Horse racing watcher 第5回

40年にわたって競馬を嗜んできた風元正さんがその面白さや記憶に残るレースについて綴る連載「Horse racing watcher」第5回。今回は約2年半ぶりに競馬場に足を運んだオークス(優駿牝馬)を含む直近のGⅠレースのこと、名伯楽として知られる調教師・藤沢和雄さんの引退などについて記されています。

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競馬場に行こう!

 
 
文・写真=風元 正
 
 
オークスの日、久々に競馬場に行った。調べてみたら、2019年12月22日のリスグラシューが勝った有馬記念が最後で、馬券はかすりもせず、いつもの中山の神社の境内でヤケ酒を呑んだはず。それから3年。ずっと馬券は買っていたが、生涯でこれほど長い間、競馬場に行けなくなる時が来るとは想像もしなかった。もっとも、今回は友人にチケットを予約してもらう、という情けなさだったが、次からは大丈夫。
カンカン晴れで暑い日、パドック、返し馬、レースというプロセスをぐるぐるする。緑の東京競馬場がとんでもなく広いことを忘れていて、開放感がハンパない。やみくもに歩きまわり、競馬にハマッた若い頃の気分を思い出した。振舞い方を忘れていて、馬券は途中でグズグズになり、オークスはスタニングローズの複勝的中(1着だったら!)だけで不完全燃焼だったが、まあ、こんなものでしょう。パドックでいい馬を選んで、シンプルに組み合わせる、という原点回帰の手法を採れば、さほどひどい目に遭わないことが分かった。
しかし、少し酒呑むと根気がなくなって、もういけない。スマッピーとかウマカとか、まだ使用者の少ない電子馬券の窓口ばかりが増えているのは気に食わなかった。食堂類も貧しくなっており、気分のいい地帯を探すのに最終レースまでかかったが、それは仕方なし。これはオークスの日のたまたまの現象とは思うが、朝が一番混んでいて、人はさほど増えなかった。チケットが朝に予約が集中し、午後分はまるで売れていなかったので、息切れした人が多かったのかもしれない。
オークスの5番サウンドビバーチェがラブパイローに蹴られて放馬し、発走が無茶苦茶遅れた事件も、有観客で馬がイレ込んだせいであろう。ゴール前に待機していた私たちはほぼ訳がわからず、ただ暑かっただけだったが、好調教を伝えられていた5番から3連馬券をしこたま買っていた友人は、取り消しになってほっとしていた。しかし、牝馬のオークスはイレ込む馬が多く、私が軸にしたサークルオブライフもレース前に終わってしまったのは痛かった。
最大の驚きは、かつてはいつも一緒だった煮しめたようなオジさんが消えたことで、客層が大幅に若返っていた。やたらに詳しい男子同士の連れが多かったとともに、やや着飾った男女のカップルも多く、友達に聞いたら「ウマ娘」経由で競馬場という層がいるという。いやはや、もうついてゆけません。私も偉そうなことを言えないトシだが、単純にネット経由で入場券を買えない、という人が多いわけで、オジさんたちはアーキテクチャにより遊び場から排除されつつある。居酒屋も閑散としているし、パンデミック後の世界は高齢者に厳しい。 
ここでぼんやりしていたら、こちらも取り残されそうだ。


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オークスは大外18番枠と川田の乗り替わりが微妙に響き、桜花賞馬なのに3番人気だったスターズオンアースが強い競馬をしたが、後に骨折が判明した。前からの癖なのだが、完璧に仕上がった馬というのはやや貧相に見える。スターズオンアースがまさにそれ。こちらは、つい皮一枚太い馬を選んでしまうのだが、GⅠでその眼は通用しない。もっとも、メンバーが弱い条件戦だとやや太いぐらいで十分というケースも多いので、なおさら始末が悪い。それから、種牡馬サンデーサイレンス、ディープインパクト親子の全盛期は、遺伝力が強いゆえに馬体が似通っている馬が多く、優劣を見分けるのが楽だった。しかし、今は血統が端境期で、どんな馬体がいいのか、見分けるのが容易ではない。
ダービーはご存じの通り武豊騎乗のドウデュースが、年齢的な衰えと騎乗馬の質の低下という危機を乗り越えて見事な勝利を飾った。馬主キーファーズの松島正昭は、武豊とともに凱旋門賞を勝ちたい、と公言して、セレクトセールで高馬を買い続けている名物馬主。かつてセリの高馬は出走すらしないことが多く、地べたで馬券を買うしかない私たちは、「いくら金使っても馬は走んねえよな」とか、貧乏人同士のざれ言を交わしていた。でも、そんな思い込みはもはや通用しない。もちろん、走る馬が出る確率が変わったわけでなく、お金を出せばいい指南人(調教師)がつくという内情だろうが、道楽より投資という側面が強まったのは間違いない。
ダービーは、とにかく武豊らしい騎乗だった。ちょっとでもいいポジションを、という焦りで他の騎手みな前がかりになる中、ロスのないコース取りで大外を回し、1度も減速せずに馬場のいいところを通って抜け出す。武豊の場合、馬券になるのは逃げか、狙い澄ました差しか、内枠引いてラチ沿いを抜けるかだけ。馬群の中の厳しい場所から腕力で抜け出す、というパターンがほぼないので、武豊の買いどころはとても難しい。
ルメール騎乗のイクイノックスは、能力にまだ筋力がついてゆかない感じで、ちょっとずつ後手に回っていた。ただ、この馬は能力が未知数だった新種牡馬のキタサンブラック産駒のクラブ馬である。お試しは十二分に成功で、屈腱炎になったようだが、今後はキタサンブラックの仔も投資対象になっていく。この辺の、理にかなったお金の回り方に乗り、ロマンを捨てなければ今の競馬はやってゆけない。
安田記念は粗品の呪いがやっと解けたレースというべきか。おおむね実力通りに決まった印象で、58キロを背負うGⅠがはじめての連勝中の差し馬イルーシヴパンサーとソウルラッシュにとって厳しいレースだと思い切れば1着2着にはすぐたどり着くが、3着のサリオスを拾う流れにはなりにくかった。春のGⅠでは1番人気がずっと飛び続けた。しかし、1番人気といってもミーハー的な評価ではなく、馬券好きの屈折も入っているし、枠順の有利不利や、調教の良し悪しの判断、社台系の牧場の序列を含めた「投資」的な正しさはオッズに十分反映されている。マスコミの報道を含めて、相対的に正しいように見える人気順から離れて予想するのは容易なことではない。
オークスのスターズオンアースは社台F生産、美浦・高柳瑞樹厩舎のドゥラメンテ産駒、ダービーはノーザンF生産、栗東・友道康夫厩舎のハーツクライ産駒、安田記念はノーザンF生産、美浦・林徹厩舎のキズナ産駒。実力通りに決まる東京のGⅠの結果はやはり、厩舎も牧場も種牡馬も、現在の競馬界のトレンドと直結している。そして外厩での調整がメインとなり、トレセンにいる時間が短いのが当然の前提になるので、報道で知ることができる調教の本数は少なく、状態の把握が難しい。
ノーザンFの有力馬が回ってこないデムーロ騎乗のサークルオブライフは千代田牧場の生産。名伯楽・国枝栄調教師がずっと手元に置いて調整していたものの、結局、この春はピークの体調に至らぬままだった。その過程を見るにつけ、トレセンより設備の整った外厩の活用はもはや必須である。牧場側での調整の比重が増し、調教師の仕事がいい馬を仕入れることだけになると、「エサやり調教師」という陰口が出てきても仕方ない。
 

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旧世代と新世代の橋渡しをした名伯楽・藤沢和雄調教師が引退した。外見が若々しく、ずっと活躍馬を出し続けているので、定年が迫っているという印象ではなかったのだが、いつか終わりは来る。インタビューでの「馬に言っておきます」という合言葉が聞けなくなったのは哀しい。「馬優先主義」というポリシーは、馬の新陳代謝を早くして短期で稼ごうとする社台系の本音と対立するわけで、その辺が頼もしかった。
藤沢さんの管理馬の面白いところは、活躍馬の体型がみな似てくるところだ。理想型は恐らく天皇賞、有馬記念と連勝した、筋骨隆々で隣の馬の2倍の大きさに見えたデカ馬シンボリクリスエスだろうが、海外GⅠを勝ったタイキシャトルが最初の原型だろう。3歳で天皇賞を勝ったバブルガムフェローは遺伝力の強い父サンデーサイレンスと似た馬体だったが、近年の名マイラー・グランアレグリアは小さめの馬が強いディープの仔なのに藤沢体型である。やはりこれは調教のスタイルと、使っているカイバ(飼料)の効能だろう。藤沢さんのポリシーは、「馬を大きくして牧場に返すこと」である。アスリートはプロティンやサプリメントで筋肉を作り上げるわけだが、最近のサラブレットは人間よりも科学的に調整されているらしい。
藤沢さんはもともとシンボリ牧場と関係が深く、今の競馬の一強である社台系牧場との関係が常に良好だったわけではなかった。調教やカイバまで管理しようとする社台系の意向に従わないことが可能なのは、実績と頑固さの両方備わった藤沢さんだけだった。藤沢さんはJRAに逆らいながら馬産先進国の最先端技術を取り入れてやみくもに走らせるだけだった日本流調教を変えて、どうすれば馬が強くなるのかのお手本を示した。藤沢さんのやり方をシステマティックに取り入れて大規模に展開しているのが社台系の牧場というわけである。
藤沢さんが「ジョッキー」と呼ぶのは岡部さん。狷介で武豊のような「役者」ではなかったが、しばしば魔術のような馬群の抜け方をする職人であり、こちらも馬の言葉を巧みに使う人だった。年初、ルメールが日本競馬へのヤル気をなくしていたのも、藤沢さんが引退したからではないか。ルメールも、広大な森の中の深い芝を走り回る調教で馬を鍛える自然な調教が当然の、ヨーロッパ競馬の出身者だ。人工的な日本競馬への違和は常に抱えているだろう。
最近では、池江泰寿や友道康夫のように、坂路とウッドの長目の追い切りを併用する強い調教を何本も課す調教師は少数派である。外厩での調整を終えた馬に、余分な負荷をかけたら牧場に叱られる。若手の調教師の経歴をみると「ノーザンFで経験を積み」という人ばかりだから、牧場の支配は強まるばかりである。中央では名手になりそこねた地方出身の小牧太騎手の息子、加矢太は体が大きくなりすぎて1度は騎手を諦め、馬術チャンピオンから減量が楽な障害騎手としてデビューしたという変わり種である。しかし、ノーザンFしがらきで乗り手を務めた経験があった。もしかすると、騎手より調教師として成功したいという野望があるのかもしれないから、今後も眼を離せない。
もっとも、社台系の良血馬を扱えるのは調教師の中のごく少数の勝ち組である。調教師のランキングの下位には昔ながらの血統や調教にとどまるグループが固まっていて、悲しいほど勝てない。人数でいえば全体の5割を超え、それらの厩舎の馬に乗る騎手も、勝つどころか、5着に入るのも簡単ではない。オグリキャップのような、突然変異的に走る馬が出るケースは絶無になり、かつてあった一発逆転の夢はもう抱けない。これを「優勝劣敗」と呼ぶのか、なんとなく釈然としない。
家でパソコンに向かって馬券を買っていると、諸方面の投資家たちの動向ばかりが気になって、純粋に賭博を愉しむ気分にはならない時代である。でも、競馬場のあちこちを夢中で歩き回り、馬と近い距離で過ごしていると、すべてを忘れてしまう。緑の芝の上を、たくさんのサラブレッドが全力疾走している光景は何ものにも代えがたい。海が見える函館競馬場とか、いいなあ。あのイカソーメン。馬と距離が近い地方競馬も恋しい。
 

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去年、今さらながらケリー・ライカートの映画を初めて3本見て、何とたくさんのものが映っているんだろう、と感嘆した。色、形、表情、場所、速度、生き物、岩、山、川、水、草……物語としては寡黙なのだが、細部がきらびやかなことに目を奪われて、息つく間もないままラストシーンを迎える。ミシェル・ウイリアムズが川べりを歩いているだけで、もう十分である。ライカートは3つ下の1964年生まれ。『リバー・オブ・グラス』が1994年だから、もう28年もあのスタイルで撮り続けていることに戦慄する。
ハリウッド映画が、画面上の構成と物語の合致を進め余分なものを排除してゆく中、ライカートは黙って世の大勢と逆の方向を孤独に進んでいる。いやライカートだけでないか。青山真治の『EUREKA』を再見して、あの女物のサンダルが川岸で止まる瞬間に涙が出たし、『MADE IN YAMATO』の「三月の光」では、赤いパーカー姿の男の子の何の変哲もない川岸での不規則な動きにより、心の底から楽しくなった。
難しい話ではない。目の前で野球やサッカーの試合をやっていればついつい見てしまうのと同じ理屈である。甲子園の地区予選のカラフルな応援団は堪らないし、下手でエラーしたりするのもいい。プロ野球を球場で見れば、試合前のノックの鮮やかなボール回しに見惚れる。目の前で人間や動物が何か不意に始めるのを見るのが、実は一番面白い。しかし、メディアを通した「演出」が加われば加わるほど、映像は貧しくなってゆく。
東京競馬場には、馬たちの躍動だけでなく、観客が帰ってきて上気する騎手の顔とか、競馬場の不慣れなカップルの緊張とか、普段は猫かぶっていそうな若者の馬券談義とか、愉快な細部に溢れていた。競馬場に行けるのが当たり前で、なんとなく面倒で家にこもって馬券を買っていたのだが、今こそ生でレースを見るべきだと思った。大儲けしようというオロかな下心は捨てるべし、という神の声も聴こえる。
そうだ、競馬場に行こう!
 
(付記:投資競馬の実行者として本物と畏敬していたインスタントジョンソン・じゃいが高額馬券の的中に対し、マンション一軒買えるくらい課税されたそうで、「破産した」という言葉が躍った。なぜ、5400万円の払い戻しとか、大的中を自慢するのか、という危惧はあったものの、これまで無事だったのでなんとなく納得していた。続報を確認した上で判断したいが、これは大事件である。)


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風元正

1961年川西市生まれ。早稲田大学文学部日本史学科卒。週刊、月刊、単行本など、 活字仕事全般の周辺に携わり現在に至る。ありがちな中央線沿線居住者。吉本隆明の流儀に従い、家ではTVつけっぱなし生活を30年間続けている。土日はグリーンチャンネル視聴。