妄想映画日記 第169回

1月前半の樋口泰人の「妄想映画日記」更新です。抗がん剤を止めても体調は復活とまではいかずゆるやかに、山梨へ帰省をしたり、新年会に参加したようです。新年明けて見聞きしたサイエンティストの『world at war』や三宅唱監督の新作『夜明けのすべて』から聞こえてくるエコーとは。
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文・写真=樋口泰人


1月1日(月)
新年早々妻が体調を崩しひとりで雑煮を食うことになるのだがわたしも元気なわけではなく昼に初詣に行ったあとは寝てしまいテレビの地震警報で目を覚ますという始末。人間の事情など自然にとっては知ったことではないので正月に地震が来ても何の不思議もないのだがいくらなんでもこんな日にという驚きも含めて衝撃の元旦。とはいえ体は動かず夕食後も地震情報を見ながら寝てしまい2時間越えての転寝となってしまった。昼寝と合わせると4時間越えである。抗がん剤はやめたもののまだまだまったく本調子ではない。一日のうちで元気なのが数時間。あとは寝ているか起きていても気づくと目を閉じていてその分頭の中にはさまざまな妄想が渦巻くばかりである。食事をしながらこの半年間の食事の苦痛を思い浮かべると涙が出てきた。まだ全然完全ではないがとにかく食える。それだけでもありがたい。1年後、どうなっているか。世界の動きも含めてとにかく生き延びなければという気持ちだけは強く持った。

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1月2日(火)
昼寝と夕食後の転寝でほぼ1日が終了。気が付いたら羽田で旅客機が炎上していた。旅客機と衝突した海上保安庁の飛行機は地震地域へ支援物資を輸送途中だったということで1日を寝て過ごしてしまった身としては何とも言葉がない。
ようやく目覚めた深夜近く、ブラッドリー・クーパーの『マエストロ』を観た。レナード・バーンスタインの伝記映画ということになるのだが、多くの人が知る人物の物語というよりもタイトル通りの「指揮者」の物語というべきものになっていた。いったい「指揮者」とは何かと考えさせられた。
「あちこちに散らばる自分のカケラを集めて確固たる自己を創造した」
こんなセリフがあった。物語の始まりのあたり、バーンスタインと妻との出会いのシーンでバーンスタインが自身と妻の似ている部分を説明した言葉なのだが、これこそがこれから語られる「指揮者」の姿であるという宣言のようなセリフであった。それはそのまま映画作りにもつながっていくセリフでもあった。だがもちろんそれぞれのカケラにも、カケラになるまでの全体がある。この映画にはそのカケラの抱え持つ全体への意識が足りないような気がした。

 
 
 
1月3日(水)
昼近くまで寝てしまい、さすがにこれなら昼寝はしないで済むかと思ったら散歩後に疲れて寝てしまった。そして夕方、小倉の火事の報道。資さんうどんがある魚町あたりでいつもうろうろするアーケード街の路地。自然災害にしろ人的な偶然の事故にしろ、思わぬものが思わぬ形で失われていく。それだけでもう十分なのにいったい人間たちは何をやっているのか。
深夜になってしまったが、マッド・プロフェッサーの『BLACK LIBERATION DUB CHAPTER 3』を爆音で、でも周囲には遠慮しながら聴く。ジャケットをじっと見つめていた。

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1月4日(木)
原稿のための映画を観なおしているうちに1日が終わってしまった。昼寝も、夕食後の転寝も意図せずたっぷりした。
 
 
 
1月5日(金)
世間はすでに動き出していて、boidももうすぐ始まる映画の撮影のための打ち合わせ。予算も含めあらゆることがギリギリだが何とか面白い映画になりそうで、しかしやはり予算も時間もない。とにかくこちらはそのギリギリさに付き合えるほどの体力はまったくないのでわたしでないとできないことをやるのみ。スモーキー・ロビンソン脱退後初のミラクルズのアルバムがなかなか良くて深夜になってから盛り上がる。この元気を昼間に使えばもうちょっと世の中の役に立つはずなのだが。

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The Miracles “DO IT BABY”
 
 
 
1月6日(土)
黒岩、中根、元バウスシアターの西村さんという、バウスシアター健在だったころならあり得たかもしれないメンバーでの新年会後に山梨へ。施設に入った母親の顔を見に行くのと住む人のいなくなった実家が映画の撮影で使われるのでどんな具合に整理されているのか確認しに行くのが目的なのだが、甲府駅からの身延線内でうっかり寝てしまい見事に乗り越してしまう。しかも田舎の路線なので戻りの列車が来るまでは1時間以上あるだけでなく、降り立った駅にはいわゆる駅舎のようなものがない。壁に覆われた待合室はあるのだが扉もなく冷たい空気は入り放題。もちろん暖房もない。幸い最寄り駅まで迎えに来てくれていた従妹が乗越駅まで車を飛ばしてくれたので寒空の中では15分ほどの待機で済んだのだが。やれやれである。しかしその前に甲府駅で乗車券を買おうとしたときに小銭入れのチャックが壊れ財布の口が閉まらなくなりああ今年も大した金額ではないとは言え金銭は身につくことはなく入るそばから流れ出ていくのかとショックを受けたばかりだったので余計に寒さが堪えた。
まあでも何とかなった。従妹の家では地元のうなぎを食いようやく元気も出てあとは寝るだけかと実家に戻ってみるとわかってはいたものの見事にいろんなものが片付けられていて、撮影用に部屋の扉も片付けられているのでエアコンフル回転でもちっとも部屋が温まらないのである。それでもとにかく家中のエアコンをつけ、電気ストーブもつけたらさすがにブレーカーが落ちた。当たり前である。何をやっているのかと反省する気にもならないくらい寒い。とにかく何とか閉じられた空間にできる部屋に布団を敷きエアコンをかけ、寝た。本日は閉まらない閉じられない日、ということで。

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1月7日(日)
寒さの中目覚めるが能登の避難所に比べたら全然ましということで体を温める体操をしたり散歩をしたりして、近所にある母親の実家で朝食兼昼食をいただき、施設入所中の母親の面会に行く。予想以上に元気でもしかすると1か月後には自宅に戻りたいとか言い出すのではないかというくらい。足がもうまともに動かないので実際には無理なのだが、わたしより完全に長生きしそうな勢い。頭はまだまだはっきりしている。はっきりはしているが、すでにぼけてしまったほかの入居者たちとの会話を聴いているといったい人間同士のコミュニケーションとは何なのか、いわゆる「コミュニケーション」の概念が根こそぎ崩される。お互い何かが通じ合っているのかしかし外側から聞く限り全然別のことを話しながらでも会話のリズムとしては繋がっていて双方がそれを何とも思っていない。ふたりともぼけているのならそれはそれなのだがわたしとも普通に会話ができてちゃんとコミュニケーションを取ろうとする母親はいったいどう思って隣の老人との無茶苦茶な会話を行っているのだろうか。その塩梅がまったくわからない。「慣れ」のようなものが発生しているのだろうか。介護士さんたちはおそらく全然気にしていない。いちいち気にしていたら仕事にならない。でもこうやって老人たちの話を聞いていると自分の中の老人の部分がじわじわと育てられていく、自分の足を一歩踏み出すのに並々ならぬ力と時間がかかる老人たちの生きるリズムがゆっくりと自分の中に入ってくるのを感じる。
東京に戻る中央線特急は3連休ということもあってか長野からの「あずさ」は満席で乗れず、1本後の甲府発の「かいじ」にて。すっかり寝てしまったが、終点の新宿までなので乗り過ごすことはなかった。

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1月8日(月)
昼から友人たちと新年会。釣りは素人が考えているようなのんびりしたものではないという話にそりゃそうだとうなずくばかり。中沢新一の釣りの話に長いこと頭を占拠されていた。多分それはまた別の話。しかしこの2、3年の友人たちの倒れぶりを見るとこうやって正月に皆さん元気で集まれるのもあとどれくらいかと、ちょっとしんみりした気持ちになる。帰宅後、ひと眠りして少し腹も減ったので試しにカレーうどんを食ってみたら、まだ酸っぱい。どうしてカレーがこんなに酸っぱいのかとトラウマになるくらい酸っぱい。カレーの壁は厚い。
 
 
 
1月9日(火)
本来は10日締め切りの原稿に取り掛からねばならないのだが連絡作業や社長仕事がまったく終わる気配がない。そうこうしているうちにboid事務所ついに引っ越しか、ということでとにかく物件を見ない限り引っ越しもできないということで約束していた物件を観に行くわけだがなかなかぴんと来ない。こればかりは巡り合わせもあるので致し方なし。本当は清澄白河とか深川とか東京東側に移りたい気持ち満々なのだが、新宿区の補助を受けたり巣鴨信用金庫に大変お世話になっている関係上そのテリトリー外に移るのもいろいろとやっかいである。事務所ではなく住居を東側にするというのが一番すっきりする気もするもののそれはそれで家族の説得とかいろいろ出てきて、つまりぐずぐずである。いったいどこでどんな踏ん切りをつけられるか、山梨の実家に避難というようなことも考えてしまうと迷うばかりである。まだ全然引っ越したくないのだろうか。

 
 
1月10日(水)
ようやく原稿に取り掛かる。書くことはぼんやりと決まっているのだがなかなか書きはじめられない。寝ていた体を起こすのに本当に時間がかかるようになってきたのだがそれとまったく同じである。仕方ないので寝ぼけながら書き始める。雲の中を歩いているような感じ。行先は見えない。その間もいろんな連絡がやってきてまったく落ち着かない。
 
 
 
1月11日(木)
原稿はぼんやりと見えていた地点とは少し別の場所にたどり着き、この別の場所感が出てくるとようやく原稿を書いた気分になる。意図した場所からスタートして意図しない何かの力を得て思わぬ場所にたどり着く。今回も思わぬ波がやってきてくれて波に身を任せることができた。
そして夜は爆音映画祭新年会。2月に控えたお台場爆音の準備も兼ねての会だったのだがboid大橋、そして井手くんが体調を崩して不参加で、わたしと機材チーム2名、そしてお台場のユナイテッド・シネマの担当という4名での地味目の新年会となった。とりあえず自分たちの足元を見つめつつ慎重に今年の第1歩を踏み出しなさいということだろうか。とはい2月は本当に久々に東京の爆音映画祭内での無声映画ライヴも行い、できれば今後も爆音映画祭恒例のイヴェントとして続けていけたらという野望もあり。とんかつ屋でとんかつやカキフライを肴にちゃんこ鍋を食うというどすこいな始まりであった。

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1月12日(金)
昨夜の新年会では「明日は休み」宣言をしたのにもかかわらず、朝からびっしり社長仕事。いろんな数字とにらめっこで、多分週末がっつりとこの仕事に向き合わないと終わらないのだが、それ以外にもやることがある。目を血走らせているところに年末に収録したboidマガジンラジオ「Voice Of Ghost」第0回のまとめがやってきて、すでに陽一郎も今野恵菜もいろんな修正案やら何やらでライン上を賑わしており完全に出遅れた。しょぼくれつつ結局まとめを聴くわけだが、ついひとりで笑ってしまう。これはわれわれのことを知らない人というか単にリスナーとして聴いた場合どんなふうに聴こえてくるのだろうか。まったく見当がつかないものの、参加した本人はこうやって笑ってしまうわけだからまあいいかと思うしかない。陽一郎と恵菜の突っ込みがありがたい。
遅めの午後からは街に出た。本当はそんな余裕などまったくないのだがこのままだと月曜日まで一歩も外に出ないことになりそうな状況。いくらなんでもそれはまずい。あれこれ仕入れたいものがあったこともあるのだが、体にいいもの、病気に対抗できる身体を作ってくれそうなものを探すとやはりそれなりの値段がする。たとえば無農薬で野菜を育てる、健康な鳥や豚や牛を育てることにどれだけ時間と金がかかるか。そんなことを思うとその値段も納得がいくのだがこちらは残念ながら無給生活者である。そう簡単には買えない。
だが一方でみんながこういったものを買えば生産者も増え値段も下がる。買わないことには生産者の暮らしも続かなくなるのである。選挙の投票のようなつもりで必要なものを購入する。そのしわ寄せがその後のレコード漁りに行くわけである。5,000円くらいが当たり前の新作レコードは当然購入不可。1,000円くらいのお宝中古をゆっくり探しているうちにあたりはすでに真っ暗で気づくと喉が渇いている。どこかで休みつつ喉を潤すという余裕もないので急いで帰宅。サイエンティストの1981年のアルバム”world at war”を聴く。40年以上前だが世界の状況はまったく変わっていない。いや、資本主義のシステムだけがより強化されたと言うべきか。そのシステムの中においてそれぞれが自身の役割に忠実であろうとすることがわれわれを意図しない方向へと導いていく。そのシステムの在り方自体はアイヒマンの頃から変わらない。今はそれがもっと巧妙になりわれわれ自身もきっとそうとは知らず何らかの手を下していると言えなくもない複雑さでわれわれを取り巻いている。サイエンティストの曲は前面にせり出してくる音はシンプルで単調とも言えるものなのだがその背景に置かれている音のエコーの中にいったん入ってしまえば世界の複雑なシステムの中で居場所を失い消されて行った人々に会うことができる。単純な砲撃や爆撃によって砂漠や海や山や空の彼方に消されて行った人々の声が、もはや消えることのないエコーとなって聴こえてくるのである。例えば映画の中でこういったエコーを抱える監督たちは世界中にいったいどれだけいるだろうか。エリセの『瞳をとじて』やケリー・ライカートの諸作品の「強さ」はおそらくそれらのエコーに支えられたものだろう。われわれにできることはそのエコーで世界を埋め尽くすという野望を言いふらし言いふらし言いふらし嘘でもいいからその嘘で世界を埋め尽くすことだろう。
 
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1月13日(土)
寒さがきつくなってからなのかたまたまなのかとにかくこのところずっと人工肛門のパウチの調子が悪い。いやパウチの調子が悪いのではなく、パウチを貼り付けている皮膚がヒリヒリとだがひどく痛むのである。夏はかぶれ、冬はヒリヒリ、ということなのかと思ってはいるもののあまりに気になり痛いので物事に集中できない。皮膚が痛むたびに心も痛む。病気でなかったらこんな痛みなど感じずに済んだのにと心は嘆くわけだがそんなことを言い始めたらきりがない。とはいえ痛いものは痛いわけだから1日の仕事も遊びもどうにも思うに任せずということになる。だがよく考えてみるとわき腹にずっとパウチを貼り付けて生きているわけだからそれは皮膚も音を上げる。わたしの場合は3月以降のどこかで元の肛門に戻す手術をして経過が良ければそれでOKとなるのでまだ希望はあるのだが、一生人工肛門で行く人たちはこのパウチの貼り付け問題はどうやって解決しているのだろうか? 今度ストマ外来に行った際には担当医に尋ねてみよう。それともこんな痛みがやってくるのはわたしだけの問題で通常はそんなことはないのだろうか。
それやこれやで本日予定した仕事の半分くらいはできた。体はまだまだと言っているのに気持ちは前のめりだから半分くらいできただけでも上出来である。シュガー・マイノットの2003年のアルバム”LEAVE OUT A BABILON”。ああこんな時期にこんなソウルフルかつ政治的なアルバムを出していたのかと愕然とする。録音時期は2001年から2003年。そして1曲目のタイトルが「EASY MR BUSH」。つまりそういうことだ。もしまだ彼が生きていたら、おそらくイスラエルやアメリカに向けてのアルバムをどこかで録音していただろう。ならばもはやここにはいない彼の声の幻を聴いて録音されたようなアルバムを作ることがわれわれの課題であるだろう。
 
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1月14日(日)
この数日ようやく生活のリズムが出てきて朝もちゃんと起きられるようになっていたのだが見事に寝坊。早朝に目覚め2度寝したら11時だった。やらねばならないことは盛りだくさんだったが早速諦めちゃんとした休日にした。とはいえそこそこ働きもして家からスーパーまでの往復以外には外出しなかった。考えてみれば昨日もそうだったからこんなことでは結局仕事に体を蝕まれるばかりである。わたしも周囲もちゃんと考えないとboidはこれで終わる。
三宅の『夜明けのすべて』をオンライン試写で観た。できれば通常の試写へと思ってここまで我慢していたのだが結局まだ当分試写には行けそうにない。体調と気持ちの問題。人工肛門は気にならないと言ったら嘘になる。そんな状況でのオンライン試写なのだがまさに一昨日の日記のエコーとともに生きる人々の物語だった。大した事件は一切起こらない。なんとなく他人に言いづらい問題を抱えた人々が集まる職場での日常、たとえて言うなら『サッド ヴァケイション』の間宮運送の事務所の何が起こるわけでもない日常と言ったらいいか。かつて起こってしまったこと起こしてしまったことのエコーとしての現実がそこにありエコーでしかないはずのそれが現実であることを恐れつつその恐れという現実とどう向き合うか。決して前向きでもなく希望があるわけでもないただひたすらそれだけのために心を震わせる人々の暮らしがそこにある。
そのためだろうか音は注意深く選ばれそぎ落とされ、かつてのアニメやスタジオ時代の映画とは別の意味で「必要な音」しか聞こえてこない。その雄弁な静けさの中で物語は進むのだが、あるとき主人公の部屋の窓の向こうからチリンという自転車のベルの音が聞こえる。ああこの音、この透き通った小さいけれどもしかしどこまでも届くはずの金属音がわれわれの耳を貫く。小ささとさりげなさと強さが同居するベルの音。そこから映画のスイッチが入る。果たしてこのベルの音を付けた音響スタッフはそこまでのことを考えていたのかいなかったのかわたしにはわからない。だが確実にこの音が映画と主人公とそれを観るわれわれの何かをチリンと押したのだ。とはいえその後すぐに主人公が自転車の手入れをし始めるのでわれわれはその音を自転車のベルの音だと確信してしまうわけだが果たして本当にそれは自転車のベルの音だったのか。それはだれにもわからない。ただそれを主人公は確かに自転車のベルの音だと認識し、そのことによって主人公の自転車は動き始めたのである。つまり「自転車のベルの音」という認識が間違いであるかどうかはここでは問題にならない。ただその音を自転車に結び付け、さらにその先を見てしまった主人公の「アクション」こそが重要なのだ。
とにかくそんな映画。その見えない自転車のベルの音以降、わたしの中のエコーが騒めきたちああここにもあそこにもあんなところにもとエコーとエコーが共鳴して涙腺は崩壊しっぱなしになったのだった。物語にはほとんど関係ない会話なのだが主人公たちが映画の話をするシーンがある。映画そのものではなく彼らの仕事であるプラネタリウムの解説にもっと宇宙の壮大さを取り入れたいという話の中で主人公は宇宙をテーマにした映画の話をしようとするのだがタイトルが思い出せず「老人たちが宇宙に行く映画」「親指で星との距離を測る映画」というようなエピソードの断片を主人公は口にする。相手はその映画は観ておらずただそれだけでこの会話は終わってしまうのだが、たとえば主人公の家の窓の外の自転車のベルの音とは、「星との距離を測る親指」というふうに言い換えられないか。何かそんな小さなきっかけがわれわれの周りにはいくらでもある。それはあくまでも個人的なことであるかもしれないが、いつか宇宙の壮大さを獲得するだろう。その時おそらく世界は変わる。そんなことを語り続けているような映画だった。イーストウッドにもロン・ハワードにも負けない壮大さがそこにはあった。労働とは本来そう言ったものではないか。その意味でこれは小さな政治映画である。小さな兵隊たちの映画。

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『夜明けのすべて』
 出演:松村北斗 上白石萌音 ※W主演作品 渋川清彦 芋生悠 藤間爽子 久保田磨希 足立智充 りょう 光石研
 原作:瀬尾まいこ『夜明けのすべて』(水鈴社/文春文庫 刊)
監督:三宅唱 脚本:和田清人 三宅唱 音楽:Hi’Spec
 製作:「夜明けのすべて」 製作委員会 企画・制作:ホリプロ 制作プロダクション:ザフール
配給・宣伝:バンダイナムコフィルムワークス=アスミック・エース
© 瀬尾まいこ/2024 「夜明けのすべて」製作委員会
2月9日(金)ロードショー
公式サイト
 
 
 
 
1月15日(月)
朝から社長仕事でテンパったまま夕方。いろんな連絡がほったらかしになる。夜になるといよいよこらえきれずさまざまな連絡を閉ざす。まだまだ回復は遠い。
エスター・フィリップスが最高である、ということは『心の指紋』でマイケル・チミノに教えてもらったのだが手に入れ損ねていた74年のアルバム”PERFORMANCE”を聴いたら冒頭からぶっ飛ばされた。このスティールギターはいったい何なんだといういきなりの衝撃。9分間の高揚でますます皆さんに迷惑をかける覚悟をした。気持ちが落ち着くまで3時間程。深夜もだいぶ過ぎてすっかりいい時間になった。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。