Television Freak 第83回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんによるTV時評「Television Freak」。今回は現在放送中の連続ドラマから『コタツがない家』(日本テレビ系)、『下剋上球児』(TBS系)、『いちばんすきな花』(フジテレビ系)を取り上げます。
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「サヨナラ」ダケガ人生ダ



文・写真=風元 正
 
 
神奈川近代文学館の井伏鱒二展にようやく間に合い、もう40年以上の、「井伏先生」に憧れていた頃の気分が青臭い匂いとともによみがえった。大家の中の大家。文芸編集者として、大久保の「くろがね」で井伏先生がいる酒席に加わることは最終到達地点であり、ベテランでも名前を口にする時はみな頬が赤らむ。もちろん、私などにお声がかかるはずもない。山梨に魅かれたのも、元はといえば井伏先生で、「芋の露連山影を正うす」の飯田蛇笏、「かたつむり甲斐も信濃も雨の中」の龍太大俳人父子が渓流釣りをかいがいしく世話をする描写が微笑ましかったからだ。太宰治の「富嶽百景」に登場する先生の「放屁」も忘れられない。
しかし、あまりに達人すぎて距離を感じるようになった。『荻窪風土記』には「自分にとって大事なことは、人に迷惑のかからないようにしながら、楽な気持で年をとって行くことである」とあり、こういう人には必ず太宰や小山清のような迷惑をかける人が寄ってゆく。そして、力尽きてこの世を去ってゆく年下の友人たちへの視線は、歴史上の人物に寄せるのとまったく同じように乾いていて、非情と形容したくなる。太宰が「井伏先生は悪人です」というのもむべなるかな。
ひさしぶりに『荻窪風土記』のページを繰って、どこまでもクールな視線の叙述に接して、改めて空恐ろしい人だと思った。でも、今の年齢ならば『鞆ノ津茶会記』のような歴史小説にもついてゆけるかもしれない。ヒトはしょせん岩穴に幽閉された山椒魚、という哲学は決して古びないけれど、井伏先生の境地への道は果てしなく遠い。
 

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『コタツがない家』は、現代の「駅前シリーズ」のような趣で、井伏鱒二風「喜劇」は伝承されている。主人公の「彼女に頼めば離婚しない」ウエディングプランナー・深堀万里江を演じるのは小池栄子。「やり手」ゆえ、夫の売れないマンガ家・フカボリ遊策(吉岡秀隆)、熟年離婚された父・山神達男(小林薫)、アイドルのオーデションに落ち迷走中の高校3年生の息子・順基(作間龍斗)という3世代のダメ男がひとつ屋根の下に揃ってしまう。
女性が社会でキャリアを積むのが当たり前になったのは、ここ十年くらいの話ではないか。万理江はそのちょうどど真ん中の世代で、結婚式という夢を売っている。しかし、自分の結婚生活は多忙ゆえガタガタというわけで、騒動のゴングが鳴るばかりの日々。私はとりわけ、小さい頃、祖母の家に預けられて夜、シクシク泣いていた順基クンが気になる。「子育てなんか、やったことネエだろう」と怒鳴る息子と、運動会の晴姿を一目だけ見て涙ながらに仕事に戻る母との間の和解はむずかしい。
達雄は慶大卒の元エリート商社マンで、蕎麦打ちを始めそうな団塊のガンコ者。案の定、鬼怒川のスナックママとの恋に賭けようとするが、ほうほうの態で逃げ出してくる。遊策もマンガはまるで描かず右往左往しているだけで、ただ独身生活を謳歌している万里江の母・貝田清美(高橋惠子)には懐いて、お小遣いを貰ったりしている。この2人の救いのない男を二枚目風の役柄の演技派だった小林と吉岡を演じているのがなんともいえない。どちらのダメぶりも甲乙つけがたい。脚本の金子茂樹はオトコには未来がなく、みんな「千手観音」の妻にぶら下がって生きてゆくほかない、と予見しているのか。
最も信頼する部下である八塚志織(ホラン千秋)もまた、建築家志望という名のイケメンのだめ男予備軍・徳丸康彦(中川大輔)と同居していて、結婚を迫ったら逃げられた。しかし、康彦がまた帰ってきた時の志織の嬉しそうな顔が生々しかった。ダメンズ飼育の永劫回帰。ホラン千秋、いい味出している。遊策に賭けている土門幸平(北村一輝)も遊んでいるか仕事だかわからない編集者を見事に演じている。永遠にマンガは連載できないのだろうか。
「あるある」を精緻に組み立てられたこの小世界は微妙なバランスで成り立っており、だれかが本気でグレたら崩壊してしまうから、手放しで笑えない。ただ甘いだけでないから、考えさせられてしまう。出づっぱり喋りっぱなし喜怒哀楽全開の小池栄子が絶好調なのはいうまでもない。一度、叱られてみたい。とりあえず、あらゆる握力の強い女性たちは、ずっとこのままダメ男たちを養って欲しい。そういえば森繁久彌だって、女性には頭が上がらなかった。もちろん、私も……。
 

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『下剋上球児』は、また『がんばれベアーズ』かとナメていたら、越山高校野球部監督・南雲脩司(鈴木亮平)がニセ教師だと明かされてから、あまりの大胆さに驚いて目が離せなくなった。決して胸を張れない人間の影を演じて揺るぎのないのは爽やかな苦労人の鈴木亮平だからである。グラウンドでも髪型がぴしっと決まっているところに南雲の性格が表れている。南雲はバツ一子持ちの美香(井川遥)と夫婦だが、元夫の小泉晴哉(大倉孝二)に付きまとわれているし、教員免許がないことが発覚して事件になり、別居したりする。貧しくて学校の先生に助けられた過去も含めて、大人の抱えた屈託がグラウンド上のゲームの爽快さを際立たせる。
山住香南子(黒木華)の熱意に引っ張られて3カ月限定でも野球部を引き受けなければ静かに退職できたわけで、南雲の胸中は単純ではない。しかし、たった1人の部員であとは幽霊部員という状態から、9人揃って試合がやっとでき、だんだん強くなるチームから離れられなくなる南雲の気持はよくわかる。いや、よくぞ選び出した、と感動するくらい、「ザン高」野球部員たちがみな見事な“高校球児”なのだ。
まず、日沖壮磨(小林虎之介)と山住にスカウトされて入部した中世古僚太(柳谷参助)のほか、強豪校ぽい洗練された選手はいない。地元の大地主・犬塚樹生(小日向文世)に溺愛されているエースの翔クン(中沢元紀)もどこか頼りなくて、心の中では離れ島の子・根室知廣(兵頭功海)のひたむきな努力に圧迫されている。最高なのはロン毛パーマの久我篤史(橘優輝)で、足だけ早くてベースを踏むことも知らないド素人が身体能力を生かして開花する、というパターンは弱小校が化ける典型である。初勝利を決めた、アウトを2つ稼ぐランダウンプレーの真摯な下手くそさには感動した。南雲もたまらずスタンドから大声を出すし、ああいう局面、よくある。
セミロング黒髪を靡かせ、肌が白くてバットも振れない、ぜんぜん運動部っぽくない黒木華の役作りもすばらしい。白状しておくと、私は在校中すべて甲子園に出た男子校の出身なので、野球名門校の雰囲気はなんとなく知っている。子供の頃から、同年代の中で飛び抜けた素質を持った選手たちの臭気は独特で、もちろん山住先生のような女野球オタクなど入り込む隙のない上意下達集団である。グラウンドでプレイできない女子の情熱は底辺校だからこそ爆発できる。
モデル校もあるし、ハッピーエンドなのは分っている。南雲の野球の恩師・賀門英助が育てた星葉高校野球部がライバルで、名門校の監督を演じる松平健はユニフォームの着こなしもお見事。星葉の方は、いかにも野球の訓練が行き届いている俳優ばかり集めていて、細部まで神経が行き届いている。ワガママでバカなボンボン老人の純情を怪演する小日向文世も絶妙のアクセントで、さあ、甲子園への道は近いか遠いか。
 

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『いちばんすきな花』は、私にとっては春木椿を演じる松下洸平について考えることと等しい。映画『花腐し』で酒を飲みつつ煙草を喫いまくる綾野剛と柄本佑の裸をみて、なおさら、そう思った。ドラマのテーマは男女間の友情だけれど、まず、洸平くんがどんな無茶ぶりでも黙って引き受けるいい人という役柄が似合っているのが不審だし、見知らぬおっさんに喫煙所でグチをいうキャラクターもわからない。自分の生の感情にブレーキをかけ、常に穏やかで、でも婚約していた恋人に逃げられてしまうタイプ。暴れる人より、こっちの方が尋常でない。
ただ、たぶんこういう過剰に平和な人、最近はいるし、だからドラマの登場人物になる。洸平くんの5つ上の綾野剛にはもう、演じられない世代。星野源のキャラの進化形。花屋の生まれで、空気を読むレベルでは済まず、軋轢という名の雑草を先回りして丁寧に積み、それゆえストレスはあるものの、我慢と感じようとしてはいない。ただ、新婚生活のために用意した広い家は空っぽになり、その隙間に女性2人、男性1人の、「2人」の関係が苦手の3人の男女が入り、共学高の文化部室のような関係がはじまる、というお話が絵空事ではない時代……。はっきり上下があり、性別による束縛の強い野蛮な人間関係しか生きていない世代には夢のようである。
茶化しているわけでない。もう私の目の前にあるから対応を迫られる。新潟から上京して塾講師をやっている潮ゆくえ(多部未華子)と、高校時代に知り合った赤田鼓太郎(仲野太賀)のカラオケボックスで毎日のように会う「親友」関係は、鼓太郎の結婚により解消されてしまうのだが、妻の峰子(田辺桃子)だけで心が充たされるわけではない。ゆくえと鼓太郎が食器屋で偶然再会するシーンが面白くて、コーヒーカップを選んでいるうちに峰子に気づかれて、家に帰って「私だけ」と釘を刺されてしまう。いつも感情がさざ波よりちょっと高く揺れる小事件が起こり、こんなに周囲に気をつかってばかりいたら感情資本が燃え尽きてしまうと心配になるけれど、疲れ果てても暴発しない。
ゆくえと美容師の深雪夜々(今田美桜)は、どちらも女子集団の空気を読むのが苦手なタイプ。コンビニで働きながらイラストレーターを目指す佐藤紅葉(神尾楓珠)はナンパの時にはパシリで便利使いされるイケメン。椿の家が「居心地いい」と集まる仲間は、それぞれ共通の人間を探しているという縁があって……、という展開もさることながら、たぶん『silent』チームのプロデューサー・村瀬健と脚本家・生方美久が実話を拾って加工しているはずの繊細きわまりない人間関係エピソードに唸ってしまう。人間そのものは変わらなくても、社会は日々移り変わる。尖端を反映する、そのお手本のようなドラマである。


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11月24日、名古屋センチュリーシネマ「はだかのおやど」にお泊まりして、甫木元空と前野健太とともに徹夜した。『はるねこ』と『はだかのゆめ』の上映をはさみ、たぶん4時間近く歌った2人のヴォーカリストの底力には呆れた。笑っちゃう曲から、涙を誘う絶唱まで、ちょうどいい塩梅で個性と年齢がちがう歌い手の引き出しをぜんぶ開けて頂いた濃密な時間は、すでに夢かうつつか区別がつかなくなっている。歌のトライアスロン。
甫木元の「幸せのまわり道」の、「いつまでもこの場所で」という歌声の胸をかきむしる切なさは耳に残っているし、前野が客席を回りながら歌った「東京の空」は目をつぶっていたら本当に大空が広がっている気がした。そして、ライブを終えた後の、ビルの外に広がった朝焼けの色は忘れられない。総支配人・仙頭武則の胆力がなければ実現しなかった一夜。「次は24時間!」と叫んでいたのはだれだったか。
いつまでも劇場を去りがたく、モーニングコーヒを飲んで、井伏鱒二訳の于武陵「勧酒」の「ハナニアラシノタトヘモアルゾ/「サヨナラ」ダケガ人生ダ」という詩行を思い出す。井伏先生はいつも正しいけれど、やっぱりもう一度逢いたいのが演歌心。甫木元の亡父の思い出の歌だという『男はつらいよ』の主題歌、とても似合っていた。移り変わる社会を描こうとするテレビドラマにも、変わらぬ人間の姿が映し出されている。


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。