XTCの歩み1966-1999~彼らはいつどこでなにをしたか~ 第1回

藤本成昌さんによる新連載「XTCの歩み 1966-1999 ~彼らはいつどこでなにをしたか~」が始まります。XTCは1977年にデビューした英国のロックバンドで、その音楽は同時代および後世代の多くのミュージシャンに影響を与えてきました。本連載では、複数のXTC関連書籍の翻訳を務めてきた藤本さんが調査した彼らの詳細な活動年譜を1年ずつ掲載していきます。初回は5枚目のスタジオアルバム『English Settlement』が発表され、XTCとして最後のライヴが行われた1982年の記録。同年当初の在籍メンバーはアンディ・パートリッジ(Vo, G)、コリン・モールディング(Vo, B)、デイヴ・グレゴリー(G, Key)、テリー・チェンバーズ(Ds)です。

文=藤本成昌
 
 
連載にあたって
1992年にイギリスで刊行されたXTCの公式バイオグラフィ『Chalkhills and Children』は、バンドの運命を大きく変えた1982年が第1章でした。それにあやかり、本稿「XTCの歩み 1966-1999」の第1回も1982年から始めることにしました。以降、取り上げる年は年代順にあらず、「歩み」は前進したり後退したりします。第2回はバンドが極めて多忙だった1978年に遡る予定です。
 
凡例
●ほとんどの出来事は、「いつ・どこで・だれが・なにをしたか」の基本要素で構成されています。
●特に断りのない限り、「どこで」はすべて英国です。
●1975年7月にヘリアム・キッズがXTCに改名してからの「だれが」は、特に断りのない限り、すべてXTCです。
●1990年に東ドイツと西ドイツが統合する以前の「ドイツ」は西ドイツを指します。
●カタカナ化した固有名詞は慣例的な表記ではないことがあります。
●「▼」は下の当該日を見よ、「▲」は上の当該日を見よ、を意味します。
 
 
 

第1回:1982年

 
 
1982年1月8日(金)
シングル「Senses Working Overtime」リリース。
 
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1982年1月14日(木)
ロンドン、BBCランガム・スタジオ1
BBCラジオ1の番組『The Evening Show』のために10回目のBBCセッションのレコーディング。プロデューサーはジョン・スパロウ、エンジニアはマイク・ロビンソン。1月25日放送▼。
レコーディングの合間にアンディはDJデヴィッド・ジェンセンのラジオ番組に電話で生出演。
演奏曲:Runaways; Jason and the Argonauts; No Thugs in Our House; Snowman.
どこで聞ける?:全曲『Transistor Blast』4枚組ボックスセットに収録された。「Snowman」以外の3曲は『Drums and Wireless』にも。
注記:80年代半ばにストレンジ・フルーツ・レコードがこのセッションを『The Peel Sessions』12インチEPシリーズの1枚としてリリースすることを要望したが、ヴァージン・レコードが同意しなかった。
 
1982年1月20日(水)
ロンドン、BBCテレビション・センター
テレビ番組『Top of the Pops』のために 「Senses Working Overtime」の口パク演奏を録画。翌日放送▼。
 
1982年1月21日(木)
BBC2テレビ『Top of the Pops』で前日録画された 「Senses Working Overtime」が放映される▲。司会はデヴィッド・ジェンセン。
 
「Senses Working Overtime」(『Top of the Pops』1982年1月21日放送)


1982年1月22日(金)
アンディ、BBCラジオ1の『Roundtable』にゲスト出演。DJはリチャード・スキナー。
 
1982年1月25日(月)
『The Evening Show』で1月14日収録のセッション▲が放送される。DJはデヴィッド・ジェンセン。
 
1982年1月28日(木)
フランスのアンテーヌ2テレビチャンネルのポップ・カルチャー番組『Les enfants du rock』がHaute Tensionコーナーで「Making Plans for Nigel」のプロモ・ビデオを放映。
 
1982年1月30日(土)
アンディとコリン、BBCラジオ1の『Rock On』に出演。DJはリチャード・スキナー。
 
アンディとカトリン・アパノウィツ(連続テレビドラマ『Eastenders』出演女優)、子供番組『No. 73』第1シーズン第5回の「サンドイッチ・クイズ」に参加。進行役はサンディ・トクスヴィグ。サザンプトンにあるITVテレビジョン・センターから一部地域に向けて生放送される。
 
『No. 73』1982年の第1シーズンから「サンドイッチ・クイズ」のシーンだけを集めた映像。アンディは1:12あたりに登場
 

1982年2月2日(火)
オランダのテレビ音楽番組『AVRO's Toppop』でXTCの「Senses Working Overtime」とザ・ストラングラーズの「Golden Brown」の口パク演奏の映像が放映される。収録地はおそらくヒルフェルスムにあるAVROのスタジオ。収録日不明。
注記:YouTubeのToppop公式チャンネルによると、放映日は2月20日とされているが、この日は土曜日で、番組の放送日ではなかったはずである。また、その日に再放送されたという記録も筆者は確認できなかった。
 
「Senses Working Overtime」(『AVRO's Toppop』1982年2月 (おそらく) 2日放送)


グラナダテレビ『Late Night from Two』の第1回で 「Senses Working Overtime」の口パク演奏が放映される。アンディは司会のシェリー・ロードに「オランダで『Toppop』の収録をしてきた」と話す。収録地はおそらくマンチェスターのグラナダ・スタジオ。収録日不明。
 
「Senses Working Overtime」(『Late Night From Two』1982年2月2日放送)


1982年2月3日(水)
ロンドン、BBCテレビション・センター
テレビ番組『Top of the Pops』のために2回目の 「Senses Working Overtime」の口パク演奏を録画。翌日放送▼。
 
1982年2月4日(木)
BBC2テレビ『Top of the Pops』で前日録画された「Senses Working Overtime」が放映される▲。司会はジョン・ピール。
 
「Senses Working Overtime」(『Top of the Pops』1982年2月4日放送)

 
1982年2月5日(金)
BBC2テレビ『The Oxford Road Show』に生出演。マンチェスターのBBCスタジオAで「Ball and Chain」、「Snowman」、「Jason and the Argonauts」を演奏。司会はロバート・エルムズとジャッキー・スプレックリー。プロデューサーはピーター・ハミルトン。
 
「Snowman」「Ball and Chain」「 Jason and the Argonauts」(『The Oxford Road Show』1982年2月5日放送)

 
1982年2月9日(火)?
ロンドン・ハマースミス、リバーサイド・スタジオ
テレビ番組『The Old Grey Whistle Test』のために「Yacht Dance」と「No Thugs in Our House」の演奏を録画。2月11日放送▼。
注記:明確な収録日は不明だが、デイヴが「バンドの機材の多くはドイツに搬送中だった」と記憶していることから、おそらく9日だったと思われる。 「Yacht Dance」がライヴ演奏されたのはこの時が最初で最後。
 
1982年2月10日(水)
ドイツ・ハンブルグ、マルクトハレ
前座はトゥーツ&ザ・メイタルズとグルッポ・スポルティヴォ。
このコンサートの抜粋は5月22日にドイツWDRテレビの『Rockpalast』で放送される▼。
セットリスト:Respectable Street; Towers of London; Runaways; Jason and the Argonauts; Burning with Optimism’s Flames; Snowman; Ball and Chain; Sgt. Rock; No Thugs in Our House; Senses Working Overtime; Making Plans for Nigel; Living Through Another Cuba; Generals and Majors. アンコール1: Real by Reel; Life Begins at the Hop. アンコール2: This Is Pop?; Are You Receiving Me? アンコール3(?): Respectable Street.
注記:3回目のアンコールは『Rockpalast』の公式サイトにも記録はないが、観客が録音したテープに残っている。
 
1982年2月中旬
オランダの隔週音楽誌『Oor』が2月24日号で新規定期購読者に『English Settlement』のLPをプレゼント。
 
1982年2月11日(木)
BBC2テレビ『The Old Grey Whistle Test』で、2月(おそらく)9日▲に収録された「Yacht Dance」と「No Thugs in Our House」が放映される。司会はアン・ナイチンゲールとデヴィッド・ヘップワース。プロデューサーはマイケル・アップルトン。
どこで聞ける?:「Yacht Dance」のオーディオ・トラックは『Coat of Many Cupboards』4枚組CDボックスセットに収録されている。
 
「Yacht Dance」「No Thugs in Our House」(『The Old Grey Whistle Test』1982年2月11日放送)

 
1982年2月12日(金)
5枚目のアルバム『English Settlement』リリース。
 
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ブリストルHTV Westの『What's On』がリチャード・ワイアットとアンディのインタビュー、「Life Begins at the Hop」のビデオ・クリップを放映 (この時点で最新シングル「Senses Working Overtime」のプロモ・ビデオはまだ制作されていない)。収録日不明。
デイヴ:「ワイアットはこの頃、とても寒くて霜が降りた朝に、スタジオに隣接する公園の外でバンドのメンバー全員にインタビューをした。どの番組で放送されたのか記録はないが、放送されたことは確かだ」 (1998年12月、筆者への手紙)
 
1982年2月13日(土)
アンディ、BBCラジオ1の番組でアン・ナイチンゲールと話す。
 
1982年2月18日(木)
BBC2テレビ『Top of the Pops』で1月20日▲に録画された 「Senses Working Overtime」の一部が放映される。司会はマイク・リード。
 
1982年2月22日(月)
アンディとコリン、リバプールのラジオ・シティでフィル・イーストンの番組にゲスト出演。最新アルバムから 「Runaways」、「Snowman」、「No Thugs in Our House」、「Melt the Guns」、「Fly on the Wall」がかかる。
 
1982年2月下旬
ミドルセックス、シェパートン・スタジオ
ツアーのためのリハーサル。この間に「Senses Working Overtime」のプロモ・ビデオを撮影する。
 
1982年3月2日(火)
アンディ、BBCラジオ1の番組でデヴィッド・ジェンセンと生放送で話す。ニュー・アルバムについて語り、ファンの質問に答える。1月14日のセッション▲が放送される。
 
1982年3月初旬
ロンドン、BBCテレビ・センター
『Multi-Coloured Swap Shop』のために「Senses Working Overtime」と「Ball and Chain」の口パク演奏を録画。前者の放映日は不明、後者は5月3日▼。
 
1982年3月6日~18日
イングリッシュ・セトルメント・ヨーロッパ・ツアー
 
このツアーのコンサートでは、XTCがステージに登場する前に会場で流されるイントロとして「Bushman President」以外に1956年公開のアメリカ映画『王様と私』のサウンドトラックから「序曲」の最初の25秒ほどが使われた。
 
映画『王様と私』から「序曲」


1982年3月6日(土)
ベルギー・ブリュッセル、RTBテレビ・スタジオ
フランス語のテレビ番組『Génération 80』のために「Senses Working Overtime」と「Ball and Chain」の口パク演奏を録画。同日、ア・サートゥン・レイシオの演奏とともに放映される。オランダのベルギー番組チャンネルでも同時に放送される。
 
オランダのラジオ番組『Elpee-pop-special』でXTC特集。
 
1982年3月7日(日)
ベルギー・ブリュッセル、アンシェン・ベルジーク
前座はタクシー・ガール。
オランダのラジオで不完全ながら2回放送される。1回目は1982年4月7日の『Rocktempel』という番組、2回目は27年後の2009年3月20日に『Legendarisch Live』で。
セットリスト:おそらく翌日のパラディーソ▼とほとんど同じ。
1982年4月7日放送:Runaways; Jason and the Argonauts; Snowman; No Thugs in Our House; All Along the Watchtower.
2009年3月20日放送:Runaways; Jason and the Argonauts; Snowman; Ball and Chain; Senses Working Overtime; All Along the Watchtower; Towers of London; Making Plans for Nigel; Living Through Another Cuba; Generals and Majors; Real by Reel.
注記:オランダの数ある公共放送製作会社のひとつKROが隣国ベルギーのブリュッセルまで出向いてこのコンサートを録音した(一方でオランダの別の公共放送製作会社であるVARAは、翌日、自国のアムステルダムで開かれたコンサートを録音した)。だが、ブリュッセルでは終始ギターアンプに問題があったらしく、アンディは「No Thugs」の演奏に入る前にステージでサウンド面の不調をほのめかしている。そのサウンドのトラブルが原因かどうか定かではないが、1982年に放送されたのはわずか25分、5曲のみだった。2009年の再放送時には53分、11曲と大幅に延長されたものの「No Thugs」は外されていた。
 
1982年3月8日(月)
アムステルダムでジル・ヴェーランがバンドを屋外でインタビュー。3月27日放映▼。
 
オランダ・アムステルダム、パラディーソ
前座はオン/オフとタクシー・ガール。
ハンス・デ・フェンテが「Hop」にバッキング・ヴォーカルで加わる。4月13日にオランダのラジオ番組『Moondogs』▼で「Ball and Chain」以降が放送される。
セットリスト:Bushman President (tape); Respectable Street; Burning with Optimism’s Flames; Runaways; Jason and the Argonauts; Melt the Guns; Snowman; Ball and Chain; No Thugs in Our House; Senses Working Overtime; All Along the Watchtower; No Language in Our Lungs; Towers of London; Making Plans for Nigel; Living Through Another Cuba; Generals and Majors; Real by Reel; Sgt. Rock; Life Begins at the Hop.
 
1982年3月10日(水)
ドイツ・ベルリン、メトロポル
セットリスト:Bushman President (tape); Respectable Street; Burning with Optimism’s Flames; Runaways; Jason and the Argonauts; Melt the Guns; Snowman; Ball and Chain; No Thugs in Our House; Senses Working Overtime; All Along the Watchtower; No Language in Our Lungs; Towers of London; Making Plans for Nigel; Living Through Another Cuba; Generals and Majors; Real by Reel; Sgt. Rock; Outside World.
 
1982年3月12日(金)
ドイツ・ミュンヘン、アラバマハレ
 
1982年3月13日(土)
2月に撮影された「Ball and Chain」のプロモ・ビデオがセントラルTVの番組『O.T.T. [Over the Top]』で初放映される。
 
ドイツ・ヴィースバーデン、ヴァルトブルク
セットリスト:Bushman President (tape); Respectable Street; Burning with Optimism’s Flames; Runaways; Jason and the Argonauts; Melt the Guns; Snowman; Ball and Chain; No Thugs in Our House; Senses Working Overtime; All Along the Watchtower; No Language in Our Lungs; Towers of London; Making Plans for Nigel; Living Through Another Cuba; Generals and Majors; Real by Reel; Sgt. Rock; Outside World.
 
1982年3月15日(月)
イタリア・ミラノ、ローリング・ストーン ――キャンセル
ドイツとイタリアの国境で通関手続きの問題により機材が釘付けとなる。
 
1982年3月16日(火)
イタリア・ジェノヴァ、テアトロ・マッシモ
前座はシックスティーズ。
セットリスト:Bushman President (tape); Respectable Street; Burning with Optimism’s Flames; Runaways; Jason and the Argonauts; Melt the Guns; Snowman; Ball and Chain; No Thugs in Our House; Senses Working Overtime; All Along the Watchtower; No Language in Our Lungs; Towers of London; Making Plans for Nigel; Living Through Another Cuba; Generals and Majors; Real by Reel; Sgt. Rock.
注記:観客数は1,500と報じられた。同日、地元のサイコ・クラブがXTCのビデオ上映会を開催したらしい。前日の地元新聞にアンディとデイヴのインタビュー記事が掲載された。
 
1982年3月17日(水)
フランス・リヨン、パレ・ディヴェール
前座はホット・クラブ。
セットリスト:Respectable Street; Burning with Optimism’s Flames; Runaways; Jason and the Argonauts; Melt the Guns; Snowman; Ball and Chain; No Thugs in Our House; Senses Working Overtime; All Along the Watchtower; No Language in Our Lungs; Towers of London; Making Plans for Nigel; Living Through Another Cuba; Generals and Majors; Real by Reel; Sgt. Rock (Is Going to Help Me).
注記:前座を務めたホット・クラブには元セックス・ピストルのグレン・マトロックと、後にジョニー・ヘイツ・ジャズのメンバーとなるカルヴィン・ヘイズがいた。
 
1982年3月18日(木)
フランス・パリ、ル・パレス
前座はホット・クラブ。
アンディ、最初のナンバー「Respectable Street」の途中でステージを降りる。他のメンバーもすぐに演奏を止め、アンディの後を追う。
「アンディは体調不良」とのアナウンスが流れる。30分後、コンサートは明日に延期とされ、最終的にキャンセルとなる。後日、6月1日か2日にパリでの振替公演が仮決定される。
注記:このコンサートはテレビとラジオで生放送される予定だったという情報があるが確認できない。アンディがステージを去るシーンは、4月10日頃に放映されたテレビ番組『Pour Changer』のMegahertzコーナーで、17分間のドキュメンタリーとして見ることができる。そこには本番前のサウンドチェックや、アンディが劇場の管理人室でインタビューを受けているシーンも含まれている。
 
『Pour Changer』1982年4月10日(?)放送
           
 
1982年3月19日(金)
シングル「Ball and Chain」リリース。
 
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1982年3月
アンディ、5月中旬まで続く予定のアメリカ・ツアーに渋々同意。
 
1982年3月下旬
アメリカの月刊音楽誌『Trouser Press』がエピック・レコードと提携し、XTCのソノシートを付録として綴じ込んだ4月号 (通巻第72号))を定期購読者用に6,000部用意する。ソノシートにはLP未収録曲「Blame the Weather」と「Tissue Tigers (The Arguers)」が入っている。
 
1982年3月27日(土)
イタリア・ジェノヴァのサイコ・クラブがXTCを含む主にブリティッシュ・アーティストのビデオを上映。
 
ベルギーのフランス語音楽テレビ番組『Ligne Rock』で3月8日に収録されたインタビュー▲がプロモ・ビデオとともに放映される。オランダのベルギー番組チャンネルでも同時に放送される。
 
1982年3月29日(月)
ドイツの月刊音楽誌『Musikexpress』が4月号で新規定期購読者に『English Settlement』LPをプレゼント。
 
1982年3月30日(火)
ロサンゼルスに到着。
 
1982年4月1日(木)
イギリスのマスコミが3月18日にアンディがパリで倒れた原因は黄疸であったと報じる。
 
1982年4月3日~4日
イングリッシュ・セトルメント北米ツアー
前座はジュールズ・ホランド&ヒズ・ミリオネアーズ。
 
1982年4月3日(土)
アメリカ・カリフォルニア州サンディエゴ、カリフォルニア・シアター
フィリップ・グラスの『North Star』がイントロに使用される。XTC最後のライヴ。
 
1982年4月4日(日)
アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス、ハリウッド・パラディアム ――キャンセル
 
オーストラリアのテレビ音楽番組『Countdown』で「Senses Working Overtime」のプロモ・ビデオが放送される。4月17日、5月9日、5月30日にも放送。
 
1982年4月5日(月)
アンディが「胃の病気」と診断され、北米公演はすべてキャンセルとなる。アンディとコリンはニューヨーク経由でイギリスに帰国、デイヴはロサンゼルスに数日滞在し、テリーはオーストラリアに向かう。
注記:オーストラリア滞在中、テリー・チェンバーズはいくつかの地元バンドと共演したと言われている。1979年夏にXTCのオーストラリア・ツアーで前座を務めたアイスハウス(当時の名前はフラワーズ)と演奏したのもこの時期である(おそらくリリース目的でのレコーディングはされなかった)。
 
1982年4月13日(火)
オランダのラジオ番組『Moondogs』で3時間のXTC特集。3部構成で、第1部と第2部ではアンディのインタビューを軸に初期のシングルから最新アルバム『English Settlement』までの代表曲、バンドと親交が深いハンス・デ・フェンテが提供したテープからいくつかの未発表音源が放送される。第3部は3月8日アムステルダムのコンサート▲の抜粋。アンディのインタビューは彼が入院していた病院で録音された。
第3部で放送された曲:Ball and Chain; No Thugs in Our House; Senses Working Overtime; All Along the Watchtower; No Language in Our Lungs; Towers of London; Making Plans for Nigel; Living Through Another Cuba; Generals and Majors; Real by Reel; Sgt. Rock; Life Begins at the Hop.
 
1982年4月20日(火)
「Ball and Chain」のビデオ・クリップがベルギーの若者向けテレビ番組『Elektron』で放送される。司会はバート・ペータース。
 
1982年5月1日(土)
BBC1テレビで『Pop Quiz』が放映される。コリンがゲスト回答者の一人として出演。収録場所はロンドンのウッド・レーンにあるBBCテレビ・センターだが、日時は不明。
デイヴ:「ビル・ブルフォードのチームの46点に対しコリンのチームは43点...」 (1998年12月、筆者への手紙)
 
1982年5月3日(月)
BBC1テレビの特番『Multi-Coloured Music Show』で3月初旬に収録された「Ball and Chain」が放送される▲。司会のノエル・エドモンズは3月18日にアンディがパリのステージで倒れたことに言及する。
注記:『Multi-Coloured Music Show』は過去に『Multi-Coloured Swap Shop』で放送されたビデオの総集編だったことから、「Ball and Chain」は以前にも放送された可能性がある。

「Ball and Chain」(『Multi-Coloured Music Show』1982年5月3日放送)

 
1982年5月12日(水)
スペイン国営テレビのチャンネルTVE-1の試験電波放送 (テストパターン) に13:45から14:00までザ・クラッシュ、ザ・ジャム、ザ・ビート、ザ・スペシャルズ、XTCの音楽が使われる。
 
1982年5月14日(金)
シングル「No Thugs in Our House」リリース。
 
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1982年5月17日(月)
カナダのバンクーバーにあるブリティッシュ・コロムビア大学でXTCの「ミニ・コンサート」(おそらくビデオの上映会)が開かれる。
 
1982年5月22日(土)
ドイツWDRテレビの音楽番組『Rockpalast』が2月10日にハンブルクのマルクトハレで収録されたコンサート▲を放映。オランダのドイツ語番組チャンネルでも同時に放送される。
注記:再放送されたらしい日は1982年9月1日、1983年7月13日、1997年9月27日。
初放映ではおそらく次の12曲で構成されていた――1. Respectable Street; 2. Towers of London; 3. Runaways; 4. Jason and the Argonauts; 5. Burning with Optimism’s Flames; 6. Snowman; 7. Senses Working Overtime; 8. Making Plans for Nigel; 9. Living Through Another Cuba; 10. Generals and Majors; 11. Real by Reel; 12. Life Begins at the Hop.
2月10日のセットリスト▲と比較すると、11と12はアンコール・ナンバーだったことがわかる。再放送時は 「Ball and Chain」、「Sgt. Rock」、「No Thugs in Our House」の3曲が6と7の間に挿入され、11と12が省かれた。
 
1982年6月3日(木)
フランスのテレビ番組『Les enfants du rock』のHaute Tensionコーナーで 「Ball and Chain」のプロモ・ビデオが放映される。
 
1982年6月15日(火)
スウェーデンSVT TV1の音楽番組『Rockextra』で「Senses Working Overtime」(プロモ・ビデオ?)が放映される。ノルウェーのSvensk TV 1チャンネルも同番組を放送。
 
1982年7月5日(月)
スペイン国営テレビのチャンネルTVE-1の試験電波放送(テストパターン)に18:45から12分間『English Settlement』の曲が使われる。
 
1982年7月28日(水)
オランダの新聞が同国の1982年度エジソン賞インターナショナル・ポップ部門で『English Settlement』が選出されたと報じる。
 
1982年8月24日(火)
ノルウェーのテレビ番組『Rockshow』でXTCとその他アーティストのビデオが放映される。同番組はXTCを9月7日と1983年7月18日にもフィーチャー。
注記:ノルウェーでは(おそらくフィンランドとスウェーデンでも)『Rockshow』を1982年4月24日にイギリスで設立されたばかりのSatellite Televisionという会社が提供する衛星またはケーブルのチャンネルで視聴できた。1984年1月16日、Satellite TelevisionはSky Channelに改称され、スウィンドンで催されたその開設セレモニーではケイト・ブッシュがテープカットを行った。
 
1982年8月下旬
スウィンドン、メカニクス・インスティテュートの劇場
テリーが説得に応じてオーストラリアから帰国し、バンドは新曲のリハーサルを開始。
 
1982年9月1日(水)
ヴァージン・レコード・ジャーマニー(Virgin Schallplatten GmbH)が開設される。これによってドイツにおけるヴァージンの業務はアリオラ=ユーロディスクに代わり同社が担うことになる。ただしプレスと配給は従来通りアリオラが請け負う。ヴァージンはまた、ベネルクス3国での事業を管理するヴァージン・ベネルクスを創設。
注記:XTCのドイツ盤レコードはベルテルスマンの系列会社であるソノプレスがプレスしていた。ソノプレスは1957年に設立され、1985年にCDのプレスを開始した。ドイツで製造されたヴァージンのレコードにはすべてレーベル・コード3098が付されている。
ヴァージン・ジャーマニーとヴァージン・ベネルクスの立ち上げにより、アリオラ=ベネルクスはヴァージン製品のオランダ盤の生産を完全に停止したと思われる。XTCの最後の純正オランダ盤は1980年の『Black Sea』とシングル「Wait Till Your Boat Goes Down」であり、オランダ盤としてリリースされた1982年の『English Settlement』とそこからカットされたシングル2枚は実際はドイツ製だった。また9月にはアリオラ=ベネルクスが新たにレコードの輸入サービスを開始、ヴァージン・レコードUKの製品はもちろん、世界中の様々なレーベルの膨大なカタログを取り扱うようになった。
 
1982年9月初旬
バークシャー、ストリートリー、ジェネティック・サウンド・スタジオ
マーティン・ラシェントのスタジオでプロデューサーのスティーヴ・ナイがジム・ラッセルをアシスタントに「Beating of Hearts」、「Wonderland」、「Toys」をレコーディング。前者2曲は11月にリリースされるコンピレーションLP『Waxworks』の前宣伝用に「ダブルAサイド」シングルとしてカップリングされる可能性もあった。これがテリーのXTCでの最後のレコーディングとなる。
 
1982年9月
スウィンドン、メカニクス・インスティテュート
アルバム『Fruits Fallen from God's Garden』(『Mummer』の仮題)制作に向けて、さらにリハーサル。
 
1982年10月初旬
スウィンドン、メカニクス・インスティテュート
「Love on a Farmboy's Wages」のリハーサル中、突然テリーがXTCからの脱退を宣言、ドラムセットをその場に残したまま立ち去る。
2日後、ドラマーのピート・フィップズ(元グリッター・バンド、ランダム・ホールド)がバンドの救済にやってくる。
注記:フィップズの起用を提案したのはデイヴだった。その後テリーは12月28日にオーストラリアに移住し、1991年10月までXTCのメンバーと再会しなかった(その後の再会は2000年6月)。
 
1982年10月
ロンドン、オックスフォード・サーカス、エア・スタジオ
スティーヴ・ナイ、「Beating of Hearts」と「Wonderland」をミキシング。アシスタントはマナー・モバイル(可動スタジオ)のチーフ・エンジニアであるジェレミー・アロム。
 
1982年10月中旬
XTCとピート・フィップズ:オックスフォードシャー、マナー・スタジオ
「Love on a Farmboy's Wages」、「Human Alchemy」、「Me and the Wind」、「Ladybird」、「In Loving Memory of a Name」、「Funk Pop a Roll」、「Desert Island」、「Jump」のレコーディング。プロデュースはスティーヴ・ナイ。アシスタントはハワード・グレイ。
 
1982年11月5日(金)
コンピレーション・アルバム『Waxworks: Some Singles 1977-1982』リリース。初回プレス5万枚にはコンパニオン・アルバム『Some B-Sides 1977-1982』付属。
 
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1982年11月7日(日)
アメリカのラジオで『BBC College Concert #9 Featuring XTC』が放送される。内容はまたしても1980年12月22日のロンドン、ハマースミス・パレに於けるコンサート▲(イギリスでの初放送は1981年2月7日▲)。
注記:アメリカで放送するためのレコードとしてプレスされたLP『BBC College Concert #9』は、やはり放送用としてプレスされた『BBC Rock Hour #212』(1981年3月22日アメリカで放送▲) と実質的に内容は同じ。
 
1982年11月11日(木)
BBCラジオ1のサイモン・ベイツの番組で、アンディがテリーの脱退を公表。
 
1982年11月
キャンセルしたツアーの負債を返済すべく、ヴァージン・レコードおよびヴァージン音楽出版社との契約を再交渉。
 
1982年12月1日(水)
XTCとピート・フィップズ:オックスフォードシャー、マナー・スタジオ
『Mummer』のレコーディング再開。 「The Procession Towards Learning Land」と「Frost Circus」のセッション(のちに両曲ともシングルのB面になる)。レコーディングとミックスはアンディとデイヴが担当し、ハワード・グレイがアシスタントを務める。
注記:『Mummer』のレコーディングを開始するにあたり、ウォームアップとして「Do the Dwarf (Wordy Rappaport)」という曲がほとんど即興で演奏された(録音は巷に出回っているが正式には未発表)。この曲は1982年11月30日に放映されたBBCテレビのコメディ番組『The Young Ones』の「Boring」と題されたエピソードにインスパイアされたもので、バンドはレコーディングの前夜にそれを観ていた。タイトルの「Dwarf」と「Rappaport」はこのエピソードに登場する軟骨無形成症の俳優デヴィッド・ラパポートのことであり、歌詞に出てくる「Meditate on this」は悪魔を演じたラパポートのセリフだった。タイトルはおそらくトム・トム・クラブの「Wordy Rappinghood」のシャレでもある。
 
1982年12月2日(木)
フランスのテレビ番組『Les enfants du rock』のHouba HoubaコーナーでXTCがフィーチャーされる。司会はアントワン・ドゥ・コーヌ。
 
1982年12月10日(金)
『XTC Look Look: A Video Compilation』リリース。小売価格19.95ポンド。
 
1982年12月
アンディ、BBCラジオ1でデヴィッド・ジェンセンと『English Settlement』のジャケット、テリーのバンド脱退について話す。
注記:この頃ジェンセンはBBCラジオ1で毎週5日(日曜日から木曜日)、自分の番組を持っていた。
 
 
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【付録】実現しなかった1982年のツアー日程

 
1982年3月実現しなかった英国ツアー
3月18日のパリでの出来事により、バンドは全英ツアーのキャンセルを余儀なくされた(前座はザ・パッションズとジョン・ワッツ)。ツアーで回る予定だった場所は以下の通りである:
3月20日(土)シェフィールド、ポリテクニック
3月21日(日)ニューキャッスル・アポン・タイン、シティ・ホール
3月22日(月) エジンバラ、プレイハウス・シアター
3月23日(火)マンチェスター、アポロ・シアター
3月25日(木)ロンドン、ハマースミス・オデオン
3月26日(金)ハンリー、ヴィクトリア・ホール
3月27日(土)バーミンガム、オデオン
3月28日(日)サザンプトン、ゴーモント
3月29日(月)ロンドン、ハマースミス・パレ
 
3月下旬には全英ツアーの新たなスケジュールが発表されたが、再びキャンセルされた。
オランダで毎年開催されている大規模なフェスティバル(5月31日)への出演も辞退した。
5月21日(金)ハンリー、ヴィクトリア・ホール
5月23日(日)シェフィールド、ポリテクニック
5月24日(月)マンチェスター、アポロ・シアター
5月25日(火)ニューキャッスル・アポン・タイン、シティ・ホール
5月26日(水)エジンバラ、プレイハウス・シアター
5月29日(土)バーミンガム、オデオン
5月31日(月)オランダ、ゲリーン、ピンク・ポップ・フェスティバル
6月6日(日)サザンプトン、ゴーモント
6月7日(月)ロンドン、ハマースミス・オデオン
6月8日(火)ロンドン、ハマースミス・パレ
 
1982年4月実現しなかった北米ツアー
以下は1982年春に予定されていた、ジュールズ・ホランド&ヒズ・ミリオネアーズとのアメリカ/カナダ・ツアーの日程:
4月5日(月)米カリフォルニア州ロサンゼルス、ザ・セントラル
4月6日(火)米カリフォルニア州サンタバーバラ、アーリントン・シアター
4月7日(水)米カリフォルニア州サンフランシスコ、カブキ・ナイト・クラブ
4月9日(金)米オレゴン州ユージーン、オレゴン大学、E.M.U. ボールルーム
4月10日(土)米ワシントン州シアトル、ショーボックス・シアター
4月11日(日)米ワシントン州ベリンガム、ウエスタン・ワシントン大学、バイキング・ユニオン
4月12日(月)加ブリティッシュ・コロムビア州バンクーバー、コモドア・ボールルーム
4月15日(木)米ミネソタ州ミネアポリス、ガスリー・シアター
4月16日(金)米イリノイ州シカゴ、アラゴン・ボールルーム
4月17日(土)米ウィスコンシン州マディソン、ウィスコンシン大学マディソン校、ウィスコンシン・ユニオン・シアター
4月18日(日)米イリノイ州カーボンデイル、サザン・イリノイ大学
4月19日(月)米カンザス州カンザス・シティ、アップタウン・シアター
4月21日(水)米ミシガン州ロイヤル・オーク、ロイヤル・オーク・ミュージック・シアター
4月22日(木)米オハイオ州クリーブランド、?
4月23日(金)米ペンシルバニア州ピッツバーグ、カーネギーメロン大学
4月24日(土)米ニューヨーク州シラキュース、シラキュース大学
4月27日(火)米マサチューセッツ州ボストン、ザ・メトロ
4月29日(木)加オンタリオ州ハミルトン、ハミルトン・プレイス
5月1日(土)加オンタリオ州トロント、マッシー・ホール
5月2日(日)加オンタリオ州オタワ、ナショナル・アーツ・センター
5月3日(月)加ケベック州モントリオール、ラルカン
5月5日(水)米ワシントン州コロンビア特別区、オンタリオ・シアター
5月6日(木)米メリーランド州ボルチモア、ペインターズ・ミル(前座:ブートキャンプ)
5月7日(金)米ペンシルバニア州フィラデルフィア、タワー・シアター
5月8日(土)米ニューヨーク州オネオンタ、ニューヨーク州立大学オネオンタ校
5月10日(月)~12日(水)米ニューヨーク州ニューヨーク、ザ・リッツ
5月13日(木)米ニューヨーク州ロングアイランド、ノース・ステージ・シアター(15日に変更された可能性あり)
5月14日(金)米ニュージャージー州パサイック、キャピトル・シアター
 
 

藤本成昌

パートタイム翻訳家。訳書に『XTC: チョークヒルズ・アンド・チルドレン』(1993年)、『ロング・ムーヴメンツ:ロバート・ワイアットの足跡』(1997年)、『XTC: ソング・ストーリーズ』(2000年) あり。小冊子『Fossil Fuel+: The XTC Singles 1977–1999』(1999年)ではイギリス原盤の全シングルを紹介した。英語版XTCディスコグラフィ(1991〜1997年)とクロノロジー(2011年/2023年) はXTCのメンバーにも重宝されている(らしい)。現在、70年代の英国音楽の埋もれた歴史を掘り出した「レトロ英字新聞」の発刊を準備中。