潜行一千里 ILHA FORMOSA編 第2回

空族の連載「潜行一千里 ILHA FORMOSA編」第2回はトラツキからの報告です。12年ぶりに台南で再開した「能盛興工廠」のメンバーでもあるユイさんとカイさん。カイさんの新たな才能に出会い、その晩は海辺の家でブロック・パーティーも開催されたようです。

文・写真=空族


トラツキからの報告
 
2020年1月××日
 

CN『蘭芳公司』作戦ヲ開始セヨとの司令部の指令を受け、台南に到着した我々をひとりの隊員が出迎えてくれた。台湾司令部所属のベテラン隊員、CNノブである。ノブは台湾で数々の特殊作戦(映画制作)を手掛けてきたプロデューサーで、若い頃になんと我々が敬愛するエドワード・ヤン監督のアニメ制作会社で働いていたという経歴の持ち主である。彼の妻は日本人なのでノブも日本語が堪能であり、未だに作戦名以外何も決まっていないし金も無い、、もとい知られざる台湾という島で行われるCN『蘭芳公司』において強力な助っ人として我々を導いてくれるだろう。
台南で出迎えてくれたノブと共にゲストハウスでチェックインをしている最中にノブが苦笑いをしながら
 
「最近、娘が妻の実家(新宿)に行って帰ってきてから、台湾より日本がいい、日本に住みたいってせがむんだよね」
 
「なんで?何がいいの? 日本なんかとっくに終わってるし」
 
「それがね、トイレだって言うんだよ? 日本のトイレはどこに行ったってウォシュレットが付いてるよって。台湾にはそれが無いからイヤだって」

「うむむむ。確かに、、」
 
確かにそうなのだが、以前から日本のキレイ好きさ加減は様々な国を旅してきた私から見れば異常なほどだった。ゴミひとつ落ちていないストリート。果たしてそれはストリートと呼べるのか? 檳郎ちゃんに赤く染まったアスファルトこそストリートと呼ぶにふさわしいのではないか? さらにはパンデミック以降どこを向いても除菌、除菌、除菌。この時私の脳裏には、ヤンGがラオスでラップした「99%の除菌力が奪う99%の人間の感覚」というリリックと、昔の日本のウォシュレットのCMで戸川純が言っていたリリック「おしりだって洗ってほしい」が激しく拮抗してしまい、答えの無い迷宮に迷い込んでしまったことを覚えている。ノブは現在、台北郊外に家を買って住んでいるのだが聞くところによると台北などの都市部ではマンションなどの賃貸の家賃が年々上がっており、しかも上昇率が2〜3倍あたりまえと言ったありえない状況になってきて仕方なく家を買ったのだと言う。台湾は島といってもその大部分を険しい山々が占めているので平地の地価が恐ろしく高いのである。
 
そうこうしている内にゲストハウス前にオンボロの軽バンが停まり、運転席の窓から誰かがこちらに手を振っているのが見えた。ユイちゃんとカイくんだ!2008年の高雄映画祭でダンに連れられて行った台南での邂逅(『潜行一千里 ILHA FORMOSA編』第一回参照)からおよそ12年の時を経て、ふたたびこの台南の地で彼らと再会し、我々は喜びを分かち合った。かつてダンには「いつか台湾で映画を撮ってくれよ。そん時は絶対に協力するから」と言われていた。私は天国のダンに心の中で「いよいよやって来ましたぜ、ダンくん」と呟いたのだった。
 
ここでダンの仲間であるユイたちのことを少し説明しよう。ユイは、『能盛興工廠』という様々な技術を持つ職人たちが集まる技能集団グループの一員だ。このグループはそもそもユイたちが広告で古い廃工場を発見し、改装することを思い立ったのがきっかけで結成されたという。彼ら自らの手によって、その廃工場はイノベーションされ、古い鉄工場から多機能な生活空間へと変貌を遂げ、アート・ギャラリーとしてだけでなく、ベッド&ブレックファスト、軽食がとれるカフェ、デザイン・スタジオ、さらには大小さまざまなイベントも開催されるようになった。現在は残念ながら諸処の事情によりその廃工場はクローズしてしまったが、ユイたちの『能盛興工廠』の活動は現在も続いている。
並行してユイたちは台湾での反原発運動にも参加し、カーツヤの報告書にもあるように3.11後の東京での反原発デモにもダンはパンクバンドと共に駆けつけてくれた。その後、2017年には脱原発を支持する民衆の声により、台湾政府は2025年までに脱原発を目指すという決定を下したのだった。
ちなみに2016年にもユイたちは高円寺のリサイクルショップ『素人の乱』の松本哉くんのフェス“NO LIMIT 東京自治区”にも台南から彼らの師匠でもあるアクン師とともに来日してくれた。その時は再会を祝いつつも海難事故でこの世を去った同志ダンのことを共に悼んだ。アクン師は気功と整体のマスターでもあったので、私に向かって檳郎で真っ黒になった歯で笑いながら施術してくれた。
 
「どこが悪いのかな?」
 
「首と肩のこりが年々ひどくなってきますね。冬にオートバイに乗っていると、身体が固まってくるのがわかるんです」
 
「オーケーオーケー」
 
アクン師はおもむろに私の腕を掴むとまるで在りし日のヒクソン・グレイシーのように丹田から気を吐く独特の呼吸法をし始めて、そのあと一気に私の腕を引っ張った。いや私の肩から引き抜いたと言った方が正しい。ゴボキュ! 私は自分の身体の中から聞いたコトもないような音がするのを聞いた。ヤバイ! はずされた! と思った瞬間に私の身体の中で暖かい気が通るのを感じた。アクン師は檳郎で真っ黒な歯で笑っている。するとなんと不思議なことか今まで廻らなかった腕が嘘のように背中の真後ろまで届くようになったのである。
彼らの“ザ・マスター”であるアクン師はその数年後、病気のため天へと旅立った。私は今でも冬になるとアクン師のその笑顔を思い出す。初めての出会いから12年の歳月が経ち、お互いにいろいろな事があったが、このCN『蘭芳公司』によって我々はふたたび集結したのである。

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 アクン師と仲間たち

我々はユイの運転する軽バンで、彼らの基地へと向かった。ユイは檳郎を頬張りながらリュウやヤンGにも檳郎を渡す。ユイは「みんなこれで檳郎ブラザーズね」と言って笑いながら海が近い台南の港の方へとハンドルを切った。2008年に訪ねた彼らの基地はその後『能盛興工廠』の海外の仲間のためのゲストハウスになっていて、カイもそこに住んでいるということだ。基地に着くとカイが台湾茶を入れてくれた。カーツヤが
 
「カイくんは映画『セデック・バレ』に美術部として参加してたよね? 今は何をやっているの?」
 
と聞くと、現在はアルバイトをしながら詩を書いていると言う。おお、それはイイねと頷いているとカイは物静かな口調で不思議なコトを言い始めた。
 
「僕は数年前、バイクで事故ったんだ。結構ヤバい事故で頭を強く打って生死を彷徨った。それからというもの、頭の中に言葉が浮かんで溢れてきてしまってどうしようもなくなっちゃって。今はその言葉を書き綴って詩にしている。それで僕はそれをラップしようと思っている」
 
「ええ!? 詩ってライムのことか! ラップやってるの? マジ?」
 
隊員のヤンGはDJでラッパーなので嬉しそうな顔でカイの顔を見つめている。
カイの物静かな佇まいと雰囲気から、まさかヒップホップを始めているとは想像もつかなかったので私もビックリした。しかもオートバイの事故が原因だという。リュウが「それはぜひ聴いてみたいです!」と言うと、我々の期待に応えるかのようにカイは頭の中に浮かんだ詩をラップしはじめたのだ。
カイのラップにヤンGがアプリを使って素早く即席のビートを乗せ始める。そのビートに乗せてカイがまたライムをビートに乗せてゆく。ゲストハウスの一室の畳の上で台湾茶を囲みながらのアジアン・フリースタイル。我々はブチ上がってカイに盛大な拍手を送ったのだった。

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カイのフリースタイル 

その晩はユイの住んでいる浜辺の家でユイたち『能盛興工廠』の仲間たちが集まっての歓迎パーティーが開かれた。焚き火をしながらみんながそれぞれ食材を持ち寄って夕飯を作って食べ、マージャンをしたりジョイントを廻したりギターを弾いたりした。みんな日本の曲やバンドもよく知っていて我々のためにYMOやフィッシュマンズをyoutubeでかけてくれた。我々もヤンGの所属するstillichimiyaの楽曲をかけたりして盛り上がる。カーツヤはマージャンで跳満を上がってトップになった。宴もたけなわになり、ヤンGがここぞとばかりに台湾のバンド、黒名単工作室の『抓狂歌』をドロップする。黒名単工作室は38年間にわたって台湾で敷かれていた戒厳令が解除されて間もない1989年に社会や政治情勢を風刺した内容で、しかも戒厳令下では使うことが禁止されていた台湾語によって歌われたアルバムをリリースした伝説のバンドである。『抓狂歌』がかかるとユイたちも「なんでこの曲知ってるの? サイコー!」と踊り始める。いつのまにかそこらじゅうにいる野良犬たちも集まって吠えたりケンカしたり食べ物をもらったりしている。我々もしこたま檳郎ちゃんを噛みしめながら、いつまでも燃え続ける焚き火を囲んで海辺の家のブロック・パーティーを楽しんだのだった。
 
 
オーヴァー。

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運転するユイ

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左からリュウ、カイ、ユイ
 
黒名単工作室 『抓狂歌』
 

 

空族

“作りたい映画を勝手に作り、勝手に上映する”をモットーに活動を始めた映像制作集団。毎回、常識にとらわれない長期間に及ぶ独特の映画制作スタイルをとり、作品ごとに合わせた配給、宣伝も自ら行なう。2017年にタイ・ラオスでオールロケを敢行した『バンコクナイツ』(監督・脚本:富田克也、共同脚本:相澤虎之助)が公開。他の近作に『サウダーヂ』(富田監督)、『バビロン2 ‐THE OZAWA‐』(相澤監督)、『チェンライの娘』(富田監督)など、著書に『バンコクナイツ 潜行一千里』(河出書房新社)がある。