- 2023年09月04日
- 日記
妄想映画日記 その160
今回の樋口泰人の「妄想映画日記」は、8月下旬の日記です。退院後にはじまった抗がん剤治療によるめまいと吐き気のためにほぼ寝たきりの半月に。体調を見ながら今月公開の『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』(アルノー・デプレシャン)と『悪魔の追跡』(ジャック・スターレット)は観れたようです。
文・写真=樋口泰人
8月16日(水)
再発予防のための抗がん剤を飲み始める。とにかく8時間おきに飲む。その前後1時間は食事は厳禁。それを4週間、そして1週間休みというのが1セットで、それを5セット。ということで、1セット目は7時、15時、23時に飲むことに決める。また、副作用として食欲減退というのがまずあるらしくて、とにかく抗がん剤を服用中はしっかり食事を摂るようにということで胃のための漢方薬も処方され、これが食事30分前に服用。つまり1日のスケジュールが薬の服用時間ですっかり決められてしまう事態となった。その間に散歩して体操して昼寝をしたらほとんど何もできない。それが仕事だと思うしかないわけだが、その間一体誰が稼いでくれるのか。大問題である。
そんなわけでboidaid福袋セットを売り始めることにした。お楽しみも兼ねてのものなので、もし買い損ねていたものだったとしたらこの機会に是非。そして午後からは9月のYCAM爆音の宣伝・告知も兼ねてのYCAMラジオの公開収録をオンラインにて1時間ほど。昨日だったら無理だったが本日は体力が少し戻ってきた。台風がいってしまったからだろうか。体感血圧100、くらいな感じである。少しは宣伝になってくれるといいのだが。今年はYCAM20周年ということで爆音映画祭もいつもより1日長く、盛りだくさんの企画である。あとはわたしの体力次第。一昨日はあまりの調子悪さに、「行けないかもしれない」とYCAMの担当に連絡を入れてしまったのだが、果たしてどうなるか。
8月17日(木)
一体これが抗がん剤の副作用なのかどうかよくわからないがめちゃくちゃだるい。体が思うように動かない。しかも午後からはめまいもしてきた。とはいえメニエルのめまいと違って体を動かすとゆらゆら揺れるというやつで大人しくしていればなんでもない。寝たまま船酔い状態になって吐きまくるメニエルに比べたらなんてことはないのだが、この状態では散歩にも行けない。やれやれどうしたものかと思っているうちに眠ってしまい、目覚めるとめまいは消えていた。ということで抗がん剤二日目にして副作用はまあ耐えられる範囲でなんとかこれくらいで済んでほしいと願うばかり。しかしわたしの場合は家族の支えもありなんとか休み休み暮らしていけるのだが、もし独り身で蓄えもなくとにかく今すぐ仕事に復帰しないと生きていけないという人はどうやっているのだろうか。考えただけで恐ろしい。少なからずそのような状況の方たちはいる。
それやこれやでぐずぐずしている以外、ほぼ何もできなかった。
8月18日(金)
本日もだるくて眠くて、結局かなりな時間を眠っていた。寝て起きるたびに身体中の痛みが少しずつ楽になってきている気がするのだが、単に気のせいかもしれない。でもまあ、少しずつ回復ということにしておく。
boid aid福袋がそれなりの反響を呼んで、爆音Tシャツセットが売り切れた。ありがたいことである。と同時に、みなさんの期待に応えられるだけのことを今後やっていけるかどうかという不安もある。自分が面白いと思うことが世界の動きと大きくずれ始めているのを強く実感する時がある。それ以上に強い衝動とか欲望というものからも遠くなり、ただこうやってぼんやりと生きていくだけでも十分と思うようになってきたことが果たしていいのか悪いのか。今回の入院で自分の低血圧具合がはっきりと証明されたので、血の薄い低血圧者としての思わぬ野望を見せられたらとは思うのだが。CCRではないが低血圧者の血の静かな沸騰を形にすることができるかどうか(8月4日の日記参照)。
夕方、散歩のついでに高円寺駅前のトリアノンで久々に風元さんに会った。7月頭のボーリング大会以来だから1ヶ月半ぶりということになる。入院前までは少なくとも2週間に1度くらいは会って仕事の打ち合わせなどをしていたわけだから「久々」ということになるのだがそんな感じはまったくないのはネットを介してやりとりをしていたからか。特別な話をしたわけではない。緊急の課題としては中原の今後をどうするか。われわれ友人たちの大人としての社会的対応力が試されている。
8月19日(土)
抗がん剤の副作用がじわっと来始めている。とにかくだるいし、低血圧が加速しているような気がする。立ちくらみが激しい。食欲もない。とはいえどれも耐えられないというほどのものではないが気分は悪いし何もできない。諦めるしかない。それでも散歩にということで本日は高円寺駅そばの「座・高円寺」で行われている「座の市」に行く。各地の提携農家が座・高円寺前の広場やロビーで市を開いているのである。午前11時のオープンに合わせて行くわけだがもうその頃の気温と日差しは半端ではない。汗だくである。妻とあれこれ買い物をしていると「あれ、湯浅湾だ」ととある出店の販売人から声をかけられる。わたしは五木田くんデザインの湯浅湾「港」Tシャツを着ていたのである。その方は高円寺で山形料理と地酒の店をやっているとのことで、今回は山形からやってきた農家の出店を手伝っているのか、あるいはその飲み屋の出店で山形産のあれこれを販売しているのかなのだが、とにかく湯浅湾の大ファンということで、元気になったら高円寺の店に湯浅さんも連れて食べにいくことを約束。まあさすがに高円寺だと、湯浅湾のファンのひとりやふたりはいる。次回はエクスネTシャツを着て座の市に行ってみよう。
帰宅後も汗だく。気がつくと人工肛門のパウチが外れそうになっていて悲しい。多分貼り付け方が悪いのだろう、このところ1日くらいしか保たない。落ち着いて新しいものと取り替えたのだが、やはりすぐに剥がれそうになる。パウチを貼り付けた部分がかぶれていて、そのかぶれを治すための薬をつけすぎているのかもしれない。ほんの少しでいいと念押しされていたのだがこのことなのかと今更納得。あとはぐったり寝ていた。食事も無理やり。食欲がなくても無理やり食うことと主治医からも念押しされていたのであった。食事がうまく摂れなくなるのは精神的になかなかきつい。


8月20日(日)
夜中に目覚め、暑くて眠れずそのまま階下に降りてエアコンをつけソファで仮眠。リハビリは思うようにいかない。とにかくこのままで本当にズルズルになるので、デプレシャンの新作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』を観た。もっと早く観て日記にも感想をアップする予定が予想外のへばり具合でまったく映画を観られなかったのである。退院したての頃は妙にテンションが上がっていたのだろう。その奇妙なテンションがようやく落ち着いてきたということか。原題は「Frère et Sœur」、「ブラザー&シスター」である。当然『キングス&クイーン』を思い出す訳だが、内容もどこかで対になっているような、男女、親子のきつい関係の物語である。『キングス&クイーン』の中にこんなセリフがある。
「男は直線の上で生きる—女は泡の中で生きてる。小さな泡をいくつも移動するが、その中間地点で……ある地点ごとに泡がある。男は一本の直線を死ぬために生きていく」
これは主人公のひとりイスマエル(マチュー・アマルリック)が言うセリフなのだが、これに倣えば『キングス&クイーン』は一本の直線の物語をベースに描かれていて『私の大嫌いな弟へ』は小さないくつもの泡をベースに描かれているということになるだろうか。主人公たちが生きた歴史や空間のいくつもの泡と泡がぶつかり合い、おそらく彼らとは具体的にはまったく関わりを持たない人々の泡や政治の泡やシステムの泡が彼らを襲う。時間は予告なく今ここからあの日のあそこに戻り、その感情を抱えたまま再び今ここの時間が始まる。その中でおそらく泡同士の誤配や誤解やすれ違いがあって、再開し始めた時間はその前に進行していた今ここの時間と同じであるのかどうか、誰にもわからない。彼と彼女、彼と彼、彼女と彼女の関係は果たしてそのまま彼と彼女、彼と彼、彼女と彼女の関係なのかどうか。それぞれがそれぞれの時と場所でそれぞれと危うい関係を結ぶ。タイトルが示す姉と弟の関係はもはや今そこに映っているアリスとルイという名前を持つ女優と作家の関係を遥かに超えて、かつてどこかで愛し合い憎しみあった男女の関係ともなりいつかどこかで出会うはずの小さな希望のような関係ともなるわけだ。カサヴェテスの『オープニングナイト』のような女優とファンの女性との関係、その時女優が演じているのはジェイムズ・ジョイスの『死者たち』を翻案したジョン・ヒューストンの『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』をさらに翻案したという舞台作品という翻案の連鎖が、それぞれ単独で何かを語るのではなくその連鎖そのものが主人公たちの世界を作り上げていく。そしてそんな泡と泡のぶつかり合いと誤配とすれ違いの連鎖の物語の中にさりげなく流れるアル・スチュワートの「Timeless Skies」の、世界に浮かぶあらゆる泡を見晴らすような歌詞が心に沁みた。

9月15日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開
8月21日(月)
8時間おきに飲まねばならない抗がん剤の縛りによって生活が規則正しくなるかと思ったら23時に飲んでからすぐに眠ることがなかなかできず、寝るのが大体2時近くになりしかも寝苦しくて途中で目が覚めるものだから、結局7時に抗がん剤を飲んでから再びぐずぐずしてそれでもなんとか気を取り直して朝の体操をして朝食をとると眠くなり寝てしまう。そこから日光浴も兼ねての散歩になる訳だからもうその時点で汗だくぐったりとなり1日のエネルギーはそこで終了。午後からはまあ成り行き任せである。いくらリハビリ中とはいえやらねばならない仕事は色々出てきてさてどうするかという状況にはなってきているわけでまさか手術後1ヶ月半経ってもまだまだ役立たずの状態だとは思っていなかったし、抗がん剤の地味な副作用が案外堪えていてこれが半年間続くのも想定外だった。しょんぼりだが予定を遅らせるしか方法はない。
夕方から昨日の流れで『ルーベ、嘆きの光』(配信タイトル『ダブル・サスペクツ』)を観た。初めて観たのは1年くらい前だったか。日記にも感想は書いたはずだが一体何を書いたのかまったく覚えておらず。探そうにも、日記自体が月毎にファイルが別々だから一発では検索ができない。そろそろこの数年のものをまとめられたらとかぼんやりと思っている。ああしかし、クリスマスの夜の警察署の描写から始まるというのは『L.A.コンフィデンシャル』だなといきなりニヤニヤする。とはいえ語られる内容は大違いで、エルロイのそれが「アメリカ」という大きな闇の怪物的な物語なのに対し、こちらは名も知れぬ小さな人々の小さな嘘や反抗や涙が示す愛や憎しみや善や悪の数々である。あらゆるものが危うい境界線上にある曖昧な真実の影のようなものとして、画面に定着される。はっきりしているのは、やはり映画には馬が必要だろう、というようなことだ。馬を出せなければ機関車を出す、あるいはカトリーヌ・ドヌーヴがいる、というデプレシャンの映画のゴージャス感はこの映画でも『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』でも健在である。


8月22日(火)
不安定な天候のせいなのか、どうにも身動き取れず。薬を飲みほぼじっとしていた。かろうじて散歩にだけは行った。あとは廃人。
8月23日(水)
目覚めると足元が冷たい。何が起こったかと思ったら、白猫さまにやられていた。あまりの暑さにエアコンのない寝室から1階の仕事部屋にマットを移し寝ていたのだが、1階はわたしの仕事部屋であると同時に猫さまたちのトイレでもあるのだ。何もなければわたしの仕事デスク下に置かれたトイレのどれかにしてくれるのだが、今回は邪魔なマットがあって白猫さまがご立腹なされたのであろう。こればかりは怒りを鎮めていただくしかない。こちらもエアコンの部屋で寝ないと命に関わる状況である。
それやこれやで無理やり起きてしまったためか、その後はぐったり。午前中はほぼ倒れていた。午後からは社長仕事の税理士との面談でどうしても事務所に行かねばならず、退院後の初出勤なのだがもうフラフラでひどいものだった。社員大橋からも「本当にYCAMに行けるんですかね」と心配される。マジで心配になってきた。YCAMまであと20日。


8月24日(木)
昨日までの湿度全開の耐え難い天候からさわやかな風が吹くどこか秋めいた1日。そのためか気分はよかったのだが気が付いたら4回も昼寝していた。こういうのを昼寝というのかどうかわからないが、結果的に1日中寝ていたということになる。ということで昨日までと同じ何もできない1日であった。食欲は相変わらずまったくわかず、とにかく食えるものを無理やり食っている。これが半年間続くのかと思うとがっくり来るが、体が慣れてくれることを願うばかり。そして気が付くと太もものあたりが微妙に痛い。どうやら昨日事務所まで行ったために、どこかで無理な動きをしたのだろう。単にいつものように行って帰ってきただけなのだが、電車に乗ったり駅の階段を上り下りしたりというのが、散歩とは違う筋肉の力の使い方をしているということか。その意味では来週は何度か事務所に行った方がいいという結論。そうでないとマジでYCAMには行けない。昨日の感じだと、事務所に行くだけでまだまだ相当辛いのだが、まあ、リハビリとはそういうものである。


8月25日(金)
いよいよ副作用が激しくなってきた。めまいと吐き気。もう何も食べる気がしない。しかしとにかく食事はする。それだけでめいっぱい。こういう時、何を食べたらいいのだろうか。それなりに栄養価の高いバランスの取れた、しかも食べやすいもの。胃に負担のかからないもの。それを1日3食ではなく5回くらいに分けて少しずつ食べるしか、今のところ思いつかない。エネルギーゼリーとかも活用するのがいいかもしれない。来週火曜日の主治医との面談まで、何とか持ちこたえられるといいのだが。しかしこのめまいと吐き気が抗がん剤の副作用ではなく、メニエルが出てきただけかもという疑惑もある。左耳もだいぶ調子が悪い。自分の体を総合的にチェックしてくれる信頼のおけるかかりつけの医者が求められる。
8月26日(土)
日記をつけているのでかろうじて曜日の感覚はあるが、それ以外は曜日とはまったく関係のない暮らしが続く。抗がん剤の服用さえなければもう少し何かが戻ってきているのではないかと思うのだが、現状は日々を乗り切るのがめいっぱい。本日もめまいと吐き気で、とにかく無理やり食事をし、ひたすら耐える。先はまったく見えないが、体が慣れてくれるか耐えられなくなるか。散歩も体操もできなかった。
8月27日(日)
めまいと吐き気がひどいと体操も散歩もままならない。この土日は高円寺の阿波踊りがあっていつもの散歩コースには行けないなと思っていたのだが、その心配も無用に終わった。まったく祭りの気配のない週末になってしまった。ヘッドホンで映画を観てもめまいがひどくなるし、音楽を聴いても耳鳴りがひどくなる。その上、とにかく眠い。気が付くと寝ている。これでめまいと吐き気がなかったら贅沢な休日なのだが。
8月28日(月)
めまいと言ってもメニエルのときのような激しいめまいではなく体を動かしたときにくらくらっとなる程度であるいは立ち眩みの少し強いやつくらいなのでメニエルよりましとは思えるのだが、それに伴う吐き気が何とも気持ち悪い。食欲はゼロ以下でまったく何も食べる気がしない。でも食べられないわけではないので無理やり腹に詰め込んでいるという状態。友人たちから送られてきた見舞いのフルーツやフルーツゼリーのようなものは美味しく食べられるのだが、それ以外はひとくちかふたくち。あとはむかむかする胃をだましだましというところ。満腹感もない。入院しているときはとんかつが食べたいとかアジフライが食べたいとか思っていたのだが。この副作用に体が慣れてくれる日は来るのか来ないのか。それにしても眠い。ほとんどの時間を眠っている。夕方、病院へ。人工肛門の専門医との面談である。飛行機に乗るときの準備や注意、温泉に入るときの準備など、YCAM爆音に供えての旅行時の注意や準備についてのレクチャーを受ける。慣れてくればいろんなことが可能になる。退院時に比べたらだいぶ大胆にはなってきた気がする。しかし寝ていると1日が終わるのが早い。
8月29日(火)
障碍者手帳が発行された。入院中に申請していたのだが発行までに約1か月半。これが早いのか遅いのかよくわからないが、とにかくこれでいくつかの補助が受けられる。人工肛門関係の経費補助はこの手帳が発行されてからの申請なので、本日区役所で申請を行いさらに2、3週間後。都営交通の補助に関しては本日すぐにカードを受け取ることができた。障害の等級としては低いのでそこまですごい補助が受けられるわけではないが、それでも助かる。しかしめまいと吐き気はなかなかしぶとい。本日も朝から病院に行き血液検査を受け主治医の面談を受け、そこから区役所という段取りで、余力があったら阿佐ヶ谷で買い物をと思っていたものの、なんとか買い物のために阿佐ヶ谷駅まで行ったものの帰りはふらふら。元気だったら事務所までと言っていたにもかかわらずまったく無理で汗だくになって自宅に引き上げた。あとは寝るだけ。主治医からは、吐き気だけで済んでいるなら抗がん剤は続けるようにという指示。実際に吐いたら対応を考えましょうとのこと。まだまだ序の口である。しかし何もする気にならない。
とはいうもののあまりの倦怠感を何とかしようと『悪魔の追跡』を観た。ピーター・フォンダとウォーレン・オーツというおなじみのコンビの75年の作品。これを観たら「そりゃあアメリカは銃社会になるよね」ととりあえずは納得させられてしまうような怖い話。リアリティがまったく無いようで「いや、これは十分あり得る」と思えてしまうのは、こちらがアメリカ映画を観すぎているせいかもしれない。でもあそこでは何が起こっても不思議ではないと思わせてしまうような土地の力がアメリカにはある。あの何もない暗闇と共に暮らすということはそのまま、そういった恐怖と共に暮らすことでもある。しかも当然CGを使用していないので、車はリアルにボコボコになる、炎上する、橋から落ちる、ぶつかって転げる。パソコンのモニター越しでも否応なしに伝わってくる破壊のディテールが映画の肌触りとして強烈な感触を残す。この肌触りを感じるために映画を観ているのだという確信のようなものがむくむくと沸き起こる。スピルバーグの『激突!』から数年後。ただ車が走ってぶっ壊れるだけで映画はまだまだ成立していた。


『悪魔の追跡』 © 1975 Twentieth Century Fox Film Corporation.
Renewed 2003 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
9月1日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
Renewed 2003 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
9月1日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
8月30日(水)
めまいは続く。立ち眩みがひどい。ただまだ耐えられる範囲である。リハビリのために事務所に行こうと思っていたのだが、それは無理。ますますYCAM行きが不安になる。とりあえず飛行機で行くのはやめた方がいいという結論。気圧の変化にめまいが耐えられそうにない。新幹線で障碍者割引を使いその分グリーン車に乗れば4時間を何とか耐えられそうだ。行ってしまえば、その期間は抗がん剤の休止期間に当たるので副作用も治まり何とかなるだろう。という妄想で1日が終了。
8月31日(木)
8月は完全に副作用バテバテ日記になってしまった。本日はさらにひどい。ほぼ寝たきり。とはいえ月末なので、社長仕事の各所振り込みはやった。それをやっただけでも許してほしいと誰に向かってではなくひたすら訴える。これが半年間続く。YCAM爆音も怪しくなり、いったん確保してもらった飛行機のチケットをキャンセルしてもらった。この状況だと絶対に飛行機には乗れない。新幹線で行けるようなら行く。楽しみにしていたのだが、もうそれどころではなくなってきた。抗がん剤の1クール目の服用が12日で終わるので、それだけが救いというか希望。12日に新幹線に乗れば何とかなるかも。こんな8月の終わりを迎えるとは思ってもいなかった。