映画音楽急性増悪 第51回

2024年の年明け初めのboidマガジン公開は虹釜太郎さんによる「映画音楽急性増悪」です。今回はジョン・ウォーターズ作品について。

第51回 人前 

 

文=虹釜太郎


 
『セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ』のイントロの音楽を録音してかなりのロングバージョンにミックスし直したのを聴いている。この音楽はパリペキン・レコーズをやっていた頃に無駄にひたすら聴いていたネガティヴランドとかを思い出させたり、なぜだかわからないが繰り返し聴いてしまう。映画のイントロだけだと短過ぎる。
『ジョン・ウォーターズの地獄のアメリカ横断ヒッチハイク』が2022年に日本で刊行されて、現在の日本でジョン・ウォーターズがめっちゃくちゃ盛り上がってる…なんてことはあるかどうかはわからないけど(実際どうなんだろう)改めて作品を遡って観てみたい。最初は大好きな  『セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ』から。その後は『ア・ダーティ・シェイム』から遡って。
 

『セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ』(ジョン・ウォーターズ/1983年)
どんどん増える仲間たち。しつこいくらいの彼らの現場での銃の仕込み。そして映画撮影現場の乗っ取り。それら全部より彼ら集団のあまりに持続が難しそうな共同生活の実態。
彼らがやっていることは映画に革命を起こすことのようで、実際にやってることの「しょぼさ」たちはなんなのか、を延々と考えさせるけれど、映画のリズムはそれを考えさせない。
セシル・B・デミルでなくセシル・B・ディメンテッド率いる映画狂集団「スプロケット・ホールズ」の活躍を描いているけれど、
女優ハニー・ホィットロック誘拐時にはじまる音楽こそが本作で、ホィットロックもぶりぶりの演技がひたすら続くけれど、スプロケット・ホールズたちの演技もどれもこれもぶりぶりにわざとらしく、けれど誘拐したホィットロックにメンバーたちがする自己紹介たちがいちいち映画監督たちの名が刺青されてるだけでなくクソ真面目。
セシル・B・ディメンテッドのやっていることは映画の革命、というよりはセシル・B・ディメンテッドという集団の共同生活をどう生存させるかについてからの逃避的模索のように感じられるけれど、彼ら集団の共同生活が描かれなければ映画自体も成立しない。
セシル・B・ディメンテッドがやっていることは映画製作ではなく…
 
 
『ア・ダーティ・シェイム』(原題『A Dirty Shame』/ジョン・ウォーターズ/2004年)
超巨乳というより何カップなのかもうさっぱりわからない大爆乳のストリッパーになってしまった娘(セルマ・ブレア)ばかりに注目がいきそうだけど(その熱狂的ファンの届かない目線もよかった)、その母のシルビアのあまりに頭を打ち過ぎる度の変化がむちゃんこおもしろい。
そしてガス欠になった車に困るシルビアにウオウオウオオワーッツとなるRAY RAYS車の猛欲な男の雄叫び。街の淫乱化に混乱し続けるシルビアにかかるスッポコな音楽のどれもがよく。シルビアを演じたトレイシー・ウルマン。『トレイシー・ウルマンステート・オブ・ザ・ユニオン』(Tracey Ullman's State of the Union)でのコメディエンヌっぷりを見ていないが。
レイ・レイ・パーキンズを演じたジョニー・ノックスヴィルはジャッカスの帝王。リスのCGはひどく、シルビアの頭を打った時の幻覚の回数はあまりに多く、ただ観ているとシルビアの幻覚待ちになってしまう。
ストーリーに意外性はなく、映画というよりは応援歌のような。でもそれはジョン・ウォーターズにしかできないような形で。
 
 
『シリアル・ママ』(原題『Serial Mom』/ジョン・ウォーターズ/1994年)
シリアル違い。
The only "serial" I know anything about is Rice Krispies…とママは答えるが。
殺人鬼の本や記録がたくさん出てくるけれど、殺人した者でも本を出したり映画になったりの現実に対してシリアル・ママは…
シリアル・ママを乗せた家族の車がパトカー含めた警察車両七台を連れて走る時の音楽。
シリアル・ママの殺しの時の笑顔と家族に見せる笑顔がまったく変わらない。シリアル・ママを演じたのはキャスリーン・ターナー。
一家の日常を散らかすあらゆる者は許さない、でなくすぐ殺すママ。一家の平安だけでなく、ルールを守らない者は殺す、だけでなく鶏肉を食べる者も殺す。殺人の目撃者も殺そうと追跡するが、警察は捕まえられない。
ビデオを巻き戻さない者はチキンで殴り殺される。
追跡時にまともにスリリングな音楽がつけられているけれど、殺人の目撃者が逃げこんだライブハウスで流れるL7の演奏する音楽にとって変わられる。バンド名はキャメル・リップス。
特に裁判シーンでまったく安定したままのシリアル・ママの笑顔。判決後に一瞬で殺人を犯した後もくっきり笑顔。外では家族がシリアル・ママTシャツを一枚$12.00で販売している。刊行された本『Serial Mom』も販売中。
 
白い靴は履くな。
 
 
『クライ・ベイビー』(原題『Cry-Baby』/ジョン・ウォーターズ/1990年) 
トレイシー・ローズとウィレム・デフォーとジョニー・デップの共演。ウォーターズ作品として初めてのハリウッド仕事。ジョン・ウォーターズ「一般」映画のロミオ&ジュリエット。FBIが『クライ・ベイビー』の撮影現場に幾度も現れてトレイシー・ローズを事情聴取したことは知られているが、トレイシーの演技はいい。
出演としてはウェイド一味のトレーシー含む三人組が効いていて。奇面組代表みたいな顔つきのサックス持った女優がずっとサックスを抱えたままだけれど最後にはきちんと吹いてくれる。
普通のミュージカル映画と違うのは奇妙なお化け屋敷のような家とCHATTERBOX ORPHANAGE室内の様子。屋敷の女主人の被る鳥帽子。ORPHANAGE内部の子供たちの様子。短いシーンだけど、これらがないと。
アリソン(エイミー・ロケイン)の歌声がかなり大人っぽく、ウェイドの目つきはメンバーの中では浮いている。
ウェイドがたびたび流す涙、そしてラストでは大勢が流す涙の人工っぽい粘着感がいい。
裁判所での子供たちのウィエウィエ顔。
集団逮捕からの陳腐さと刑務所内でのありえない合唱とアリソンの混乱具合が不気味だが、街での踊りのはじまりはもっと。刑務所内でのウェイドによる踊りの蜂起がすばらしい。
ABCDEFG…ポオウーーーッッッグ。
 
 
『ヘアスプレー』(原題『Hairspray』/ジョン・ウォーターズ/1988年) 
ボンジュール・ボルチモア。
ガス欠になって留まらざるを得ない街ボルチモア。
大減量をする前のリッキー・レイク。
『フィメール・トラブル』(ジョン・ウォーターズ/1974年)のように授業風景からはじまる。
『アポロ10号 1/2: 宇宙時代のアドベンチャー』(リチャード・リンクレイター/2022年)とはまた違って当時のテレビの魅力を伝えまくる。
TVのひたすらダンス番組コーニー・コリンズ・ショウ。
テレビスタッフ、カメラマンにどうなの?と聞くシーンをはじめに入れてるのがウォーターズらしいというか。
渡辺直美の『ヘアスプレー』は観ていないけど、ウォーターズ映画の方はリッキーがだいぶ健康的で動きまくるダンスしまくるリッキーをずうっと見ているとなぜかバンバンビガロを思い出してしまう。体重と動きのキレの良さがまったく関係ない人たちがいる。
減量とは…何かをずっと映画のあいだ思わざるを得ない…
NEGRO DAYの看板がでっかい。白人と黒人との共演自体がタブー視の時代の話。
観直すとクリストファー・ウォーケンの夫妻としての成立は難しく(夫妻二人の和解と踊るシーンは長いけれど)、コーニー・コリンズ・ショウのコーニーの存在感は薄く(いいやつだけど)、クイーン・ラティファはあまりに安定感があり過ぎ、リッキーの笑顔はあまりに健康的過ぎる。白人側女子ダンサー(アンバー他)のはりあう感が特に弱かったような。TV is BLACK +WHITEの看板でのデモ行進が無理やりはさまれるなかにリッキーがいるのがいい。本作がヒットして他のウォーターズ作を観ていないアメリカンファミリーが『ピンクフラミンゴ』をレンタルして帰っておうち大爆発みたいなことが起きたらしいけれど、『Desperate Living』をどーぞ。
 
 
『デスペレート・リビング』(ジョン・ウォーターズ/1977年)
ウガーウガーウグゥアアアッーっと吠えるペギー。ひたすらに吠えては文句をたれまくる。
ジョン・ウォーターズ作品ではいちばん好きだ。なんで好きなのか。モートビル法はどうでもいいのだが。警官のグリゼルダのパンティはきはきもどうでもいいけれど。
黒人乳母グリゼルダはペギーの夫を殺す時の顔つき。夫は死亡する。グリゼルダの尻の圧力で。
夫を殺して逃げ出すペギーとグリゼルダにかかる軋んだ音楽は最高な。
ペギーとグリゼルダが逃げ込んだ先は小国モートビル。
登場する女たちの話し方はそれぞれ別方向に皆強い。ペギーとグリゼルダもだし、レストランの横暴過ぎる店員も赤いドレスの女(ドッグフードマーダラー)も。そしてペギーは常にわめいているか泣いている。
モートビルで送りこまれる部屋でかかる困惑の電子音楽。困り果てるグリゼルダ。
モートビルの独占女王はあらゆる点でひどい。発音や手の動きまですべてがひどいが、この国の罰もひどい。狂犬病ウイルスを罰として注射したり。女王退場シーンのピーポピーポの音楽はひどいがひどくこの国? になじんでいる。
ペギーのわめき声VS 若い王女のわめき声。
女たちの交わりの叫びVS おたけび。
グリゼルダが着替える服もひどいが、こんな国ですくすく育まれる発音たち。
暗闇で建物から誰の声だかわからないまま流れ腐る乱痴気騒ぎたち。
紙のように崩れ落ち消える家。
 
 
『フィメール・トラブル』(原題『Female Trouble』/ジョン・ウォーターズ/1974年) 
ディヴァインとウォーターズで作りあげたテーマ曲がいい。
授業中にミートボールサンドウィッチをかっ食らうドーン・ダベンポート(ディヴァイン)の出現の様。
常軌を逸した超低予算で製作。
あまりに次々に変わるドーン・ダベンポートのファッション。レイプされてからの出産も早過ぎる。わめき放題の少女とドーン・ダベンポートとストリッパーたちが暴れる、いや動いているのを見ているだけでもすごくよいのだけど、本作を観ているといかに現代の映画たちのあまりに多くが特殊効果と有名俳優たちに頼りきった代物たちかがはっきりしてくる。
いかれた隣人にキレたり魚を投げたりするドーン・ダベンポートがかなりまともに見えるが、ドレスのはしをやたらにいじり続ける娘(ミンク・ストールが全編すばらしい)や、ふざけたエッチしかできない旦那やドーンの暴力性を無理やりにでも吸引したくて仕方がない美容師たちはやっぱりおかしい。ディヴァインの暴力はあきらかに無理やり引き出されている。病院に七人が見舞いに来るが、友人とはなんだろうかと。
「フィメール・トラブル」ということだけれど娘とダディのやりとり(殺しあい)の方がひどいし、義手になった檻の中の隣人と娘の言い合いの方がひどい。
観直すとさまざまな箇所でディヴァインが正気に描かれ過ぎている気がする。ケチャップまみれのこましまくりの女にキレてるディヴァインにもなんの驚きもない。まともな顔過ぎるディヴァインをいろんな箇所で見れる。そしてドバンバゴーンとトランポリンで跳ねまくるディヴァイン。
警官に追われているディヴァインは限りなく人前では見られていない。しかし裁判でわめくディヴァインは人前だ。
ハーレクリシュナに走る娘を何度も何度も妨害するディヴァイン。A・C・バクティヴェーダンタ・スワミ・プラブパーダは本作を観ていないだろうけれど。 
人前でやらない裁判はないのだということ。
人前でやらない死刑も。
 
 
『マルチプル・マニアックス』(原題『Multiple Maniacs』/ジョン・ウォーターズ/1970年) 
怪獣がやって来た! 怪獣が!
なぜロブスターなのか、それはボルチモアだから、というのは人類愛BLACKHOLEジョン・ウォーターズ超入門回で。
DREAMLAND STUDIOS PRESENTS。
名前は出せないあまりにひどいライブハウスの控え室の無さ感を思い出す。
PUKE-EATER他しょーも無さ過ぎる見世物小屋。そんな小屋に登場するディヴァインの怪獣っぽさ。