妄想映画日記 第171回

2月前半の「妄想映画日記」公開です。身体のほうは再検査の結果を経て今後の治療方針を考えることに。上田での『BAUS』撮影現場や、「爆音映画祭 in ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場」の『ビリー・ホリデイ物語』や菊池剛さんの無声映画ライヴの様子も綴られています。

文・写真=樋口泰人



2月1日(木)
昨夜食いすぎたために胃が重い。朝食も昼食も少しずつゆっくり食べる。だが諸連絡ありすぎてやはりバタバタ。この焦った感じが身体に一番悪い。わかってはいるが、仕事を辞めない限りどうにもならないのでとにかくいろんな知り合いに仕事を振る。そして新宿で打ち合わせ。boidマガジンの新連載について。おそらくさらなる新連載が始まる。始まった当初はお試しで進み、気が付くと思わぬ形になる、というような流れでやれたらという話になる。
そして夜はポレポレ東中野での草野なつか『王国(あるいはその家について)』のトーク。草野さんとは公的な場所で話すのは初めてで、『螺旋銀河』の大阪CO2での企画書やシナリオなどのコンペやり取りの思い出せない記憶を思いながら『王国』メモを作って臨んだ30分。あっという間だった。会場で聴かれていた方はなんだか変なやり取りだと思われたかもしれないがわたしにとっては非常に面白く、またできる限り草野さんの今後の映画作りの刺激になるような質問や話しをしたつもりだ。冒頭の木々のシルエットのことを話したときに、どうして物語とは関係ないあの木々のショットを撮影したのかを尋ね忘れた。しかもあれを冒頭に持ってくる草野さんの無意識の身体性は、今後も日本映画に新しい言葉をもたらしてくれるだろう。
明日はPETCTという検査で、放射性物質を体内に注入しその上で全身を撮影すると、癌細胞がある位置が光って写るのだとのこと。どんな映像になっているのか、検査結果が出るには10日くらいかかるらしいのだが、その際には写真をもらって帰りたいものだ。「ゴジラみたいに光っていたらどうします?」と皆さんから脅かされる。とにかく放射性物質を注入するわけだから、明日は赤ちゃんを抱いてはいけないらしい。ということは猫もダメなのか? いずれにしても一時的に放射能人間になって明後日(2月3日)は『BAUS』撮影現場に向かうことになる。
 
 
 
2月2日(金)
朝から絶食して検査。がん細胞の餌になるドウ糖に放射性物質を加えてそれを体内に注入。その集まる場所ががん細胞が巣食う場所であるという説明で、詳細なCTスキャンで放射性物質の集まっている場所と広がりを特定して、今後の治療の方針を決めるのだという。CTスキャンの映し出した画像の中でそれがどんな風に光っているのか興味津々なのだがその画像が見られるのは13日の医者との面談の日。いずれにしてもいったいどんな検査なのか放射性物質を入れられるとどんな気分になるのか初めてのことだったのでそれなりに緊張していたのだが、注入は1分。体に変化はない。1時間ほどでそれが全身に回るのを待ってのCTスキャンである。待ち時間中はスマホも見られず待機部屋でじっと待つのみ。ぼんやりしていると案外あっという間である。スキャンは20分ほど。その間動くな、呼吸は大きくするななど細かい指示をされ、20分のスキャン。動くなという指示よりも小さな呼吸でという指示がなかなか難しく、難しいというよりも呼吸を小さくしようと気にしてしまって結果的に呼吸が乱れる。気にしなければいいのだがとはいえリラックスはできないし後半は鼻水が喉の方に降りてきてそれとの戦いであった。とにかくこの20分はなんだか変に疲れた。その後は放射性物質が体外に出るよう水を飲みつつ再び1時間ほど。隔離されたトイレで用を足し、ようやく放免される。
「孤独のグルメ」ならここで「ああ、腹が減った!」となるところだが妙な緊張が尾を引いて胃袋が縮こまっている。暖かいうどんでもと思い久々に四谷しんみち通りをうろうろしていたら、おそらくイスラム系のインド人がやっていると思われる、ラム料理とカレーの店を発見。突然ここで井の頭五郎さん的な好奇心が発動し胃袋は縮こまったままつい店内に入ってしまったのであった。

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帰宅後は疲れが出て昼寝。2時間くらい寝てしまった。その後、仙頭さんの推薦によるがん専門医の本を読む。いろいろ思い当たるところ多数。わたしの場合、要するにいつもこの日記でも書いている「いろんな人との連絡が辛い」というのを止めればよい、ということである。メールもSNSもやめるくらいな勢いが必要であるということはよくわかった。やることは爆音調整をする、原稿を書く、変な企画を考える、アナログばか、くらいか。あとは食べすぎ注意。手術後、満腹中枢が壊れてしまいつい食べすぎてしまうのはもちろんもともとが食べすぎていたわけだから、小食一直線。そして計画していた山梨での隠居暮らしをしてご機嫌に暮らす。多分それなりの決断が必要なのだが、それくらいな決断をしないとならない場所に来たということなのだろう。あとはまた別の道が見えてくる。昨年秋以降、うっかりして元の暮らしのような生活ペースになってしまったのがまずかった。本気にならないと。
 
 
 
2月3日(土)
上田へ。『BAUS』撮影中である。「寒い」という報告が各所から来ていたが覚悟していたほどは寒くない。マイナス12度のモスクワのときもそんなことを思ったわけだから人間の感覚など案外いい加減なものである。いや単にストーブのそばにいたとか暖房のきいた部屋の中にいたとかただそれだけのことである。外にほっぽり出されていたわけではない。撮影は遅れながらも順調に進む。何十人ものエキストラの方たち、ありえない形での特殊楽器の演奏、舞台上の演説などを見ていると、あああれからもう3年以上たったのかとじんわりと胸が熱くなる。ここまで来るのにいろんなことがありすぎた。きつかったが人生は面白いものだなと改めて思った。自分がまさかがんの手術をして人工肛門もつけて抗がん剤に苦しむとは思ってもみなかったが、それでも何とか生き延びてこの撮影を見ることができている。今度の検査の結果でどうなるか予測もつかないが、できれば公開初日もこんな奇妙な感慨と共に会場にいることができたらと思う。
外に出ると当然のように迷子になる。かつての栄華を残したまま朽ちていくものとそれでも生き延びていくものが混在して時代がわからなくなる。猫たちだけがいつものように生きていた。夜は仙頭さん夫妻と人生を変える、という話。
 
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2月4日(日)
映画の公開前はあまり具体的なことを書けないのだが昨日とは場所を移しこちらもまた古い建物でかつてそこで生きていたものたちを呼び起こす試み。本日も何十人ものエキストラ。そして映画好きのエキストラの方たちはよくわからなかったかもしれないが、音楽も好きなエキストラの方がいたらとんでもなく贅沢な撮影だったはずだ。それをわたしも堪能し、明日の検査のために東京に戻った。思い出すと若い女性スタッフの姿が目立っていた。全体の半数くらいだったのではないか。10年後、20年後、彼女たちがチーフクラスのスタッフに育ったとき、映画の現場はさらに変わってくるはずだ。そんな小さな希望の種も撒かれた現場だったように思う。

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2月5日(月)
朝食以後は絶食。午後からのMRI検査のためである。もう30年くらい前にメニエルでぶっ倒れて救急車で運ばれた救急病院で検査のために受けて以来ではないか。でかいノイズは特に気にならないが、先日のPETCT検査の時と同様、20分ほど動かずじっとしていなくてはならないというのがきつい。またもや後半になって鼻水が喉の方に降りてくる。ぎりぎり咳き込まずに済んだのだが動かずに済んだわけではなかった。しかも手術以降腕の筋肉が落ちて特に右肩がひどくじわじわと痛みが強くなってきておりこうやって腕を上げたままじっと動かさず、というような場合はなかなかきつい。PETCT検査の時は右肩が痛いのでずっと万歳し続けられないかもと伝えたら、気を付けの姿勢でも大丈夫とのことでそれにしてもらったのだが、本日は右腕に造影剤の点滴うけつつだったので気を付けの姿勢かなわず案の定最後の5分くらいがきつかった。生活が元通りになっていくうちに傷みも消える筋力戻ると思っていたのだがこれは意識的に鍛える必要がある。これからどんどんそうなる。自分がどう生きたいかというシンプルな欲望と向き合いながら生きる。そんな生き方にシフトするいい機会である。
病院を出たら雪が本格的に降っていた。

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2月6日(火)
食事を始めじわじわと生活そのものを変え始めているのでぼんやりとではあるが毎日が新鮮に感じられてちょっとうれしい。とはいえ体はまだ付いてこれず、だんだんと頭がボーっとしてくるのだがそのうち慣れてくれたら。午前中にひと仕事終え、午後からは昨年分の支払調書を各所に送る。いつもは郵送するのだがとにかく今はboidの仕事が重なりすぎていてスタッフもバタバタ、みんなで集まって作業というのが簡単にはできない。ということで今年はメールで送れる人にはメールにて。昨年お世話になった方たちでもあるのでそのお礼も兼ねて、そして私の現状報告も兼ねてのメールであった。70名ほど。文面もコピペではなくひとりひとり書いた。7時間くらいかかったか。多分みんなで集まって一気に郵送したほうが全然早い。だがまあ、こんな年があってもいい。皆さんからもありがたい励ましのメールもいただいた。
 
 
 
2月7日(水)
お台場爆音の調整1日目。いつも大抵雨模様なのだが本日は快晴。しかしシネコンのある「東京テレポート」駅の周辺は呆れるくらい何もなくなっている。大丈夫なのだろうか。廃墟というのとも違う単なる空洞。おそらくもうこのままだろう。日本中がこんな空洞だらけになる。
調整の方は『グレイテスト・ショーマン』や『アイドリッシュ・セブン』などおなじみの作品で今回の機材のセッティングの調子を見る。相変わらず絶好調で体もみるみる温まる。夕方、久々に『ミッシェルガン・エレファント』をやったのだが、依然とは上映素材が違い、おそらく昨年末からのリバイバル上映のために新たにDCPを作り直したのだろう、音のバランスが見違えるほどよくなっている。クリアかつダイナミック。もうこのままで十分と思ったのだが、いやいやミッシェルがこんなきれいな音でいいのかとどこかで誰かがささやく。そうささやかれてみると確かにめちゃくちゃでかい家庭用のサウンドシステムで聴いているような感じもする。さすがにこれではわざわざ爆音に来てくれた方たちに申し訳ない。もっとギザギザした音で体中をかき回されそのかき回された体の崩れた輪郭から鋭い音が心を突き刺し揺さぶってこそミッシェルではないか。そんなささやきに導かれるまま音を上げ会場を震わせ音の壁を作った。東京テレポート駅周辺の空洞に亀裂を入れ地下に埋め込まれた何かを揺り起こす爆音。生き方を変えるというのは、こういうことをさらに突き進めるということでもある。
 
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2月8日(木)
お台場に10時30分というのは今の生活ではかなりギリギリな時間。何とか起き上がりぼんやりとしながら調整を始めるわけなのだが、でかい音が目覚まし代わり。ミュージカルの舞台の収録作品である『ヘタリア』は映画のようながっちりしたマスタリングがされているわけではないので大変だった。あーでもないこーでもないとベストポジションを探りながらの調整。『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は井手くんに任せて観ていたのだが、水木しげるの漫画のテイストをしっかり残した「闇」の映画がヒットしているというのに驚く。音や画面作りの異様な感じが「インスタ映え」みたいなことになって伝わっているのだろうか? 70年代の『八つ墓村』の大ヒットを思い出す。『トップガン』『トップガン マーヴェリック』は続けて観るといろんな比較ができてめちゃくちゃ面白い。音作りや編集、画面作りの違いや逆に同じ部分などがはっきりとわかる。いずれにしても『トップガン』の方がオールドスクールであることは言うまでもないのだが、今それをこういった形で観ることができる新鮮さ。音の方もできるだけそのギザギザしたジェット音の傷を残す方向でバランスを取った。シネスコ画面にドアップの両目が映し出されるショットの多用が奇妙に心地よかった。そしてシークレット作品。この日記が公開される頃は上映も思わっているのでタイトルも書いてしまうと『ビリー・ホリデイ物語』。亡くなる4か月前の最後のライヴの様子を再現したミュージカルの映画化、という説明でいいのだろうか。ミュージカルの舞台を撮影し、それを映画的な手法で編集し直した作品である。圧巻の歌声。ビリー・ホリデイを演じるオードラ・マクドナルドの歌唱がすごすぎる。たった1回のライヴの再現映画を「ビリー・ホリデイ物語」と題するのはどうかと思う方もいるかもしれない。だがこの声にそれだけの「物語」が入っているのだと言いたくなる。もちろん、舞台上のセリフの中でその背景を知ることはできる。だがそれもおまけに見えてくるような歌唱。でも本物はもっとすごいんだよねえという、そのすごさは『ザ・ユナイテッド・ステイツ VS. ビリー・ホリデイ』『ビリー』という2本を観ればわかる。それは迫力とか歌唱力とかというものとは違う、どこかゲゲゲの鬼太郎的な洞窟の闇から聞こえてくるような、その闇とともに生きることのできる人が当たり前のように響かせる木霊のようなものだと思う。そして菊池くんのリハ。3台のキーボードのうち1台はムーグシンセサイザーで、本番ではそれがいったいどんな音を出すのか思い切り楽しみになる。そして無声映画の伴奏とはいえ歌も歌うとのことでマイクも。試しに歌った「ニューヨーク、ニューヨーク」と「ホワイトクリスマス」が絶品で井手くんも驚いていた。本番はこのために曲を作るのだという。英語の歌詞は難しいのでAIに手伝ってもらうと言っていたので、さっそく井手くんがAIに『最後の人』のさまざまな情報をインプットしてテーマ曲の歌詞を作ってほしいと依頼すると、すぐに日本語の歌詞が送られてくる。それがまたなかなか絶妙で驚いてしまう。なんだろう、これは。わたしのような者が想像するAIをはるかに超えた歌詞。常套句としてのクリシェと音楽用語のクリシェ(同じ和音が長く続くとき、構成音の一つを半音・全音ずつ変化させていくこと/ウィキペディア)とが当たり前のように同居する。これはやろうと思っても人間には無理かもしれない。あまりに面白いのでついでにそれをAIに英訳してもらい、菊池くんに送ってこのばかな遊びをけしかける。本番ではこれをそのまま使うことはないだろうが、果たしてどんな歌として立ち現れるのか。

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2月9日(金)
2日間めいっぱい働いたせいかそれなりに疲れが出た。ボーっとしたまま久々に事務所に行ったら当たり前だが寒かった。いろいろやりたいことはあったのだが早々に退散。夜は『ザ・ユナイテッド・ステイツ VS. ビリー・ホリデイ』を観た。初めて観てからそう時間は経っていないはずなのにいろんなことを忘れている。いずれにしても何か大切なことが欠けてしまっている映画であることは確かで、やはり『ビリー』をもう一度観なくては。
 
 
 
2月10日(土)
病院に行ったり助成金の打ち合わせをしたり社長仕事をしたりしているうちにあっという間に夕方。毎月の財務関係の整理は作業が細かくてやればできるのだが頭がすっきりしているときにしないと思わぬミスをしてしまう。歳をとるにつれその頻度がどんどん高くなってきた。早起きしてこういう仕事を決まった時間でやって残りは明日、みたいなやり方をちゃんと取得したい。夜になって映画を観たくなったりするとついその欲望に負けて早寝ができなくなりそのままずるずるというのがこれまでのパターンだったのだが、もうそれはできない。あるいは欲望のままにそれをやって体のことは考えない、というやり方もある。今回は命にかかわる問題なので、これまでとは違う。希望としては早寝早起き生活の中で欲望の赴くままの暮らし、ということなのだが。
とは言いつつ夜、『ビリー』を観る。『ザ・ユナイテッド・ステイツ VS. ビリー・ホリデイ』でどうしても腑に落ちなかった合衆国政府がどうしてそこまでビリー・ホリデイを追い詰めたかという部分を見極めたかったのだが、今回はあっという間にビリー・ホリデイの歌にやられてしまった。このドキュメンタリーの中で語られる数えきれないミュージシャンとの関係がそのまま歌と演奏の関係として目の前に現れる。歌や演奏のうまさ、そのバランスの絶妙さと言った技術上のことはもちろん、この歌からこの演奏が生まれこの演奏からこの歌が生まれると言いたくなるような中心のない中心が世界を動かし続けるその曖昧で不定形で変容し続ける運動が生み出す小さくもあり大きくもある波に心と体がすっかり洗われたと言ったらいいのか。多くの人が語る「ビリー・ホリデイ」の多様さも、その音楽と一体である。合衆国政府はこの得体の知れなさに恐怖を覚えたのかとも思える。

 
 
 
2月11日(日)
ユナイテッド・シネマの担当者から、爆音チケットの売り上げが前回を超え、お台場での爆音映画祭史上2番目の数字になったという連絡が来る。昨年6月の売り上げは異常だったので、それを考えなければ立派すぎる数字である。ほとんどアニメ作品の力とはいえ、それらのおかげで今回のような無声映画ライヴやシークレット上映も可能になる。本日はその本番。菊池くんセレクションのシークレット作品は『ビリー・ホリデイ物語』。昨年の公開なのだがわたしもまったく知らなかった。観終わった友人たちの話を聞いても皆さん知らない。公開の形態が通常のロードショーとは違い、料金を上げた演劇やミュージカルやライヴの収録作品の扱いに近かったためだろうか。情報が溢れすぎているためちょっとでもジャンルの枠組みからずれるとすぐに見つけられなくなる。その意味だけでも選んでもらった価値は十分なのだが、こうやって落ち着いて観てみると、合衆国がどうしてビリー・ホリデイをあんなに執拗に追いかけたのかという謎の答えが、ステージでの発言や歌の中からくっきりと浮かび上がってくる。要するにビリー・ホリデイとはアメリカ合衆国だったのだ。合衆国政府はいつの日か自分を食いつくすかもしれない自分の似姿の影におびえていたのだ。ビリーを殴り蹴り薬漬けにして自分の思うままに扱おうとする数々の男たち、それに対する彼女の反抗、怒り、悲しみという対比はしかしそれでもそんな男たちを求め続ける彼女の姿によって曖昧なものとなる。愛と憎悪、依存関係といった言葉では言い表しきれない闇がそこには広がっている。まるで彼女自身がすべてを引き起こし引き受けてしかもそれを生きる力としているような、男たちも合衆国もすべて被害者とも言いたくなるような大きな「アメリカ2」として彼女の歌が世界中にばらまかれそれぞれの土地に浸みこみ栄養となり新たな土壌を育てる。すでにこの時点で合衆国政府にとっては彼女は手に負えない存在でありもはや自国だけの問題ではないこともおそらく合衆国政府も自覚していたのだろう。もはや勝ち目はない。それゆえの執拗な攻撃だったのだろう。だからこのビリー・ホリデイ59年の最後のライヴは彼女の勝利宣言でもある。そしてわれわれは彼女の撒いた種子のもたらす栄養をたっぷり吸って土壌を耕す。そんな上映だった。
上映後のトークで菊池くんが主演のオードラ・マクドナルドについて、表面だけ真似た多くのフォロワーがいる中で、通常はまったく違う歌い方をしているのにこの映画では限りなくビリー・ホリデイに寄せているその寄せ方が見事だと言っていたのだが、まさにこの現象こそ「ビリー・ホリデイ」という存在を言い当てているように思う。ビリー・ホリデイは数えきれないバッド・シーズも受け入ればら撒きつつ時折この映画のオードラ・マクドナルドのような姿として世に現れる。エルヴィスが信じられないような形をも含めて世界中に姿を現しているように。
無声映画ライヴ『最後の人』に関してはもう、ドイツ映画にもかかわらずそんなアメリカそのものが顔を出したとしか言いようがない。最後のシナリオの改変はどうやらあまりに暗い話なのでハッピーエンドを付け加えろと言うハリウッドの指示のもと無理やり加えられたものらしいが、その呆れるような無理やり感に添えられた菊池くんの歌声は感動と言ってしまってもいいのだが、アメリカ1もアメリカ2もかなえることのできなかった夢の洪水があり得ないような姿となって一瞬顔を出したとでも言うしかないような、人生そのものを夢へと変えるマジックそのものだった。全世界でこのような形で映画とそれがもたらす夢の時間を人々が過ごすことができるよう、願うばかりである。こんな奇跡のような時間を多くの人ともに過ごせたことは主催者冥利に尽きる。いつかこの会場を超満員の人々で埋めて再度こんな時間を過ごせたらと、下世話な欲望も目覚めたりもした。

 
 
 
2月12日(月)
ひと仕事終えたぼんやりとした疲れと明日の医者との面談で今後の大きくて否応ない道筋が示されるというぼんやりとした不安とで身動き取れず。終日、「妄想日記」のまとめ作業などをしていた。あっという間に夜になってしまうのでうっかりできない。せっかくの休日なのでちょっと街に出てみたかったし、映画も観たかったのだが。いや未だに昨日の『最後の人』の淡い夢の中にいたのだということにしておこう。アメリカの失われた夢の残骸とその集積が作り上げる実現されなかったアメリカの広がりと輝きをぼんやりと眺める一日だった。
 
 
 
2月13日(火)
病院へ。2月に入ってのPETCT、MRI検査の結果を受けての面談である。結論から言うと肝臓にひとつ転移あり。手術は難しくないが、まず抗がん剤で現状では見えてこない転移、再発の可能性をつぶしてから手術をするのが確実で安全であるとの見立て。昨年使った抗がん剤ではなく、別のもの2種類のうちどちらかを使い様子を見ながら3か月ほど。場合によってはその倍くらいの期間を経てからの手術となる。西洋医学としてはこれが最善でこのやり方以外には、先に手術という手もあるが再発の危険が大きすぎるとのこと。担当医はすぐに抗がん剤開始の日程を決めるつもりでいたらしいのだが、いったん考えさせてほしいと1週間の猶予をもらった。確認のため、もし何もしないでそのままにしていたらどうなるのかと尋ねたら8か月くらいで死に至り、抗がん剤のみだと30か月です、との答え。もちろん手術もしてちゃんと治療もするつもりではあるが、さすがに時間の猶予はないということを思い知らされる。腫瘍マーカーの値の票を見せてもらったら、抗がん剤を止めた12月頭までの数値は安定しているが、1月でがくんと上がっている。あの時やめていなかったらどうなったのかとは思うものの、あの鼻からの出血でまだ続けようと思う人はいないと思う。あの一線を超えるには入院して医者の監視の元無理やり飲み続けるしか方法がなかった。これまでの経験上、もうだめ無理と思ってからどれだけ粘れるか、というところにかかっている。今回はその一線を自力で越えなくてはならないのか、いや薬が変わるので案外副作用は大したことはないのかもしれないとお気楽な虫もささやき始める。しかし抗がん剤を投与していなかったら体はもっと元気で逆に自力でがんの再発も抑えられていたのではないかという疑惑も沸く。11月の第3クール目の投与で体がボロボロになり、その隙にガン細胞が活性化したという……。
帰宅後、某友人が世話になっている病院を紹介してもらう。そこは現在の医療制度の枠からはみ出す形での治療診療を行っている病院で、院長も癌を患った過去を持ちその経験から独自の治療法を展開してきた病院である。西洋医学を完全否定しているわけではないが、まずは人間の自然治癒力を高めるところから始めるという前提での治療を行っている。さすがに岐阜まで通うのは大変だし診察代も保険診療ではないので高額になる。よって今回は、今後の方向を決めるための相談ということでとにかく急ぎの面談のお願いをしたのである。まずはメールで、そして明日電話で確認という手順。20日までには現在の病院での結論を出さねばならないので間に合ってくれればいいのだが。さすがに自分のことしか目に入らなくなる。
 
 
 
2月14日(水)
岐阜の病院から連絡があり16日の11時の面談ではどうかとのこと。その日は『BAUS』の撮影のために高崎に行く予定だったのだが致し方なし。予定変更の連絡を各所に入れる。そして今更病院の場所を調べると簡単に行ける場所ではない。11時に病院に到着するためには新高円寺を7時40分には出ないといけない。前夜、岐阜か名古屋に泊まることも考えたがホテル代も値上がり中。がん保険に入っておけばという思いが募るばかりだが、妻はあくまでもがん保険には懐疑的だ。結局毎月支払った金が返ってくるだけだから、別のやり方で備えていればそれでよいというスタンスである。多分わたしはどちらもできない。
いずれにしても16日は岐阜、17日と18日は高崎である。ともに障碍者割引で乗車券を購入。本当に体が動かない人には申し訳ないのだが、人工肛門だとランクは下だが障碍者扱いで交通費などが免除されたり割引料金で乗車できたりするのだ。文句を言いながらもそして泣きながら税金はちゃんと支払っているので利用できるものは利用させてもらう。JRは効率化優先で各駅にあったみどりの窓口が次々に閉鎖され近所では荻窪か中野である。本日は気晴らしに吉祥寺ユニオンに行ったのでその帰り道の荻窪にて。カードだと全然現実感はないのだが、来月末の請求が恐ろしい。病院の検査代は合わせると8万くらいになるし、月末からの抗がん剤もいったいいくらかかるのか。年金生活者に医療費が重くのしかかる。ぼんやりしていたら夕食中に奥歯の詰め物が取れた。そしてさらに叔父の死の知らせ。
Sly & Robbie “FRIENDS”
 
 
 
2月15日(木)
ぼんやりとした疲れとぼんやりと不安は続く。そのぼんやりを何とかするために岐阜の病院に相談に行くわけだが、頼れるものは何でも頼るということで本日は深川不動へ。毎年、節分後に行っていた恒例のお祓いをしてもらうわけだが、昨年の「神頼みする前に病院に行った方がいいんじゃないか」というかなりはっきりした具合悪さとは違い今年は「あとは回復するだけになってきたはずなのにさらにまた出てきてしまうとは」という体というより心の問題なので何とかなってくれるだろう。お祓いはいつもにもまして和太鼓の音がガツンと来た。海外からの観光客向けに少し派手になっているのだろうかとも思ってしまうがこれはおそらくこちらの問題。参加者も大勢で端の方の後ろ側だったので柱に邪魔されてよく見えなかったにもかかわらず壁のガラスに反射する炎の大きさと和太鼓のアンサンブルがやはりただ事ではない何かを作り出していた。

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昼は結局いつものスリランカ・カレー。深川不動のある出口とは反対側の門前仲町駅の方にある店で、どれも本当においしいのだが本日はヴィーガンセットを。いよいよ外食を自主規制ということで簡単にはフィットする店がないのだが、これなら安心。厳密にはいろいろ出てくるのだろうが、そこまで厳密にしなくてもとは思っている。ただ、そのあたりの態度もまた、岐阜の病院との相談になるだろう。緊急事態であることには変わりはない。
その後歯医者。詰め物の取れた奥歯以外にも気になるところがいくつかあり、今後の治療予定を決める。抗がん剤が始まっても、薬の種類さえわかれば治療は続けられるとのこと。その歯医者の知り合いにも人工肛門になっている医者がいるらしく、ときどきその人工肛門の写真が送り付けられてくるのだという。ちょっと驚くが、まあそれくらいでないと毎日いろんな患者を相手にしていられないのだろう。もうちょっと詳しく話を聞いたらさらにいろんなことが見えてくるかもしれない。
そして叔父の通夜と葬式が17日、18日に決まったとの知らせ。高崎に行く予定と見事に重なる。さてどうするか。18日はさすがにわたしがお願いしたエキストラの方たちもやってくるし行かないわけにはいかないので17日の通夜だけ行くか。そうすると、16日岐阜、17日山梨、18日高崎というすべて日帰りスケジュールになる。しかも高崎の朝は早い。これまでだったら何とかそのスケジュールをこなしていたはずなのだが、まだ自覚症状はないとはいえ結構重篤な病人なのにこんなことをしていていいのか。

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。