Television Freak 第74回

家では常にテレビつけっぱなしの生活を送る編集者・風元正さんが、ドラマを中心としたさまざまな番組について縦横無尽に論じるTV時評「Television Freak」。今回はアントニオ猪木の死と『トップガン マーヴェリック』(ジョセフ・コシンスキー監督)のトム・クルーズ、さらに凱旋門賞、『はだかのゆめ』(甫木元空監督)などについて綴られています。
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21世紀に出現した「能」のごときもの


 
文・写真=風元 正

 
10月2日は、まずスプリンターズSの予想で迷走しつつ選択した本命テイエムスパーダのスタートがお隣のジャンダルムよりまるで遅く、ハナに立つのに無駄脚を使った時点でハズれ確定でぐったりした。そして大手町三井ホールでBialystocksを堪能。夜中の日本馬4頭が出走した凱旋門賞は、あまりの雨による同胞たちの無残な走りに予想通りとはいえ傷ついた。しかし、タイトルホルダーを馬なりで抜いて先頭に立った1着のアルピニスタは、ゴール寸前まで馬を追う必要がないほど楽に走っているのに驚く。馬場適性がちがう。肘うちスミヨン(大馬主アガ・カーン殿下との騎乗契約打ち切りに)が強靭なメンタルを示してヴァデニを2着に持ってきて、去年の勝馬トルカータータッソは18番ゲートの不利をものともせず凄い脚を使い3着。デットーリ様の馬上でびくともしない力強い追い方にほれぼれした。
録画を観直して、パドックからコースに出る際の返し馬で、各馬のフォームがまるで違うのに気づいた。上位馬はロンシャンの極重馬場を楽し気に跳ねているし、日本馬はみな足元がフラフラして覚束ない。発売締め切りに間に合わないので、この判別法を馬券に反映できないのが残念だが、適性が走りのフォームにはっきり出ると判ったのは有意義だった。アルピニスタがJCに来るという話も出ていて、ぜひ日本の馬場での走りを見てみたい。
 
 
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凱旋門賞を観戦した安藤勝己が「異種目たるや、今年は超RIZIN級くらい感じた」というコメントを出していた。「異種格闘技」といえばアントニオ猪木で、訃報を聞いて妻と私が観客席で画面に映っている対藤波戦のヴィデオを見直そうとしたが、デッキが壊れていて果たせなかった。緊張が途切れないすばらしい試合だったし、全盛期は天才的な輝きを放っていた。しかし、プロレスは「真剣勝負」という幻想を振りまいたのは、功罪相半ばする。ブルーザー・ブロディとの戦いの後半期の猪木は全身の筋肉が落ち、パワーに対応できずにビビッていたのが明白で、痛々しさを感じるようになり、私は「信者」を降りた。どこまで攻めていいものか、困惑するブロディの戦いぶりは忘れられない。ハルク・ホーガンのアックスボンバーをもろに喰って、完全に気絶して舌を出し大の字になった猪木の姿は生涯で観たくなかったもののいくつかに入る。やっちまったか、と途方に暮れたホーガンの顔が忘れられない。
猪木の魔力を支える特攻隊的な虚無は、やはり日本人的だと思う。ならば、大真面目な筋肉王ホーガンがアメリカを象徴するのか。私は「金髪の貴公子」リック・フレアーの名を挙げたい。典型的なアングロサクソン顔の二枚目で、戦いぶりは芝居気たっぷりでのらりくらりしていて、審判が見ていない隙に反則三昧。でも、クレバーな戦い方で、ときたま真面目に四の字固めを決める時の華麗さは比類がない。演劇的なプロレスの精華のようなレスラーである。なぜこんなことを考えてしまうのか、といえば今更ながら『トップガン マーヴェリック』に感動して、「アメリカ」とは何か、しばし考え込んでしまったからだ。
トム・クルーズは、これまで世界が認識したことのない60歳である。あれを若さと呼ぶのか、それすらわからない。海岸で生徒たちと「ビーチフット」するシーンで、トムがボールを追いかけて走る後ろ姿が映るのだが、全身の筋肉のナチュラルさと足の速さに舌を巻いた。砂浜で走るのは凱旋門賞のようなものだし、背中には年齢的な衰えが出るものだが、トムの動きと身体は一緒にいる若者たちと同じレベルで鍛えこまれて、しかも柔らかかった。
ネット上で「アメリカ万歳のご都合主義映画」という酷評コメントを読んで爆笑したが、テレビドラマの小さな矛盾を突っ込む人々と同じく、もともと大ウソなのだから素直に騙されるだけの力があればそれでいい。映画の中でトムは、「自意識」とか「内面」のような近代の産物を欠片も見せない。そちらの方面はサイエントロジーに任せているのか。にもかかわらず、きちんと還暦の人間としての実質も備えている。樋口さんの示唆で、イーストウッドが60歳頃、何を撮っていたのか振り返ると『マディソン郡の橋』とかで、これは「老い」という俗情という結託しており、むしろ90歳になって馬に乗っている今はトムと近接した場所にいる。
『トップガン マーヴェリック』はいったい何を表現しているのか? もしかすると、アメリカという神話の上に築かれた「能」のようなものかもしれない。ミニマムに凝縮された生死の物語を様式に則って舞う。噺の道筋は踏み固められて、人々の感情が揺り動かされることが決まっている予定調和の方がいい。いや、日本においても、たとえば『初恋の悪魔』で坂元裕二は、能面を被ったような人々の劇を作る試みから始めた。しかし、次第にトラウマの種が明かされ、みんなが人間らしい感情を備えているという共感の回路に準拠したラストに至って興ざめする。伊藤英明が演じる警察署長・雪松鳴人が涙など一滴も流さぬ怪物として設定されていたら数等倍刺激的だったのに、とても惜しい。
『鎌倉殿の13人』の実朝(柿澤勇人)はいい。小林秀雄や太宰治の実朝をつい読んでしまう。しかし、本筋の愁嘆場の連続は頂けない。たたただ非情に人が世界から去ってゆく、という風に行かないものなのか。小栗旬の北条義時は、よく世間で目にする「有能なビジネスマン」に見えてしまう。日本のドラマで『トップガン マーヴェリック』と近い世界を試みようとすると、メンタルのひ弱さが際立つ。アントニオ猪木が、自ら大言壮語で追い込んでリング上では狂気を魅せたものの、結局、レスラーとしての身体的な限界には勝てなかったことと裏腹と感じてしまうのは、私の勝手な感傷か。
唯一うまくやっていたのは『ユニコーンに乗って』の小鳥さん・西島秀俊である。このドラマの御都合主義ぶりもすごかったのだが、キラキラした佐奈CEO(永野芽郁)や天才プログラマーの海斗くん(坂東龍汰)のふるまいに魅かれてつい見てしまう。視聴率も合格点だった。小鳥さんは地銀の支店長から馴れないIT業界に転じても、「人間力」で切り抜けてゆく立派な大人を演じて、その笑顔にまったく迷いがなかった。佐奈の恋人役の杉野遥亮は、黒木華と共演した『僕の姉ちゃん』の方が実力を発揮できていたが、果たして私小説的な世界にほっこりしていていいものか。
 

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トムの問題で頭が一杯だった時期、甫木元空監督の『はだかのゆめ』の試写に行った。甫木元氏については、基本、青山真治の日記『宝ヶ池の沈まぬ亀 2016‐2020』の192頁から203頁の、近年最も文学的な香気を感じる文章の登場人物という認識に尽きていた。何の予備知識も持たずに観て、たちまちダイヤの原石のような喚起力のあるイメージに充ちた画面に惹きこまれた。基本、能と同じくミニマムな人と演技で深い世界を描こうとする手法であるが、セリフは少ないけれど、俳優たちの豊かな感情がこぼれ出た貌が次々と現れて、心がゆり動かされる。
死を前にした母・唯野未歩子の過ごしている時はもう、わたしたちが従っている因果律をはなれていて、遠くもあり近くもあり、今であり永遠でもある何かを見ている。どんどん存在が透き通ってゆく母にどうしても近づけず、その周囲をさまよう息子・青木柚が自分の姿が映った看板を摑み取る瞬間にどきどきする。存在感が圧倒的なのは90歳の甫木元尊英である、鉄の湯おけに赤い水がひたひた充ちているかと思えば、旨そうな肥った鰹をさばき、藁で焼いてタタキにしている。もう何十年も繰り返してきただろう、ごつごつした動きの美しさがたまらない。青山真治がいきなり四万十川のほとりの家に居候してもまるで動じない、という懐の広い生き方を映像により納得した。

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『はだかのゆめ』 11月25日(金)より渋谷シネクイントほか全国順次公開


何度か画面を横切る電車はどこへ向かっていたのか。Bialystocksを聴いて、その姿が見えてきた。甫木元空は、いったい何オクターブの声が出るのだろうか。深い森の樹々をゆすぶるような歌声にソリッドな演奏が乗り、とにかくカッコいい。「スター」だ。ときたま、ただ「運命」によって何事かを成す者がいるものだが、甫木元空は選ばれたひとりである。こういう若者が出てくるのならば、この世界も悪くない。
近年、あらゆる局面で「中世」化していると感じることが多く、どうやら先祖帰りしていると考えておいた方が安全のようだ。その中で、だからこそ私の年代の人間としては、あんなハンサムな肉体になるのはまるで無理としても、トム・クルーズの揺るぎなさに学べる面は多い。しばらく研究してみます。それにしても、1年前は青山真治も東京国際映画祭の審査員をやっていたし、ゴダールも、アントニオ猪木も、エリザベス女王も、安倍晋三も、石原慎太郎も、三遊亭円楽も、 小田嶋隆も、みんな生きていたのか。

 亜米利加の星を数えし夜長かな


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。