妄想映画日記 その134

樋口泰人の2021年11月上旬の日記。映画『アネット』(レオス・カラックス監督』や『偶然と想像』(濱口竜介監督)、Phewさんの新譜『New Decade』、渋谷と多摩でのboidsoundの調整などについて記されています。
11月6日_1.jpg 83.03 KB



文=樋口泰人


11月1日(月)
今年のイメージフォーラム・フェスティバルで上映された『N・P』という、吉本ばなな原作による映画の来年の公開に向けてのzoomミーティング。監督のリサさんは現在ベルギー在住だが日本育ちで、この映画も会話は日本語で進むのだが、声としての日本語は聞こえてこない。すべてが日本語字幕で進行する。小説が原作であること、翻訳者の物語であること、監督がベルギーと日本とのハーフであることなど、そこにはさまざまな要因が考えられる。だがそういった要因以上に、こうやって文字が画面上に文字として現れるとき、映画が必要としている「声」とはいったいどのようなものなのかと、考えることになる。無声映画として始まった映画はいつどのようにしてどのような「声」を獲得したのか。カラックスの『アネット』やブリュノ・デュモンの『ジャネット』『ジャンヌ』など、「声」の映画とも言える映画とともにこの映画の文字について考えてみたい。来年、通常の公開は簡単ではないが、できる限りいい形で上映出来たら。

11月1日.jpg 112.37 KB
『N・P』 2022年日本公開予定


 
11月2日(火)
渋谷で、結城&黒岩と打ち合わせ。滞っているGhost Streamの次の配信について。いろいろ時間がかかる。あきらめずゆっくりとできることをやる。
夜は再び渋谷。シネクイントでのboidsound調整。エドガー・ライトの新作『ラストナイト・イン・ソーホー』。オリジナルはドルビー・アトモス仕様で、試写で観たときは音楽が流れるシーンではなぜアトモスなのかよくわからなかったのだが、終盤に入っていろんなことが起こり始めて、「ああ、これか」と納得したのだった。では、アトモスの劇場ではないシネクイントではどうなるのか。ペトゥラ・クラークやダスティ・スプリングフィールドなど60年代のイギリスの音楽がメインで流れるので、シネクイントの新しいとは言えない機材の響きはちょうどよく、再びどうしてわざわざドルビー・アトモスで、とか思ってしまうわけだが、もちろん後半の怒涛の展開がある。これに関しては、爆音機材があったら完璧なんだがとは思いつつ、アトモスの設備なしでも十分に呪いの60年代ロンドンを体感できる音になった。毎度思うことなのだが、シネクイントの上映作品、基本的にboidsound設定でやれたら楽しい毎日が過ごせるのではないか。まあ、いろんな権利や映画館同士の関係も出てくるのでそう簡単にはいかない。

11月2日_1.jpg 93.78 KB



SNSには以下のようなことを書いていた。
「いよいよ今週末からヴィム・ヴェンダース・レトロスペクティブが始まります。今回の衝撃はなんと言っても『夢の涯てまでも』の監督ヴァージョン4時間47分。ああついに念願かなう。レトロスペクティブのパンフレットにはその喜びのまま『夢の涯てまでも』について書きました!
ヴェンダースが居なかったら私はおそらく映画の仕事と関わっていなかったのではと思われるくらい、今やっていることとの具体的なかかわりを付けてくれた監督です。つまり、ヴェンダースが居なかったら爆音上映はなかった。というわけで、みなさま心して駆けつけていただけたら。
そしていつの日か『夢の涯てまでも』監督ヴァージョンが爆音上映されることを願ってください。その疲労感と酩酊感で「at last I'm free」と思わず両手を挙げる、そんな瞬間が訪れるはず」
この「at last I’m free」というのは、『さすらい』のハンス・ツィシュラーが両手を挙げたスチールの、やはり同じく両手を挙げた天使の像の台座に書かれているフレーズなのだが、それは確かボブ・ディランの何かの歌の歌詞の一部だったはず、という朧げな記憶。しかし、ロバート・ワイアットにも「At Last I am Free」という曲があるわけだから、ディランの記憶は単にわたしの捏造かもしれない。ということで調べてみると、捏造していたのは「at last I’m free」のほうで、ハンス・ツィシュラーが読む台座にはディランの「Idiot Wind」の次の歌詞とほぼ同じものが刻まれていたのだった。
「I been double-crossed now / For the very last time and now I’m finally free」
という原稿をこれまで何度も書いてきたのに。いったい人間の記憶というのはどうなっているのか。いや、わたしの問題なのか。

11月2日_2.jpg 77.51 KB




11月3日(水)
猫と遊びながら幕末の京都と今の東京とはるか未来の日本をぼんやりと周回しつつ原稿を書いていた。『CHAIN /チェイン』。

11月3日.jpg 63.76 KB



 
11月4日(木)
カラックス『アネット』試写。アダム・ドライバーすごすぎる。『ポーラX』の出演者たちが若くして次々に亡くなってしまったように、カラックスが向き合っている「X」にまともに立ち入ることはできないだろう。ドニ・ラヴァンが何と言うか、どうしてこの映画にはドニ・ラヴァンが出演していないのか、それもまた大いなる「X」ということになるのだろうが、とにかくアダムは堂々と「X」に踏み入っている。しかも普通なら絶対に死ぬか狂うかするだろうと思うところで死んだり狂ったりすることはないと思わせる、強靭な空虚を体現しつつ。これがハリウッドスターということなのだろうか。人間が人間であることの限界までたどり着いたとしても、どこか心は上の空。これは、同録で行われた歌唱シーンのなせる業とも言える。ちょっとした感情の変化や歌唱ミスがそのまま録音されてしまうこのやり方での一発本番において、アダムの歌声は主人公になりきるとともにまったくなりきっておらずミスなく歌うことに心を奪われているようにも聞こえる。これがカラックスの狙いなのかどうかはわからないのだが、その引き裂かれた存在を「アダム・ドライバー」という俳優の輪郭ががっちりとつないでいる。まさにそこには、『スター・ウォーズ』の「カイロ・レン」と「ベン・ソロ」がいるのである。これはドニ・ラヴァンにもできない。

main.jpg 59.91 KB
『アネット』 2022年春 ユーロスペースほか全国ロードショー!


 
11月5日(金)
富山のほとり座スタッフと12月に企画しているほとり座でのboidsound上映についてのzoomミーティング。コロナのおかげでなのか技術的な進化のおかげでなのか、こういうことは簡単にできるようになって、今回のように初めての場所での企画では本当に助かる。おかげで一番の不安点が一気に解消された。12月はお試しだが、来年は本格始動できるのではないか。


 
11月6日(土)
山梨へ。母親の具合を確かめに。2カ月ほどサボっている間に、足腰はだいぶ不自由になってきた。部屋の中を歩くのがギリギリ。以前は嫌がっていたヘルパーさんの来宅回数もだいぶ増えて、おかげでわたしがこうやって帰っても、あまりやることはない。話し相手である。

11月6日_2.jpg 155.69 KB



 
11月7日(日)
実家からの帰りに甲府某所に立ち寄り、工場見学。ここで何かができたら、という野望の足元確認ということなのだが、それがなくてもこういう無駄に広い場所には心躍らされる。こういう心の動きと資金の動きがちゃんと連動できるといいのだが。まあそれができたらこんなことはやっていないので本当に難しい。

11月7日.jpg 99.33 KB



 
11月8日(月)
『偶然と想像』試写。『ドライブ・マイ・カー』を観逃したまま、こちらを先に観ることになった。時間のある時に無理やりに観ておかないと、とにかく観逃す。それもまた偶然ということなのだが、観逃してしまうと想像はおぼつかない。だがこうやって作品を観てみると、どの短編も皆、かなわなかった偶然が引き起こす想像のようなものに思えてくる。「偶然と想像」というのは仮タイトルのようなもので、その背後には偶然の想像やら想像の偶然やら数え切れない幾筋もの道があって、もちろんそのどれもが現実化する前のあやふやな道筋でありそれ故に混戦し混ざり合い重なり合い、更なる偶然と想像を作り上げる。3つの短編で語られる物語はいったい登場人物の内の誰によって「想像」されたものなのか。それを特定できずコントロールもできないその現場に、われわれは立ち会わされている。したがって一瞬の空気の揺れのようなもの、声のトーンの違いや変化にドキドキした。

メイン_WFF.jpg 77.6 KB
『偶然と想像』 12月17日(金)Bunkamuraル・シネマ他全国ロードショー


その後いったん事務所で社長仕事。そして夜は何年かぶりに新大久保の「まいう」にてタッカンマリを。しばらく忘れていたこの味。歳とって出不精が加速するとお楽しみも遠のいてしまう。まあ孤独な夜のお楽しみもあるわけだけど。

11月8日.jpg 115.32 KB



 
11月9日(火)
PHEWの新作『New Decade』。まさにタイトル通りの新しい時代に向けての動きが足元から伝わってくる。A1. Snow And Pollen A2.Days Nights A3. Into The Stream B1. Feedback Tuning B2. Flashforward B3. Doing Nothing という曲の並びも絶妙で、カラックスの次回作音楽はPHEWに、と言いたくなった。というようなことをツイッターなどに書いたのだが、今ここで起こっていることと、かつて起こったことと、いつかどこかで起こるだろうこととがひとつの時間の厚みとなってこのアルバムの中で渦巻き始めている。たったひとりの小さな試みではあるのだが、その渦の厚みと広がり、強さといってもいいのだが、その動きがわれわれが無意識に立っているこの足元をぐらつかせかつてないものへと変容させる。そんな小さいが確実な鼓動のようなものが聴こえてくるのだ。「Doing Nothing」な未来が今ここに開かれていく、そんな感じ。

11月9日.jpg 76.54 KB



 
11月10日(水)
ディズニー試写の面倒なシステムによってウェス・アンダーソンの『フレンチ・ディスパッチ』を観逃す。こうやって年寄りはゆっくりと確実に社会のシステムの外側に追いやられていく。夕方は中華街に。システムの外側の時間を堪能するには十分なメニュー。ああ美味い。

11月10日_1.jpg 63.66 KB


11月10日_2.jpg 67.94 KB


11月10日_3.jpg 74.05 KB


11月10日_4.jpg 76.25 KB


11月10日_5.jpg 85.02 KB



 
11月11日(木)
毎月一度の税理士訪問。いろんな相談をする。


 
11月12日(金)
映画祭TAMA CINEMA FORUMでの爆音上映準備のために永山のホールへ。京王線、小田急線どちらでも行けるのだがつい京王線に乗ってしまうのは、京王線は西、小田急線は南、というイメージがあるからだろう。最終的には小田原やら箱根やら江ノ島やらに行く列車が、どうして多摩方面を走るのか、いまだに体感できない。わたしの中の地理と現実とがまったく合わさっていないのであるが、こういう場所はいくつかある。フィットする場所もあるのに、これはいったいどういうことなのだろうか。
はじめての爆音でしかも会場の設備が2チャンネルしかないということで心配していた今回の爆音だが、やってみると太い音が出る。あれこれ苦労はしたが、結果的には満足いく音になって身体が喜んだ。音響担当の方たちがスピーカーの台座を見事に作ってくれたおかげでもある。ニコニコしながら外に出ると、永山駅方面はすでにクリスマスになっていた。

11月12日.jpg 103.85 KB



 
11月13日(土)
疲れてぐったりしていたんだと思う。

11月13日.jpg 87.65 KB



 
11月14日(日)
久々に阿佐ヶ谷まで散歩に行った。散歩道はすっかり秋も深まっていた。

11月14日.jpg 113.46 KB



 
11月15日(月)
巡り巡ってと言うか巡ったわけではないのだが、ひょんなことからboidが製作することになった映画『Caveman’s Elegy』(宮崎大祐監督)の撮影初日。タイトルは、井手くんの曲の「人間になりたい」の英語タイトルで、その「人間になりたい」がテーマ曲にもなっている20分くらいの短編になる予定。撮影は清澄白河近くの室内某所だったのだが、わたしはそれには間に合わず、この映画唯一の屋外撮影シーンに顔を出す。晴れてよかった。その後せっかくここまで来たのだからということで森下の桜鍋「みの家」にみなさんを案内したのだが、なんと、この日だけ臨時休業。愕然として立ちすくんでいると、ご近所住人のヴァレリア小倉が通りかかり、良き店を教えてもらい、事なきを得た。森下の街も、年を越す準備に入っていた。

11月15日_1.jpg 80.3 KB


11月15日_2.jpg 72 KB


 

樋口泰人

映画批評家、boid主宰、爆音映画祭プロデューサー。98年に「boid」設立。04年から吉祥寺バウスシアターにて、音楽用のライヴ音響システムを使用しての爆音上映シリーズを企画・上映。08年より始まった「爆音映画祭」は全国的に展開中。著書に『映画は爆音でささやく』(boid)、『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)、編書に『ロスト・イン・アメリカ』(デジタルハリウッド)、『恐怖の映画史』(黒沢清、篠崎誠著/青土社)など。『サミュエル・フラー自伝』Kindle版が発売中。