妄想映画日記 第172回

樋口泰人の「妄想映画日記」は2月後半の日々をお届けします。岐阜や都内の病院で今後の癌治療について大きな決断を迫られるなか、『BAUS』の撮影や、boidラジオ「Voice Of Ghost」の収録へ。また、5月公開の『シド・バレット 独りぼっちの狂気』の準備も進めているようです。
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文・写真=樋口泰人


2月16日(金)
11時には岐阜の病院にいなくてならないため6時起き。という緊張感のためか目覚めたら4時30分だった。以後眠れず。朝の新幹線は出張の方たち、旅行の方たちで込み合っている。指定席はほぼほぼいっぱいだったので試しに自由席にしてみたら空いていた。新幹線車中では2年前の妄想日記の整理を。自分でも呆れるくらいずっと具合悪い日記になっている。結構ご機嫌でやってきたつもりなのだがこれだけを読むともう大変な人生。いったい何をやっているのかと思う。いろんなことを大ごとにしたいのか。自分のメンタリティが良くわからない。いずれにしても次第に出張仕事も減りこんな作業を車中ですることも今後減っていくだろうと思うとちょっと寂しい。
岐阜のクリニックではなるべく抗がん剤を使わずに手術をまずやってその後に再発予防をする、というやり方の相談をした。生活を変える、つまり食事や仕事や人間関係を覚悟を決めて変えていくことも含めて何ができるか。西洋医学を否定するわけではまったくなく、ただあの抗がん剤の副作用で気力と体力をそぎ落とされたまま生きていくのが嫌なのだ。そして食べていいもの悪いものを細かく尋ねる。精製された砂糖、塩を避ける、牛、豚、羊などの哺乳類の肉を避けるつまりマグロも同様で確認したらカツオもダメ、というあたりが基本線である。揚げ物、炒め物、焼き物も極力避ける。となると中華料理はもうほとんど食えないのか。もちろん中華に限ったことではない。
これだけだとしょんぼりなのだが、これまで経験したことのない食生活が始まりそれによってまた何かが変わるかと思うとそれはそれで充分楽しい。引退後の第2の人生というやつともちょっと違う未知の領域が目の前に広がる。ということでこれが最後かもとぼんやり思いつつ名古屋でうなぎを食った。せっかく岐阜に来たのでうなぎを食って帰ろうと思ってるくらいしょうもないことを考えてるんですと医師に告げるとマジで苦笑いをされたのだった。
 
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2月17日(土)
高崎へ。『BAUS』の撮影がいよいよ大詰めである。本日分の撮影が終わった後は明日のシーンのためのリハーサル。これがまたなかなか良くて本番前から涙腺全壊。そして外食はいよいよ何食っていいのかよくわからないのだがおでんなら何とかなるだろうということで皆さんとおでん屋に。でかい大根やジャガイモに驚くが、たけのこも豆腐も厚揚げもどれもおいしい。ご機嫌な一夜となった。

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2月18日(日)
いよいよクライマックスシーン本番。せっかくだからということで、バウスシアターの元スタッフたち、バイトの女性たち、社長の本田さん親子など、関係者に声をかけ来場可能な人は全員集合ということで同窓会のような不思議な集まりにもなった。10年前と同じ変わらぬ時間が流れた。3年前の正月、本田さんに呼び出されたことから始まったこの映画はこの間語り切れないいろんなことがあったのだが、その紆余曲折もすべてこの日のために整えられたものではないかと思えるような1本のきれいな道筋が見えた。バウスシアターは今もこうやって続いている。その場にいた皆の心にそんな思いが今後も時間をかけて沈殿しいつの日かその強力な幻影が世界中に立ち現れるだろう。そんなことを思わせるような撮影だった。


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2月19日(月)
高崎に行っている間に新しいノートパソコンが届いていた。公開になったばかりの第1回boidラジオ「Voice Of Ghost」で三宅にばらされてしまったのだが、歳を取って細かい作業がまったくできなくなってきたものの新しくて使いやすそうなパソコンを見つけるとつい心が動いてしまう。現在使っている富士通のパソコンで大失敗したので今回は使い慣れたVAIOを。メタリックレッドでもろもろのぼんやりを吹き飛ばそうという試みである。朝からさまざまな設定作業と旧パソコンからのデータの移し替え作業となったのだが、今やクラウドにバックアップされたデータから新しいパソコンに設定やデータが次々にコピーされてこちらはただ見守るだけである。いや楽ちんだと思っていたら、気づくとメインで使うブラウザをはじめ、いくつかの重要なアプリケーションがWindowsのシステムの思うままにされつつあることが判明する。いや、確かにがっつりと道筋が決められているわけではないのだが、ぼんやりすると向こうの思うままになっている。こちらのやりやすい布陣に仕組んでいく駆け引きをするくらいの気持ちが必要である。そんなマシンとの対話の1日であった。途中、甫木元から連絡があり、明日の撮影に呼びたいと冗談で言っていた人間をやはり呼んでほしいと。そりゃ確かにそうだということで各所連絡。演出部は大変かもしれないがこんな思わぬ変更が小さな映画の醍醐味でもある。いやでも本当に慌てさせて申し訳ない。それに加えて明日は雨予報。外での撮影、しかも生楽器も登場するので濡れたらおしまいだから窓の外の強い風と時折降ってくる雨が気になって仕方がない。
 
 
 
2月20日(火)
病院での担当医との面談である。具体的に治療や手術のスケジュールを決める。担当医からのまず抗がん剤で見えない可能性を消し、その後残ったがん細胞の切除というのが安全で確実という説明を受けたうえで1週間の検討期間を経ての面談である。この間岐阜のクリニックにも相談し自分でもあれこれ考えてはいたのだが、絶対にこれ、という決断がつかない。副作用がひどくなければ病院の言うとおりにするのだが昨年の副作用のことを考えるととてもじゃないが手術前にあれをやったら体自体がボロボロになり、しかも投与途中でもう耐えられないとなって投与を中断しての手術とかは最悪である。それなら最初から手術したほうがどれだけましか。しかし再発の確率は上がるし、手術までの期間に新たな箇所への転移が始まるかもしれない。いずれにしても賭けである。もちろん岐阜の病院の療法を手術後に取り入れて暮らしを変えることで違う道が見えてくる可能性もある。今回はその可能性に賭けようというつもりだったのだが、医者から最悪の可能性を示されて念を押されるたびに心がずきずき痛む。医者としては単なる確認のつもりなのだろうと思うのだがこちらとしては「病院の言うことを聞かないで自分の道を選んだ時のリスクは大きいですよ」と半分脅されているように思えるのである。いやこちらは何も知らない素人なので「覚悟」と言われてもどんな覚悟をしたらいいのかもわからないしこれまでだって覚悟を決めずに生きてきたわけだからそのあたりは譲れない。そんなどっしりした人間ではないいつもふらふらよれよれで勇み足だらけ。それで何とかここまでやってきたわけだからいくらこれからは新しい暮らし生活を変えるといってもそれだけはこれまで通りやらしてください。ということで覚悟のないまままず手術をすることにした。土曜日に手術の日取りが確定、一応3月6日に仮予約をした。
その後、井の頭公園で撮影中の『BAUS』現場へ。小雨でもハラハラするような雨に弱いシーンだったのだが見事に晴れ。昨夜の雨と風が嘘のような天候でもう暑いくらい。今回は何かに守られていると言いたくなるような絶好の撮影日和であった。喜んでいたら甫木元から「まだ完成してないですからね」と冷静なひと言。撮影はもうすぐ終了だがその後はまだまだ続く。

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2月21日(水)
この日の日記はすでに書いたつもりでいたらパソコンには残っていなかった。いやぼんやりとではあるのだが書いた文面までよみがえってくるのだがと思いつつ、朝からパソコンのデータ移行作業をしていたと書いてみたのだが、なんとそれは19日にやっていた。いや確かこれまで使っていた富士通のパソコンを売りに行ったのだ。最低価格3万、うまくいけばその倍、という値踏みをしていったのだが結局最低価格だった。高く買ってもらえたらレコードでもと思っていたがそんな喜びもなく寒さと雨でメニエールの具合も悪くなりぐったりして帰宅。まだ買って2年もたっていないのにと、失敗パソコンを買うと最後まで尾を引く。
 
 
 
2月22日(木)
午前中は社長仕事。その途中で家のプリンターのコピー用紙がなくなり、このところまったく事務所に行っていないこともあって午後からはコピー用紙を持って帰るついでに事務所に行った。しばらくいないといろんな書類やら荷物やらが届いていてその整理で時間がかかる。『BAUS』の製作発表以来アマゾンからのバウスの本の注文がたびたび来ていて事務所内の在庫がだいぶ減った。映画公開時にはさらに注文が増えるだろう。こうやって何かが動き出すまでに10年かかった。やれるときにやれることをやっておく。そんなシンプルな行動を愚直に続ける。それがわれわれの未来である。未来のために何かをやるのではない。そんなことを考えながら帰宅途中、コピー用紙を持ち帰るのを忘れたことに気づく。ああ何のために事務所に行ったのだ。新宿だったのでヨドバシカメラに立ち寄って購入、事なきを得た。
夜は明日の『すべて、至るところにある』のトークのための準備。スポメニックの本を再読し、映画に登場するスポメニックのページには付箋もつけて質問を考える。しかしこの映画、役者含めて5人で旅をしながら作られたということで、つまり音声担当はひとり。しかも当然ゲリラ撮影だから撮影時間も限られる。今の小型のカメラなら撮影は何とかなるかもしれないが(それでもめちゃくちゃ大変)、音はさらに大変、しかしセリフはクリアに聞こえるばかりか周囲の音とのバランスもばっちりである。マイクはどうしたのか、どうやってひとりで録音したのか。いったい現場はどうなっていたのか。
 
 
 
2月23日(金)
寒くて体がこわばり通し。体を冷やすな指令が出ているので温かいスープを飲み生姜湯を飲みで何とか体を温めイメフォへ。この天気でどうなるかと心配された動員はギリギリ何とかなったかなというくらいで、大勢の人を呼ぶのは本当に難しい。
トークはスポメニックの話から。なんと、本当に唖然としたのだが、リムくんがスポメニックのことを知ったのは撮影に入る数日前のことだったとのこと。物語の大雑把な構成があり、あとは現場次第でどんどん細部を変えていくという映画作りのスタイルだからそれができるのだが、とはいえこの映画を観るとわかるのだがスポメニックの存在が物語にも深くかかわっている。この映画の持つ時間と歴史と一心同体のような風情で映されるばかりか主人公たちはそこを訪れそこの空気と時間に触れることで彼らの運動を生み出していくのである。それが撮影の数日前! 映画の中に出てくるスポメニックの写真集は、数日前に知ったリムくんがこれから日本を旅立って現場にやってくる主演のひとり尚玄さんに連絡して買ってきてもらったのだという。わたしがこの映画を初めて見た時のリムくんへの嫉妬はいったい何だったのか。
逆に言うと、にもかかわらずあらかじめスポメニックとその意味と歴史を意識して作られたかのように見えるこの映画はいったい何なのか。しかもこのバルカン三部作の1作目、『どこでもない、ここしかない』の終盤で作られたハートマークの壁をこの映画にも登場させ、もうその時から第3部ではスポメニックを出しますよと予告していたかのような、そして、まさにこのハートマークの壁こそ新たなスポメニックでありあるいはスポメニックの源であるとでも言いたげなこの映画の不適ぶりは一体どういうことなのか。リム・カーワイとはまさにそういう人なのである。時間と場所などいくらでも反転できるし変容できるし今ここに居ながらにして未来にも過去にも行けることを本気で信じているに違いない。
そして録音。現地で紹介してもらった録音、音響のスタッフで、ひとりで作業をするばかりかこの映画のドライヴァーでもあったのだという。俳優ふたりに監督とカメラマン、録音担当の5人で1台の車に乗り撮影していったという話は聞いていたのだが、より具体的な話を聞くとさらにあきれる。リムくんのような映画を撮れる人と撮れない人がいると思うのでこれからの映画作りはこれというつもりはないが、確実に今後の映画作りのよき土台となるはずだ。とはいえ『都会のアリス』『さすらい』『東京画』のころのヴェンダースだって似たような映画作りはしていたはずで、映画作りの原点のひとつであることには間違いない。ただやはり物理的な「若さ」も必要だろう。体力勝負というか。だからこそ今後のリムくんの映画作りは注目だろう。ジョナス・メカスみたいになったりするんだろうか。
その後、お茶でもという話になりカフェを探すが3連休初日の青山あたりのカフェが簡単に我々を迎え入れてくれるはずがない。どこも満席でカフェ難民。20分から30分くらいはたっぷりとうろうろしたか。ようやく入ったカフェであれこれ話すうちにいきなりメニエールの軽い発作でくらくらし始め、帰り道は傘を杖代わりにしないとまっすぐ歩けない。本来ならその後『BAUS』の撮影打ち上げに顔を出すはずが急遽キャンセル。帰宅して休憩。新しい暮らしに体がまだ戸惑っている。

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2月24日(土)
病院で医師との面談。正式に手術の日程が決まる。しかし今後起こりうる可能性、つまり最悪の場合もありうることやそうなった場合はそれなりの覚悟が必要だということを告げられ、医師としては規定通りの抗がん剤治療を経ての手術ではなく手術を先にやるためそのリスクを確認しておいてもらいたいということで脅かすつもりはまったくないのだろうが、告げられるほうは命にかかわることだけにとんでもないプレッシャーである。ここにきて自分の置かれている状況がはっきりしてきたというか。今更ではあるが。だがどのみち運次第でもある。それなら手術後の免疫療法などの可能性も見据えつつ今後に備えるほうが前向きなのではないか。抗がん剤と併用してもよい。食事も生活パターンも変えてこれまでと違う暮らしをする。しかし、手術後に新しい抗がん剤をやってみたら案外楽ちんで問題なしで、なんだかがっくり、みたいなこともあるかもしれない。まあそれはそれでよし。
それやこれやぐだぐだぐだぐだ頭と心の中をいろんな考えが渦巻きすっかり疲れてしまった。ぼんやりとした不安はいよいよ耐え難い不安として目の前に押し寄せ、しかしどうすることもできない。その重い気分のままようやく字幕がついてきた5月公開のシド・バレットのドキュメンタリー『シド・バレット 独りぼっちの狂気』を観る。boidの配給ではなく宣伝作品。多くのミュージシャンや著名人たちがその功績を語るといういわゆるお勉強的なドキュメンタリーではなく、登場するのは幼馴染やその後の仲間たち、バンドメンバーなどで、それぞれがそれぞれの思い出を語る。つまりもはや死んでしまってこの世にいないシド・バレットの空白を、彼らの思い出が次々に埋めていき、しかしそれでその功績や彼の全体像が出来上がるかというとそうではなく、それぞれの思い出が作り上げるいくつものミュージシャン像が浮かび上がってくる。ひとりの人間は決して固定したひとりの人間ではなく常に湧き出る泡のようなもので更新され続ける得体のしれない何かなのだと言いたくなる。しかもこの映画は製作開始から10年以上経ってようやく完成というものなので、彼を語る仲間たちの何人かはすでにこの世にいない。ふたりの監督のひとり、ヒプノシスのストーム・トーガソンもこの世を去っている。その意味でこの映画自体が世界に散らばったそのミュージシャンを構成していた無数の泡たちが作り上げたものでもあると言えるかもしれない。別の形でシド・バレットがそこに現れたと言ってしまったら言い過ぎだろうか。その主体と客体の更新され続ける反転の運動に胸が高鳴った。
 
 
 
2月25日(日)
あまりの寒さにじっとしていた。自宅で社長仕事。あとは次回のboidラジオのゲストの清原惟さんの新作『すべての夜を思いだす』を再見。試写で観たのは昨年の春くらいだったか。試写に行ったのはこれが最後くらいかもしれない。でもこれはとにかくスクリーンで観ておいてよかった。主人公がリサイクルショップの店頭でマグカップを手に取った時になりだす音楽が、そこだけセンタースピーカーから聞こえてきて(ほかの音楽はすべてLRのスピーカーから)驚いたあの衝撃は2チャンネルのヘッドホンでは味わえない。あの音だけでこの映画はあのマグカップの思い出の映画なのだとも言いたくなる。これまであのマグカップを手に取った人々の思い出と言ったほうがいいかもしれない。マグカップとともに過ぎたいくつもの夜、いくつもの朝、いくつもの昼がマグカップのどこかに染みついている。われわれはその受信機なのだ。

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『すべての夜を思いだす』
2024年3月2日(土)よりユーロスペース他にて全国順次公開
公式サイト

 
 
2月26日(月)
夕方の税理士との面談のため、終日社長仕事。いくつもの振り込みミスを見つけて愕然とした。今回は金額の間違いとか別人への振り込みとかではなく、振り込み済みとして処理していたものが実は振り込まれてなかったというものだから、急ぎ振り込んで事なきを得た。
 
 
 
2月27日(火)
朝から医者通い。3件。歯医者、免疫療法などを行っているクリニック、そして手術の説明を受けるためにいつもの病院。クリニックでの相談で思わぬ治療法を提案され、保険も効き入院も短期で済む。手術ではなくその方法がいいのではという話。相談が長引き、いつもの病院での面談時間に大幅遅刻。そして、病院ではクリニックで紹介を受けた治療法を説明し、いったんその治療法を行う医師に相談して、最終的な判断をするということになる。そして紹介状を書いてもらうわけだがもうすぐに控えた手術を延期してしまったにもかかわらず担当医は嫌な顔もせず淡々と作業を進めてくれる。抗がん剤はつらいとか手術も耐えられないかもとか弱気な発言ばかりを繰り返して通常の治療を避け続けるダメな大人にちゃんと付き合ってくれてありがとうと言うしかない。
 
 
 
2月28日(水)
3~4時間ほどで目が覚め眠れなくなりそのまま起きてしまったものだから眠いうえに力が出ない。頭もぼーっとする。本日はboidラジオの収録で、しかも3月は手術もあるしということで3月収録分も含めて2回分をという、ハードな1日。収録前に打ち合わせもあり、ずっと他人と話し続ける1日となった。さすがに後半は疲れてしまった。
ラジオ第2回目のゲストは清原惟さん。『MADE IN YAMATO』の時にboidの事務所に来てもらったと思い込んでいて「ではboidの事務所で」みたいな軽い連絡で済ませていたら、なんと今回が初のboid事務所だった。まあ、今やグーグルマップのおかげでたいてい何とかなる。トークの詳細はラジオを聴いてもらうしかないのだが、こちらの思ってもいない返答がいくつかあり腰を抜かした。まさかあれが、というやつ。さらに驚いたのは、手作りパンフは本当に手作りパンフで、「編集・デザイン・製本・発行」すべて清原さんなのだ。boidも相当な手作り感満載だががぜんそれを上回るわたしなど太刀打ちできないDIY。頼もしすぎる。しかもこのパンフが潔くて、おそらくリソグラフという印刷方式を選んだ時点でこの潔さが決まったのだろうが、映画の写真など一切なし。言葉をじっくり読んで味わってもらいたいという意志が貫かれている。画家の方のモノクロのクレヨン画が何点かあるだけであとはすべて文字。しかもごつごつしていない。縦書きのフォントの選択が目に優しい。ああこれくらいがいいのだ。これらすべてのことが『すべての夜を思いだす』に通じていく。

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そして空族。boidマガジンで連載が始まった台湾での映画作りの話を、事の始まりから整理して語ってもらおうという意図だったのだが、途中でビンロウ(空族の連載「潜行一千里 ILHA FORMOSA編」第1回を参照)の話になってからはもう大変。相変わらずというかさすがというかビンロウとポリタ(富田くんの説明によると養命酒にエネルギードリンクが混ざったようなやつらしい)だけで友だちの輪を広げ台湾最深部に入っていく。そのとんでもなさ。もう若くはないんだからと言いたくなるがまだまだ作戦は続く。空族の連載と併せて聴いていただけたら。
しかし空族のおみやげがまたとんでもなかった。これに関してもラジオの中で。
その後、皆さんと食事。とはいえわたしは今、簡単には外食ができない。ほぼ菜食となり塩と砂糖と油を極端に制限しているため通常の居酒屋などでは食べるものがないのである。それで事前に調べておいた蒸し野菜など、蒸し料理が名物の店に行こうとしたのだがなんと満席で1時間待ち。予定が一気に崩れる。おたおたとみんなで可能性ありそうな店に連絡するが、なぜかどこも満席である。夜の街にも活気が戻ってきたということか。というか先に予約しておけよ、ということなのだが。ようやく何とかなった店で食べられそうなものをあれこれ注文したのだが、メニューにあった野菜の蒸し物はやっておらず、その他、食えそうなものにもドレッシング的なものがこってりかかっていて、それを避けながらなんとか食った。今後、地方での爆音映画祭など一体どうしたらいいのか。まあ何度かやっているうちに新しい道が見つかる。

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撮影:斉藤陽一郎

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2月29日(木)
午前中は月末の社長仕事。そして午後からは『シド・バレット 独りぼっちの狂気』の宣伝のためのオンライン・ミーティング。その中で思わぬ事態が発覚し腰を抜かすが、夜になって事なきを得たことが判明。帰宅途中、新大久保駅まで来たところでスマホを事務所に忘れていることに気づき、高田馬場まで引き返した。明日は渋谷で大橋にも会うし、まだ事務所にいる大橋に明日持ってきてもらえばいいやとも思ったのだが、事務所に連絡を入れるすべがない。公衆電話を探してうろうろしているうちに大橋が帰宅してしまったら元も子もない、帰宅してすぐに事務所に電話とも思ったがやはり同じく大橋がそれまでに帰ってしまうかもという判断。だが以前に比べて「もうなくなってもいいや」感はだいぶ増している。

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『シド・バレット 独りぼっちの狂気』原題:Have You Got It Yet?The Story of Syd Barrett and Pink Floyd
2023年/イギリス/94分/16:9
監督:ロディ・ボグワナ、ストーム・トーガソン
出演:ロジャー・ウォーターズ、デヴィッド・ギルモア、ニック・メイスン、ピート・タウンゼント、グレアム・コクソン、ミック・ロック、ダギー・フィールズ、ノエル・フィールディング、トム・ストッパード、アンドリュー・ヴァンウィンガーデン
配給:カルチャヴィル
©2023 A CAT CALLED ROVER.ALL RIGHTS RESERVED.
©Syd Barrett Music Ltd
©Aubrey Powell_Hipgnosis
5/17(金)渋谷シネクイント・ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
公式サイト






樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。