「なんかあそこで火が燃えているぞ」前野健太インタビュー

現在全国公開中の甫木元空監督『はだかのゆめ』に出演する前野健太さんのインタビューのうち、パンフレット未収録分を特別に公開。4月に発売された7枚目のアルバム『ワイチャイ』の制作背景やツアー、そしてアルバム収録曲『戦争が夏でよかった』のMV制作での甫木元監督とのやりとりなどもお伺いしました。

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聞き手・構成:松村正人



――いまはツアー中ですか。
 
「九州全7県ですね。その前は東北6県やって、もうドサ回り状態です」

――バンドではなくひとりですか?

「そうです。基本的に弾き語りで、たまにバンド、たまにピアノのひととデュオみたいな感じです」

――今年リリースされた『ワイチャイ』すごくいいですね。

「うわッ、うれしいな!」

――ことにピアノの佐山こうたさんに感心しました。
 
「彼とははじめてでしたが、ほんとうにすごいひとに出会ったなと思いました。彼はお父さんがジャズ・ピアニストの佐山雅弘さんなんですよ。パルコで『世界は一人』という音楽劇をやったときに出会いました。岩井秀人さんという劇作家の方が作・演出を担当した舞台で、主演は松たか子さんと瑛太さんと松尾スズキさん、僕は音楽を担当しました。その作品のオーディションで、ピアノの伴奏をしていた方なんです。岩井さんに女優さんのオーディションに誘われて、ずっとみていたんですが、ピアノの伴奏のひとがいいなと思ったんです(笑)。歌の支え方がすごくて、本番でもこのひとにやってもらいたいと思い、パルコのひとに「どなたですか?」と訊いたら、佐山こうたさんという方だと教えてもらい。その場でスケジュールをうかがい、本番でもお願いしました。
『世界は一人』は30~40公演ぐらい生演奏しましたが、そのときすでに手応えを感じて、このバンドメンバーでアルバムをつくりたいと思っていました」

――そのまま制作になだれこんだんですか。

「舞台は2019年で、そのままいけるなと思ったんですが、事務所をやめるタイミングや、コロナが重なっちゃってスムースにいかなかったですね」

――コロナ禍が本格化したのは2020年の2月でした。
 
「その年の3月末で事務所との契約満了が決まっていたので、あまり良いタイミングではなかったですね。さあ自分でやるかというときに動けなくなった。宅録の機材をそろえなおして、テレコなどで録っていたデモ段階の曲をあつめて、つくるぞという気持ちはあったけど、なかなかできなくて、2020年はちょっとたいへんでしたね」

――2020年はどのようにすごして、なにを制作されていたんですか。

「(苦衷をにじませつつ)右往左往。ぜんぜんエンジンかからなかったです。でもライヴをやりたいしやらなきゃなと思ってようやく配信ライヴをやったのが8月か9月で、年末にようやくリアルでライヴができた。状況をみながらそのときできるライヴを、という感じでした」

――不安はなかったですか。

「ちくしょう! という感じだったかもしれないです。僕は2011年に出した『ファックミー』がセルフプロデュースの最後で。それからずっと、ジム(・オルーク)さん、(石橋)英子さん、felicityというレーベルの平川博康さんにいろいろやってもらって、ようやくまた自分でもできるかなと思っていたタイミングだったので挫かれたんですよね。創作欲はめちゃくちゃあったのに挫かれてちくしょう! という感じでした」

――それが2021年になって変わってきた?
 
「2020年の暮れにライヴをやって、その後はだんだんコロナ禍とのつきあい方にも慣れのようなものが出てきて、2021年の夏のフジロックが大きかったですね。
レーベルからの置き土産というか。それで出られたと思うのですが。2021年の夏にフジロックに出たときにバンドメンバーを呼べたんですよ。それ以前も、ステージで演奏した曲は宅録ではずっと取り組んでいたんですけど、なにかちがう感じがあったんです。バンドのよさを知っちゃっていたというか、きっとバンドのほうが早いんだろうな、と思っていた矢先にフジロックが決まって、ひさしぶりにメンバーとスタジオに入ったときに、やっぱこれだと思ったのがその年の5月か6月。バンドでスタジオに入るのは優に1年ぶりでしたけど、めちゃくちゃ手応えがあったのでレコーディングスタジオ、どこかいいとこないですか、と佐山さんに紹介してもらって、メンバーも10月の後半が空いていたのでその場で日程を押さえました」

――フジロックのリハーサルで確信したんですね。
 
「まずは肩慣らしのつもりだったのが思った以上にすごかった。みんなもコロナ禍で演奏する機会がなかったからずっとやりたかったんだと思う」

――コロナ禍では連絡をとりあっていたんですか。
 
「していなかったですね、スケジュールを訊いたぐらい」

――それがいざあつまって同じ空間で音を出してみると想像以上だったと。
 
「ひとが4人ってすごいなということですよね(笑)。宅録も好きですけど、コロナ禍だからよけいにそのことを感じたのかもしれない、他人のすごさ、ミュージシャンのすごさみたいなものを」

――その点ではコロナの影響を如実に受けたアルバムということでもありますね。

「ものすごく影響はありますね」



旅する歌
あるいはゆくものとのこされたものたちのララバイ

――さきほどドサまわりとおっしゃいましたが、これまで地方を細かくまわることはありましたか。
 
「2013年にちょっとだけまわったことはありましたけど、東北6県を一気にまわったのはじめてでしたし、九州7県をまわったのもはじめてです」

――行ってみると土地土地になにかがありそうですよね。
 
「ありますね。それに僕は身体で歌をつくってきたので、歌を連れて移動して歌を歌うのが自然なんですよね。旅をするのと歌を歌うのってたぶんすごく似ていて、そっちのほうが歌にとって自然だし、生きていくことでも自然というか。九州なんかはあいだに4日ぐらいオフの日があったので、競輪にいったりもしたんですけど(笑)、そうすると旅がだんだん生活っぽくなる。だからもっともっと旅したいですし、旅のなかで歌をつくりたいですよね」

――新たな前野さんの歌が生まれてくるかもしれないですよね。

「呼吸はしやすかったですよね」

――ツアーは身ひとつで?
 
「そうです。それで現地の、呼んでくれた方の車で移動したり、電車をつかってみたり。あとは細かいところに行くと、そこで待ってくれている方がいるというのにびっくりします。宮崎ですごく熱い、カラコンしたあんちゃんに「めっちゃ好きなんですよ!」とか、「ほんとですか!?」といいたくなることもありましたよ(笑)。「前野さんがやっていた昔のバンド〈さむつらす〉のCDRもってますよ!」といわれて「ええーって!!」って(笑)。東北は東北で「ラジオをずっと聴いていて復活してほしいです」という意見がすごく多くてびっくりしました。たぶんradikoのプレミアムに加入して聴かれていたんでしょうね。

――たしかにそうですね(radikoで異なる地域の放送を聴取するはプレミアムに加入する必要がある)。

「ラジオ辞めなきゃよかった、とすごく思ったり(笑)。そういうのは直にいかないとなかなかわからないですし、物販も手売りですからお客さんと直接ふれあえて、すごくよかったです。全国が血管みたいにつながっていて、行くと熱くなるというかちゃんと血が通ってくれていると思いました」

――『ワイチャイ』を出したことで前野さんも次の段階に入ったと思いますが、収録曲の「戦争が夏でよかった」のMVを甫木元さんが手がけられています。甫木元監督は『はだかのゆめ』の作中でこの曲を使いたいと、YouTubeで聞き取った歌詞を打ち合わせのさいに持参されたとおっしゃっていました。最終的に本編での使用は見送られましたが、「戦争が夏でよかった」のMVは『はだかのゆめ』とつながっているというか、一方をみたあとに他方をみるとそれまでとまたちがった見方ができるようになっていると思いました。「戦争が夏でよかった」のMVはどのような経緯でできあがったんですか。
 
「甫木元さんの発言をずっと憶えていて、アルバムがもしこの曲がメインになってきたらMVを撮ってほしいなという気持ちがそのときに直観があったんですね。アルバムができて、すぐに音を聴いてもらって、打ち合わせというか、ふたりでサシで飲んでそのときにお願いしたかもしれないです。
あの曲は沖縄にライブで行ったときに、たまたま対馬丸記念館に入ったのが元になっています。そこで、戦時中に対馬丸という疎開船が沖縄から九州に行く途中に撃沈されて大勢の子どもたちが死んだのを知りました。けっこうずしんときて、那覇空港から帰るときに、空港から海がみえるんですが、子どもたちの魂はこの海にまだ漂っているんじゃないかと感じて、ガッと歌ができた。「声はまだ海の底」というフレーズは対馬丸のことですし、「声はまだ空の中」は特攻で死んでいった若いひとたちをたぶん指している、そういうことを甫木元さんと話していたら、甫木元さんも、ビキニ環礁の水爆実験で死の灰をかぶった漁船が高知からも出ていたらしく、それを取材して話を訊いたり、写真を撮ったりして、美術館での展示とあわせて『その次の季節』という本にまとめていたんですね。ビキニ環礁の水爆実験で被曝したのは第五福竜丸だけではないんですね。甫木元さんからじつは僕もそういう活動をしているという話を聞いて、関係がググッと深まりました。その後なんどかやりとりをして、対馬丸記念館や原爆ドームの前に僕がいるドキュメントっぽいMVはどうですか、というアイデアをいただいたりしたんですが、そのなかでも強度のあるものを、という流れのなかで甫木元さんの小さいころの映像をつかうということになったのだと思います。こういうふうにしますという話の前に、映像が送られてきて、ウワッと思いました。こんなに大切な映像をつかっていいのかな、と思ったんです。あの曲を、愛情ゆたかなもの、という言い方をおかしいかもしれないけど、そうとしかいいようのないものにしてくれたのはあのMVのおかげです。歌うことも叶わずに、恋する気持ちももたずに、子どもたちが亡くなっていってしまう。そういう曲の背景を僕がブワッとしゃべったからか、子どもということにフォーカスしてつくってくれました。」

――そういう背景だったんですね。

「あの曲にかんしては非難とまではいかないけど、ラジオでかけられないという意見もありました」

――政治的だということですか。
 
「ちょうどロシアのウクライナへの侵攻とリリースがかぶってしまったんです。戦争ということばへのアレルギーが一気に高まってしまったときにリリースしたので、この状況で「戦争が夏でよかった」ってありえないだろ――みたいな。僕としてはぜんぜん前につくった曲だったのに。なんなんだよ、と思いましたよ。「戦争」ということばが忘れかけられていると感じたから、僕はつくったのにいちばんのヒットワードになってしまって、すごくおちこみましたね」

――制作進行を考えるとウクライナ戦争とはまったく関係ないですし、聴いたら戦争を賛美しているわけではないことはわかりますけどね。

「ことばだけで反応する方はいるんですよ。これはムリだとか。」

――でもそれは放送禁止歌の時代となんら変わっていないということですよね。
 
「変わっていないですよ。自主規制ですよね。聴けばわかる曲ですからね」

――「聴く」といえば、『ワイチャイ』はサブスクに対応していませんが、なにか理由があるんですか。
 
「そのうちやろうかなと思っているんですけど、やらなくてもいいかなとも思っています」

――私もそう思います。

「広く聴いてもらうよりはなんかあそこで火が燃えているぞ、くらいの感じがいいのかなと」

――『ワイチャイ』は完成したひとつのパッケージとして聴いたほうがふさわしいと思います。
 
「ありがとうございます」

――撮影の翌日が録音だったんですよね。
 
「『はだかのゆめ』の撮影が4~5日があって、翌日から2日間で録音しました。ヴォーカルも全部いっせーので録りました。バンドで一緒に録るときは歌ったほうがうまくいくんですよ。緊張感がぜんぜんちがうというか、別録りにすると巧く歌おうとしちゃうみたいで。1曲を除いて全曲一緒に録ったんじゃないか。「マシッソヨ・サムゲタン」なんて重ねたのアコギぐらいじゃないですかね。ソロも一発でした。「戦争~」のみギターでおとぎ話の牛尾健太くんに入ってもらったんですが、ほかは4人です。それも一緒に歌っています」

――「MAXとき」は?
 
「あれだけ別です。あれだけ別に歌っているのでおちついているんですよ(笑)」

――いいじゃないですか、おちついた曲なんだし。
 
「でも演奏は一発ですよ」

――イントロのシンセベースも?

「そうです」

――さしかえが利かない感じがお好きなんですね。
 
「肉づきがいい感じがするんですよね。前作『サクラ』をこの前聴き返したんですけど、石橋英子さんプロデュースの曲は全部一発なんですね。それらの曲はやっぱり肉づきがいいんですよ。くるぞ、というときにガッとくる。それはジム(・オルーク)さんにも教えてもらったことですね。以前他のアルバムで声が裏返ったときに「もう一回お願いします」といったときに、「えっ! すごくドラマティックだったのに!」といわれて「じゃあそのままで」といってだまされるという(笑)。自分は何回もやっているのに」

――たしかにジムさんは何回も録り直すものね。先日ひさしぶりに「美術手帖」という雑誌の取材でオンラインでお話ししたんですが、共感できるひとという話で前野さんのお名前をあげていましたよ。

「それはうれしい。僕にとってジムさんにプロデュースしてもらった2~3年はすごい時季でしたからね」

――どういう点で?
 
「なにより音楽面できたえられました。技術面とか聴いている音楽の量ではジムさんにはぜんぜんかなわない。となると歌でぶつかっていくしかないと自覚させられました」

――その時期の成果が『ワイチャイ』に実を結んでいるかもしれないですね。
 
「『ワイチャイ』ではちゃんとふざけようというか、いろんな歌があんまりマジメにならないようにしようと思っていました。不思議なことに甫木元さんは青山さんのお弟子さんで、青山さんは『ユリイカ』を撮っておられて、僕はジムさんにプロデュースしてもらっている」

――縁がありますね。

「甫木元さんはたぶん、その関係でジムさんを聴いて、ジムさんがプロデュースしているということで僕を聴きはじめたんだと思う。甫木元さんはつながりを大切にされる方なので、(『はだかのゆめ』で演じた)おんちゃんはマエケンだと思ってくれたのかもしれないですね」

――「戦争~」のMVをみると、甫木元さんのお父さんと前野さんとルックスが似ているとも思いましたけどね。

「同じ埼玉の出身ですしね。僕は入間で甫木元さんは越生で、地理的なつながりもあるんですよ」

――地元の話はされましたか。
 
「埼玉話はまだちゃんとはしていないですね」

――完成した『はだかのゆめ』を最初にご覧になったとき、どう思われましたか。

「甫木元さんのお母さんへの愛情の美しさが際立っていると最初は思いました。それが全体を通して漂っていて、最後に甫木元さんの歌が流れる。息子から母への歌が最後に映画で流れることはあまりないと思うんです。愛情深いというか、それをすごく感じました」

――前野さんは親御さんに歌を捧げたことはありますか。

「「天気予報」という歌に「年金もらえず 死んでいった父」という一節があるんですが、それを聴いた松江哲明さんが映画を撮りたいといって、できたのが2009年の『ライブテープ』です。ちょうど松江さんもお父さんを亡くされた直後でよく聴いてくれていたみたいで、オヤジに先立たれた息子たちのララバイというか、そういう精神的なつながりがあったのかもしれないです。こんな話をしたわけではありませんが、甫木元さんもお父さんを亡くされていて、なんかそういうひととつながるというか、ちょっとあるのかもしれないですね」

――歌にすると前野さんはご自分のなかで考えが深まることがあるのでしょうか。それとも歌というのはもっと事故のようにできるものでしょうか。
 
「ボブ・ディランは社会のなかでつまはじきにされたときに歌ができるといっているんですね。すごくわかるなと思うんです。歌ができるのは、街のなかでポツンとなったときにジワーッと樹液みたいに出てくるんですよ。あとは圧倒的な歌や風景や出来事に出会ったときですね。『ワイチャイ』の「恐縮でございます」という曲は、松山市のニュー道後ミュージックというストリップ劇場に入っていったときに「たいへんスケベそうな顔をしてらっしゃいます、恐縮でございます」という店のおじさんの影ナレが聞こえてきて「なんじゃこのフレーズは!?」と思ってつくったから事故みたいなものかもしれない。2013年の『ハッピーランチ』に入っている「悩み、不安、最高!!」も、飲み屋で隣のおっちゃんに絡まれて「おまえ、人生はな、悩み、不安、最高だよ」といわれたのがきっかけですし『サクラ』の「人生って」はジャズ喫茶のママとの会話が元です」

――そう考えると事故的な出会いも多いですね。

「けっこうありましたね(笑)。昔はポツンとしたときに書いていたけど、いまは歌をもっているひとや風景に出会ってできるようになってきたのかもしれない。僕は空っぽなので、なにか強烈なものに出会わないと歌はできないかもしれないです」

――とはいえそれらの場面はふだんなら素通りしてしまう風景なのかもしれない。それらを歌のフィルターで漉しとるのが前野さんなんでしょうね。
 
「貧乏性なんですよ。それは歌なんじゃないかって(笑)」


(2022年10月24日 ポニーキャニオンにて)


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『ワイチャイ』
2022年4月6日(水)リリース
価格:2,530円(税込)
ROCD-0005
 
1. ポルトガル
2. わたしの羽
3. MAXとき
4. 恐縮でございます
5. マシッソヨ・サムゲタン
6. 秋の競馬場
7. サマースーツ
8. 近い将来について話している
9. 戦争が夏でよかった
10. 白い病院
11. みかん
12. いい予感
13. ワイチャイ
 
詳細
https://maenokenta.com/discography/


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©PONY CANYON

『はだかのゆめ』
2022年/日本/カラー/DCP/アメリカンビスタ/5.1ch/59分
監督・脚本・編集:甫木元空
出演:青木柚 唯野未歩子 前野健太 甫木元尊英
プロデューサー:仙頭武則 飯塚香織
撮影:米倉伸 照明:平谷里紗 現場録音:川上拓也 音響:菊池信之 助監督:滝野弘仁
音楽:Bialystocks  製作:ポニーキャニオン
配給:boid/VOICE OF GHOST
全国公開中

公式サイト
hadakanoyume.com


前野健太

シンガーソングライター、俳優。1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行ない、『FUJI ROCK FESTIVAL』『SUMMER SONIC』など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』ほか、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にも多くのファンを持つほか、アーティストへの楽曲・歌詞提供も行なう。