妄想映画日記 その135

山口での「アナログばか一代」に松本での爆音映画祭、大阪・京都ではboidsound上映の音調整と出張が続いた、樋口泰人の2021年11月16日~30日の日記です。大貫敏之さんの個展「Today」や映画『春原さんのうた』(杉田協士監督)についても。
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文・写真=樋口泰人


11月16日(火)
事務所での作業後に神楽坂のギャラリーで開催されている大貫さんの個展へ。地下にある一室に「YESTERDAY」と「TOMORROW」と書かれたバーが交差して、「TODAY」を作り上げている。写真を見ていただくとわかってもらえると思う。現物の前に立つとはっきり見えるのはふたつの言葉の交差によって作り上げられた実際にはそこにはない「TODAY」であって、「YESTERDAY」と「TOMORROW」は交差によって分断されて肉眼ではそれをひとつの言葉の連なりとして読むことはできない。まさにわれわれの「今」という時間の存在をシンプルな言葉の交差のみによって作り上げたオブジェになっていた。「今」はどこにもないゆえにいつでもそこにある。ひとつひとつの文字の間隔も、それぞれの文字としての存在と、単語としての連なりと、両者が拮抗するギリギリの間隔にしたのだという。確かに絶妙な文字間である。ほんのちょっとのことで崩れ落ちてしまうわれわれの過去や未来がその文字と文字との間に詰め込まれ、あるいはそこから生み出されているし、しかしそれゆえにすぐにでも消えてしまいそうでもある。その危うさに、ドキドキする。つまりわれわれの「未来」も「過去」もわれわれの前にあったり後ろにあったりするのではなく、このような形で「今」に食い込んできているのだ。だからわたしは「子供たちの未来のために」という言葉をまったく信じない。あるいは自分たちの未来のために、という言葉も。そしてそのような言葉を疑いなく使う人間もまったく信じない。われわれは子供たちのために生きているのではないし未来のために生きているのでもない。ただ、自分が直面する目の前の出来事と共に生きているだけなのだ。そしてそれが過去でもあり未来でもある。大貫さんの展示でその確信をさらに深くした。

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11月17日(水)
午前中から池袋で打ち合わせ。来年動き始めるかもしれない新プロジェクトについてなのだが、これまでやったことのないことだけに、かつてその仕事に携わっていた会社の方たちに、助言をお願いしに行ったのである。まだどうなるかわからない、まったく頼りになりそうにない小さな会社のお願いに対して、皆さんかつての経験や仕事の仕組みについて詳しく説明してくれた。ときにはこんな、金にもならない変な話に乗っかるのも面白いと思ってもらえていたら幸いだ。というか、関わる人がそんな気持ちになってくれることがboidの作業のすべてでもあるように思う。
午後から『春原さんのうた』。前半はややぼんやりと観てしまっていたのだが、途中、バイクに乗せられた主人公が後部座席から「もう大丈夫だから」とかなんとかバイクを運転する叔父さんだったかに声をかける。そこから映画が動き出す。それまでは人間の物語だったのだがそこからは死人の物語、幽霊の物語になる。全部死人。みんな死んでる。「転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー」という、この映画の元になった短歌の抒情をこの言葉が打ち砕く。死人たちが踊り出す。今日に刺さった未来が、われわれはみんな死人だと告げる。そんな宣言のように聞こえた。すでにそこにはいない人、これからそこにやってくることになるかもしれない人、意図せずそこにやってきてしまった人、生きていることの意味も理由も意思も関係なく、ひとつの部屋とひとつの店にやって来た人々が動き語る。みんな骸骨みたいなものだ。筋肉がないからうまく踊れない。リコーダーだってまともに吹けるはずはないのだ。カラカラと空回りするバイクなのか自転車なのかの車輪の見た誰にも伝えようのない夢のような映画に思えた。製作者の意図しなかった見方なのだとは思うのだが。
終了後、渥美喜子、月永理絵両名とお茶して近況を伝えた。

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『春原さんのうた』 2022年1月8日(土) よりポレポレ東中野ほかロードショー


 
11月18日(木)
アルノー・デプレシャンのブルーレイボックスの写真が撮られている。この日の日付。たぶん届いたのは1週間ほど前で、せっかくのボックスセットなのだしライナーに原稿も書いたのだから告知しなければと思いつつできないまま、とにかく写真だけでも撮っておけば時間ができた時にすぐにできるだろうと、そんなことを思っていたに違いない。果たして告知はしたのか? 原稿は『魂を救え!』について。何を書くか悩んだ挙句、常に心に引っかかっていたエマニュエル・ドゥヴォスについて書いた。女王の気品と下種な笑いとを同時に表すことのできる女優。もちろんそれこそがデプレシャンの映画の核心でもあるという思いを込めての原稿である。しかし日本の俳優ではいったい誰がそんな存在としているのか?

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午後から羽田。そして福岡へ。20日の山口「アナログばか一代」のためだが、せっかくなので福岡に前乗りしてお気に入りの参鶏湯を。年に1回はこれを食いたくなる。昨年、YCAM爆音の帰りに食って、ほぼ1年ぶり。

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11月19日(金)
山口に向かう途中、小倉で途中下車。絶品の寿司を食い旦過市場で鰯と鯖の糠炊きを買う。小倉の糠炊きはやはり本当にうまくて、九州に来たらこれを買わずには帰れない。調子に乗って資さんうどんによりぼた餅を買ってしまい、食いすぎだと顰蹙を買うことになる。

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山口では湯浅さんとも落ち合い、あらかじめセッティングされた会場での夕食。何度か来たことのあるレストランなのだが、コロナのためにコース料理だけになっていて、しかしそれがまたうまい。ああやはり料理のひと手間って本当に大切なのだと、そこにかけられた時間を思う。

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11月20日(土)
アナログばか本番。米屋の2階をリノヴェーションした会場。10月の萩の学校もそうだが、こういった木造の日本建築は、メンテナンスもしつつ使い続けようとするといったい何年くらい使えるのだろうか。あまりの澄んだ空気にすっかり気持ちは落ち着くのだが、しかし果たして自分がこういう場所に住むのかと問われたら、素直に「住む」とは言えない。冬は寒そうだとか、つい思ってしまう。まあどんなところに住んだとしても文句ばかりが出てくるのだが、きっと。でも寒いのは嫌だな。
本番のことはよく覚えていない。周りからは本番中寝ていたと言われている。ときどき目覚めて、「これかけたい」と言って勝手にかけていたとかなんとか。でも憶えていないのと寝ていたのでは違う、とだけ言っておく。幽霊の話からジュリー・ロンドンの歌声を聴いてもらったことは憶えている。

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11月21日(日)
京都に向かう。昼から木屋町通りにある瑞泉寺という寺の境内にいしいしんじさんの蓄音機を持ち込んで、みんなでSP盤を聴く会が行われるのである。湯浅さんとわたしも参加。門を出れば京都の繁華街、しかしその内側は別世界。ディズニーランドみたいに外界と完全に隔てられていることで違う世界となった「ここ」を味わうのではなく、外界とひと続きであるにもかかわらず空からは異世界の鳥の声虫の声が降ってくる。それと蓄音機が共鳴する。風がそよぐ。エルヴィスが蘇る。アレサの父が天空の鳥たちをざわつかせる。ビートルズがそうなるかもしれなかった世界を歌い、寺の風景を一変させる。唖然としている間に時は経ち、打ち上げへと向かうみなさまと別れ、わたしは心斎橋へと向かう。
蓄音機イヴェントのレポートはこちらで。

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今回のboidsound調整は『シャウト・アウト』『スティール・レイン』『映画 真・三國無双』の3本なのだが、どれもわたしにはなじみのない作品。インド、韓国、中国・香港・日本という製作国になるのだが、どれも音が確実にある一定ラインをクリアしていると言ったらいいか。何か、デジタル技術の進化で「世界基準」みたいなものが見事に出来上がり、システム上の技術力でそれがクリアされる状況になってきたのだと実感した。人力では相当な経験が必要になるはずのコンビニのレジが、より少ない訓練でだれでもやれるようになるポスレジのシステムの力と同じような力が、映画の音にも働き始めているのではないか。かつてはスタジオの音、みたいなものがあったのだが、今はアプリの音、というようなことになるのだろうか。でも使いこなすと相当なことができる。結局使うのは人間、という当たり前のところに落ち着くのだが、可能性はどこまでも広がっている。
外に出ると心斎橋はすでにクリスマスだった。

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11月22日(月)
激しい雨。東京に戻る前に鶴橋へ寄ってキムチと思っていたのだが、疲れていることもあって、早々に退散。帰宅して寝る。


 
11月23日(火)
午後から某作品のミーティング。脚本はできたものの資金が足りない。配給・宣伝の会社が決まらない。この2点を何とかクリアできるか。もうちょっとなのだが。
夜は、福岡で行われている「Asian Film Joint 2021」のアノーチャ・スウィーチャゴーンポン特集の上映後トークをzoomにて。福岡の三好くんの軽やかすぎる行動によって実現した企画。
大寺の動きといい、グッチーズや肌蹴る光線の動きといい、気が付くと小さな動きが各所で始まっている。ちょうど1年くらい前だったか、京都みなみ会館でケリー・ライカートの特集時にグッチーズの降矢くんとトークをして、その際に「ミニシアター・エイドで集まった資金を全部かっぱらって、その金でライカートはじめ降矢くんが日本公開したい映画を買い付けて配給するのが、本当のミニシアター・エイドになるんじゃないか」というような乱暴な話をしたのだが、まあそんな乱暴なことをしなくても、それなりにキャリアを積んできた若者たちが独自のやり方で道を切り開いている。頼もしすぎて涙が出る。おっさんはブーブー文句言ったり愚痴を言ったりしているだけだ。


 
11月24日(水)
来年のboidの活動に関するミーティングいくつか。身の程知らずのことを考えているので、簡単ではない。というか、金さえあれば簡単なのだが。これをやったら面白くなるし実際おもしろいですよということは言えるのだが、実際の運営をどうするかどうやったら赤字を出さずにやっていけるか、儲かるか、というようなことをリアルな数字とともに伝えることがなかなかできない。というかたぶん、そんなことどうでもいいと思っているのだろう。うまくいかなかったりひどい目に遭ったりすることもまた楽しいと思ってしまっている部分が自分の中にあって、予定もろくに立てずやり始めて大騒ぎする、ということでいいんじゃないか、どうしてダメなんだ、いいじゃないかそれで、そういうものだろう。でもまあ、そんなことを言っていてはできることもできなくなるのはよくわかっている。いるのだが。

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11月25日(木)
松本へ。今回の松本はスケジュールがタイトで作品数も多いため、前半は井手くんに任せてわたしは午後からのんびりと松本へと向かった。
調整は順調。今回のようにベースとなる機材のセッティングがうまく決まっていると、本当に助かる。ニコニコしながらの調整。したがって予定より早く終了。夕飯も美味い。馬刺し、おでん、山賊焼き。

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11月26日(金)
夕方まで調整、夜は本番。昨日、爆音会場となっているまつもと市民芸術館の屋上が気持ちいいのだという話を聞いたので、朝、さっそく上ってみた。寒さも含め、身が引き締まる。
午後からは来年製作の映画のために、青山が調整の様子を見にやってくる。バウスでやっていたころとは調整のやり方も全然違う。フィルムの頃は何よりもまず、巻き戻してさっきのところを確認、というのができなかった。それができない、ということが爆音調整の醍醐味でもあった。あの時点で調整した音の記憶と今変えた音の現在とを比べながら、あの時点の音の記憶を変更、塗り替えていく。今こうならあの時点の音はこうなっているはずだというフィードバックの繰り返しによって映画全体の音のバランスを決めていく。例えば今、絶対に後戻りしない調整をやってみるとどうだろうか。
とかなんとかしているうちに思わぬトラブル発生。長年やっているといろんなことが起こる。それはそれで楽しい。

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11月27日(土)
今年の松本はなかなか寒くて、朝は氷点下。今回はやばそうだったので冬支度をしてきて正解だった。冷気が肌に気持ちいい。食い物も美味い。ホテルの朝食はたぶんこれまで泊まったホテルの中で、海外も合わせて一番うまいのではないか。地元の方たちが家族に食わせるように、そして地元の素材を使っておいしく、季節に合わせた調理をしている、という感じ。すべてにひと手間かかっていて、優しく穏やかな味。ずっとここに泊まっていたいとさえ思うのだが、一方でバスタブはこれまで泊まったホテルの中で一番小さい。大浴場があるから、ということなのだが、大浴場のやっている時間が短くて、どうにも入れないのである。しかし寒いし、1日中あーだこーだ楽しみながらではあるが目いっぱい働いているのでゆったりと風呂に入りたい。例えば来年このホテルに泊まるかどうかということで言うと、朝飯を取るか風呂を取るかという選択になる。迷うところだが、朝飯は寝坊することもあると考えると、やはり風呂を取るという選択。本来なら確実に食をとるのだが、まあそれくらい身体も疲れていて、朝は苦手だ。
本日のゲストは『いとみち』の横浜聡子さん。映画の中盤、物語の流れの中ではやや唐突とも思われる青森の空襲の話が出てくるのだが、でもはやりここがポイントであるという話など。最後の山のシーンの斜面がすごく良くて、この映画の主人公がこのままクリステン・スチュワートとジュリエット・ビノシュに置き換わっても成立するんじゃないかとも思った。

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11月28日(日)
本日のゲストは『ヒルコ/妖怪ハンター』の塚本晋也さん。毎年松本で会ってる気がするのだが、去年は会っていないか。とにかく今回はもう30年前の映画なので、そのころの話やジュリーの話など。それなりの予算をかけて作られている映画であるにもかかわらず、手作り、しかも身の回りにあるものを寄せ集めて作られたのが丸出しの「自主製作マシン」を堂々と出すあたりの、ホームとアウェイとの距離感のとり方にニコニコする。メジャー配給作品の中に自主映画スピリットを出してやったぜ、みたいな篤いマシンではなく、こんなの作っちゃったんですが、ちょっと出してみると面白いんじゃないですかね、というくらいの腰の低い登場のさせ方。しかも、案の定あまり役に立たない。
夜は『オールド・ジョイ』を観に来ていた仙頭さんたちと、再び馬刺しなど。今年最後の松本の夜を満喫した。

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11月29日(月)
名古屋へ。京都へ向かう途中で名古屋で昼食となるのだが、当然ここはうなぎを。いつもの岐阜の関市ではなく、名古屋市内でいい店を見つけられるかということで、市場調査部隊が一軒の店を抽出。とにかくそこへと向かう。名古屋駅から歩いて15分ほど、住宅街の中。白焼きがうまい。しかもでかい。すでにこれだけで満足なのだが、やって来たうな丼の量が半端なく、あとから思うと店の方もそれを分かっていてわれわれがそれぞれに注文したうな丼をひとつで十分だからという配慮だったということだったかと思うのだが、うな丼ひとつしか来なかったためについ勢いでもうひとつ頼んでしまい、食い終わったころにはほぼ動けなくなる。うまかったが、やはり岐阜のうなぎのばりばり感とふわふわが恋しくなる。名古屋駅はクリスマスツリーが全開だった。そういえば去年もこの季節にツリーを見た気がするのだが、いったい何しに名古屋に寄ったのだろうか。

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そして京都へ。夕飯は食わずだったか。急遽決まった音楽映画の特集作品の調整である。ミッシェル・ガン・エレファントとゆらゆら帝国。ジョー・ストラマー。どれもバウス時代の爆音常連作品。懐かしいというか、とにかくまだこうやって久々に上映することができてよかった。いろんなことを思い出しながらの調整。これからどんどんこういう機会が増える。思い出ばかりに目の前が埋め尽くされて人は死ぬ。いろんな新しいことも思いつくが、わたしが思うのとは違う形で誰かにやってもらえたらそれで十分である。

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11月30日(火)
思いのほか疲れていたので、京都でうまい昼食食ってという目論見は早々に破棄して、とはいえ何となく名残惜しくもあり、決断のつかないダメなおじさんになってしまった。でもやはり疲れが勝り、たまらず新幹線に乗り帰宅して寝た。メリハリの利いた生活は今後もやってくることはないだろう。

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樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。『サミュエル・フラー自伝』Kindle版が発売中。