Television Freak 第84回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんによるTV時評「Television Freak」。今回は新大河ドラマ『光る君へ』など年末年始に見たテレビ番組に加え、競馬の有馬記念、ワタリウム美術館で開催中の梅田哲也さんの展示について書かれています。
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「お化け屋敷」にいる50分間



文・写真=風元 正


有馬記念は5万人弱の入場者。しかし、場内はものすごく混んでいて、15万人を超えたオグリキャップやディープインパクトの頃と同じくらいの賑わいと感じた。あらっ、あの時の有馬、どちらも武豊がらみじゃないですか、と気づいた時はもう遅い。中山競馬場のボックスシートは6千8百円。無料だった場内の座席もスマートシートと名付けられて4百円。入場券もすべてネット予約でスマホがないと入場が困難という状況を、超ベテランの吉川良さんが思い切り嘆いていた。お客さんの平均年齢は高く見積もって40代。カップルが多い。大人のアジールだった競馬場は遠い昔の幻想となった。
馬券は消しのつもりだったタイトルホルダーを拾い上げたところで力尽き、ほかのレースで稼いでいた分を使ってしまい、残念。冷静に検討すればメンバーが弱く、ダービー馬ドウデュースが強いに決まっている。スタートを決めて、最高の位置でレースを進めた武。大外枠からの先行という菊花賞のドゥレッツァと同じパターンで見事なレース運びを見せたルメール。勝ちそうな外国人騎手の馬がいない時の武豊、という大原則もまた忘れていた。どうやら、明け4歳勢は弱そうである。
有馬の結果よりも、朝日杯のジャンタルマンタル、シンザン記念のノーブルロジャーという、川田将雅を背に2頭の重賞勝ち馬を輩出したダーレー所属の種牡馬パレスマリスの登場が衝撃的で、不気味な地殻変動を感じる。パレスマリスは化け物を出す米国の名馬スマートストライクの孫。社台グループの繁栄もサンデーサイレンス1頭の力が大きかったわけで、競馬の世界でも見馴れた風景が動きはじめている。
 
 
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年末は『孤独のグルメ』の再放送を見続けて、最近の井之頭五郎はグルメ教の僧侶のごとき悟りの境地に入っていると痛感した。かつてのゴローさんは、若い女性に心をときめかせたり、取引先からもとことんひどい扱いを受けたり、ありがちなギャグドラマのパターンに翻弄されていたのである。この雰囲気は、完璧に忘れていた。渥美清の寅さんか、松重豊のゴローさんか。別の役をやりたくて仕方なかった天才・渥美清の苦悩を思い出しながら、いつまで松重さんが食べつづけなければならないのか、どうしても気になる歳末である。ちなみ、年に一度正月だけに奮発するタラバガニ、去年は市況が高く手が出なかったのだが、今年はなんとか入手できた。ウクライナでの戦争で、アメリカがロシアのカニを輸入できないから余っているらしい……。
紅白歌合戦の時間は、ほぼ酔っていて記憶がない。ただ、あいみょんと浜辺美波は素晴らしいと思った。元旦、朝7時ごろなら神社は空いているという噂を聞きつけ、早起きして行ってみたら本当。いつも4日頃になってしまうので、いい気分だった。また酔って寝ているうちに駅伝では駒沢大学が青山学院大学に抜かれていた。あれっ、と訝しんで調べたら、ずっとエースだった田澤廉が卒業し、精神的支柱だった大八木弘明さんも総監督となって現場から抜けていると知った。勝負事はむずかしい。今更ながら『バービー』をアマプラで。グレタ・ガーウィグ監督の未来性を痛感する。私自身はケンでない、という保証がどこにもない世界で生きている。競馬場や酒場に大人しかいなかった時代を経験したのはよかったけれども、生活習慣の細部はどんどん修正する必要が生じてきた。
とまあ、まあまあ順調な年末年始を迎えていたところに大地震と飛行機事故。言葉を失ってしまう。被害の大きさは想像を超えており、ただ一日も早い安寧を祈るほかない。長く住み暮らした土地での健やかな日々が戻ることを切に願う。海上保安庁の職員の死も痛ましく、元管制官の方も強調していたように、むしろ、ここまでヒューマン・エラーによる大事故が起こっていなかったことを強調すべきだろう。1分に1.5本の飛行機が発着する羽田空港の混雑ぶりは度を越している。9日、『バナナサンド新春SP』をみていたら、綾瀬はるかや佐藤健などの2日放映の『義母と娘のブルースFINAL』チームが出ていて、ちょっと考えてドラマが放映される前の番宣のはずの編成が一週ずれたのだと気づいた。正月気分満載のバラエティーを遅れてみるのは、こちらももう吞んでおらず、お尻のあたりがムズ痒くなる。
安政の大地震が1850年代で、続けざまにコレラが大流行し、明治維新が起こった。尊皇攘夷の熱風も、外国人が感染症を持ち込むことに対する恐怖が一因である。外圧だけで幕府が大きく揺らいだわけではない。日本が変わるのは地震と疫病、という古井由吉さんの言葉を最近、反芻することが多くなった。篠山紀信、八代亜紀、そして3・11の時の自衛隊の決死の活動についての取材を共にした杉山隆男さんの訃報が出る。人の死に馴れるのは喜ばしいことではない。中村メイコやベッケンバウアーのように、天寿をまっとうされた方がおられるとほっとする。
政界に起こる事件も謎めいている。自民党のパーテイ券問題を告発した上脇博之さんは長年、ほぼひとりで政治資金のチェックを続けているそうで、さほどご本人は注目されないのに、煩雑な作業を続けて告発状を出す情熱はどこから来るのだろうか。田中角栄邸がお線香を上げていて全焼というのにもびっくりした。何かの底が抜けてしまったのではないか。関越自動車道の西山ICが新潟の田中角栄の生家とほとんど直結していると確かめた旅は忘れがたい。


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ウツウツとした年初を救ってくれたのは『光る君へ』だった。時代が平安朝に飛び、せちがらい日常から離れるのがいい。でも、世界の状況は中世の終わり頃から一気に地続きという気もする。子役のまひろ(落井実結子)と三郎(木村皐誠)が出合う河原がほんとうに何もない野っ原なのが愉快で、でも、1970年代まではあんな感じで当たり前だった。建築物、美術品、文学作品から考えると、平安時代の豊かさは明白で、現在との差異を計りながら見てゆきたい。ただ、天皇などの権力者の気まぐれに一喜一憂するしかないのは同じことで、歴史上のどこにも楽園はない。疫病や地震の恐怖もリアルで、さまざまな脅威に対抗を迫られる安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)がどう描かれるのか、注目している。たんなる占い師を越えた陰陽師と似たような役割の人は、今も暗躍しているはずだ。
若き名優・柄本佑が「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」という名歌で記憶される藤原道長を演ずる。紫式部役の吉高由里子は、今、もっとも脂が乗っている女優であり、『メイの姪』で俄然贔屓になった本郷奏多が花山天皇を演じるのもいい。久しぶりにフツーのドラマに対面した気分。大石静が脚本ならば多少、大胆な歴史解釈をしても大丈夫だろう。それにしても、男性が主人公の物語を作りにくい世の中だとつくづく思う。
 

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ワタリウム美術館の《梅田哲也展 wait this is my favorite part 待ってここ好きなとこなんだ》には、ぜひ足を運んで頂きたい。何も予備知識を持たない方がいいとのことだが、一応紹介を試みておく。最初に、洞窟の暗闇で遊んだ幼年時代の心を取り戻してから、キャストの導きによりバックヤードの「旅」が始まる。何をすべきか、明瞭な指示があるわけでもなく、宙ぶらりんな時を過ごすうちに、いったい私はここで何をしているのか、というデュシャンの便器やウォーホルのポートレートと初めて対面した時のような不穏さに襲われる。ここで騒げば何もかも台無しだろうな、という兇暴な気持ちも起こるけれど、キャストたちの謎の確信に充ちた振る舞いに接して打ち消される。先が分からず、足場も不安定で「お化け屋敷」的な悦楽も味わいながら、行程の到達点ですべての感情の揺らぎが回収されてゆくスリリングな劇場型展示……。
とまあ、要領を得ない書き方しかできないけれど、普段、美術展は駆け足で通り過ぎるようにしか見ない私も50分間、存分に楽しめた。体験した後こそ、どんどん謎が生まれる仕掛けだから、リピーターも多いはず。年のはじめから「邯鄲の夢」気分を味わえる得難い展覧会であった。
 
本年も宜しくお願い致します!
 
 青空へ霜踏む音が届く朝


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。