のベッドでぼんやりしていた。あとは日記の整理など。2023年分は3月末まで来たので、ちょうど1年前の記憶と今この病院のベッドとを行き来しつつの1日であった。昨年の日記の文字量がすごいことになっている。この1、2年、とにかくいろんなことが起こりすぎた。そして今も起こりすぎている。季節の変わり目でもある。わたしを含め古い季節の人々は枯葉となって地に落ちて次の時代の栄養になる、そういう覚悟を決めるべきだと思う。
夕方から微熱が出ていよいよ患部が炎症を起こしたかとヒヤリとしたが無事治まった。今回の入院は前回と違い体力の消耗もまったくないし痛みもないので言ってしまえば単にごろごろしているだけである。それはそれでまったくOKでありがたい限りなのだが、映画を観る気にならない。患部はおそらく消滅したが目に見えないがん細胞が体中に広まっていていつかそれが目に見えるようになるというぼんやりとした不安の中にふわふわと浮かんでいるこの状況をもうちょっと堪能したいという奇妙な欲望が芽生えている。ただそこにあるだけのことの中の小さな変化を見つめていたいというか。でもまあ数日で飽きるだろう。
 
 
 
3月10日(日)
休養日2。昨年の日記の整理を少し。あとはぼーっとしていた。がん患者のための食事に関する資料をいくつか読んだ。そこから派生して統合医療関係の資料もいくつか読んだ。基本的に答えはない。とりあえず私の場合は現代医学をベースにその補助となるいくつかの療法をやってみることになると思う。いや、食事を変え身体を変えることをベースに現代医学で治療してもらうということか。久々にシャワーを浴びてちょっとすっきりした。

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3月11日(月)
緊張の造影剤CT検査であった。無事ちゃんと処置されているかどうか。検査は午前中だったが、結果が出るのは夕方以降なので、その間が長かった。さすがにここで躓きたくない。自分の力ではどうにもできないことゆえひたすら待つのみ。日記の整理もしていたが気もそぞろ。夜になってようやく「明日退院です」という報告を受けた時はさすがにウルっと来た。今回はさすがに命がけでもあるのだった。その後、明日の朝まで続く抗生剤の点滴を受ける際に、初日から左腕につけていた点滴の受け口(あらかじめポートを血管に刺していて、そこに点滴を流し込む)が4日目ということで不具合を起こしちゃんと血管に入らなくなったのでそこを閉じて右腕に作り替える。こうなってくると人間の体は単なる機械のようなものだ。不具合が出たら修理する、修理不能ならバイパスを作る……。ベンヤミンのオーラの話を思い出したりもするが、通常は人間の身体として自覚しているものが感情のない機械として処理されそれをある程度は受け入れなければ物事は先に進まない。その機械化された自分の身体を人間としてどう受け止めるか。新たに始まった文春での連載で中原が大病をしないと本物の作家にはなれないというような話をしていたが、おそらくこうやって機械化された自分とどう向き合うかという問題なのだろう。人間機械でも機械人間でもないさらに別の立ち位置のようなものが果たしてあるのかないのか。昨年の日記でも引用した「現代社会で作家が機能化されるのが必然の勢いであってみれば、作家は後退するよりむしろ空転しているレンズに自分からとびついて、それを自分の「存在」と結びついた「眼」にしなければならないだろう。」という江藤淳の『海賊の唄』の一節ははたしてこのような病人の視線と関係あるのかないのか。そういえば江藤淳も多病の人であった。
その後各所に退院の件の連絡をした後、「X」で渥美さんがバス・ドゥヴォスの『ゴースト・トロピック』と『Here』について書いた投稿を読み、ずっと気になっていたことを思い出した。いや、たいしたことではないのだが、この『ゴースト・トロピック』というタイトルはジェイソン・モリーナのソングス:オハイアの2000年のアルバム『ゴースト・トロピック』とどこか関係があるのだろうかということである。かなり特殊なタイトルであるということと、たまたまわたしがこのアルバムというかジェイソン・モリーナが大好きで気になってしまっただけなのではあるが。未見の映画のストーリーを読むと、後半は音楽づくりも絡んでくるようである。予告編に使われている音楽も、どこかソングス:オハイアのアルバムとも雰囲気がよく似ていて、まあこのタイトルを付けたら基本的にこうなるよねということでもあるのだが、84分という短い上映時間だから人工肛門でもなんとか途中トイレに行かずに済むかもということで、退院したら映画館に行ってみようと思った。
 
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3月12日(火)
退院である。前の病院もそうだったのだが担当の看護師が日々代わるので特別な感情はわかない。おそらくそのようなシステムにしているのだろう。とりあえず本日の担当看護師にお礼を言って精算を済ませ晴れて退院となるのだが、あらゆることがシステマティックに処理されていて頼もしくもあり寂しくもある。今回は期間も短かったし体も普通に動くしで「ようやく外に出られた」というような感慨も沸かない。当たり前のように電車に乗り帰宅した。そしてこうやって当たり前のように帰宅できることに深く感謝した。
その後病院から渡された退院後の注意が書かれたパンフレットを読む。肝臓の手術や外科的な治療をした場合のその後の肝臓障害が列挙されている。もちろん普通に回復する場合のほうがほとんどで、何らかの事故が起こってしまうのはまれとのことなのだが、その万が一に心が引っ張られてしまうわけだ。今回のラジオ波治療の際も、治療中に起りうる事故についての説明を受けているうちに気分が悪くなってしまったのだが、普段はないことにして気づかぬふりをしている自分が生きているということの足元の危うさが、こんな時にふと表面化してその深淵が心に亀裂を走らせる。一瞬凍り付くわけだが何ができるわけではない。
夜はアナログばかのために80年代のレコードを。病院でこれはできない。そして私の記憶の中に強烈に残っているいくつもの当時のアルバムは基本的に70年代末のリリースであったことを再確認した。とはいえ80年代に入ってからのアルバムが記憶に残っていないわけではない。それらは80年代半ばだと思っていたのだ。だが実際は80年代初頭にリリースされている。わたしの中の記憶の捏造と言ったらいいのか時代の感覚が数年ずれている。しかしやはりあれもないこれもないと、レコード棚を探しても出てくるわけではない。
梅本さんの命日でもあった。
 
 
 
3月13日(水)
病院からの流れで6時30分には目覚め、しかも気分もすっきりということでそのまま起きる。久々の快適な目覚めである。忘れていたこの感じ。午前中に振り込みなどを済ませ散歩。しばらくは散歩が仕事である。気分はいいとはいえ6日間は病院のベッドの上でほぼ寝たきりだったわけだから体はなまっているのだが、長い距離を歩いても息が上がってこない。普通に歩けるのである。肝臓の障害が取り除かれたことで血行がよくなったということなのか。単に気分の問題なのかもしれない。
午後から、マルコ・ベロッキオの新作『エドガルド・モルターラ』を観る。オンライン試写のリンクが送られてきたのである。これがまた今まさに、という映画で、製作時にはウクライナ問題への問いかけという意図もあったのかもしれないが、それが公開される頃には一気にパレスチナ・イスラエル問題が浮上してくる。つまり人類の普遍的な権力構造と差別と排除の問題が堂々と語られているということなのだが、しかもそこに「語りえぬもの」が絡んでくるから、西洋の叡智と教養を総動員して取り組まないとこの映画を語ることはできない私には無理だといきなり緊張が走る。
題材は18世紀に実際にあった出来事で、ローマ教皇を頂点とするカトリックの支配下で隔離状態に置かれたユダヤ人たちの子供が「かつてキリスト教の洗礼を受けた」という家族のあずかり知らぬ理由でローマに連れ去られキリスト教徒として再教育される。その子供(エドガルド・モルターラ)を巡ってのユダヤ人一家とローマ・カトリックとのやり取りが描かれていくわけだが、その関係は現在においても固有名を入れかえればいくらでも変更可能、繰り返し変奏される事件、出来事、物語でもある。
印象的なのは子供をローマへと連れ出すためにユダヤ人一家を訪ねたカトリックの使徒が家族にどうしてこんなことになったのか説明してくれと尋ねられた時に「わたしにはその権限がない」と説明を避け自分の意志はあくまでも留保して自分はただ自分に与えられた役割を全力で遂行するだけだという態度をとるところである。のちに立場が逆転してカトリックの牧師を連行しようとする政府側の人間も、牧師に似たような問いかけをされ、同じ答えをする。日本語字幕ではまったく同じセリフとして示されていたはずだ。この映画の中では登場人物たちのほとんどが意識的にあるいは無意識のうちにこういった態度で行動する。江藤淳の言う「奴隷」ということにもなるのか。そこから逃れているのは唯一、連れ去られた子供の母親だけである。言い換えるとこの映画は、キリスト教とユダヤ教の問題、その権力構造と差別や排除の問題は映画の大きな仕掛けに過ぎず、物語の中心は母親にあるのだということにもなる。母だけがなぜ権力の僕となることから逃れられたのか? 一方で成長した「連れ去られた子供」の態度もおかしい。このふたりの度を越えた行動、根拠が不明の強さと態度はいったいどういうことなのか。江藤淳は「われわれは犬の僕になるといいのではないか」みたいなことを言っていたかと思うが、例えば犬の僕となるそんな態度とこれは関係はあるのか。いずれにしても我々が彼女のような「母親の愛情」を超えた根拠不明の強さとともに生きられるかどうか。そういえばスティーヴン・ザイリアンの『シビル・アクション』の中に出てくる母親も、確かそんな強さで主人公の弁護士(ジョン・トラボルタ)を圧倒していたはずだ。
あといつものことだが常に画面を緊張感で震えさせ続ける音楽がよかった。Fabio Massimo Capogrrossoという人なのだが調べてもよくわからない。遠山くんや赤坂くんならわかるだろうか。いつか尋ねてみたい。
 
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 『エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命』 原題:Rapito
2023年/イタリア、フランス、ドイツ/カラー/イタリア語/134分
監督:マルコ・ベロッキオ 脚本:マルコ・ベロッキオ、スザンナ・ニッキャレッリ
製作:ベッペ・カスケット『シチリアーノ 裏切りの美学』、パオロ・デル・ブロッコ『ドッグマン』
出演:パオロ・ピエロボン、ファウスト・ルッソ・アレジ『シチリアーノ 裏切りの美学』、バルバラ・ロンキ『甘き人生』、エネア・サラ、レオナルド・マルテーゼ『蟻の王』
配給:ファインフィルムズ
© IBC MOVIE / KAVAC FILM / AD VITAM PRODUCTION / MATCH FACTORY PRODUCTIONS (2023)
4月26日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町他にてロードショー
公式サイト

 

3月14日(木)
午後から事務所に荷物を届けに行こうと家を出て、運動がてら新高円寺ではなくJR高円寺駅まで歩いて高円寺駅が見えてきたところで両腕が軽いことに気づく。つまり荷物を忘れてきたのである。このまま事務所に行ったのでは単に行っただけで仕事量ゼロ。すごすごと引き返す。午前中は阿佐ヶ谷まで散歩に行ったので仕事量はゼロでも運動量はそれなりのことになった。事務所帰りに久々の高田馬場ディスクユニオン。こちらの雰囲気は相変わらず。そして価格も相変わらず。400円台から800円台のものをいくつか見繕いつつ、買い逃していたニール・ヤングの『RETURN TO GREENDALE』のボックスセットを。「相変わらず」と書いたが、気が付くとやはり日本盤が増えている気がする。
帰宅後は社長仕事。観たい映画や読みたい本も山ほどあるが、こうやってリハビリしていてもそこまではなかなか手が届かない。

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3月15日(金)
使っているスマホが2年を超えて使い続けると3年目から機種代金が発生するというシステムなのでもうそろそろかなということで機種変更をしに行った。たまたま同じ機種の上位ヴァージョンが機種代金毎月1円で変更可能というキャンペーンをやっていたのである。こういうのにあっさり乗せらるのもどうかと思うが毎月1円で済むなら大助かりということで説明を受けたら、家のネットやテレビも全部乗り換えるとさらに安くなるということでなんだか大げさな話になってしまった。こういうのは成り行き任せ。細かい説明をざっくり聞き飛ばして結果的にいくらになるのかその条件は何かという大筋だけをとらえつつ、それでも4、5時間はかかった。やれやれ。とにかくこれで我が家は妻と合わせて年間4万円ほどの通信費削減となったわけである。大手企業の春闘ペースアップ金額よりちょっと大きいか、という数字。通信業界にこれ以上金を落とすのは本当に避けたい。携帯電話やインターネットが普及し始めて20年以上が過ぎてようやく価格が落ち着いてきたという実感。いずれにしてもわれわれはネットや通信のために生きているわけではない。単に生きているだけなのだ。


樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。