映画音楽急性増悪 第26回

虹釜太郎さんによる「映画音楽急性増悪」の更新です。もしJ.G.バラードの短篇作品が映像化されるならば、それらは長編映画もしくは短編映画になるのかを十点満点で記し、その可能性を探ります。

第二十六回 病変部位

 
 
文=虹釜太郎
 
 
『ハイ・ライズ』(2016年/ベン・ウィートリー)、『クラッシュ』(1996年/デヴィッド・クローネンバーグ)、『太陽の帝国』(1987年/スティーヴン・スピルバーグ)といった映画化作品があるけれど、J.G.バラードと映画って…と疑問を抱いてる人は実際には世界にはかなり多いのではないかと。それは特に『ハイ・ライズ』の映画化でかなり強くなった気もするが、長篇ではなく短篇ということであるなら、『溺れた巨人』が既にティム・ミラーにより映像化されている。
今回は、J.G.バラードの短篇たちがもしも映像化されるならどのようにそれが実現するかの破片、または中座するのかを、それぞれ個々の短篇が長編映画か短編映画になるかも含めて十点満点でその可能性をひたすら地味に覗いてみたい。この得点については非難あるだろうし、真逆に感じる人も多いかもしれない。たとえば『ステラヴィスタの千の夢』についてなど。
実際に短篇たちを読み直してみるのにまず時間がかかったが、それが映像化されるならで再度作品を読み直すとまた新たなとまどいが生じた。この仮の判断は監督たち自身が、また他の視聴者たちが試みればもちろん全く違う結果になるはず。
 
 
 
『プリマ・ベラドンナ』
浅倉久志/訳
短編:3
長編:2
「三百人のお客は、天空の調べを声楽に変えた天使の合唱から〈アレクサンダーズ・ラグタイム・バンド〉にいたるまでのあらゆるものを目のあたりにした、と誓った」
ソフィー・タッカーの歌うセントルイス・ブルース、大バッハの指揮するロ短調ミサ曲…
歌う草花を育てる主人公をどう描くか。店の中の聴覚=植物的ハルマゲドン状態について、本作が書かれた時点からかなりの時間が経過した現在、それをどのように描くか。花たちの振動弦がこうむる損害をひたすら描くことなど。
 
 
『エスケープメント』
山田和子/訳
短編:4
長編:0
「受話器を上げて、腕時計を見た。九時十三分。これだと、トムが電話に出た途端に新たな逆行が起こってしまう」
部屋から一歩も出ない。
時間ループ作品として映像化するのではなく別の方法が…?  ひとつのフレーズ("Olden Time")が意識に突き立つところへのフォーカスの複数化など。
 
 
『集中都市』
中村融/訳
短編:2
長編:0
「生物史博物館へ行こう。見せたいものがある」と案内されて博物館へ。そこでは…「胸郭のまわりの組織に小さな骨の破片が埋もれているんだ」…のあたりの映像化はできたとしても、寝台特急での移動、オープンスペースへの移動の焦りをどう撮るか。
グリーン線、レッド線、ブルー線…
 
 
『ヴィーナスはほほえむ』
浅倉久志/訳
短編:3
長編:1
騒音を鳴らしながら成長する音響彫刻。
ヴァーミリオン・サンズの中心にある広場に音響彫刻を注文することが決まった際の三人めの面談者の女性…からはじまる話だが、映像としてはどこからはじまるべきか。
モーツァルト風のハーモニーはすでに消え、いまや彫像は一連のマーラー的な低い和音を打ち出している」という映像化不可能な描写に困惑していては製作できないが、彫像がのろのろと芝生の上を伸びひろがるなにやらからくるみ割り人形組曲やメンデルスゾーンのイタリア交響曲の切れはしが響く様にふさわしいミュージック・コンサルタントを迎えられるかが。
 
 
『マンホール69』
増田まもる/訳
短編:4
長編:1
「ドクターがなさったのは視床下部のいくつかのループの遮断だけだということは知っています。そしてその結果がめざましいものになるということも」
睡眠を除去する手術を受けた三人がどうなったか…
三週間前には骨の髄までジャズファンだった男がブランデンブルク協奏曲をターンテーブルにのせて針をおろす。
眠りを取り除くと、眠りのまわりにつくられたすべての恐怖や防御も取り除かれる?
動きはごくわずかだった→動きは加速した…の描写。中枢神経系は睡眠除去手術に耐えられない…などといった一般論をいくら論じてもあの男たちを連れ戻すことはできない。どのようにひどく衰弱するのかについての映像化が見たい。
 
 
『トラック12』
山田和子/訳
短編:5
長編:0
植物の細胞分裂は電子の詩。小さな小さな音を巨大化する技術を持つ者。実際に映像化する際には具体的な音が必要だけれどそこをどうするか。
当時の「マルチサラウンド」をどうするかより、溺れる、単に窒息するだけではなくて文字通り溺れる事態をどう描くか。
「融けた溶岩の海で大きく盛り上がり、泡となってゆっくりとはじける巨大な波」…島はぐらりと大きく揺らぐ。
 
 
『待ち受ける場所』
柳下毅一郎/訳
短編:3
長編:3
 
深層時間:百万メガイヤー
深層時間:千万メガイヤー
深層時間:一億メガイヤー
深層時間:十億メガイヤー
 
火山惑星ムーラクで待ち続けること。
映像化は不可能におもえるも"待つ"ことの描き方の違いを監督たちはどうするのか。世界が終わろうとしているわけではなく、世界はすでに終わっており、そして数えきれないくらい蘇っている。
観測所に何度も戻り、そして…
 
 
『最後の秒読み』
中村融/訳
短編:0
長編:0
デスノート。
「その次元では、それぞれの時間平面が交差しており、永遠の世界における死の銀行から預金を引き出すと、たちまち周囲の実体のある世界のなかで、犠牲者にツケがまわってくるのだ、と」
 
 
『音響清掃』
吉田誠一/訳
短編:1
長編:2
「パーティの騒音−僕の友です」
音響清掃というアイデアを映像化するのは非常に困難だけれど、それはたとえば服部峻の『NOISE』の二曲め「The Sculpture」とかであれば…
「処理場から発散する奇妙な音が、四方八方から二人の耳にとどきはじめた。あたりいったいに、捨て場からたちのぼる高温が絶え間なく漂っている。目には見えないが、巨大な黒い雷雲のように実体があり、あたりをおびやかす。ときおり、夏の休暇のあとなど、飽和状態に達すると、音圧の場が破れて放音し、悪夢のような騒音が処理場へと逆流し、犬や猫のわめき声だけではなく、自動車、急行列車、市場、航空機など、あまたの肺から排出される騒音、文明の奏でる不協和音のミュージック・コンクレートが、音響清掃人たちのうえに雨と降りそそぐことがある」
マンゴンの口がきけるようになる瞬間の演技も難しい。
原作には登場しない他の音響清掃人の設定如何では長編映画の可能性が高まるだろうか。
愚にもつかぬ無音交響曲を後生大事にかかえているやつらのいる世界。
 
 
『恐怖地帯』
増田まもる/訳
短編:2
長編:0
会社の先進設計部門が主要な精神医学財団のために建造している巨大脳シミュレーターの回路のプログラミングに取り組んできた人間が心理学者にいらつく。
分身(ダブル)を背後から見てやろうとするところから分身がふたりになるところなどでの極度の疲労。
 
 
『時間都市』
山田和子/訳
短編:3 
長編:1
時計が廃止された世界で。
「屋根裏部屋に入ると、コンラッドは時計を取り出し、息をつめて細かく調べた」
独房にて読書灯と思ったものは時計だった、との最後は映像化では大時計の鐘の音が街の上空に響きわたるシーンに変わっても。
 
 
『時の声』
伊藤典夫/訳
短編:4
長編:5
「四番目の部屋がパワーズの動物園だった」
沈黙の対(ペア)を発動させた生物たちの描き方とは。
時を見る未来の生物。
時おり再生されるだろうホイットビィとパワーズの対話シーンがどのくらい再生されるのか。
実験用動植物はどれも死んでしまう。しかし…
 
 
『ゴダードの最後の世界』
山田順子/訳
短編:2
長編:0
自宅の金庫の中にある精巧に作られたデパートのジオラマ。ゴダードの現実世界のデパートの観察と確信。映像になるのなら猫の描き方が難しい。
 
 
『スターズのスタジオ5号』
浅倉久志/訳
短編:0
長編:1
スターズ一帯に立ち並ぶアトリエの居住者は大半が画家か詩人。砂丘を越えて吹き流されてくる色テープ。"...白波に竜骨を向け、かの聖なる海に船出せよ..."
詩歌編集装置(ヴァース・トランスクライバー)の欠陥。
砂鱏や狩りの映像をどうするか、何千もの砂鱏がじっとぶらさがる姿をどうするか、燐光を発する棘をまたたく星々のように鞘から出し入れする姿をどうするか…
 
 
『深淵』
中村融/訳
短編:3
長編:1
沈みゆく海洋が残した浮きかすの線。海が消えた地球を人々が去るなかで、それでもそんな地球にいようとする。
忘れられた地球を見まもり続ける決意。放射性の蛍光物質によって遺伝的変移の加速された突然変移種のケルプ。裏返しのロビンソンクルーソー。
ずっと映画を撮り続けていくなか「蛇は蛇である、鳥は鳥である、鶏は鶏である」ということを悟った監督が本作を撮ることはもうできない。誰でも“変化できる”“変化してくれる”という考えよりも大切なのはありのままの存在を認めること、それによって問題がなくなるということ。それらの実感と相容れない本作。
いまから二億年前、最初の両生類が海から陸にあがったとき、魚はあとに残った。いま、こんどはあなたとぼくがあとに残っているのとまったく同じように。
 
 
『重荷を負いすぎた男』
増田まもる/訳
短編:4
長編:0
「ほんとうに時間から足を踏みだそうとしているのかもしれない」
郊外生活の閉塞感からモノを消すやり方を…
「それから、身動きせずに、心のなかで妻を分解しはじめ、文字通り腕や足から消していった」
 
 
『ミスターFはミスターF』
山田和子/訳
短編:1
長編:0
二ヶ月前には70キロを超えていたのに、いまは39キロ!24時間で三キロも減っている。
妻「一瞬でもいいから、目の前に座っている二歳児が自分の夫であることに思い至った気配はとらえられないかと、彼はエリザベスを注意深く観察していた。料理をぐちゃぐちゃにして、皿のまわりのトレーになすりつけ、おぼつかないメッセージを記してみた」
 
 
『至福一兆』
中村融/訳
短編:3
長編:0
「天井に細工をすることは、悪徳家主が好むごまかし方だ」
人口爆発の描写。
階段には人々が座っている。階段を非公式な社交室として使っている。
時間の大半を部屋のなかで過ごしている人たちそれぞれの◯◯がなくなれば部屋がますます広く思えるはず。
 
 
『優しい暗殺者』
山田和子/訳
短編:1
長編:0
『ラ・ジュテ』(1962年/クリス・マルケル)との比較。
「ドアが蝶番から引きちぎられると同時に、ジェイミソンは、第二の身元不明の暗殺者が誰であったかを理解した。それは三十五年たってその人物を殺すために戻ってきた当人だったのだ」
 
 
『正常ならざる人々』
山田和子/訳
短編:0
長編:0
精神医療への違和感から生まれるフィクションは世界にはまだまだ足りない。
「知っているか? 精神医療を行なっているのがわかったら、いったいどうなるか」
精神医学は医師の弱さや意識の欠落を助長するだけのものでしかない?
 
 
『時間の庭』
増田まもる/訳
短編:4
長編:1
「花はおよそ六フィートの高さがあり、ガラスの棒のようなほっそりとした茎には、十二枚の葉がついていて、かつて透明だったそれらの葉は、化石化した葉脈のために白く曇っていた」
時間の花を摘む伯爵。暴徒化した群衆を止めるために。
その群衆のイメージとは?
「なにもない大気の向こうから、低い、断片的な人の声が聞こえてきて、不機嫌なつぶやきにときおり叫び声がまじっているような気がしたが、それは想像にすぎないと、伯爵は急いで自分に言い聞かせた」
それは想像にすぎないと自分に言い聞かせたとしても実際の映像での鳴りはどうするか。
 
 
『ステラヴィスタの千の夢』
永井淳/訳
短編:6
長編:3
向心理性建築(サイコトロピック・ハウス)に住む人。
「向心理性建築が見知らぬ人間に合わせてみずからを調整しようとするようすはいつ見ても興味深いものだが、とりわけそれが警戒心や猜疑心を抱いているときはひとしおである。否定的な感情に対する過去の反応の混ざりあい、過去の住人たちの敵意、執達吏や、強盗とのショッキングな出会いなど(もっとも執達吏も強盗もふつう向心理性建築には寄りつかない。バルコニーが逆転したり、突然廊下が収縮したりする危険性が大きすぎるからである)」
生物合成樹脂の問題をどう映像にするのかはわからないが、生物合成樹脂の出現によってもたらされた可能性の数々に建築家たちがどれくらい酔っていたかの数々をどう…
「居間の怒りの感情はきわめて執拗で、ちょっとしたいさかいの結果にしてはあまりに長く続きすぎた」
ヴァーミリオン・サンズもの。
「たとえ醜く歪んではいてもこの家にはいうにいわれぬ魅力がある」
 
 
『アルファ・ケンタウリへの十三人』
永井淳/訳
短編:1
長編:1
「まっすぐ目の前に格納庫が見える!」
しかしこのシーンを映像にすると本作はだめになる。ではどうすればよいのだろう。
船は実際には地球から飛行などしていない。
 
 
『永遠へのパスポート』
中村融/訳
短編:4
長編:2
「商工案内には五十六の旅行および休暇代理店があった」
最初はアルコ・プロダクションズ(株)。リストの次には、A-Zジョリー・ジュビリー社。アリーナ・フィーチャーズ(株)。アジャンス・ジェネラル・ド・トゥリスム。ターミナル・ツアーズ(有)。スリープ・トレーダーズ(未登録)。ジ・エージェンシー。アークチュリアン・エキスプレス。ニュー・フューチャーズ(株)。セブン・サイレンズ。
たとえばアジャンス・ジェネラル・ド・トゥリスムの場合は、夢幻浴槽、視覚劇場、内分泌腺祭典。スリープ・トレーダーズは料金をとらない。彼らがリベートをとっているのは明白。
 
 
『砂の檻』
中村融/訳
短編:4
長編:0
「あのほっそりして、青白い顔をした女は、夫が命がけで到達しようとした火星のやわらかな砂が、暗い風に乗って周囲に吹きよせるなか、夫の亡骸が海からあがるのを待っている喪中の船乗りの妻のように、色あせた髪を撫でつけながら、月明かりの空の下でひと晩じゅう座り続けるだろう」
火星からの砂で砂漠となった宇宙基地。閉鎖されたケープ・カナヴェラルのかつての打ち上げ基地。七つの衛星がぐんぐん迫ってくる描写。幽霊船団の不気味だが奇妙に静謐なながめ。
 
 
『監視塔』
柳下毅一郎/訳
短編:3
長編:0
地平線から地平線へ切れ目なく伸びる監視塔の列。
「あの人たち、なにを考えてるんだと思う?」
「たぶん、なにも考えてはいないさ。ときどき、本当にあそこに人はいるんだろうかと思うこともある。ぼくらが見ているのは単なる光のいたずらなのかもしれない」
見えるかぎりどこまでもすべての観察窓が開いている状況。その時の音圧。
 
 
『歌う彫刻』
村上博基/訳
短編:3
長編:0
「彫刻はもう番をする者もいなくて、大半は朽ちさびれていたが、ふと思いついて、渦巻き飾りのひとつを切りとり、自宅に持ち帰ってバルコニーの下の石英床に植えた」
女優ルノーラ・ゴールンへの様々な試み。
対岸のゴールン邸は、「テラスがありとあらゆる角度で張り出し、そこかしこに巨大な金属彫刻がおかれ、ブランクーシの作品やコルダーのモビールが、さわやかな砂漠の陽ざしをうけて回転していた」
音量の上げ下げと彼女の寝息の呼応。
音響彫刻の生え並ぶ砂州で発見する音源についての描写。
 
 
『九十九階の男』
永井淳/訳
短編:0
長編:0
「フォービスは百階に到達しようとして終始がんばった」
後催眠暗示vs後催眠暗示。心に埋めこまれた命令の後半部分。
 
 
『無意識の人間』
柳下毅一郎/訳
短編:0
長編:0
クローバー型インターチェンジに近づくに連れてのクルマまわりの描写。
フランクリン博士とサブリミナルな命令たちに執心のハサウェイ。
過去二週間で買い替えたもののリスト。
 
 
『爬虫類園』
浅倉久志/訳
短編:2
長編:0
「家族の中の未成年者だけが自分たちの塒を作り、湿った短い水着姿で、奇妙な環形動物のように体をからみ合わせて、寝そべっていた」
新しい人工衛星の打ち上げがはじまる。
 
 
『地球帰還の問題』
永井淳/訳
短編:1
長編:0
月面探査帰還の宇宙飛行士をアマゾンで探す。人工衛星を利用して二十世紀とその精神病の投影をアマゾンの奥地の中心部に持ち込むと…
失敗に終わった宇宙飛行のその後。
 
 
『時間の墓標』
増田まもる/訳
短編:2
長編:0
「砂の海の南岸の墓のほとんどは、何世紀も前に盗掘されていた。しかしシェプリーは、なかば砂に埋もれた散在する墓のあいだを散歩するのが好きだった」
時間の墓に出没する仮想空間に構成される幽霊(サイバーアーキテクトニック・ゴースト)。墓荒らしと死者の魂の違法な取引。
長い長いあいだ静止していた彼女に広がるさざなみ。
 
 
『いまめざめる海』
増田まもる/訳
短編:1
長編:0
「夜になるとまたしても、メイスンは近づいてくる海の音を耳にした」 
「海なんてないのよ。あなたの心の中にあるだけ。ほかのだれも見ることができないんだから」
海鳴りのとどろきの中、波の砕ける海には無数の月がきらめく。二億年前の海の記憶。