妄想映画日記 その167

あまりにも辛すぎる副作用のために抗がん剤の服用中止をして大阪のシネマート心斎橋にてboidsound調整、そして小倉へ足を伸ばして『青山真治クロニクルズ展』へ。東京に戻ってからは半年ぶりの開催となった「アナログばか一代」をようやく楽しめた12月前半の日記です。
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文・写真=樋口泰人



12月1日(金)
こういう日はあきらめが肝心である。何食っても吐きそうになるばかりか声もまともに出ない。できることしかできない。とにかく再来週火曜日までの我慢というのが心の支えである。じっとしていても鬱々となるばかりなので金はないが無駄遣いをした。カードは恐ろしいがこういうときに使わねば。口の中が腫れて痛い。夜はティナリウェンを聴いて頭をサハラ砂漠に飛ばした。バカでかい音で聴ける環境が欲しい。北九州からは展示の設営終了、無事開会式も済んだという報告が来る。来週末、行けるだろうか。

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12月2日(土)
とにかく生きてるだけでえらいと自分をほめたくなるくらいな辛さで残念ながらこれ以上何も食えなくなる。夕方、それでも何か食わなくてはと近所のスーパーに買い出しに行ったのだが、店内をぐるぐると回るばかり何にも手が伸びない。しかも食い物を見るだけでどんどん吐き気が激しくなる。呆然とするわたしの脇を数人の若い男女がわいわいとおそらく今夜その中の誰かの家で忘年会をやるのだろう、食料を買い漁っている。ああこんな時代があったとさらに呆然とするばかりで夕食は何も決まらない。結局こんなときのためにと購入しておいた冷凍肉まんにすることにして果物とポテトサラダを買って帰ったのだが、しかし食してみると頼りの肉まんも野菜の中で唯一食えていた芋もすべてダメ。忘年会から帰ってきた妻の意見もあり、第3クールは残り3日を残して終了することにした。これ以上やると体自体が壊れる。
夜はロイ・オービソンの『メンフィス』。72年リリースのオリジナル盤ではなく2015年のリイシュー盤なのだが、リマスターされたロイ・オービソンの声が若々しくてまるで72年の声そのものまでが生まれ変わったかのような印象を受ける。オリジナルが聴かれるたびに傷ついてその声にまとわりつくノイズが少しずつ増えていくのに対してリイシュー盤のこの声は再生されるたびに何度も何度も生まれ変わるような、逆に言えばその若さとともに毎回死ぬ、そんな残酷さを伴った声である。ああもうこれでいいのだいいのだと、ちょっと感傷的な気分になった。わたしにとってはクラッシュの曲としてなじみ深い「I Fought The Law」の軽く明るい曲調が未来を先取りしているように思えた。何度も死に何度も生まれ直すことによって初めて生まれる軽さと明るさである。

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12月3日(日)
薬の服用を止めたからと言ってすぐには副作用は治まらない。胃も口の中もボロボロで終日寝たり起きたり。何もできないというあきらめはついているものの何も食えないというあきらめは簡単につくものではない。寿司を食いたいとかうなぎ食いたいとかてんぷら食いたいとか1日中考えていた。そして結局松本爆音には行くこともオンライントークもできなかった。今年の爆音はこれで終了。井手くんたちに完全お任せだった。寂しいがこんなものだ。夜は若き日のスコット・ウォーカーの声を聴いて、ハーフスピード・マスタリングによってリマスターされたそのきめ細かい音にのって世界のあらゆる場所へと心を飛ばした。もちろんそこは、人類がこれまで繰り返してきた殺戮の歴史が生んだ血まみれの世界でもあるのだが。特にA面1曲目の「THE SEVENTH SEAL」の途中から入ってくるコーラスの不気味さはまるで無声映画時代のホラー映画といった趣で、70年代以降のスコット・ウォーカーの歩みを示し、その視線の先にある人類の最悪の未来とそうはならなかった未来の小さな希望にドキドキする。

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12月4日(月)
とにかく何を食ってもまずい。とんでもなくまずい。手も足も出ない。そして何を食ってもまずいということがどれだけ心を痛めつけるかを日々無理やり実感させられている。午後からはほぼ寝ていた。何もできないので仕方ない。そんなときに読む虹釜くんの文章は弱った病人を袋叩きにするような文章で完全に殺された。そこからようやく起き上がりゾンビになって冷静に読むことができた。
 


12月5日(火)
本来なら本日まで抗がん剤服用。3日早くやめにしたのだが体調は変わらず、何も食いたくないし実際何も食えないからとにかく無理やり流し込むのみ。とはいえ休止3日目にしてまったく変わりがないとさすがに心をやられる。副作用じゃなくて本当に胃が悪いのではないか、食道をやられたのではないか、あるいは口腔内か。ネガティヴな妄想が次々に湧き上がる。家の中にいるとその妄想におぼれそうになるので午後から眼鏡屋に行った。とりあえずレンズを変えて世界を新しく見つめ直す。
しかし体はすっかり弱っているようで昨夜はそれなりに眠ったつもりだったのだが、眼鏡屋の帰りに普段なら食べられそうな食材を買ってこれなら食えるかと低空飛行ながら盛り上がりつつ帰宅するのだが、とてもじゃないがそんな気分にはならず食材を見ただけで気持ちが悪くなり口の中も漏れ出てきた胃液でまずいまずい。悲しい限りである。レコード屋に寄る気力もなく何も食えないし何もできないと半ば絶望的な気持ちになり帰宅したころには疲れ果てていて気が付いたら寝ていた。夕食もまともに食せず、そしてまた寝て目が覚めたらテレビで『宇宙戦争』をやっていた。見るつもりはなかったが最後まで観てしまった。生きてるうちにこんな映画が作られることはもうないだろう。この映画の中の宇宙人をナチ、地球人をユダヤの人々とする構図をスピルバーグは当然想定していたと思うが、それから20年ほどが過ぎた今、イスラエルとガザの問題はスピルバーグにはどのような構図として映っているのだろうか。ただこの映画が示すもうひとつの大きな視線、強きものはその強さによって自壊する、というシンプルで遠い視線は、常に身近に置いておけたらと思う。
 


12月6日(水)
いよいよ週末からの小倉行きをあきらめようかと思い始めた。まだ何もおいしく食べられないし量も食べられないから活力がまったくない。助成金申請のために新宿商工会議所、それから源泉所得税納付のために新宿税務署に行っただけで本日は終了。他に何もできず。鼻の粘膜からの出血も止まらない。悲しい。
と書いてから思い出したのだが本日のこの疲れは副作用だけではなくて、昨夜寝つき際に大勢のゴーストたちがやってきて宴会のようなものを始めたからだった。これまで何度となく幻なのか本物なのかただの思い過ごしなのかもよくわからない多くの霊体のようなものを観てきたのだが今回のようなことは初めてだった。寝室の中でワイワイと皆さんでお楽しみになっているのである。その挙句小動物のようなものがわたしの布団に駆け上がり、掛布団越しに指をがぶがぶする。実際に我が家の姫たちがやったのかもしれないがもう10年以上一緒に住んでいるもののそんなことはかつてないし、こんなことに巻き込まれては大変だ出て行ってくれと声を上げようとしても声が出ず体もこわばりようやく起きてみると隣の布団では妻と姫2体がぐーすか寝ているので、姫たちがわたしの布団で遊んでいた気配はゼロ。仕方ないので再び眠りに入るのだがするとまた周りが騒がしくやはり布団の上を小動物が歩く、そしてがぶがぶ。何でもいいからわたしを巻き込まないでくれひとりで静かに眠りたいのだという訴えは当然無駄に終わるわけでやはり声が出ない体も動かない目も開かない。ようやく開くとやはり隣ではぐーすかである。その繰り返しですっかり疲れ果てたのだった。そういうことだけで生きていけたらそれはそれでいいのだが、やはり夜が明けると商工会議所や税務署が待っているのである。いずれにしてもそれで何か決断が付いたわけでも何でもない。
 


12月7日(木)
昨日より多少元気になったような気がしていたのだが気のせいか。事務所には行けた。行けたのだが事務所に大量に届いていた差し入れのクッキーを食ったら、たぶんすごくおいしいクッキーだったはずなのだが一気に吐き気で気が遠くなる。夕食の鳥鍋はわたしからのリクエストだったのだがこれもだめだった。だめでも食うのだが、服用中止して5日目、いい加減何とかなってほしい。
 


12月8日(金)
そろそろ何とかなるだろうと秘かに期待していた金曜日だが何ともならなかった。口の中の不味さは消えつつあるのだが、とにかく食っている最中、食った後の吐き気の感覚が治まらない。これがある限り「何も食いたくない」という気持ちと「食わなければ力が出ない」という生きるための必要とのせめぎ合いが続く。結果としては常に「必要」が勝つのだがその勝利のたびに「気持ち」が傷つき弱っていく。これは果たして「苦い勝利」と呼んだらいいのかどうか。
午後からは休め休めと体が言うのを振り切ってとにかく無理やり体を起こして商工会議所に行く。今日行かないと助成金のための書類がもらえないのだった。もう2度と助成金は申請しない、こんなつらい思いまでしてもらって何かをやったとしてもわたしのためにもboidのためにもならない、今は何もしないのがいいと誰も聞いてはくれない愚痴を吐き出しつつ西新宿。せっかくなのでレコード屋、という気分にもなれずひたすら体を動かすためにだけ歩く。西新宿の商工会議所から新宿駅までいつもと風景が違うのはいったいなぜかと思っていたら、いつもは大抵商工会議所の後は税務署に行くか大久保の法務局に行ってそこから新宿まで歩くのだった。今日は青梅街道一直線。運動にはなった。
帰宅後はたまらず横になり気が付くと2時間ほど寝ていた。休み休みでないと何もできないと体が言っている。明日からの小倉行きはこの時点で諦め、主催者に連絡を入れた。もっと早く連絡をするべきだったのか、あるいはギリギリまで待つ方がいいのか、こういう時の決断は難しい。お騒がせして本当に申し訳ないのだが、こういう時はこちらも本当に必死なのである。
 


12月9日(土)
春みたいな暖かい日が続くので本来なら気持ちよく散歩でもしたいところなのだがなかなか起きられない。導眠剤のおかげで寝つきはよくなったのだが最初の3時間から4時間はぐっすり眠れるもののそれ以降が中途半端でさっぱりしない。そのさっぱりしないがそのまま、起き上がってからも続くわけである。これは副作用の問題というよりも、自分本来の体質、生活習慣の問題が大きいのだと思う。それが簡単に変えられるなら苦労はしない。早起きが何でもない人にとっては前提としてあり得ない問題でもある。生きてることのスタートラインにも立てない。それくらいのレベルのどうしようもなさなので自分でも十分承知、でもどうしろと言うのだ。しかも、じゃあそれでいいじゃないか自分の生きたいように生きるがよいと思ってもそれでさっぱりするわけではない。「さっぱりしない」は何も解決しないままズルズルと生きるだけである。あとはもう、さっぱりしないずるずるで十分快適と思えるかどうか。たしかにこの春のような日差しの中で寝っ転がっているだけで十分快適ではあるのだがとはいえ世間並みの快適さを求めてしまう自分の浅ましさを呪う。
そんなところに姫からラインが来てどうやら旅行で下関にいるらしい。関門海峡ミュージアムとかいう場所に行ったら青山と真帆さんと浅野くんの手形が展示されていて、その写真が送られてきたのである。そこまで行ったなら小倉まで足を延ばしてクロニクルズ展に行くがよいと連絡。夕方になって現地の人々から「姫がやってきた」とのメッセージが来た。まさか本当に行くとは思わなかったのだが、わたしの代理としては思わぬ訪問で青山も喜んでくれたのではないかと思う。『空に住む』の死んでしまう猫の名前が姫の名前と同じで、あの映画はそれだけで涙なしには観られないのだった。
夜はポール・ヴァーホーヴェンの『ベネデッタ』。宗教的な意味合いについてはわたしにまったくわからないのであるが、何かに貫かれた人の物語、ということでは見ごたえがあった。本当に神に貫かれたのかどうかも誰にもわからないという危うさのまま貫かれ通す主人公の態度の強さと気まぐれは誰の救いにもならない。その救いのならなさが映画の根底を支えているのである。われわれは果たしてこんな場所に自身を置くことができるだろうか。

 


12月10日(日)
昨夜の『ベネデッタ』に変な力を注入されたのだろうか眠りが浅く起き上がれない。ダルすぎる。結局北九州の青山真治クロニクルズ展のトークの出席はできずそれらの連絡など済ませて朝食を食ったのが12時30分。こんな日はあきらめるしかない。午後も寝てしまった。夕食後も寝てしまった。味覚はだいぶ戻ってきたように感じていたのだが、いまだに「食える/食えない」というレベルの判断基準でしか食せていない。投薬休止してから1週間を、「まだ」ととらえるか「もう」ととらえるか。いずれにしてもこちらの想定を超えて事態は進む。

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12月11日(月)
まだ体は怠いのだが大阪へ向かう。いつものようにシネマート心斎橋でのboidsound調整である。副作用による鬱の症状はぼんやり続いていて他人と話すのに力がいるので、こういう孤独な作業は向いている。これなら今の状態でもやれる。ただ問題は食事である。外食の場合ダメだったからといってそのまま残してしまうのはさすがに申し訳ない。したがって無理やり食うという拷問状態が待っているかと思うとなかなか思い切れない。もちろんこれなら食えそうというものはいくつか想像がつくのでとりあえずそれにしたがって店を選ぶわけである。外食はおそらく3週間ぶり。
カキフライならいけるんじゃないかという欲望が湧く。ホテルそばの和食店をグーグルマップで探すとその中に1軒、ホテルから歩いて1、2分のところに美味しそうな店がある。定食の写真も出ているので酒が飲めなくても大丈夫そうだという判断。酒が飲めない者にとって夜のひとり食事は酒が飲めなくてもひとりで入れる店かどうかというのが最重要事項となってくるのである。外は雨が降り出している。近いからということで傘も借りずに店へと急ぐわけだが、見つからない。ああいつものように何かの罠にはまったかと半分諦めつつ行ったり来たりしてもどうやってもわからない。軒下で立ち止まり再度グーグルマップのお世話になり画面を拡大して確認するのだがそのあたりに店らしき明かりがない。でも確実にここだという場所に来て目の前の暗がりの中の引き戸を見ると黒地の板にうっすらと店名が書かれている。そこから見える店内らしき場所も薄暗くてやっているのかどうかも判断がつかないのだが確実にここだしせっかく何度も往復して見つけたのだからということで引き戸を引くことにした。
1階はカウンターのみで店は営業中とのことなのだが客はおらずカウンターにも椅子にも食材その他の荷物が置いてある。客を迎える態勢ではまったくない。とはいえ引き戸を引いてしまったわたしはいったいどうしたらいいのかと逡巡しつつも食事だけでも大丈夫かと尋ねると大丈夫だとの返事。以前京都でもこんな感じで状況は全然違ったが店の扉を開けた瞬間から別の時空へと入ってしまったことがあったなと思いだしつつ覚悟を決めた。店員もなんだかあわてている。2階から降りてきた店長に声をかけ確認してようやく確実にわたしはその店の客になった。飯が食える。
しかし渡されたメニューを見ると定食がない。最初の見開き以降はすべて酒のメニューである。ああ、あの定食の写真はランチタイムのものだったのだとここにきて気づかされたわけである。あとの祭り。牡蠣フライ、下仁田ねぎのかき揚げ、ジャコと玉ねぎのサラダをお願いしてごはんとみそ汁があるかと尋ねるとさらに店員があわて始める。確かにメニューにはない。そのやり取りを聴いていた店長判断でご飯も味噌汁も出してもらえることになったのだが、店員のあわてぶりを見るとわたしのような客はこれまで来たことがなかったのだろう。申し訳ないと思いつつ待っているとお通しの後にいきなりご飯を出されてびっくりした。まだかき揚げも牡蠣フライもなく、みそ汁の用意もない。この店員は昼営業はやったことがなく夜の酒飲み専用の方なのだろう。酒の代わりにご飯、というふうに考えたらお通しの後にご飯で何の問題もない。とはいえ出された方はご飯だけを食うわけにもいかずおかずが出てくるのをひたすら待つばかりである。そんな中、現金を下ろし忘れたことを思い出す。財布には2,000円しか入っていない。でも確実に今回の注文は2,000円を超える。果たしてカードは使えるのか、小さな店だが食事も飲み物もそれなりのレベルをキープしようとしている風には見えるし何しろ簡単には見つけられない入れない店構えである。きっとカードは何とかなる。いろんな状況が重なり合う緊張の中の食事になった。だがうまかった、いやうまさが想像がつく味だったと言うべきか。つまり料理のうまさと同時にこちらの味覚がまだ半分くらいしか戻ってないことを実感させられる残酷な食事であった。外食を堪能するまでの道のりは長い。カードは使えた。
シネマートでの調整作品はドニー・イェンの主演・監督作品『シャクラ』。豪勢な香港映画という感触の出だしだったのだが、物語が進むにつれ「香港映画」というこちらのくくりからどんどんとはみ出してさまざまな現代映画を飲み込んで膨れ上がっていくその姿に驚いた。おそらくそれはほとんどのアクションシーンをCGではなくワイヤーアクションをはじめとする人力で撮影しているという肌触りの感覚がもたらすものでもあるだろう。いいものを見た。毎度のことだが元気が出た。午前2時終了。

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12月12日(火)
せっかく大阪まで来たのだからということで、博多、小倉へと足を延ばすことにした。さすがに今回の青山の展示を見ないわけにはいかない。まだ調子は悪いがこちらのペースで行けば何とかなる。その前に心斎橋のレコード屋巡りをした。いつの間にか小さな中古レコード屋がふえていて、ひとつのビルの中に何軒も入っていたりする。いつも行くお気に入りのレコード屋には寄らず今回はこちらの「中古レコード屋ビル」とシネマートの入っているビッグステップ・ビルの地下にあるレコード屋に。いつも行かない店に行くと思わぬものあったりして思わぬ買い物をしてしまった。求めていたのはまったく別のものだったのだがまあこんなこともある。
そして博多へ。小倉で会えなかった博多の友人たちと夕食となったのだが、なんとフライドチキンと果物しか食せず。あとは美味しく食べられなかった。いざというときのために仕入れておいた豆狸のいなり寿司もなんと味が優しすぎてダメだった。東京の下町の濃い味付けの油揚げでないと体が反応しない。食べられるものを美味しく食べるための食事と、四の五の言わずに体にいいものを食べる食事と、ちゃんと使い分けられる大人として生きていかねばこれからやっていけないと思う。とりあえず次回の博多訪問の時は焼き牡蠣ツアーをしようという話となる。そして小倉へ。

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12月13日(水)
寝坊をした。朝の体操をすっ飛ばし、バタバタと『青山真治クロニクルズ展』会場へ。ああこうやって展示されると書籍づくりの際に何度も観た資料がまた違うものとして目の前に現れる。ひとりの映画監督が抱えていた歴史がその歴史をさらに飛び越えて広がり始める。メイキング動画をぼんやりと見ているうちに時間を忘れた。
その後「小倉に来たらここ」という満天寿司に行くのだがなんと水曜日定休。腹の方はもう完全に寿司が食えるかどうかお試しをという状態になっていてもう一軒の京寿司に行くのだがなんとそこも定休、すぐ目の前の豪華ウナギ料理の田舎庵という話にもなったがここは腹の言うことを聞いて駅近くのもう一軒の京寿司へ。回転ずしなのだがネタになる魚がやはりうまい。まだ生魚がおいしく食えず諦めた昨夜とは違い酢飯とセットだとスルっと腹に入る。アジ、ゴマアジ、シマアジというアジずくしから始め、赤貝、つぶ貝、イカ、マグロの漬けなど。どれもおいしくいただいた。
その後展示会場に戻り控室で今後の中原の生活をめぐるオンラインミーティング。何とか無事退院して自由の身になったものの24時間介護は必要なので今後の生活や生活費をどうやって支えていくか。まだまだ答えは出ない。
そして小倉駅に向かいちょうど新幹線で到着したばかりのリム・カーワイくんと会いもろもろの状況報告をして帰路に。新幹線の中では昨年1月に別府に行ったときの報告日記を再読&追加修正していたら頭の中が別府になってしまった。ああまた行きたい。あの熱い温泉の熱を体内に充満させてどこまででも飛んでいけるあの気分が頭の中をぐるぐると回っているうちに家にたどり着いた。そして夕食となるのだがその際に試しに食ってみたしば漬けの味が出発前と劇的に違う。宇川(直宏)くんが付けるびっくりのマークの数くらいには十分違う。出発前はしば漬けとは思えない甘さに呆れて食うのを止めたのだが今回食ったものは誰もが想像可能なすっぱめのしば漬けの味。いやこれは何でも違いすぎだろうと思うものの違うのだから仕方ない。逆に考えると、この味の違いの大きな振れ幅の分だけ、われわれの体は世界から可能性を受け取っているということである。つまりわれわれは最低でも宇川くんのビックリマークの数くらいには十分な可能性の中を生きているということである。これを使わない手はない。それはギャンブルではない。われわれの権利でも義務でもある。
そして忘れていたのだが展示会場のすぐそばに、こんなバイクが停められていた。最初は小倉城の展示物かと思ってしまったのだがそんなわけはない。ちゃんとナンバープレートもついている。とはいえオーナーとしては「展示物」的な気分はもちろんあるだろうという話になる。しかしいったいこれを仕上げるのにいくらかかったのか。それを言ったらシネマート心斎橋が入っているビッグステップ・ビルもまた似たようなもので、規模はこのバイクの100倍くらいか。とにかくビッグステップ・ビルに行ったらトイレに行ってみること。フロアによってもまったく違うから是非。写真では全貌が見せられず、動画を撮るしかないのだが写真にしても動画にしても撮影しているところを見られたら単に変態である。

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12月14日(木)
さすがにへばっている。2泊の遠出はまだきつかったか。午後からのミーティングにぎりぎり間に合う。井の頭公園の事務所に行って来年の撮影のための挨拶、その後具体的な資料あつめの打ち合わせが終わると午後3時過ぎ。公園脇の眼鏡店から先日調整したレンズが出来上がったとの連絡が来たのではめ込んでもらう眼鏡を預けようやく昼食となったのだが、中途半端な時間なので軽いもの、でもせっかくなので何かうまいものはないかとついうろうろしてしまう。本当は眼鏡店の脇の、本店は東小金井にあるソーセージ店ケーニッヒで特製ホットドッグにしようとしていたのについ新店舗開拓となってしまった。しかし平日の午後の吉祥寺は基本的に女性たちと親子連れの街であり中途半端な気持ちでうろうろしているおっさんに食わせるものはない。やっぱりケーニッヒだったいやもうドトールでもよかった今更立ち食いそばには行けないかとか後悔が頭の中を駆け巡る。とはいえ何もなかったらディスクユニオンの上の階にあるパン屋のカフェでサンドウィッチ食えばいいかという保険はかけておいたのであきらめてパルコへ。だがサンドウィッチを買おうとするとどれもひとつ600円台で、ああ、そりゃそうだよなあドトールだってミラノサンド400円台に値上がりしたしと観念してついでにあんぱんも買ってついに飲めるようになった紅茶もオーダーしたら1500円くらいでこれなら中古盤1枚買えるとかいやその前に早起きしてちゃんとした生活をしていれば家で昼食を食ってから吉祥寺に出られたからこんなことにはならなかったとかなんとかぐずぐずと思いは巡るばかりであった。
ユニオンでは自棄買いをしそうになったが自重した。とはいえクリエーション・レベルの40年ぶりの新作というのが変わらぬメンバーでリリースされていてさすがにこれは手に入れた。A面は40年前なんて昨日のことのようだねというような時間感覚、B面に入ると40年後のゴースト化にドキドキする。A1とB1のプリンス・ファー・Iの声、そしてB面終わりから2曲目の、もしオーガスタス・パブロが生きていたらこんな音を出したかもというようなキーボード。ゾンビのダブと言ってもいいかもしれない。「力なき者たちの力」というヴァーツラフ・ハヴェルの言葉を思い出す。いい感じで歳を取っている。

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12月15日(金)
特に何も考えずただその日のクアトロ・ラボが空いているということと皆さんの予定がぴったり合ったということで決めてしまったアナログばか一代だったのだが、世間は完全に忘年会というわけで金曜日の夜の渋谷は大変なことになっていたが見なかったことにして会場に急ぐ。大阪&小倉の疲れが出て朝からめまいやら眠気やらでぐったりで昼間何をしていたのかは覚えていない。多分レコードを選んだりしていたはずだ。とはいえ半年ぶりとなるとあれやこれや選びきれず荷物は重くなるばかりで自宅はそこそこ寒いので厚めのセーターを着て出たら途中で汗だくになる。会場に着いた頃にはもはや疲れ切っていてぼんやりもしていたのだがやはり音を聴き始めると盛り上がる。にこにこと笑いっぱなしの3時間であった。しかしあと5、6時間はできたというかやりたかったくらいの楽しさで湯浅さんも今度また12時間やろうとかなんとかどさくさに紛れて言っていた。内容は来た人だけのお楽しみとなるのだが、今回はドリー・パートンとシェールの新作ジャケットにノックアウト、ということになるだろうか。わたしの抗がん剤の予定が決まったらすぐに次回の予定を立てることにする。そういえば直枝さんが1曲目か2曲目にかけたカーネーションの新作のゆったりとした時間の流れにもよく似たあの曲のタイトルを忘れてしまった。今度確認して手に入れなければ。そしてカーネーションの新作はもう10年単位で聴きたい大きな音の流れを作り出している。10年後、わたしは果たしてこの日のことを思い出すことができるだろうか。
ちなみに最初にわたしがかけた『孤独のグルメ』で盛り上がった時に流れるサーフロックの原型のようなデイヴィー・アランのアルバムのジャケットはこれである。B面最後の「The Unknown」という曲。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。