妄想映画日記 その140

エルヴィス・コステロやルシンダ・ウィリアムズのレコード、4月にブルーレイBOXが発売されるヴィム・ヴェンダース監督の初期4作品に勇気づけられた樋口泰人の2022年2月1日~15日の日記。「第14回 恵比寿映像祭」で連日オンライン配信された遠藤麻衣子監督の『空』、boidsound上映の音調整を行った『ハード・ヒット 発信制限』(キム・チャンジュ監督)『ブラックボックス:音声分析捜査』(ヤン・ゴズラン監督)についても記されています。
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文=樋口泰人


2月1日(火)
コロナが始まった頃は生活がかつてなく朝型になってもしかするとこのままついに早起きの気持ち良い午前中にすっきり気分で仕事ができるのではと思ったものだが、結局ずるずると元戻り。11時前にようやく目覚めて意識朦朧だが今年に入って一番の爽やかさではなかったか。その気分は長続きはしなかったがたとえ一瞬でもそう思える日はありがたい。五所さんから送られてきた久々のちくび珈琲を淹れる。おすすめのドミニカ。これがまた爽やかな味わいで心が弾む。五所さんありがとう。

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1月2月は今後のための準備期間と思っていたのだが準備というより昨年のやり残しの作業を整理整頓していく期間になりそうだ。とにかくこれをやらないと次にいけない準備もできない。全部まとめてできるほどの体力はもはやない。残念だが自分で思っていたよりもさらに歩みは遅くなる。いろんな人の助けが必要だ。午後は自宅作業の予定だったのだがどうしても事務所に行かねばならぬこともできて、夕方急遽事務所に向かった。訳あって大久保、新大久保経由。一時に比べ韓国以外のアジアの国々の店が増えてカオス。鶴橋や生野の韓国マーケットとはまったく違う方向へとシフトし始めた感じもあり、これはこれで面白い。80年代にハリウッドが日本に幻視したアジアの姿が、白人たちの意図とは関係なく自然発生してきているような、そんな感じ。boidも高田馬場から大久保に引っ越せたらとか思う。事務所は寒過ぎて早々に退散。


 
2月2日(水)
早く寝たはずなのに結局やはり11時前の起床。とにかく起きてからの元気でいられる時間がどんどん短くなってきてこの短縮感にまだ全然身体が慣れない。気持ちが慣れないのか。とにかく昼過ぎから夕方までに何ができるか。各所連絡だけで大体終わる。それに加え、夕方とんでもない連絡が来て、我が家は完全に緊急事態宣言。夜は『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』を観た。原稿のための確認。アクション・シーンはあまりに退屈で飛ばしてしまった。とはいえあまりに残酷な物語なので一体子供たちはこれをどう思って観ているのだろうと、初見の時と同様首を捻る。まあ、サークの映画に比べたらなんてことはないといえばなんてことない。


 
2月3日(木)
我が家緊急事態宣言につきいろいろと気をもむが、何ができるわけではない。地味に仕事をしつつ連絡を待つ。夕方から事務所に。瀬田なつき、斉藤陽一郎と待ち合わせてトンカツを食いに行った。もう1年くらい前からの約束で、すっかり延び延びになっていたのだった。それなりの値段はするが、十分に美味い。いわゆるトンカツというものを久しく食べていなかった気がして、ああトンカツが食いたいと思っていたところだったのだ。その後お茶もしながらダラダラと近況報告など。帰宅後は原稿。


 
2月4日(金)
経産省の助成金が通ったのでそのための今後のスケジュールについての打ち合わせ。自分ひとりだとどんどん混乱が増すばかりなので、とにかく皆様に助けてもらいつつという感じ。これは、何か新しいことをするための助成金ではなく、これまでやってきたこの告知・宣伝などして売り上げを伸ばすためのもので、boidでは通販サイトのリニューアルや、これまで作ってきた製作物のカタログ的なものを作ることにしたのである。気がつくともう、データがなくなってしまっているものもある。すべてわたしの整理能力のなさゆえ。こういうことはもう本当に誰かに助けてもらうしかない。
帰宅するとエルヴィス・コステロの新譜が届いていた。声が70年代の頃に若返っているように聞こえてしまうのはなぜだろうか。しかも年相応の色っぽさというか艶があってドキドキする。大昔、確か1989年の九段会館だったと思う、ギター1本のソロのライヴを聴いたことがあるが、あの時は2時間くらいだったか、単に歌っているだけなのにまったく飽きずこのままずっと聴き続けていられる、そんな気持ちになった。今回のアルバムも同じ気持ちにさせられた。なんだろう、コステロ本人だけではなくその歌の主人公が今ここでコステロとともに歌っていてそれがかろうじてエルヴィス・コステロの中に留まっている、そのコステロの声の強さと優しさに心を鷲掴みにされる感じ、と言ったらいいか。これから15年くらい、エルヴィス・コステロの時代が続くんじゃないかとか、そんな気持ちにさえなった。

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2月5日(土)
結局寝たのが朝5時過ぎで、それでも10時過ぎに目覚めてしまう。ぐずぐずしているうちに昼。15時からの恵比寿映像祭のアノーチャ・スウィーチャーゴーンポン『暗くなるまでには』を。満席。数年前の爆音映画祭で上映した時にはまだこれほど話題にはなっていなかった。昨年の福岡の上映でようやく少し温まり始めたということか。映画はいまだに謎の部分を引きずりながら、しかしこの情報の海の中であらゆるものを見失いながら溺れることなくあるいは溺れつつ歴史と関わるための方法が、ひとつひとつのショットとその関係の中に、ある覚悟を持って語られていたように思う。並んで歩くふたりの腕と腕が触れ合うか合わないか、あるいは手と手を握り合うか合わないか、その微かな距離と肌触りとともに浮かび上がってくる物語を歴史と呼んでもいいのではないか。しかしそこからもこの映画は飛び出していこうとする。もはや物質性を失った何ものかのとらえた世界の中で生まれる何かを見つめる視線。その意味でも音はやはり重要なのだ。上映が始まったときはこのくらいの音量で十分と思ってみていたのだが、終わってみるとやはり再度爆音でという思いが募った。

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『暗くなるまでには』


その後、故あって池袋にて火鍋。今ここで食わないといよいよまずいという、食欲とは別の要求により設定されたものだが、もちろん食欲も十分に満たされた。その後恵比寿映像祭のオンライン映画、遠藤麻衣子の『空』を観る。ツイッターには、「歴史を読み替えるのでも掘り起こすのでもなくただひたすら物理的にカメラの目を通して世界を見る。ガラスのレンズと電子情報によって捉えられ構成された世界の断片」と書いた。こんな東京なら悪くはない。誰もがそんなことを思いながら生きれば、この世界も変わるのではないか。ほんのちょっとのことなのだが。『暗くなるまでには』のタイと遠藤麻衣子の東京とが重なり合い混じり合い、今自分がいる場所がさわやかに開けていく。時間の通路、電子信号の通路、昆虫たちの通路など、わたしがわたしであることの枠組みからスルッと抜け出していく通路が目の前に見えてくる。

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オンライン映画『空』 「第14回 恵比寿映像祭」特設サイトで3月3日(木)まで配信


 
2月6日(日)
終日原稿書き。簡単には書けない。日々更新される遠藤麻衣子作品の本日分は、音がすごかった。と言ってもものすごい音が入っているわけではなく、画面に写っていない人たちが話すその場の声が、まるですぐ近くで話しているのを聞いているような、つまり映っているものと聞こえて来る音のバランスが作り出す世界の歪な空間がこちらの脳みそを掻き回しこれまで自分が当たり前だと思っていたことの足元をゆるゆると溶かしていく。これは昨日の作品の音でも言えることでもあるのだが。

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空』DAY03 より


深夜、昨年の2月3日に急死した岐阜の友人(80年代の高円寺レコード屋仲間)の友人で、その友人の急死を知らせてくれたスズキジュンゾくんが高円寺駅のホームから落ちて重態ということを知る。なんてことだ。


 
2月7日(月)
深夜の原稿書きが長引いて終わったのが朝9時。10時半に寝て14時目覚めでさすがに使い物にならない。それでもまあ、各所連絡などはこなした。若い頃は徹夜で原稿書きとかまあ普通にやってはいたが、さすがにこの年齢でやることではないね。


 
2月8日(火)
歳とってからの疲れは尾を引く。よく眠れず早く起きてしまったので思い切って起きてみたものの役立たず。ギリギリ最低限のことはこなしたが、これを機になんとか早寝早起き生活をという企みも無残に散る夕食後の爆睡。目覚めてからは「みみのこと」の昨年のアルバム『MAYOIGA』を久々に聴く。霞の向こうからやってくるジュンゾくんの歌に引き摺り込まれる。昼はそのジュンゾくんをかつて紹介してくれたAmericoの大谷さんからできたてのソノシートを受け取ったのだった。「Americoの新学期」。季節が変わろうとしているのか。

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遠藤麻衣子日替わり配信の5日目の3作品。観ているうちに映像と自分と、あるいはそこに映っているはずの水面と自分の位置関係がまったくわからなくなる。特に3番目のやつは2Dなのに完全に3Dに見えて、しかも重なり合って映る映像の一番下の層の映像が時折スーッと表層に浮かび上がってくる。こちらの問題か?

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空』DAY05 より


 
2月9日(水)
疲れが出て寝坊。『宝ヶ池の沈まぬ亀 ある映画作家の日記2016-2020』の販売ヴァージョン納品があるのだが完全に出遅れてしまった。しかもいつもギリギリになる支払調書の発送もある。というわけで細井さんだけでなく、井手くん、風元さん、そして黒岩もやってきての大騒動になったのだが、わたしはしかものっぴきならない打ち合わせのため途中抜け。というわけで、予約者の一部にしか発送ができなかった。あとは明日。なのだが大雪予報が出ていて、大丈夫なのか。わたしもすっかり自宅作業態勢でいたので明日は出勤と気持ちを切り替えるのにもエネルギーがいる年齢である。いつまでこういうことをやっていけるかさすがに不安になる。これまでは相当ハードな状況でもわりとヘラヘラしていられたのだが、どうも先日のジュンゾくんのことが引っかかっているのか、胃が痛む。時間がない。というか本当はこの年齢までには自分が働かなくてもいいように会社運営も安定させて社員も雇って、ということなんだろうけど。でも、延々とここまでやりたい放題やってきたわけだから生き延びているだけで偉いと思うことにする。

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夕食後は再び爆睡してしまう。日付変わって起き上がり遠藤麻衣子『空』DAY6。
「一体ここはどこ? という場所が映るのですが、一体これを観ているのは誰? という音が作り出す作品、ということになる気がします。まあ遠藤作品すべてがそんな音の映画なのですが」とツイッターに。この作品は冒頭の馬鹿でかい木の根元あたりから始まって奇妙な洞窟のような穴居のような場所をカメラが移動するという構成なので、余計に昆虫感というか妖精感、宇宙人感が音とともに増幅する。ああ、こういう緻密さに比べると映画は大雑把だなと思う。もちろんそこが好きで映画を観ているわけだが。
しかしこんな夜は、コステロの新作のディスク2のD面に涙するばかり。

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空』DAY06-1 より


 
2月10日(木)
東京は大雪予報ですでに前夜からお休みモードに入っていたのだが、バカみたいに寒いだけで雪は大したことなし。しかし寒い。北国の方たちには本当に申し訳ないが、この寒さだともう身体が動かない。とはいえ杉並区役所、法務局に書類を受け取りに行った。中小企業への支援金申請に必要な書類である。区役所も法務局もこんな日はめちゃくちゃ空いていた。そりゃそうだ。

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夜は久々に『ゴールキーパーの不安』。4月に発売になるボックスセットの解説を書くためだ。ありゃ、音楽が違う。またわたしが思い違いをしていたのかとドキドキしながら観ていたのだが、やはり違う。著作権問題らしい。もちろん全部違うということではなく、一部差し替え。しかし今こうやって観てみると、ヴェンダースとロビー・ミューラーの共同作業の成果というか、いやふたりだけではないな、脚本のペーター・ハントケ、音楽のユルゲン・クニーパー、編集のペーター・プシゴッダ(明石さんによるとこれが発音に一番違いカタカナ表記とのこと)、録音のマルティン・ミューラーなど、その後のヴェンダース映画を支える面々が勢揃いしている、そのバンド感、つまり「ヴィム・ヴェンダース」というバンドのファーストアルバムとしての魅力が画面に漲っていて、寒さでこわばった身体に血を通わせてくれた。しかし、あると思っていたヴェンダース関係の資料が例によってことごとくない。本当に、自分の物持ちの悪さと整理のできなさに愕然とする。でもこれは病気だと思うのでもうどうしようもない。

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『ゴールキーパーの不安』【4Kレストア版】 


 
2月11日(金)
土曜日だとばかり思っていたら金曜日だった。3連休という認識はあったのだが、1日得した気分である。でもまあその得した1日でやり残しの作業の帳尻を合わせなくてはならないのだから結局同じこと。天気も良かったので昨日よりだいぶ気分も良く、それが続くうちにと昼から各所連絡、支援金の申請作業を。支援金に関しては、昨年の手続の面倒を乗り越えたら、その後はその部分が免除されて簡素化され、こちらで集める資料と数字さえちゃんと揃えておけば30分もかからずに申請終了というくらいになった。ありがたい。
作業のBGMはルシンダ・ウィリアムズの「From Memphis to Muscle Shoals & More」というサブタイトルがついた南部アルバム『Southern Soul』。この中の「Take Me to the River」がなかなか良くて。アル・グリーンのオリジナルともトーキング・ヘッズのカヴァーともまた違う、女性の視点からの歌と言ったらいいか。川は楽しい場所でもあるが、呪われた場所、何人もの女性たちが男たちに犯され傷つけられ殺されてきた場所でもある。そんな歴史が込められた重い響きに、わたしも無意識のうちに片足を突っ込んでいるはずの男たちの世界の終焉を心から願った。

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毎日更新遠藤麻衣子の8日目は3本がアップされた。そのうちの3本目、スローモーションで公園の風景をとらえたものは、どう見ても落ち葉の動きがおかしい。落ちるのではなく地上から舞い上がっているようにしか見えないのだ。もちろん落ちてもいる。何がどうなっているのか。そのうちに、真ん中にとらえられているふたりの子供の動きもおかしく見えてきて、まるでその子供たちが同じ空間にいないかのようである。もちろんそんなことはないはずなのだが、そう思うと、前を過ぎる人々、子供たちの向こうにある樹々の中、そしてさらに向こうの空間を動く人々もまた、別々の空間にいるように見えてくる。別々の時間と言ってもいいのだが。それを観るわたしはもちろんモニタのこちら側にいるのだが、しかしどこかでその公園の中にいてしかもそこにいるはずの彼らの誰とも同じ公園を共有していない。そんな迷子感。世界の中でたったひとりの時間が過ぎていく。

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空』DAY08-3 より


『都会のアリス』も久々だった。遠藤麻衣子の公園を見たせいか、アメリカでもアムステルダムでもヴッパータールでも、どこに行ってもひとりぼっちなふたりの物語の悲しさが胸に沁みる。言葉ではない違うやり方でのコミュニケーション、いや言葉じゃなくて意味だな、言葉の意味を介してのコミュニケーションではなく、意味を欠いた形式としての対話によるコミュニケーションを、最初から最後まで貫き通す。ヴェンダースもインタビューで、音楽をその意味ではなく形式のみを受け入れることによって自分は映画を作り始めた、というようなことを言っている。しかし例えば今、このような映画の企画を立てたとしても自分たちで無理やり作り始めない限り、どこからも予算は出ないだろう。意味を欠いた形式の戯れの中に、出来上がりを恐れず踏み出していく映画がここにある。本当に勇気が出る。この映画の中のアリスこそが映画であり当時のヴェンダースだったのではないかとさえ思う。

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『都会のアリス』【2Kレストア版】 


 
2月12日(土)
油断しているとすぐに昼を過ぎる。朝飯を食い終わったのが13時過ぎくらいではなかったか。散歩をし、しばらく散歩をしていないうちに近所の商店街が少しずつ様変わりしていることに少し驚き、しかし名物喫茶店の「七つ森」とその斜向かいにある薬局はもう80年代からそのままで、永遠にそのままではないかと思う、特にその薬局の店主であると思われる白髪白衣の女性は80年代からまったく変わらない、わたしが死んでもそのままそこにい続けるのではないかという夢想が始まる。いやマジで80年代からあの姿のままなのだ。
夕方からパリのスタッフとスカイプで打ち合わせ。いろんな準備がうまく行ってくれることを願うばかり。世界の金持ちのたったひとりでいいからboidに目を向けてくれたらと、あり得ないことを思う。それがないからみんな苦労しているというのはわかってはいるが、とりあえず思ってみるのは勝手である。
夜は『まわり道』。若い頃はこれがなかなかしっくりこなくて、ゲーテの原作をペーター・ハントケが脚色という文学臭に馴染めなかったということになるのだが、今観ると、まったく気にならない。画面の切り返しと視線の強さがかつてなく気持ちよくてわれながらこれまでいったい何を観ていたのかと呆れる。ハンナ・シグラとリュディガー・フォーグラーとの出会いのシーンの視線の交わし合いは心には残っていたものの、それも記憶とは大幅に違っていた。記憶では並行して走る電車の窓と窓とで交わされる視線が最初の出会いだったのだが。いったい何回この映画を観ているのか。シナリオ採録の時も含めたら30回くらいか。ヴェンダース初期作品はほぼみんなそれくらいは観ているが、どれもほぼ初めて観るようなそんな感覚である。デジタルリマスターの力なのか、音が妙にクリアになったためなのか。そうそう、冒頭の空撮も『都会のアリス』のラストの空撮と入れ替わっていた。冒頭は雨で湿った草原を走る列車の空撮から始まって次第に街へ近づいていくものとばかり。しかも列車のオレンジ色まで記憶にあるのだが、そんなものはないし、『都会のアリス』はモノクロである。いずれにしてもこうやって時を経て観直すことの、その間に過ぎて行った時間を豊かに取り戻す感覚はなにものにも代え難い。時間はこうやって不意に背後から忍び寄ってきて身体中をその存在で満たしてくれる。時間は過ぎ去るのではなく、今ここにわたしとともにある、そんな気持ちにさせてくれる。

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『まわり道』【4Kレストア版】 


 
2月13日(日)
再び雪予報が出ていることもあって、昼からじめじめと寒い。もちろん体調もすぐれず夕方までほぼ何もできず。夕方から某所でとんでもない料理を食った。たまたま連絡が来てすごいレストランに予約ができたので奢るとのことでおおそれはラッキーということで出かけたのだが本当にすごかった。写真は撮ったがこれはさすがに顰蹙の嵐だろうということでやめておく。明日から、質素に暮らします。いや今までも質素に地味に生きてきたのだがさらに質素に地味を心掛けますと誓いたくなるくらいすごいものだった。いったいいくらだったのだろうか。怖くて値段を聞けなかった。
帰宅後は『さすらい』。これも音がクリアになっていて、やはり初めての映画を観るようだった。『都会のアリス』から『まわり道』での視線の交わし合いとショットの切り返しによる語りを一旦保留して、ふたりが同方向を見つめつつ少しずつその視線がずれる、というまさに「さすらう」ショットによって、語りの行き先も揺れる。その揺れの中で時間が生まれる。ものすごいことが起こるわけではない彼らの日常の断片をぼんやり観ているだけで、さっきまでとは違う場所に自分も彼らと一緒に来てしまったことを知る。ああ、時が流れたのだと思う。しかしそれは過ぎ去ってしまうのではく、わたしの中に止まり続け、同時にどこまでも遠くへ行く。ああ昔バウスシアターの客席がソファだった頃のジャヴ50で、ソファにねっ転びながら観たなと、ふと思い出すのだが果たしてそれは『さすらい』だったか。

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『さすらい』【4Kレストア版】 


 
2月14日(月)
思わぬ大寝坊。10時には起きている予定が目覚めると12時過ぎ。16時30分くらいには名古屋にと思っていたのだが、東京駅を出たのが15時30分で名古屋には17時10分くらいの到着。コロナでおそらく新幹線の本数が減っている。以前は5分から10分おきに出ていたのに、今は間隔があく時間帯は20分くらい待たねばならない。まあ、アバウトな時間で動いているので特に問題なし。名古屋では今後の映画製作や特集上映などについての打ち合わせあれこれ。もうちょっとしたら次々に告知できるようになると思う。今年は名古屋にも頻繁に顔を出すようになる。


 
2月15日(火)
ホテルでうまく眠れず、ああ12時チェックアウトのプランにしておいてよかったという結果。夕方まで各所連絡と原稿書き。夕飯は結局ちょっと贅沢になり、心斎橋へ。

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『ハード・ヒット 発信制限』と『ブラックボックス:音声分析捜査』の2本のboidsound調整である。『ハード・ヒット』は『スピード』の韓国変奏曲といった感じ。止まったら爆発ではなく、座席下に仕掛けられた油圧式の爆弾によって、人間が座席から立ち上がって「圧」がかからなくなったら爆発という仕掛け。ゲームとしてはそれなのだが、物語は大人情ドラマ。一方でゲーム的なスリル&サスペンスと一方で過去の行為が作り上げたそれぞれの歴史の物語が同時進行する。それを繋ぐのが音楽と効果音という感じで、大きな音はほとんど出ないがその人情ドラマのせいなのか奇妙な親密さを作り出し、観ているこちらを物語に没入させる。なんだろう、声まで出そうになった。

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ハード・ヒット 発信制限』(配給:クロックワークス)
2月25日(金) シネマート新宿ほか 全国ロードショー
 


『ブラックボックス』は「音声分析捜査」というサブタイトルにあるように、主人公はブラックボックスに収められた音声によって事故の際の状況の詳細を露わにして、その原因を突き止めていくのが仕事。ノイズの入った音からさまざまなイコライザー捜査などによってクリアな音声を取り出していく作業など、他人事とは思えなかった。それに加え主人公の耳の良さを表現する日常シーンの音響がまたすごくて、会場全体が彼の頭の中に入ったような、世界の各所から聞こえてくる音の共鳴に震えた。
しかし途中ちょっとしたトラブルもあって予定よりだいぶ作業は遅れ、終了午前4時近く。寝たのは5時過ぎていた。フィルムの時代なら絶対あり得ないトラブルで、デジタルになって映画館のスタッフやイマジカその他の技術スタッフは作業が減るどころか増えているのではないだろうか。何かそんなことも含めて、『ブラックボックス』の物語はわれわれの今を語っていたように思えた。

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『ブラックボックス:音声分析捜査』(配給:キノフィルムズ) 全国にて公開中




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「ヴィム・ヴェンダース ニューマスターBlu-ray BOX Ⅰ」(※デザインは仮のものです)
『ゴールキーパーの不安』『都会のアリス』『まわり道』『さすらい』の4作品を収録
発売・販売:TCエンタテインメント/提供:東北新社
価格:21,120円(税込)
© Wim Wenders Stiftung 2014-2015
2022年4月27日(水)発売


樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。4月18日(月)、ニュー風知空知にてアナログばか一代「おい、青山聴いてるか?!」を緊急開催。